表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

ゴミ置き場に舞い降りた姫(後編)

 始発が動き出す頃、俺は自室の扉を開けて、そいつ――いや、彼女を招き入れていた。


「お、おお……ここが、人間の住処……!」


 部屋に入るなり、フィーネは感嘆の声を上げた。4.5畳のワンルーム、ロフト付き。いわゆる貧乏大学生の典型的な部屋である。


「狭っ……じゃなくて、何その反応。ただのボロアパートだけど?」


「侮るなかれ! この冷気を生む箱とか、光を灯す紋章板とか! どれも魔力の片鱗すら感じぬのに動いておる……! これが、人間の科学とやらか!」


「それただの冷蔵庫とリモコンな」


 冷蔵庫を神具扱いされ、リモコンのボタンを押して「光の呪符じゃ!」と驚かれる。朝っぱらから全力でツッコミを入れさせられる羽目になった。


 何というか、こいつ……面倒くさい。けど、悪いやつじゃない。


「なあ、本当に異世界から来たって、マジで言ってんの?」


「うむ。魔法学院での実習にて、転送術を試したのじゃが……ちと座標を読み違えたようでな。ここが人間界とは……いやはや、我ながら豪快なミスである」


 さらっと言うな。


「で、元の世界には、どうやって帰るわけ?」


「ふむ、それがのう……魔力をかなり消耗してしまって、しばらくは転送術が使えぬ。加えて、座標が定まらぬこの世界では、正確な帰還も難しくての……」


「……要するに、しばらく帰れない、と」


「うむ」


「……」


「な、なぜ黙る!? その、我は迷惑はかけぬよう努めるぞ!? 洗濯物も干すし、掃除も覚えるし、食器もちゃんと洗うし!」


「いや、一体どこで主婦スキル仕入れたんだよ……」


 こいつ、本当に何者なんだ。


 たしかに耳の形も服装も普通じゃない。言動もズレてるし、話してる内容も非現実的すぎる。普通なら夢オチ疑うところだ。でも――


「……まぁいいや。今日はとりあえず、寝ろ。ベッドは使っていいから。俺はロフトで寝る」


「お、おお……恩に着るぞ、だいち殿!」


「殿はいらん。てか名前、いつ教えたっけ?」


「そなたがレシートの名前欄に書いておった。ふっ、我の観察眼を甘く見るでないぞ!」


 どこ見てんだよ。


 俺はため息をつきながら、ロフトに上がる。下では、フィーネが布団の上に正座しながら、なにやら祝詞のようなものを唱えていた。


「……布団に祈るな」


「神具ではないのか?」


「違う」


「むぅ……人間界、難しすぎるわ」


 ごろりと転がる音。続いて、小さく笑う声が聞こえた。


「でも……なんか、ちょっと楽しいかものう」


 その一言に、俺は少しだけ目を細めた。


 突然現れた謎のエルフ少女。現実じゃないみたいな状況。でも、妙に自然に受け入れてる自分がいるのが、不思議だった。


「夢とか希望とかないけどさ……君がいるなら、ちょっとは生きる意味あるかもな」


 それは、独り言のような、呟き。


 もちろん、彼女には聞こえていない――はずだった。


「……だいち殿、いま何か言ったか?」


「いや、なんでもない。寝ろ、ポンコツ姫」


「ぽ、ぽんこつとは何じゃーっ!?」


 叫び声とともに布団が舞い上がる。静かな夜が、一瞬で騒がしくなった。


 こうして、俺とフィーネの奇妙な同居生活が、始まったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ