ゴミ置き場に舞い降りた姫(前編)
バイトの夜勤は、基本的に地獄だ。
眠気と孤独、意味不明なクレームと廃棄弁当の匂いが入り混じる、混沌の世界。人間が本来いるべき時間帯じゃない。
けれど俺、桐生大地は、今日も深夜のコンビニでレジに立っていた。
「……あーもう、なんで俺がこんな時間に、ゴミ出し担当なんだよ」
深夜三時。客足が落ち着いたタイミングで、俺は裏口の扉を開け、コンビニのゴミを収集ボックスに捨てようとしていた。薄暗い裏路地に生ゴミの香りが立ち上り、思わず鼻をしかめる。
そのとき。
風もないのに、ふわりと空気が揺れた。
「……ん?」
何かが、降ってきた。
光。まるで蛍光灯を歪めたような白い光が、ゴミ置き場の真上に唐突に現れ、そこから何かが――いや、誰かが落ちてきた。
ドサァッ。
「えっ」
目の前に倒れていたのは、一人の少女だった。
長い銀髪が夜の闇に映え、白く透けるような肌。ドレスのような布を纏い、見慣れぬ装飾品を身につけている。そして何より目を引いたのは、彼女の耳――人間にはあり得ない、鋭く伸びた長い耳。
「……おい、ちょっと。大丈夫か?」
近づくと、少女はうっすらと目を開けた。琥珀色の瞳が、俺を見た瞬間、ぱちくりと瞬き――
「ここは……? 余は……いや、我は……どこに落ちたんじゃ?」
第一声がこれだった。
「……え?」
俺は思わず素で聞き返す。
「え、って、貴様! この我に向かってその態度とは無礼であろう!」
少女はずずいと距離を詰め、なぜかドヤ顔で胸を張る。
「我はフィーネ=ルセルリィア! 高貴なるエルフの血を引く者にして、選ばれし魔法使い見習いぞ! いましがた転送術にて人間界に――って、あれ? ここって……その、えっと……」
急に不安げな表情を見せ、周囲を見回した彼女は、積み上げられた段ボールと「生ゴミ注意!」の文字を眺め、絶望的な声を漏らした。
「……なにゆえゴミ置き場なのじゃ」
お前が聞くなよ、と言いかけて、やめた。
「おい、ちょっと待て。エルフ? 魔法? 何のコスプレ? 撮影?」
「なっ、コスプレとは無礼な! これは我の正式な礼装であり……」
「わかった、もういい。とりあえず立て。風邪ひくぞ」
事態はまったく理解できていなかったが、とりあえず放っておくわけにもいかない。真夜中に奇妙な少女が倒れていたら、普通は通報モノだ。けれど、彼女の怯えた表情を見て、なぜか放っておけなかった。
俺は手を差し出す。フィーネと名乗った少女は、少し戸惑った後で、その手を取った。
驚いた。彼女の手は氷のように冷たくて、でも妙にしっくりくる感触だった。
「ふむ……人間にしては、悪くない手じゃな」
「評価される筋合いないけどな」
こうして、俺の夜勤バイトに、突如『異世界からの迷子』が加わった。
翌朝には、俺の生活がどう変わっていくかなんて、まだこれっぽっちも分かっていなかった。