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人間の恋、エルフの禁忌(前編)

文化祭の朝、僕、桐生大地は目を覚ますと、窓の外にはすでに明るい日差しが差し込んでいた。今日は、フィーネと一緒に大学の文化祭に行くことになっている。正直、こういうイベントにあまり興味はないけれど、フィーネのためだと思えば嫌でもない。


「大地ー、起きてるか?」


部屋の外から聞こえたフィーネの声。声のトーンにはやる気と興奮が混じっている。


「うん、今起きた」


僕はベッドから起き上がり、シャワーを浴びてからフィーネが待つリビングに向かう。


「余の服装はどうじゃ、似合うか?」


フィーネが鏡の前でくるりと回りながら、僕に問いかけてきた。その姿に思わず目を奪われる。


今日は、彼女のエルフとしての高貴さを少しでも表現しようとしているのか、エルフっぽい美しい衣装に身を包んでいた。といっても、やはりフィーネなりに現代の人間社会の衣装を取り入れた部分もあるため、微妙にアンバランスだ。


「なかなか、いい感じだな。」


「ふふ、我が王族としての威厳を示すためにはこれぐらい必要じゃ。」


その言葉に、僕は笑いを堪えながら言った。


「それ、王族っていうよりは、お姫様だろ。」


フィーネはぷっと膨れっ面をしたが、すぐに笑顔を取り戻してうなずいた。


「まあ、いいじゃろ。今日は楽しむのじゃ!」


――


キャンパスに到着すると、学生たちが集まって騒がしくしていた。屋台が並び、舞台では演劇や音楽のパフォーマンスが行われている。フィーネは目を輝かせながら、あちこちを見回している。


「これは何だ? あれは何だ?」


彼女は、僕の腕を引いて色々な屋台を指さしながら、興味津々で質問してきた。


「これ、焼きそば。日本のソウルフードだな」


「焼きそば? これは、魔法のような食べ物か?」


「魔法じゃない。普通の料理だ」


「ふーん」


フィーネは首をかしげながら、焼きそば屋台の匂いに引き寄せられていた。そしてそのまま、焼きそばを買って一口食べる。


「おお、これは美味しいぞ! 余はこんな食べ物を知らなかった!」


「気に入ってくれたなら良かった」


僕は少し照れながらも、フィーネの笑顔に安心していた。彼女がこの世界に少しずつ馴染んでいくのを見ていると、嬉しさと共に、ちょっとした不安がよぎることがある。エルフ界に帰らなければならないという現実を、彼女はまだ完全には受け入れていないようだ。


「大地、こっちも見てみろ! これは何だ?」


フィーネが指さした先には、学内の演劇部が準備したステージがあった。


「演劇だな。学生たちが自分たちで脚本を作って演じるんだ」


「おお、面白そうじゃな。余も観たい!」


フィーネは興奮気味にステージに向かって走り出す。その後ろを僕は笑顔で追いかけた。少しだけ、彼女が「普通の人間」として楽しんでいる様子を見て、僕も心が温かくなる。


――


その後、僕たちはステージを観て回り、色々な屋台を巡った。途中、夏音が声をかけてきた。


「おい、大地、あんた文化祭に来るなんて珍しいじゃん」


夏音は、いつものクールな態度で僕に近寄ってきた。


「まあな、フィーネと一緒に来たんだ」


「ふーん、フィーネか」


夏音がフィーネを見て、少しだけ目を細めた。


「君、あんまり人間界には馴染んでないみたいだね」


「それは……私が異世界から来たからじゃ。だが、だんだん楽しくなってきたぞ」


フィーネは自信満々に言うと、夏音を見つめた。


「余に何か問題でも?」


「いや、別に問題はないけどさ」


夏音はそう言いながらも、どこか警戒するような目をしていた。


その後、夏音は少し冷たい目でフィーネを見てから、また僕を見て言った。


「大地、あんた最近変わったね。」


「変わった?」


「うん。最初はあんまり人付き合いもなかったし、感情も抑え込んでた感じだったけど、今は……」


夏音は言葉を続けることなく、どこか遠くを見つめた。


「大地が他の人と関わり始めたの、なんか不安なんだよね」


その言葉に、僕は少し驚いた。夏音が、こんな風に思っているとは思わなかった。


「夏音、俺は……」


その言葉の途中で、フィーネが顔をしかめた。どうやら彼女は、夏音が僕に対して不安を抱いていることを感じ取ったようだ。


「どうしたの、フィーネ?」


「いや、何でもない。ちょっと暑さで頭がくらくらしてきたから、少し休ませてもらうぞ。」


フィーネは急に不機嫌そうな顔をして、僕の腕を引いた。


「大地、あの女、なんか気に入らない」


「え、夏音のこと?」


「そうじゃ! どうしてあんなに冷たいのだ?」


フィーネの不満そうな顔に、僕は苦笑しながら言った。


「フィーネ、気にしすぎだって。夏音はああいう性格だから」


「でも、大地があんな風に言うのは……」


その時、フィーネの表情に少しだけ寂しさが滲んだ。それを見て、僕の胸が痛んだ。


「……ごめん、フィーネ」


僕はそう言って、彼女の手を取った。


「大地……」


「文化祭は楽しいだろ? それだけで十分じゃないか。」


「うん、そうじゃな」


フィーネは少し笑って、頷いた。けれど、僕は心の中で、彼女の寂しさをどうしても拭えないでいた。


――


その日の帰り道、僕たちは静かに歩いていた。フィーネは少し黙っていて、僕も言葉をかけることができなかった。


「大地」


「うん?」


フィーネが僕を見上げて、少しだけ真剣な顔をした。


「余、ずっとこの世界にいたい」


その言葉に、僕は答えられなかった。ただ、彼女の手をぎゅっと握ることしかできなかった。


人間とエルフ。僕たちは、決して一緒にいることが許されない存在だ。それでも、今は――今は彼女のそばにいたいと思っている。


でも、それが叶うかどうかはわからない。


ただ、今は彼女と一緒にいることで、どれだけ幸せだろうかと、胸がいっぱいになった。


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