帰還の儀式とキス
大地とフィーネの間に芽生えた絆は、ますます深くなっていた。しかし、その絆が深まるほど、フィーネがエルフ界に帰る日が近づいているという事実は、大地にとって痛みを伴うものとなった。
ある日の夜、大地はバイトを終えた後、いつものようにフィーネと一緒にコンビニで晩ごはんを食べていた。だが、最近の彼女は少し元気がなかった。顔に浮かべた笑顔が、どこか無理をしているように見える。
「フィーネ、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと考え事をしていただけよ」
「考え事?」
「うん、エルフ界に帰るための儀式が、もうすぐ行われることになったの」
大地はそれを聞いて、心の中でどこかが重くなるのを感じた。フィーネが帰らなくてはならないという現実が、再び自分の中に強く立ち上がってきた。
「……それって、どんな儀式なんだ?」
フィーネは少し黙ってから答えた。
「エルフ界では、強い感情で結びついた者同士が別れるとき、その絆を断ち切る儀式があるの。私たちも、その儀式を受けなければならない」
大地は驚きながらも、どこかでそれを予感していた。フィーネが本当にエルフ界に帰るためには、その儀式が避けられないのだろう。
「そんなの、嫌だ」
大地は感情が抑えきれなくなって、フィーネの手を強く握り締めた。
「僕は君が帰るなんて思いたくない。でも、それが君にとって必要なら、受け入れなきゃいけないんだよな」
フィーネはしばらく黙っていたが、やがて静かに顔を上げた。
「大地、私も……帰りたくない。でも、人間界では魔力がどんどん薄れていくし、私ももう長くはここにいられない」
大地は深く息をつき、目を閉じた。彼女の言葉が、現実として突きつけられるたびに心が痛む。
「それでも、君が選んだ道を、僕は支えたい」
その言葉を聞いて、フィーネは少しだけ驚いたような顔をした。そして、少し照れくさそうに微笑んだ。
「大地、ありがとう。あなたの気持ち、私にとってはとても大切」
その瞬間、店内に入ってきた客の音が、二人の間に静けさをもたらした。フィーネは、少しだけ躊躇いながらも、大地を見つめて言った。
「大地、私、もう一度だけお願いがある」
「お願い?」
「帰る前に、私にキスをしてほしいの」
その言葉に、大地はしばらく言葉を失った。キス、それはおそらく最後になるかもしれない、そう思ったからだ。
「それは、どうして?」
「私、エルフ界に帰ったら、もう二度とあなたに会えないかもしれない。それに、私たちの絆を確かめたかったんだ」
大地はゆっくりとフィーネの顔を見つめ、その目に浮かんでいる涙を見た。彼女は、少しだけ震えていた。
「フィーネ……」
大地はそのままフィーネに近づき、優しく彼女の手を取った。心の中で、これが最後のチャンスかもしれないと感じながら。
「君が望むなら、僕は喜んで」
そして、二人の距離が縮まり、フィーネの唇にそっと触れる。
その瞬間、フィーネは目を閉じ、深く息を吸った。大地もそのまま、彼女の温かさを感じながらキスをした。
キスを終えた後、二人はしばらく何も言わなかった。お互いの顔を見つめ合いながら、言葉にできない想いを共有していた。
「これで、私たちの絆はどんなに遠くにいても、続いていくんだね」
フィーネがそう言って、少し涙ぐんだ。
「そうだな。だから、どんなに遠くても忘れない」
大地の言葉に、フィーネは再び微笑んだ。その笑顔が、これからの時間を少しでも軽くしてくれることを、彼は感じていた。