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異世界の智将  作者: トッティー
第三部 怒涛編
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第6章第2話 危機(2)

 フリーダ皇国軍本陣から報せが届いた。


『カタパルト王国軍別働隊およそ五千を打ち破った。現在残兵はリベア城に逃げようとしている。そのため、攻城戦となるだろうと予測される。』


 現在の状況の殆どがライル大将軍の予想通りに進んでいる。エリエーは思わず破顔した。敵の策は潰した。後は、うろたえた敵軍を兵力差で圧倒するだけだ。


 エリエーは軍議の為各校尉らを招集した。フリーダ皇国軍本陣からの報告を教えると軍議場は歓喜に包まれる。


 そこで新たな報せが届いた。定期的に出している斥候からのものだった。南に布陣して備蓄基地ソーウを睨んでいるカタパルト王国軍の動向についてである。


(全軍で救援に行くか。逆に全軍でこちらに向かってくるか。あるいは、ある程度の兵力抑えを置いて西進し別働隊を救援するか。最後の手段が有力そうであるが、はてはて。カタパルト王国軍はどの手段をとるのか)


 エリエーは、カタパルト王国軍が全軍で西へ救援に行くとは考えていなかった。ある程度の間合いを保持したままエリエー軍にじりじり西に付いてこられたら、カタパルト王国軍は挟撃される形になるのだ。それは避けるはずだと考えていた。


 また、全軍でソーウに攻めてくる可能性も重くは見ていない。エリエーの慎重な用兵はカタパルト王国軍にも知られているはずである。もしカタパルト王国軍に攻められた場合は北に逃げてビッテンフィルス城に籠城するというエリエーの行動は、容易に予測されているはずだ。


 ならば、ある程度の抑えを置いて主力は西進するだろう。エリエーはそこまで考えると燃え上がる様な熱情を感じた。


(主力を率いるのはカタパルト王国随一の名将ローラン・ジュネだろう。ならば抑えに任されるのは誰か。シェップトマン子爵、ジュワンベルク歩兵軍団部隊長、あるいはシャールド歩兵軍団部隊長。リョウという軍師が率いる可能性もある。いずれも小粒とはいえ、カタパルト王国の次代を担うだろう者達だ。俺を楽しませてくれるに違いない)


「ここで連絡しても良いでしょうか?」


 特に隠し立てする必要を感じなかった為、エリエーは校尉らの前でその内容を発言するように命じた。


「カタパルト王国軍が、僅か五百の兵を残して撤退しました!」


「なんだと!」


 エリエーは己の耳を疑った。幕下にある校尉達も皆その報告に驚き入っている。あろうことか、エリエー率いる八千の軍勢への備えにたった五百しか置かないとは。空いた口が塞がらない程愚かな行為である。


「罠かもしれません」


 バナジュームが言い放った。校尉達は皆その意見に同調した。エリエーにも否やはない。ないのだが、だからと言って放置する訳にもいかなかった。


「俺もそう思う。だが、もしこれが罠ではなかったらどうなる? ここにいる八千もの兵力が無駄になるのだぞ。皇王陛下の率いる軍勢は二万四千、対してカタパルト王国軍は二万程度だ。互角の戦いとなるだろう。それでは、敵の思うつぼだ」


 とはいえ、ノコノコと出陣する訳にはいかない。罠の可能性も十分あるのだ。


「とりあえず、斥候を出す。五百の後方に敵軍が居るのかどうかを重点的に調査しろ」


「は」


 エリエーは唇を震わせた。


 今が決断の時なのだ。


 もしもカタパルト王国軍が西進しているのならば、今すぐにでもそれを追わなければならない。数日経ってからでは遅いのだ。斥候が情報を得るのには、どんなに急いでも二日はかかるだろう。それでは各個撃破されてしまうかもしれない。


 すると、考えを纏めたのか校尉の内の一人が口を開いた。名をイルバーンという。


「敵将ジュネの性質を考えると、罠の可能性は低いのではないでしょうか」


 ローラン・ジュネ。父は徒手空拳から成り上がった豪族で、かつてのイピロス東征で父と共に帰順した男である。豪族時代は粗暴な戦い方を好む猛将だったが、カタパルト王国内で軍略を学ぶにつれて攻守共にこなせる武将に変貌した。

 先代カタパルト王エドガーがあまり戦争を好まなかったこともあって中原では評価をされていない。だが、底力のある名将とエリエーは見ていた。


「ほう。性質とは?」


「敵将ジュネは、成果が最大な案よりも危険の低い案をとる傾向が強い。

 もし西進をしているのであれば、たかが五百を打ち破られたところでまだとれる策があるでしょう。しかし五百の後方で我々を待っているのだとすると、もし我々がソーウに腰を据えた場合、みすみすリベア城が落ちるのを見過ごすことになります。

 この二つのことを併せて考えるに、敵将ジュネは西進をしている可能性が高いかと思われます」


 長広舌を振るったイルバーンは一礼すると着席した。


 なるほど。一理ある。そう思ったエリエーは大きく頷き、他に意見がありそうな者がいるか見回す。すると、再びバナジュームが発言した。


「エリエー将軍。私は、攻めずに様子を窺うべきだと思います」


 今度は追従する者がいない。エリエーの言葉で見過ごした場合の危険性を理解したようだった。かといって、イルバーンのように積極的な案を出す訳でもない。どちらが好手かを決めかねている様子だ。


 一方、バナジュームはそれらを理解した上で慎重策を推している。エリエーは意見を聞いてみようという気になった。


「何故だ」


「攻めて罠にかかった場合の代償が大きすぎるから、というのが一つ。そして、見過ごした所で我々が不利になる訳ではない、というのがもう一つの理由です」


 確かに、罠にかかった場合の損失は大き過ぎる。倍以上の軍勢を擁するカタパルト王国軍と真正面からぶつかったらひとたまりもないだろう。そして、もしも罠だった時に損害を減らす策もない。それらのことを見過ごして攻めるのはいささか危険だ。


「いや、それは違うのではないか」


 イルバーンが口を挟み、エリエーの方に顔を向けた。発言を許可すると、イルバーンは立ち上がって熱弁を振るい始めた。


「攻めた場合の代償が大きいのは確かにそうですが、それは攻めなかった場合も同じことでしょう。先程『不利になる訳ではない』と仰ったが、それは絶対的な話であって、相対的には優位を失い互角の戦いになるのです。これは不利になると言って然るべきでしょう」


 畳みかけるようにな弁舌を終えるとイルバーンは興奮冷めやらぬ様子で席に座った。


 この後は二人以外の校尉も口を開き、かんかんがくがくと議論を戦わせた。エリエーはそれを見ているだけで、自分の意見を言おうとはしない。形勢は、積極派が四、慎重派が六程度である。

 数十分程時間が経ち、そろそろ目新しい意見が出なくなったところでエリエーは喋るのをやめさせた。そろそろ決断しなければならない。先送りには、出来ない。


(攻める方がいいだろう、やはり)


 この時、エリエーは五百の抑えを攻撃して西進しただろうカタパルト王国軍を追うことを決心していた。慎重な用兵が目立つ男だったが、決して果敢でない訳ではなかったのだ。


「では、結論を下す」


 エリエーの決断を聴きのがさまいと軍議場は静まり返った。エリエーは、攻める、と言いかけた。だがその時一人の兵士が軍議場に駆けこんだ。


「皇王陛下からの言伝です!」


 急いできたのだろう、兵士の額には汗が浮かんでいる。重大な情報を持って来たようだ。そういえば、とエリエーはライル将軍が策について話していた光景を思い起こす。


『敵は迂回してクリム城を奪還するらしい。可哀想なことよな。それが無駄だということも知らずに、おめおめ蹴散らされるのだぞ?』


(無駄、か)


 ライル将軍には他にも策があるのかもしれない。そして、それをこの兵士が運んできている。


 兵士がエリエーに耳打ちした。たった十秒足らずだった。見る間にエリエーの表情が晴れ渡った。兵士が去っていく。校尉達はエリエーを興味深々な様子で見上げている。エリエーは片頬を大きく吊りあげ、その意を伝えた。


「攻める必要はない。様子見だ」

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