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異世界の智将  作者: トッティー
第三部 怒涛編
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第7章第7話 決着(2)

 木と木の間をすり抜けた矢が地面に突き刺さった。すぐ傍を矢が通り過ぎたというのに、カタパルト王国軍臨時騎士団長は微動だにしない。僅かに不敵な笑みを浮かべ、エッフェルは言葉を吐き捨てた。


「そろそろか」


 フリーダ皇国軍左翼の騎馬隊ババロア軍を山中に誘い込み、横を予備兵力の歩兵に突かせるという作戦。山中では騎兵の戦闘力は著しく低下するので、歩兵の優位性が高まる。歩兵の急襲によってフリーダ皇国軍の左翼は崩れるはずだ。

 ただ、これも機が重要だった。あまり長く山中での戦いを続けると、敵将も気付く。騎兵が山の中でいることが致命傷になり得るということを敵将が気付く前に歩兵による急襲を行うべきだ。

 既に戦闘が開始してからかなりの時間が経っている。カタパルト王国軍の中央と左翼では激戦が繰り広げられており、兵力差のためカタパルト王国軍は大変な劣勢にある。そろそろ動かなければ手遅れにさえなる可能性もあった。


 予備兵力を率いるジュワンベルクという男から、連絡兵が送られてきた。


 五分後、突撃を行う。支援されたし。


 愛想の無い簡素な内容だったが、エッフェルの口元を緩めるには十分だった。五分後に一斉に反攻するよう、各部隊に連絡兵を出した。敵将ババロアは、まだ危機感を覚えていないようだ。いける。エッフェルは確信した。


 五分が経った。左斜め前の方向から、大地が震えたのかと錯覚させる程のどよめきが起こった。エッフェルも全部隊に命令を出す。


「総員一斉反攻だ。かかれっ!」


 いきなり横合いから急襲を受けたババロア軍は、今までずっと後退していた騎士団の突然の反攻によって完全に浮き足立った。精鋭青鳥連隊以外の軍勢が完全に逃げ腰になっている。ババロアは後退しながらも腰を据えて耐えようとしているが、山中では騎兵の利はない。ジュワンベルク率いる予備隊によって切り崩されていく。


「進め、進め!」


 これまでの戦闘で傷ついていた騎士団も負けてはいなかった。まずは青鳥連隊以外に所属する雑兵を優先的に攻撃し、ババロア軍の戦線に穴を開ける。後はその穴をどれだけ広げられるかである。青鳥連隊が戦線の穴を修復しても、次の穴を作ればいい。

 予備隊の奇襲によって主導権を握った騎士団は猛烈な攻撃を繰り出していた。


 一方、ババロア軍は後退し続けていた。山中から脱出すれば、歩兵で構成される予備隊に対して騎兵の優位を発揮できるからだろう。


「だが、最早手遅れだ」


 呟く。

 奇襲を受けた時、ババロア軍は山中に深く食い込んでしまっていた。その全てを山中から脱出させることは難しい。既に青鳥連隊すら統率を保てなくなってきていた。逃げる者こそいないものの、戦線を維持できない。既に前線で戦っている者は青鳥連隊だけとなっているので仕方ない面もある。


 ほどなく、ババロア軍は瓦解した。青鳥連隊を中心になんとか騎兵を纏め撤退しているが、継戦能力はないだろう。そう考えていたエッフェルの元に、予備隊の指揮官ジュワンベルクが訪れた。


「エッフェル殿。右翼での戦いは、勝敗分岐点を越えましたな」


 ジュワンベルクはジュネ将軍率いる歩兵軍団の一隊を率いる役職だ。臨時とはいえ将軍格であるエッフェルに対しては敬語を使う。年齢もそれ程離れてはいない。


「作戦通り、ジュワンベルク殿には私の指揮下に入ってもらいます」


「無論のこと」


「では、我々騎士団が先行してフリーダ皇国軍の背後に回りますので、ジュワンベルク殿はそのまま予備隊を率いて我々の後ろを追ってもらいたい」


「承知致した」


 山を出たエッフェルは、ジュワンベルクへの宣言通りフリーダ皇国軍の背後に回ろうとした。敗走するババロア軍には目にもくれない。数分間騎士団を静止させて陣形をある程度整えると、ためらわずに前進を命じた。

 フリーダ皇国軍の本陣に目をやった。先程までの意気盛んな猛攻勢は消え去り、躍起になって撤退の準備を始めている様子だ。雇われ傭兵で構成されている部隊の一部はもう逃げだしている。


 幾ばくもなく騎士団はフリーダ皇国軍の後方を確保した。

 これで包囲は完成したことになる。フリーダ皇国軍にとって、後ろを騎士団から左を予備隊から前をカタパルト王国軍中央・左翼から右を川から、それぞれ阻まれている状況だ。

 辛うじて川沿いの後方は空いているので、フリーダ皇国軍の将兵はそこに殺到するだろう。


 そこまで考えて、エッフェルは目を細めた。


「腰を据えて我が軍の本陣を攻めるようなら、まだ趨勢は分からなかっただろうが……。逃げるのであれば、最早我が軍の勝利は決定的だな!」


 後半部分は声を張り上げて言った。

 戦力の大部分を消耗し、組織的戦闘が難しくなってきている騎士団である。もう勝てる、という士気の高まりが一番重要だった。


 フリーダ皇国軍が動いた。一斉の撤退である。


「そう簡単にはいかないか」


 エッフェルの予測は外れた。フリーダ皇国軍は堂々と騎士団に向かってきている。恐らく、ライル大将軍辺りの考えだろう。うまくいけば、堂々と撤退できる。


(疲弊した騎士団にあれほどの大軍を全て受け止めるのは難しいことだ。本当は、敵側からそれを回避して欲しかったのだがな)


「閣下。敵軍の圧力を正面から受けきれるでしょうか」


「ある程度は可能だな。大半の兵は士気を失っている。それに、ジュワンベルク殿の予備隊もいる」


 質問した従者はエッフェルの「ある程度」という言葉に含まれた意味合いに納得したようで、それ以上言葉を発さない。


 近づく。


「わかれ!!」


 エッフェルが怒声をあげると、騎士団が二つに分かれた。それぞれが更に二つに分かれ、四つとなる。機動を重視する縦隊だ。

 突き進むフリーダ皇国軍の勢いをかわすように、四つの部隊全てが後退し始めた。横隊で進んでいたフリーダ皇国軍は拍子抜けしたようで、戦列が乱れる。


 そこだ。


 エッフェルのがなり声に呼応し、四つの部隊はいささかの遅滞もなく一つに纏まった。これも縦隊。若干突出していた小さな兵の纏まりに向かって攻めかかる。フリーダ皇国軍はそれに対応できない。

 騎士団はあっという間に局所的勝利を収め、更に前へ突き進んだ。うろたえるフリーダ皇国軍を押し込むように暴れまわる。

 そこで予備隊がフリーダ皇国軍の横を突き、騎士団の攻勢は一段と峻烈さを増した。

 フリーダ皇国軍は一旦兵を引いた。


 そうこうしている内にも、カタパルト王国本軍は逃げるフリーダ皇国軍の背に猛烈な追撃をしている。フリーダ皇国軍に時間はない。


 撤退を防げた。そうエッフェルが思い、ジュワンベルクも恐らくそう考えていただろう。だが、次の瞬間。彼らはその見通しが甘かったことを反省せざるを得なくなった。


「……ッ」


 エッフェルが歯を噛み締めた。


 フリーダ皇国軍が騎士団に対して、ほぼ全軍を投入したのだ。それも、先頭に立つのは皇王ガストンと最精鋭である親衛隊。不退転の決意であろう。


 同じ戦法は通じない。エッフェルは騎士団を分散させず纏まらせて親衛隊を迎撃した。

 一当たりすると騎士団をすっと横にずらした。親衛隊はわき目も振らずに北へ逃走しているが、追いすがれば牙を剥くだろう。


 意図的に皇王を見逃したエッフェルの目的は、兵力の撃滅だった。親衛隊とまともに戦ったとしても騎士団の壊滅は免れず、結局逃げられることになる。そう考えていたので皇王を逃がしたに過ぎず、これ以上の軍勢を逃れさせるつもりはない。


 皇王に続けとばかりに逃げようとするフリーダ皇国軍の前に立ち塞がり、激突。

 挟撃と言う形になるので騎士団が有利だ。敵に動く暇を与えずに四つに分かれたり一つに纏まったりとできる騎兵の機動力を活かし、局地的な戦力の集中で次々とフリーダ皇国軍の攻勢をくじく。

 それを何度か繰り返すと、騎士団の継戦能力は限界に近づいてきた。動きにキレがなくなってきている。攻勢を受けきれなくなってしまう危険を察知したエッフェルは全軍に下知を出した。


「全軍、左後方に移動!」


 騎士団の抜けた穴は先程から包囲の要となっていた予備隊に任せ、騎士団一旦軍勢を纏めるべく後方に下がった。


「口惜しいが、これ以上の戦いは無駄に部下を死なせてしまう」


 多くの死者、重傷者を出した騎士団である。必要最小限でも再編をしなければ手痛い反撃を食らってしまう可能性すらあった。


 寸秒を争って再編を行う騎士団を片目に、戦況は目まぐるしく変化していた。


 フリーダ皇国軍は予備隊を打ち破り退却炉の確保に成功。わき目も振らず逃げ始めた。一方、長い間追撃を止めていた殿軍が遂に瓦解し、カタパルト王国軍の攻勢も強まった。


 最終的にフリーダ皇国軍は全面潰走し、カタパルト王国軍は戦果拡張のため全力でそれに追いすがる格好となった。

 どれだけの将兵をこの追撃戦で殺せるか。それにカタパルトの趨勢がかかっている。親衛隊以外の軍勢を撃滅すれば、フリーダ皇国軍としてもこれ以上の戦闘行動は不可能になるのだ。


 再編が終わった。


「戦闘再開だ。北上するぞ」


 既に騎士団員の体力は限界に近かったが、エッフェルにはそれを考慮するつもりはなかった。

 敵が潰走状態に陥っている以上、疲労していてもある程度の戦果は確保できる。また、追撃戦において騎兵の重要性は非常に高い。

 そう判断した上でのことだ。多少兵士が疲れているからといって、勝負所の場面で休ませておくのは非効率的である。


 エッフェルは手綱を引き締めた。血に濡れた大地の上を騎兵が一斉に駆け始めた。

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