【後日談】
あれから数ヶ月が経った。フィーネは、あの時の決断から一度も後悔することなく、毎日を大地と共に過ごしている。
人間界での生活は予想以上に楽しく、彼女にとっては新しい発見の連続だ。何度も失敗を重ねてきたが、それもまた彼女の成長の一部だと感じている。
「フィーネ、今日は何をやりたい?」
大地がコンビニの棚を整理しながら尋ねた。今日は二人で休みが重なった日。大地もフィーネも、普段の仕事の合間にできるだけ一緒に過ごす時間を作るようにしていた。
フィーネは手に持っていたお菓子の袋をちらりと見て、にっこりと笑った。
「そうだな…今日はちょっと、散歩がしたい。大地と一緒に街を歩きたいな」
「散歩か」
大地は少し驚きながらも、うなずいた。
「いいね、じゃあ行こうか」
フィーネは嬉しそうに手を差し出し、大地もそれに応じて手を取る。彼らの手が触れ合った瞬間、今でもどこか不思議な感覚が走るが、もはやそれは驚きではなく、自然なこととなった。
街中を歩くと、フィーネは新しい発見を見つけては、はしゃいでいる。
「あ! これはまた面白いものだな!」と、自販機を指差してみたり、見慣れない建物を興味津々で見上げたりする。
彼女にとって、人間界のすべてが新しい世界そのものであり、毎日が冒険のようだ。
「それ、もう見たでしょ」
大地は微笑みながらツッコむ。
「うーん、でもやっぱり面白いんだもん!」
フィーネは元気よく笑った。
「この世界には、私の知らないことがまだまだいっぱいあるんだな」
「そうだな」
大地は彼女の笑顔を見て、心から安堵した。最初は本当に不安だった。エルフ界に帰らなければならないという事実を、フィーネがどれほど苦しんでいるのか、どうしても理解できなかった。
しかし、今では二人でいることが当たり前のように感じられ、共に笑い合える時間がとても貴重で、何よりも幸せだった。
「それにしても、フィーネが本当にこんなに楽しんでくれるとは思わなかったよ」
大地は心の中で思った。最初は、魔力の減衰やエルフ界の厳しい掟が、いつかフィーネに重くのしかかってくるのではないかと心配だった。しかし、今のフィーネは、少しずつその不安を超えて、強く輝いている。
フィーネはふと歩みを止めて、大地を見上げた。
「ねえ、大地」
「ん?」
大地も立ち止まり、彼女に視線を合わせる。
「私がここにいること、間違ってないかな」
フィーネは少し真剣な顔をした。
大地は少しだけ驚いたが、その後、微笑んで言った。
「間違ってるわけないだろ。君がここにいること、僕にとっては一番大切なことだよ」
その言葉を聞いたフィーネは、また嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、大地」
大地は軽く肩をすくめ、照れたように笑った。
「まあ、俺も最初は戸惑ってたけどな。君のことをちゃんと理解したら、なんだか気持ちが楽になったよ」
フィーネは無邪気に笑って言った。
「それなら、よかった」
その瞬間、ふたりの間に何も言わずとも通じ合う感覚が広がった。言葉にする必要はない。それぞれの想いがしっかりと繋がっていることを、互いに感じていたから。
大地とフィーネはそのまま手をつないで、さらに歩き続けた。街の景色が少しずつ夕暮れに変わり、空がオレンジ色に染まる。
二人の歩幅がぴったりと合って、どこまでも続く道の先に何が待っているのか、確かなものは分からないけれど、今の彼らにはそれで十分だった。
「大地」
フィーネが少し恥ずかしそうに言った。
「もし、私が人間界にいる間に、もっともっと大事なことを学んだら、どうする?」
「それは…その時考えよう」大地は答えた。
「でも、君がどんな選択をしても、僕は君の味方だ」
フィーネはその言葉を胸に、にっこりと微笑んだ。
「ありがとう、私も大地の味方だよ」
夕暮れの街を歩きながら、二人の足音が響く。その音の中に、ふたりだけの未来が確かに存在していると感じた。
そして、どんな困難が待ち受けていようとも、二人でいればそれを乗り越えられるという確信が、心の中でますます強くなった。
「じゃあ、明日も一緒に頑張ろうな」
大地が言うと、フィーネは嬉しそうに頷いた。
「うん! 明日も、一緒に」