第1章第8話 甘い記憶と苦い決心
俺が異世界召喚されてから一週間。秘書の仕事にも慣れてきた俺は今日初めての休暇を取った。そのため、今は推定一時だがベットの中でゆっくりしていられるのだ。
「ふぁーあ。そろそろ起きるかぁ」
折角今日休暇を取ったのにずっと寝ていては時間がもったいない。ということで、俺は今日のプランをたてようと頭をフル稼働させてみた。だが、
「俺は友達が少ない」
のである。友達なんてこの世界にはジルとリッツくらいしか居ない。そんな彼らは今も仕事中だ。
確かに、俺は秘書の仕事をする中で知人は増えた。しかし、その面子を見てみれば俺の気持ちも分かるというもの。
髪を七三分けにした官僚っぽい男というか男の官僚。捕鯨禁止で俺の生活も危ういと言いながら泣き落としにかかってきたおっさん。政治家は常に裏の裏を読めとでも言ってそうな白髪眼帯アリの大臣さん。
知り合いというレベルでも女性という女性はリディーさんくらいだ。その唯一のいやしとなるべき俺のオアシスが毎日苛めてくるのでは嫌になる。そろそろおんにゃのこ成分を補給したいものだ。
なんかさ、アレだよね。世界の俺に対する拒絶感みたいなものをひしひしと感じる。本能的なものなんだけどさ、何かねー。場違い感が四六時中あるんだよ。やっぱ、ここって異世界なんだよなー。
「さて、とりあえず出かけるか」
そんな無駄な思考をしている内に、俺は着替えが終わり、靴もはいた。
ちなみに俺がこの世界に来た時に来ていた制服は大事に保管してある。今俺が来ているのはスーツっぽいもの。秘書になった時に支給されたものだが、仕事中でなくても私服として使っていいらしい。
まあ、プライベートで使う人はあまりいないらしいが。
外に出て、今後の方針を決める。ちなみにもう城の地理は覚えた。リディーさんのスパルタ特訓で。
「そうだな……騎士団の演習でも見るか。見学は自由らしいし」
騎士団。それは、王族の主力戦力の一つである。総勢約二千騎と小規模だが、練兵度は王国一だという。何故見に行くのかといえば、騎士団の演習がハンパ無く厳しいらしいから好奇心をそそられたのだ。しかし、俺はこの噂を聞いた時一つの疑問を抱いた。
何故国王は平和大好きなのにそんなに厳しく演習するのだろう?
この疑問には、リディーさんが答えてくれた。その言葉を引用させてもらおう。
そもそも、このカタパルト王国は多数の貴族と一人の国王の連邦国家である。簡単にいえば江戸幕府と似たようなものなのである。それも幕末の。
つまり、長州藩とか薩摩藩のように強大な力を持つ貴族がわんさかいるのだ。
それをふまえれば分かるだろう。もしも戦争するなら各貴族に動員令を出してもらうのだ。
そして、カタパルト王国の最大動員兵力は八万人。そのうち六万五千人が貴族の兵隊であり、国王直々の家臣は一万五千人しかいない。王族の力が弱くなるとともに貴族の力が大きくなり、合議制になったのもこれが原因である。
つまり、「国王直々の家臣、いわば『旗本』なんだから強くなろうぜ。そうじゃないとただでさえ貴族どもに舐められているのにこれ以上舐められて下剋上されちまう。」ということである。
話がそれたが、とにかくカタパルト王国の騎士団は強い。世襲制ではなく実力第一なのだ。全国の猛者が集まるのだ。ヤヴァい。クソ強い。不良十人に囲まれても勝てるレベルだ。
「ここか」
と思っていたのだが、それは思い違いだった。
「やあ‼」 「はあ‼」 「せいや‼」 「とりゃぁーッ‼」
速い。早すぎて剣筋が見えない。しかも十連撃とか普通に繰り出しているし。
とゆーことで訂正。不良十人じゃねえ。百人はフクロにできる。千人も可能なのでは?という次元だった。
ここは大広場。騎士団の連中が演習している。それを見学しているのもまた顔が傷だらけの巨漢ばかり。なんだかなー。
十分ほど見ていてなんか飽きたので図書館に行くことにする。歩いて。歩いて。歩いて。歩いて。三の丸の中にでけえ図書館があった。
「これが国立図書館か……とんでもない蔵書量だろうなぁ」
見渡せる程度には本棚の数が多い。これで一階から三階まであるのだから驚きだ。元の世界に合った市立図書館より蔵書量が多いかもしれないぞこりゃ。
しばらく図書館のスケールに茫然としていると、図書館の館長らしき人に声を掛けられた。
「どうしました?」
どうやら、俺が驚いていたのを不審に思ったらしい。心配そうな表情で俺の様子を見ている。
「いえ……あの、本を探したいんですけど」
「何の本ですか?ウチは蔵書量が多いので大抵の本はあると思いますけど」
「いえ、特定の本ではなく……たとえば歴史関連の本とか。そんな感じで」
「分かりました。では、付いてきて下さい。二階だと思います」
俺のあいまいなニュアンスを掴み取ったのか、館長は俺を先導してくれた。螺旋式の階段を上り、二階に着く。すると、館長は俺の方を向いた。
「こちらが歴史関連の本になります」
指差された方を向くと、確かに歴史関連の本があった。
「では、ごゆっくり。用があればなんなりと」
そう言い残し、館長は帰って行った。
「さてと。何を読もうかなー」
なんとなく歴史って言ってしまったが、特に何を知りたいという訳でもない。適当に探して良さそうな題名の本を見つけよう。ノリだよノリ。
「む?」
俺はふと目に留まった本を手に取る。『魔導国家セリウス王国の召還王』という題名だ。
「へえ」
代々国王が死ぬたびに次の王を召還するセリウス王国。今でこそ十九代国王タロウ・ヤマダの悪政により没落した国だが、かつてはアリア大陸を席巻しもう少しで統一できるほどの勢いだったらしい。まえがきではこの山田太郎国王を痛烈に批判している。
この本の内容に移ろう。
世は四百年前のピタゴラス帝国崩壊時。群雄が割拠していたこの時代にある少女が召還された。彼女の名はジャンヌ・ダルク。
「ってオイ!」
いきなり偉人が出てきてビックリしたが、読み進めるとしよう。
…………難しい。よく分からないので小難しい所は飛ばして読む。
要するに、ジャンヌ・ダルクは十二年の時をかけてセリウス王国を建国したのだと。その後八代国王のハナコ・ヤ……山田花子国王がその天才的な智謀と緻密な戦略により大陸に覇を唱え、アリア大陸一の大国にまで上り詰めた。しかし六十五歳にて結核を患い、病死。その後に起こった後継者争いで、セリウス王国は衰退したのだという。
「面白かったな。……ん?これも面白そうだぞ」
その本の題名は『召還魔法の歴史』。セリウス王国での召喚王システムを書いている。
「へえ」
この本に書いてある内容。それは、俺の将来に大きく関わることになるであろうものだった。
召還魔法に使われる魔力はとてつもなく大きい。たとえば、セリウス王国の国王召喚の場合。大魔導師一千人分の魔力を集束し、その魔力を使って召還術『神よ王者を召還せよ(キルシュガイスト)』を発動すると異世界から人間を召還できるらしい。
しかし、そんな量の魔力を溜めることは常人には不可能なので魔力を溜める魔導石で溜める。そして魔導石に溜められた魔力を使って召還術を行使するのだという。
だが、召還魔法は創造魔法、時限魔法、消滅魔法と並んで難しい次元魔法の一つである。(ちなみにこの四種の魔法は伝説の四幻魔法といわれている。後ろに魔法と付いているが代わりに属性と付けても支障は無い)
そのため、召還術の使い手はセリウス王国の神官のエーベル一族の直系のみなのだ。
「なんだよ。それじゃあ、俺が元の世界に帰るのにはセリウス王国のエーベル一族の助けが必要なのか? 同じ属性の魔法なら使えるかもしれないし」
そして、俺は思い出した。最近は忙しくてすっかり忘れていたが、俺って召還術の被害者なんじゃん。何でジルはエーベル一族の直系ではないのに召還術使えるのか? と。
「お、これか」
次に手に取ったのは「四幻魔法について」という本。さらに召還への知識を深めようと思ってね。
俺を呼び出したのは、召「喚」魔法。四幻魔法一つである召還魔法の原型だ。無論、それなりの技術と魔力がないと発動できないらしいが、大魔導士位なら余裕に行使できるんだとか。
さっき滅茶難しくてエーベル一族の直系でないと使えないと書いてあったのは、人を召還する魔法のこと。数々の前例があるのは、人ではなく動物を召喚する魔法らしい。
基本的に召喚(還)される動物は皆魔力を有し、召喚された魔獣は召喚獣と言われて魔術師に従うようになる。人間は召喚獣に比べて遥かに大きな魔力を有しており、召喚獣はどんなに凄くても亜竜(竜のワンランク下の位置付けをされている獣)レベルまでらしい。
この辺はハンナさんに教わったな。
ジャンヌ・ダルクが一人で千人を相手取ることができる程魔力が莫大だった、という表記には驚かされたなー。リアル一騎当千怖ぇ。tk元の世界では魔法なんかつかってなかったじゃねーか。
上に書いてあることを要約すると、二行で終わる。
人を呼び出すのが「召還」
獣を呼び出すのが「召喚」
「そうゆーことか」
恐らく、俺はジルが召喚獣を呼び出そうとしたところで、何かの間違いで召還されたのだろう。何かの、間違いねえ……。釈然としないな。魔力を大量に使わないと人間は召還されないはずなのに、何故俺は召喚用の少なすぎる魔力だけで召還されたのだろうか。召還された人は大きな魔力を有するはずなのに、何故俺はカエル一匹すら殺せないのだろうか。
まあ魔術について俺は門外漢だから、これ以上考えても仕方がない。気を取り直して次行こうか。
「ふむ、ふむ……」
読み進めていくと、召還・召喚された人の帰還方法についても言及されていた。一言で言うと「シラネ」である。あることにはあるらしいのだが、はっきりとしている前例は一回のみ。一回召還されて帰還して再び召還された奇特な男がいるらしく、帰還後の安全は確実らしい。しかし、それだけだ。
具体的な手法はエーベル一族が知っている可能性が高い。ただ、国家機密なので誰も知り得ないだろう。とのこと。
「はぁ。それにしても、元の世界に帰れるのはいつになるのかなー」
ふと、みんなの顔を思い出す。
いつもニコニコしていて陽気だった母。厳格だが所々に優しさが見え隠れした父。だらしなかったけどなんだかんだいって頼りになった兄。赤ん坊で可愛い妹。小学生のころからの親友だった明るくひょうきんな佐野。変態だったが、何故か頭は良かった飯田。同じ部活で共に青春の一ページを刻んだ熱血天然の原口。唯一の突っ込みキャラだった山本。
そして、次々と走馬灯のように記憶が蘇る。
そう。みんな、良い奴だった。一度は会えないって絶望したけど。本当に会えないかもしれないけど。それでも、俺は諦めたくない。
「俺は哀れな誤召喚の被害者だ。俺から望んだわけではない。この世界に未練なんて無いが、元の世界には滅茶苦茶未練がある。思い出さないようにしているだけで」
そう、可能性はゼロではない。あの本には召喚獣の送還についても少しだけ書かれていた。前例はあるが、詳しいことは分かっていないらしい。エーベル一族なら知っているかもしれない、とだけ書いてあった。
「こういうのを、諦めが悪いっていうんだろうなぁ」
正直、俺はさっきまでは特に目標なんて無かった。でも。今、俺は明確な目標を見つけたんだ。
確かに、可能性は低いさ。何もかも手探りで、いつ帰れるかなんて分かったことじゃない。でも、俺は帰りたいんだ。元の世界に、帰りたい。
たとえ、帰還できる可能性が低いとしても。たとえ、帰還後の安全を保障されていなくても。それでも、俺は。俺は――――
「絶対帰ってやる」
そう、俺は決めた。