ふたりだけの選択
キスを交わしたあの日から、大地とフィーネの間に流れる時間は少し変わったように感じられた。フィーネの笑顔は以前よりも少しだけ柔らかく、そして、大地はその笑顔を見守ることに一層力を入れるようになった。
だが、どれほど笑っていても、心の奥底に潜む現実は変わらない。フィーネがエルフ界に帰らなければならないという事実は、二人にとって避けられない試練だった。
そしてその日、フィーネはついに決断を下すべく、大地に言った。
「大地、私、少しだけ考えたんだ」
「考えた?」
大地はフィーネの表情を見つめながら、心の中で何か嫌な予感がした。
「うん。私、エルフ界に帰ることを選ぶべきか、それともあなたと一緒にここにいることを選ぶべきか、ずっと迷っていた。でも、もう一度言うけれど、私がここにいることで、大地にも負担をかけてしまっているんだよね」
「そんなことない。俺は、お前と一緒にいることが一番大切だ」
フィーネの言葉に、大地はすぐに答えた。その瞬間、フィーネは少しだけ顔を赤らめ、そして続けた。
「でも、エルフ界では私が帰るのを待っている人たちがいる。私はもう長くいられないし、帰らなければならない。それに、私が人間界にいることが、もし続いたら、あなたが……」
「俺が死ぬって言いたいのか?」
大地がフィーネの言葉を遮った。そう、フィーネが言おうとしていたのは、エルフと人間の間に横たわる、どうしようもない差だった。
「……うん」
フィーネは小さくうなずき、目を伏せた。
「エルフと人間の恋愛は、最終的にあなたが先に老いて死ぬことになる。それが、私たちには避けられない運命なんだ。だから、私がここにいる限り、大地には辛い思いをさせてしまうと思う」
大地はそれを聞いて、何も言えなくなった。フィーネの言っていることは正しい。エルフは長命で、人間よりも遥かに長く生きる。そのため、もし二人が恋に落ちたとしても、最終的に先に死ぬのは大地の方だ。そう思うと心が痛んだ。
「フィーネ、でも……」
「だから、大地。私がエルフ界に帰ることを、受け入れてほしい。あなたのことは、忘れない。私の人生の中で、あなたと過ごした時間は一番大切なものだから」
フィーネは涙を浮かべながら、大地を見つめた。
大地はその言葉を聞いて、深い息をついた。そして、決心したように口を開いた。
「フィーネ……お前がどんな選択をしても、俺はお前を応援する。でも、俺はお前が帰ることを、心から納得して受け入れることができない。だから、俺がエルフ界に行く方法を考えてみるよ」
フィーネは驚き、目を見開いた。
「え……大地、君が?」
「そうだ。お前がエルフ界に帰るなら、俺も行く。なんとか方法を探して、エルフ界に行ってお前と一緒に過ごすんだ」
その言葉を聞いて、フィーネはしばらく言葉を失った。そして、少しだけ顔を赤らめながら、震える声で言った。
「でも、どうやって……?」
「それはまだわからない。でも、お前と一緒にいるために、何でもするよ」
フィーネはしばらく黙っていたが、やがてふっと笑顔を見せた。
「大地、ありがとう。あなたがそんな風に言ってくれて、すごく嬉しい」
そして二人は、また何も言わずにしばらくの間、静かな時間を共有した。
大地は心の中で、これからの未来を少しずつ描いていた。どんなに困難であろうと、フィーネと一緒にいられる方法を見つけることを誓った。
「俺たち、どんな未来が待っていようと、乗り越えられる気がする」
その言葉に、フィーネは頷きながら、もう一度強く手を握った。
「うん。私たち、きっと大丈夫だよ」
そして、二人の未来に向かって、少しずつ歩みを進めていくのだった。