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異世界の智将  作者: トッティー
第三部 怒涛編
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第7章第3話 衝突(3)

「全軍、前へ! 前進だ!」


 第二陣の斬り込みに一時うろたえたカタパルト王国軍だったが、カタパルト一の猛将ジュネが前線に出たことによって一時的に勢いを盛り返した。フリーダ皇国、カタパルト王国双方の軍事的指導者が大軍を指揮して戦ったのだ。おのずと兵士らの士気は上がる。

 ただカタパルト王国軍の優位も長くは続かない。フリーダ皇国軍はライルの指揮によって着実に戦況を有利に進めていった。


 この戦闘経緯は、両将の性格が浮き彫りになったものだとも言える。自ら前線に立って兵士を鼓舞するジュネ将軍と、自身は後方に立って部隊を効率的に運用するライル大将軍。瞬発的な攻撃力はジュネに軍配が上がるが、粘り強く戦わなければならないような分の悪い状況に向く指揮官ではなかった。


 それでも、ジュネは練達の士としての経験を活かして、消耗戦に持ち込んだ。


「おおおぉぉぉーーー!」


 ジュネ自ら率いた歩兵軍団が雄叫びをあげた。再び勢いを盛り返そうと一人一人がしゃにむに突撃していく。それでいて互いの連携を忘れず組織的に敵兵をなぎ倒していくのは、流石に精鋭と言えた。現在辛うじて敗勢にならずに済んでいるのは、カタパルト王国が手塩にかけて育てた歩兵軍団の働きあってこそだった。


 ジュネは再び前線に赴き、護衛の兵数人と共に敵陣に斬り込んだ。


「ローラン・ジュネ将軍とお見受けする!」


 欲に駆られたのか、目の血走った分隊長らしき男がジュネの首のみを狙えと叫んだ。一斉にジュネの方へ兵士が流れ込む。護衛の兵がジュネを中心に半円状に広がり、それを防ごうとする。

 防ぎきれずに二人の兵がジュネの前に到達した。一人は槍、一人は剣を手に持っている。


 右。蹴りが浅い。ジュネの頬を薄く切るに終わる。

 間髪いれずに一人が槍を突き出した。体を翻す。同時に、右手に持っていた短刀で剣を振り終えた隙だらけの兵士の脇を切り裂いた。勢いをそのままに、右足でもう一人の腰を蹴り飛ばす。その兵士の手から槍が落ちた。

 そこで更に二人増援が来た。二人とも槍だ。ジュネも槍を取り出す。

 片方の兵士が先走って攻撃を仕掛けた。左だ。体を半歩右にずらして槍を突き出す。半瞬遅れて右の兵士が反応するが、先に届いたのはジュネの槍だった。

 後方から、先程右脇を切られた兵士が片手で剣を突き出してきた。体を落とし、かわす。

 立ち上がって向かってきた兵士のすねを蹴り飛ばし、後ろに振りかえった。時をおかずに数人の兵士から斬撃が飛んできた。防ぐ。


 だがその間に右側から槍が振られた。


(……、まずいっ)


 間一髪。

 護衛の兵士の一人が右側の兵士を斬った。続けざまに先程蹴られた兵士も斬り殺す。

 ジュネは前の兵士に槍を振りかざした。苦悶の表情を浮かべた兵士が突っ込んで来る。腰を落とす。低い音を発生させた体当たりはジュネの勝利に終わった。体当たりに負けた兵士が吹っ飛ぶ。

 追い討つ。数合を撃ち合い、敵兵が体勢を立て直そうと下がった。


「……ッ」


 敵兵の体から血飛沫があがった。血に濡れた穂先が日光に照らされて不思議な光を放っている。息が、途絶えた。

 ジュネは前方を見据えた。周辺に敵はいない。乗馬し、改めて戦場を見まわした。


「閣下。若干突出してしまっています」


「そのようだな」


 練度の高い歩兵軍団のみは互角以上に戦っているが、他の軍勢は防戦に終始している。ここに至って、ジュネはこのまま同じ戦法を続けていてもじり貧に陥るだけではないかという疑念が頭をもたげた。


(将が前線に立つと、大局的な視野で戦場を見渡すことが難しくなる。それを補える程の攻勢には至らなかったか)


 ジュネは本陣の方向へ馬を向けた。








 戦場は第二局面に到達した。


 左翼は最初から劣勢で、中央も二度の優勢を経て現在守勢に回っている。頼みの綱である右翼までもが形勢不利で、じりじりと後退しているのだ。

 やはり、歴然とした兵力差は根性や気合では覆せないものなのだろう。先程ジュネ将軍が前線で指揮した全面攻勢が一時の優勢しかもたらさなかったことが、それを証明している。


「リョウ。どうだ」


 ジルが不安げな表情で俺に発言を求める。


「率直に言って、このままでは負けるだろうな。こんな状況じゃ、そう遠くない内に潰走に陥りそうだ」


 焦燥を隠して淡々と答える。一方、ジルは気が気でないようだ。歯をぎりぎりと噛み締め、指で机をタンタンと叩いている。

 勿論俺だって叫びだしたくなるような不安は抱えている。胃に引き締まる様な痛みを感じている。しかし、一国の趨勢を背負うジルの心労は察しがたいものがあった。


「戻りました」


 ジュネ将軍が本陣に戻って来た。槍から血が垂れているのも気にしないで、どかっと席に座る。威風堂々とした振る舞いに若干の安心感を覚えたのだろう、ジルの指が止まった。


「陛下。このままでは負けまする」


 ジュネ将軍が口を切った。険しい表情をしている。やはり、誰が見てもこの戦いは負け戦の様相を呈しているのだろう。


「ならば、どうしろと言うのだ」


「左翼が奮闘むなしく敗走寸前にまでなっている以上、中央が奮戦しても意味はありませぬ。中央と左翼の間に間隙ができれば、背後に回られてしまいますからな。

 となれば、我々がすべきことは後退のみであります。それも、フリーダ皇国軍の勢いを吸収しながらの、後退です。そうでなければ、時間を稼げませぬ」


「私も賛成です」


 俺は賛同の声をあげた。


 時間稼ぎにすらならないように見えるが、何もしないよりかはマシだ。少しずつ敗勢に傾いていったとしても、決定的でなければなんとかなる。

 とにかく、俺達は策が発動するまで耐えなければならないのだ。それだけを考えるならば、ジュネ将軍の進言には道理がある。


「だが、既に我が軍の士気は低くなっている。守勢に回ったとしても、いつまで耐えきれるか分からん」


「ええ。ですから、陛下にはさらに本陣の位置を前にしてもらいましょう」


「……、正気か。ジュネ将軍」


 ジルがジュネを睨みつけた。


 ジュネ将軍は恐らく、ジルが前線に近づくことでカタパルト王国軍の戦意が向上するのを目的として提言したのだろう。とはいえ、ジルの言いたいことも分かる。

 あまり前に出過ぎると、戦死する可能性が高くなってしまうのだ。

 すると、まずこの戦いで敗北する可能性が高くなる。総大将が死ねば、そうなるのも無理はない。また、王位継承の問題もある。マクシムの即位に正統性ができてしまう、ということだ。


 普通に考えると、無理のある提案だった。だが、ジュネ将軍は言ってのけた。


「正気です。陛下が戦死なされれば、逆にそれで兵士を発奮させてみせましょう」


「だが、しかし」


「陛下。ここで負ければ、カタパルトでの勢力図が一気に塗り替えられてしまうのですぞ。これまで築いてきた優位が、崩れる。それを防ぐためには、多少の博打は止むを得ません」


 俺は何も言えない。どちらにもメリットとデメリットがあり、答えの出しにくい問題だった。ぶっちゃけ、ジルが死んで兵士が発奮するのか? という疑問もある。


 俺の優柔不断さとは裏腹に、ジルは決断したようだった。目つきを変え、立ち上がった。


「分かった。前に出よう」


「は。それでは、騎乗して下さい。リョウ殿も」


 本陣の営舎から出て馬に乗り前へ進む。周りには近衛隊五百の軍勢が付き従っている。


 続けざまにきた劣勢の報告を聞きながら、戦場の最前線一歩手前に到着した。そこに新しく、簡単な作りではあるが本陣の営舎を作り始める。

 そのすぐ前方では怒号飛び交う戦闘が繰り広げられていた。


 やべぇな、と額に浮かんだ汗をぬぐおうと手を持ち上げた。


 瞬間。


「……ッ」


 俺の首をかする軌道で矢が走った。傍の地面に落ちる。戦場の危険を改めて実感した俺は恐怖で腰が抜けそうになった。鐙がなかったら馬から転げ落ちていたことだろう。まぁ、鐙がなかったらそもそも乗馬できないが。


 ジュネ将軍は飛んできた矢も意に介さず、戦場が震えたのではと感じる程の大音声で声を張り上げた。


「者共ォ! カタパルト王国の神聖にして常勝たる、国王陛下ジル様が最前線に到着なされた!」


 ジルが言葉を継ぐ。


「諸君! カタパルト王が命じる。命の限り戦おうぞ!」


 応、とどよめきが起こった。


 士気が上がったのが目に見えて分かる。押され気味だったカタパルト王国軍は勢いを取り戻し、フリーダ皇国軍の攻撃をものともせず反撃に出た。

 剣戟の音が激しさを増している。

 近衛隊を核として、じりじりと後退しつつも前進するフリーダ皇国軍を次々と討っていく。ジュネ将軍の策が成功し、暫くの時間を稼ぐことには成功した。


 ただ、物事はそううまくいかないものである。


「陛下。中央と左翼との連結部分に、フリーダ皇国軍の騎兵が突入しました! その数二千!」


 どうやら、左翼の後退が中央と比べて大きいようで。その間隙をフリーダ皇国軍は見逃さなかった。


「そうか。右翼から兵を割く訳にはいかぬし、中央から兵を引き抜くことになるな」


 ジュネ将軍が苦い表情をして進言する。


「私が行きましょう。各部隊から兵を引き抜き、千の兵を率いさせて下さい。副将としての役目は、メルラーデ殿。貴方にお任せする」


「そうか。頼んだぞジュネ将軍よ」


「無論。フリーダ皇国軍など蹴散らしてみせましょう」


 ジュネ将軍が馬を走らせ、本陣から去った。


 副将が近衛隊長であるメルラーデでは、俺の役目は重大だな。メルラーデはあくまでも一部隊長で、戦場全体を見渡すことには慣れていないはずだ。

 策を立てた後はジュネ将軍にジルの補助を任せるつもりだったんだけど、そうも言ってられなくなってきた。きちんと戦況を把握し、メルラーデと協力しなければならない。


 俺は視線を凝らし、フリーダ皇国軍が掲げる青十字の旗を見据えた。旗本がいつ投入されるかを見極めるためだ。

 そのタイミングが、鍵となる。

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