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コンビニと森の狭間で

「あー、もう、どうしてこうなるんだ…」


大地はコンビニの裏口に立ち、深いため息をついた。空はすっかり暮れ、夜の帳が降りる時間だ。今日はいつもと違う、少し特別な日。フィーネが帰らなければならない日。


でも、いざその日が来ると、実感が湧かない。彼女の不在を想像してみても、どうしてもピンとこない。考えるだけで胸が締め付けられるような気がして、大地はその思いを振り払うように足元の石を蹴った。


「大地、呼んだか?」


背後から声が響いた。振り向くと、フィーネが立っていた。肩をすくめ、少しだけ微笑んでいる。


「いや、なんでもない」


大地は軽く首を振る。


「そうか、そろそろ帰る時間だな」


フィーネはそう言って、少し寂しそうに空を見上げる。


大地は言葉を選びながら、心の中で何度もそのセリフを繰り返してみた。「帰るな」という言葉を。だけど、どうしても口にできなかった。


「……フィーネ、帰らないでくれ」


その一言が、自然と口をついて出てしまった。自分でも驚きながら、必死で言葉を続けようとしたが、何を言えばいいのかがわからなかった。


「俺は、君がここにいてほしい」


フィーネはしばらく黙って、大地を見つめていた。その眼差しには、少しの驚きと、そして優しさが混じっていた。


「大地…」


フィーネは少しだけ目を伏せ、静かに言った。


「でも、私は…」


その時、突然、強い光が大地の目の前に閃いた。まるで天井から降り注ぐように、光の輪が現れた。


「なっ…?」


大地が目を見開いたその瞬間、フィーネが驚いた表情を浮かべた。


「こ…これ、どういうこと?」


フィーネはその光を見つめ、手を差し出してみたが、触れることはできないようだ。


「魔法陣だ……」


大地は息を呑む。


「まさか、帰還のための?」


その光が広がり、次第に形を変えていく。それは間違いなく、エルフ界に帰還するための魔法陣。だが、普段見られるものとは何かが違った。魔法陣はうまく発動しない。何度も形を崩して、消えかけ、また現れる。


「おかしい、どうして…」


フィーネがその光の中で呟く。


その時、突然、空気が変わった。魔法陣の周囲に、冷徹な気配が漂い始める。フィーネと大地の目の前に現れたのは、見覚えのある人物だった。


「ミィル…」


フィーネが驚いた声で名前を呼ぶ。


「フィーネ、帰るべき時だ」


ミィルは冷静に言うと、周囲の光を無視するかのように歩み寄る。


「でも、どうしても……」


フィーネは言葉を詰まらせる。


「大地と一緒にいたい」


その瞬間、ミィルはじっと二人を見つめ、静かに微笑んだ。


「君たちの絆が本物なら、この魔法陣を簡単に解除する方法はある」


ミィルが言うと、大地もフィーネも目を丸くした。


「解除?」大地が繰り返す。


「だが、それには、君たちの心が本当に一つである必要がある」


ミィルはしっかりとその言葉を告げた。


「愛という感情、強い絆がなければ、魔法陣は永遠に発動し続ける」


「それって……」


大地が少し動揺しながら言った。


「要するに、俺たちの愛を証明しろってことか?」


ミィルは黙って頷いた。


フィーネは少し顔を赤くしながら、すぐに大地を見つめた。そして、微かに息を吐くと、真剣な眼差しを向けてきた。


「大地、私、決めた。」


フィーネが言う。その声には、どこか覚悟が感じられる。


「決めたって…?」


大地が不安そうに問いかけると、フィーネは少し顔を赤らめながらも、力強く答えた。


「私は、この世界に残る。大地と一緒に、ずっと」


「フィーネ…」


大地は言葉を飲み込み、少しの間、彼女の目を見つめた。彼女の真剣な眼差しに、胸が締め付けられるような感覚が広がっていく。


もし、彼女が本当にこの世界に残ることを選んだなら、彼女は本来のエルフ界に戻るべきだった。それなのに、彼女は大地と一緒にいたいと言っている。その気持ちを受け止めるには、あまりにも大きな覚悟が必要だった。


「でも、フィーネ…」


大地は思わず口を開いた。


「君はエルフだ。僕とは違う。君がここにいても、君が本当に幸せになれるわけじゃない」


「そんなこと、どうでもいい」


フィーネは力強く言い切る。


「私は、ここで、今、幸せなんだ。大地と一緒にいることが、私の幸せなんだよ」


その言葉に、大地は胸が熱くなるのを感じた。彼女がどれほど強く、どれほど本気でそう思っているのかが伝わってくる。


だが、同時に不安もあった。この先、二人が一緒にいることで何かが壊れてしまうのではないか、という恐れが。


「でも、それでも、僕は…」


大地は手を伸ばして、フィーネの肩を軽くつかんだ。


「君を傷つけたくない。君の未来を奪いたくない」


「大地、私は大丈夫」


フィーネは柔らかく笑い、そしてその手を自分の頬に当てた。


「あなたと一緒にいることで、私は本当に幸せなんだ。だから、どんなことがあっても、私が選んだ道だって、きっと間違っていない」


その言葉を聞いたとき、大地は何も言えなくなった。フィーネの目に、これ以上の説得は無駄だという覚悟が宿っているのが分かったからだ。


彼女は、自分の意思でこの世界に残る決断をした。そして、その決断には大地のことを本当に大切に思う気持ちが込められていた。


「フィーネ…」


大地は深く息を吐き、ゆっくりと彼女に近づいた。


「僕も、君と一緒にいたい。君がいることで、僕は少しずつ変わっていける気がするんだ」


「大地…」


フィーネはその言葉を聞いて、少し照れたように目を細めた。


「私も、大地のことが…好きだよ」


その瞬間、大地の心の中にあった不安や迷いが、一気に晴れていくのを感じた。


フィーネも、彼のことを心から大切に思ってくれている。もう、何も恐れることはない。彼は彼女を信じ、そして彼女もまた、彼を信じている。


「じゃあ、行こうか」


大地は少しだけ微笑んで言った。


フィーネは頷くと、手を差し出してきた。


「うん、一緒に」


大地はその手を握り、しっかりと引き寄せた。二人の手が触れ合った瞬間、魔法陣が再び光を放ち、まるで彼らの絆がそれを解放するかのように、強い力が流れ込んできた。


そして、光が収束し、静寂が戻った。


「これで、私たちの絆は、何も壊れない」


フィーネは優しく微笑み、嬉しそうに言った。


大地もまた、少しだけ安心したように頷く。これから何が待っていようと、二人で乗り越えていける。エルフ界と人間界が交わるこの場所で、彼らは新たな一歩を踏み出したのだった。


その日、大地とフィーネはコンビニの裏で、未来へ向かって歩き出した。人間界とエルフ界、二つの世界が交差するその場所で、二人だけの物語が続いていくことを、二人はまだ知らない。


だけど、もう怖くはない。


ふたり、今日もコンビニで笑っている。


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