第7章第6話 決着(1)
「我こそは、カタパルト王である! 誇りあるカタパルト戦士よ、共に戦おうぞ!」
ジルが声を張り上げた。
親衛隊の猛攻に戦意を削り取られていた近衛隊士の一人が怒声を上げる。それを皮切りに、他の近衛隊士もがなり声を上げて親衛隊に斬りかかっていく。いつしか、近衛隊全体がどよめきを起こしていた。
負けじと親衛隊も怒号を上げて突っ込んで来た。本陣に、数十人の親衛隊士が侵入してくる。近衛隊士達がジルを守らんとそれを妨げた。
「邪魔だ!」
一斉に襲い掛かって来た親衛隊士とジルを守らんとする近衛隊士が剣戟を交わし合う。何人かがジルの防衛網を掻い潜って目前に到達した。
リッツがその内の一人に対して槍を振り降ろす。男が剣を頭上に構え、それを防ぐ。リッツは瞬時に間合いを詰めた。左手に持った短刀で首を斬りつける。噴水のような血飛沫が上がった。
呆けて見ている訳にもいかない。俺の方に、というより隣にいるジルめがけてだが、二人の親衛隊士が襲いかかって来た。ジルがとっさに魔術を放つ。
「神の炎よ、燃え上がれ!」
「……ッ」
「水の障壁!」
一人は体を捻ってよけ、もう一人は魔術で対抗した。滝の様に流れ落ちる水の壁が噴射される炎を阻む。
すかさず後ろからリッツが魔術師の方の親衛隊士に斬りかかった。魔術師は後ろを振りかえって魔術を放つ。二つの水球が形成された。発射。リッツは体を落として一つを回避したが、時間差を置いて放たれたもう一つの水球をかわしきれない。胸に直撃し、数メートル後ろに跳んだ。すぐに体勢を立て直すが、遅れて防衛網を抜けた二人の親衛隊士に後ろをとられる。
一方、ジルの魔術を避けた方の親衛隊士が迂回して接近する。ジルとその親衛隊士の間にいる俺を睨んだ。明確な殺意が伝わる。俺が構えるのと同時に剣を振り上げた。左だ。反射的に飛び退く。
「神の炎よ、突き抜けろ!」
熱。熱が俺の首筋を通った。細い槍のような形状の炎が親衛隊士の顔面を狙う。親衛隊士は重心を落としてかわした。
跳躍。低い位置を保ったまま接近してくる。まずい。俺は剣を斜め下に突き出した。が、弾かれる。俺の倍の速さで剣を動かした親衛隊士が、命を刈り取ろうと容赦なく俺の首めがけて剣を振った。
「……ッ」
近衛隊士が剣を構えて割り込んだ。危ない、と呟く暇すらなく、俺は慌てて後退する。
目前で二人が五合十合と撃ち合い始めた。近衛隊士はつばぜり合いに持ちこむと、そのまま親衛隊士を押し切った。親衛隊士の体勢が崩れる。近衛隊士は容赦なく剣を突き降ろした。親衛隊士は一度体をビクンと震わせ、こと切れた。
「大丈夫か、リョウ殿」
「助かった……。ありがとう」
ようやく呟く余裕ができた。呆然として立ちすくむ。
とはいえ、平和な時間は長くは続かない。防衛網を掻い潜って、というより押し切って、俺達の前に大量の親衛隊士が現れた。六人。血塗れの様相がそれまでの激戦を物語っている。鋭い眼光が一斉にジルの方へ向く。
「覚悟!」
槍を抱えた三人の親衛隊士が正面突破を狙う。リッツが一人でその前に立ちはだかった。左側からは二人。右側からは一人。両方剣だ。これには、リッツと共に護衛をしていた近衛隊士二人が左右に分かれて対応する。
剣を持った親衛隊士三人が左右に旋回すると共に、リッツに向かって正面の親衛隊士三人が同時に攻撃を仕掛けようとした。
「はぁぁッ」
リッツが咆哮を上げる。二人の動きが止まり、防衛体勢をとる。結果、一人動じず槍を突き出した親衛隊士が突出することとなった。リッツは突きを受け流し、近寄った。親衛隊士の腕は伸び切っている。親衛隊士は舌打ちすると、槍を捨てて短刀を抜いた。
無駄だ。
リッツの剣は斜めに構えられた短刀を叩き折り、親衛隊士の頭をもかち割った。血が噴き出し、ようやく動こうとした二人の親衛隊士が視界を妨げられる。それはリッツも同様、一度後ろに跳んで体勢を整えた。
仲間の落命を見て憤ったのか、一人が黙然と槍を突き出してきた。いなされる。もう一人が、数瞬遅れた後慌てて槍を突き出す。かわされる。先走った方の親衛隊士が、二つ目の突きを繰り出した。もう一人はまだ体勢が整っていない。リッツはさっと身をかわし、低空から剣を振った。狙い澄まされた軌道が動脈を断ち切る。
これで、残り一人だ。
この間、右側では激闘が繰り広げられていた。実力は近衛隊士の方が優れていたが、親衛隊士もなかなかにしぶとい。傷を増やしつつも粘り強く剣を振るっている。決定打を狙う近衛隊士と、時間稼ぎを目論む親衛隊士。戦いそのものは、均衡した展開になっていた。
他方、左側では近衛隊士が命を散らしていた。同じ精兵ならば、数の多い方が勝つ。俺やジルの援護も、息が合ってなければむしろ邪魔でしかない。近衛隊士の絶命を確信した親衛隊士二人が唇を舐めた。そして、猛然と襲い掛かる。
「陛下!」
リッツが物凄い勢いで飛び下がり、二人の親衛隊士に襲い掛かる。正面の戦いを確認していたのか、大して驚きもせず一人が迎撃した。もう一人はジルの命を狙って突っ込む。
「神の炎よ、突き抜けろ!」
炎の槍が親衛隊士の胸に向いた。身をかがめてこれを避けた親衛隊士に、俺が剣を突き出した。連携が成功して勝利を確信した俺だったが、そう簡単にはいかなかった。へっぴり腰で放たれた突きが親衛隊士に弾かれ、間髪いれずに俺の足を蹴り抜く。
「……ッ」
転倒した俺を踏み越えて、親衛隊士がジルに迫る。
「神の炎よ、燃え上がれ!」
「……、チッ」
親衛隊士は難なく飛び退いた。その表情には焦燥が浮かんでいる。再度飛びかかろうとした親衛隊士に、ジルが魔術を放った。
「神の炎よ、壁をなせ!」
薄い炎の壁がジルと親衛隊士の間に現れた。通ることは、できない。親衛隊士は剣の切っ先をジルに向けた。ジルの背筋が凍る。急いで盾を取り出そうとした、その瞬間。親衛隊士が剣を投げた。
投擲された剣が炎の壁を抜ける。柄に炎を纏ってジルの首に向かう。
際どいところで盾を構えるのが間に合った。親衛隊士はその間に炎の壁を迂回して、ジルに近寄る。だが、ジルの前にリッツが立ちはだかった。
「貴様!」
剣を持った親衛隊士を叩き殺してもう一人の槍を弾き、二人を無力化したリッツが親衛隊士を睨む。短刀を抜いていた親衛隊士は後ずさり、右側での一対一の激闘に加わろうとした。闘っている近衛隊士を殺してリッツに二対一で立ち向かおうとしたのだろう。
だが、リッツの前で不用意に下がったのがいけなかった。のけぞった親衛隊士の頭を剣がかち割り、体当たりで死体を思い切り遠くに吹き飛ばした。振りかえり、ジルの安全を確認したリッツは右側で戦っていた親衛隊士に向かって短刀を放った。親衛隊士は呆気なく息絶え、それで残りは弾かれた槍を拾った親衛隊士一人となった。
「俺がやる」
右側で戦っていた近衛隊士にジルの護衛を要請し、リッツは最後の親衛隊士と向かいあった。が、楽にはいかない。五人の親衛隊士が防衛網を突破したため、振り出しに戻ってしまったのだ。
リッツは先制した。六人の親衛隊士の群れに飛び込んだのだ。
親衛隊士の倍程の速度で剣を振るい、次々と敵の武器を弾く。隙をさらした親衛隊士の命を容赦なく刈り取った。残り五人。
二人が前後から斬りかかった。右側では慎重そうな親衛隊士が構えている。左側は頭に血が上っていそうな様子だが、二人だ。リッツは咄嗟の判断で右に跳んだ。前後二人の武器がぶつかる。同時に、リッツは慎重そうな親衛隊士の袈裟切りをかわして首を切り裂いた。残り四人。
我に返って攻撃してきた親衛隊士の猛攻を潜り抜け、次々と命を刈り取っていく。三人目の首筋を切り裂き、リッツは剣を構えなおした。残り一人。
流石に強敵だった。数合撃ち合い、一旦間合いをきる。数秒、時間が止まったように感じられ、遂にしびれを切らしたのか親衛隊士が動き出した。剣をリッツの首に向けて思い切り突く。リッツはそれを払い、後ろに下がった。親衛隊士は攻撃の手を緩めない。薙ぐ、斬る、突く、突く。そして五つ目の攻撃に出ようとした。
瞬間。
「あっ」
リッツは先の先を制し、親衛隊士の頭を剣でかち割った。有り余る勢いの体当たりで体を吹き飛ばし、再度頭を叩き斬る。親衛隊士の頭は完全に砕かれ、頭蓋骨からゼリーのような脳味噌がこぼれ出た。
ようやく立ち上がった俺は、息を荒げるジルの元に駆け寄った。
「大丈夫か」
「あぁ。魔力は枯渇しちゃったけどね」
そんなことより、とジルは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「賭けに、勝ったみたいだ」
その視線の先には、山のふもとから空に昇っていく狼煙があった。