第6章第1話 危機(1)
ブルゴー騎士団長とはあまり気が合わなかった。俺は彼にあまり良い印象を持っていなかったし、彼は俺のことを嫌っていただろう。能力は別にして、だ。
そのブルゴー騎士団長が死んだ。報せを受けても、俺にはあまり実感が沸かなかった。
「では、軍議を始める」
別働隊の敗走を知った昨日急遽軍議を開いたが、何もいい案は出なかった。皆が皆、狼狽していたのだ。結局、今日も昨日に続いて軍議をすることになった。
相変わらず、軍議場は重苦しい空気に満たされていた。皆が皆曇った表情で暗く沈んでいる。それでも、ジュネ将軍は上に立つ者として暗い気分を部下に見せまいとしているのだろう。笑みこそ浮かべないものの、その目には確かに覇気があった。
それに影響されたのか、シュタールやジュワンベルクさんやジルは他より少しマシな表情をしている。
「まずは、現在の状況を説明する」
ジルが語った内容は以下のものだった。
西に大きく迂回してクリム城へとひた走る途中、別働隊の前にいきなり大軍が現れた。およそ一万五千とみられるその大軍を前に、ブルゴー騎士団長はある奇策を実行した。
両翼に歩兵軍団を置き、中央に騎士団を置いたのだ。通常この配置は、騎兵の機動力を損なうため愚策である。しかし、ブルゴー騎士団長はその布陣のまま正面からぶつかった。そして中央の騎士団が突出し、フリーダ皇国軍に痛烈な一打を加える。そして、すぐに退却した。
退くカタパルト王国軍をフリーダ皇国軍は追うことができなかった。中央の騎士団の擬似突出によって、フリーダ皇国軍は混乱の真っ最中だったからである。
と、ここまでは良かったらしい。問題はここからだ。
一日ほど駆けに駆けて俺達と合流しようとした別働隊の前に、フリーダ皇国軍の騎馬隊が現れた。指揮官はババロア将軍。その軍勢およそ八千。
ブルゴー騎士団長は即座に歩兵軍団と魔術師団の部隊に命令をした。リベア城への退却。リベア城は王家の傍流である貴族が守っている城だ。守備兵が数百人という割に防御力は高く、数千人で籠るのにはピッタリなんだとか。
そして、自身は騎士団千五百に蜂矢の陣を構えさせてフリーダ皇国軍に突撃した。恐らく、一撃加えて敵に混乱をもたらしたら退くつもりだったのだろう。だが、成功は二度も続かなかった。包囲されたのである。
流石は、フリーダ皇国騎馬隊指揮の第一人者と言われるババロア将軍だった。騎兵の機動力を活かして即座に包囲網を作り上げる。口で言うのは簡単だが、実際それを成功させるのには相当の手腕が必要だ。
ブルゴー騎士団長はなんとか包囲網を破ると、副団長のエッフェルと二つの部隊を逃がした。自分は第一部隊五百人と共に最後尾につき、敵中で暴れ回る。その奮戦ぶりにフリーダ皇国軍は浮き足立った。
けれども、ブルゴー騎士団長の奮戦もそこまでだった。魔術を一斉発射され、ブルゴー騎士団長はその餌食となり命を失ったのだ。
その後、騎士団は徹底的な追撃にあった。追撃を行ったのが機動力のある騎兵ばかりだったので、被害はとてつもなく大きいだろうと予測される。
「では、各員議論を初めてくれ」
まず手を上げて発言したのは、ジュネ将軍だった。
「恐らく、リベア城に籠った別働隊の残兵を二万三千程度のフリーダ皇国軍本隊が囲むでしょうな。また、クリム城に数千、各地の駐屯に数千を置いています。備蓄基地ソーウに八千人程いるので、ビッテンフィルス城に残っているのは三、四千人ということでありましょうな。陛下」
「まあ、そうなるだろう」
「厳しい、ですな。ソーウの八千人を蹴散らしたところで、ビッテンフィルス城に逃げ込まれると、攻城戦となるでしょう。数千人しか籠っていないリベア城と、一万人弱が籠るだろうビッテンフィルス城。どちらが先に落ちるかは、自明の理」
「ジュネ将軍閣下」
難しい顔をして黙ったジュネ将軍に、ジュワンベルクさんが力を込めて反論し始めた。
「即座に、備蓄基地ソーウを攻撃するべきだと思います」
「しかし、慎重なエリエー将軍が倍もの兵力を有する我らにかかってくるとは思えん。たとえ撃破できたとしても、大した損害を受けることなくビッテンフィルス城に退くだろう」
「はい。そうかもしれません。しかし、ビッテンフィルス城を包囲すれば、フリーダ皇国軍の兵站線は途切れるのではないでしょうか」
なるほど。確かに、フリーダ皇国軍の兵糧はクリム城とビッテンフィルス城を通って運ばれる。ビッテンフィルス城を包囲すれば兵糧の運搬はかなり難しくなる。
ただ、たとえ敵の兵站を弱らせたところで、略奪されたら終わりじゃね?
同じ疑問を持ったジュネ将軍がジュワンベルクさんにそう問いかけると、ジュワンベルクさんは自信満々に答えた。
「二万以上の兵士を食わせるためには、かなりの食糧を略奪しなければなりません。しかし、彼らはそれをしないはずです。なぜなら、フリーダ皇国軍の目的はカタパルトの併呑だからです」
なるほど、将来自分の民になるだろう者から略奪し過ぎると、後々施政する時になって困るということか。一理ある。
ジュネ将軍が挙手して、発言を求めた。ジルが指名すると緩慢な動作で立ちあがり、口を開く。
「兵站の第一人者であるライル将軍が、その事実に気付かないというのは少し無理がありますな。フリーダ皇国の進軍はフリーダ皇国の策。兵站線を止められた時の策を考えていても何もおかしくない。そもそも、リベア城が落ちれば王都も危険にさらされます」
「……。なるほど。確かに、その通りです」
攻めているのは敵方で、守り手は俺たちなのだ。ソーウの一万弱の軍勢に引きつけられている間に王都が陥落したら、元も子もない。
でも、じゃあどうすんだよっていう。
ジュネ将軍が、今とれる作戦とそのデメリットをとうとうと並び立て始めた。
「ソーウの攻撃はリベア城の陥落に繋がるので、愚策。リベア城の救援に全軍で行くと、ソーウの八千人が後方から追ってくるかもしれないため、それも無理。後方のリュイ城に退くとリベア城が落とされるのを黙って見ているだけになり、更なる不利を招くので、これも出来ません」
八方塞がりじゃねーか。
というのは俺だけが抱いた感想ではないようで、いずれの武官も口を閉じた。誰も口を開かないまま、今日の軍議が終わろうとしていた。
うーん、何かねーかなー。敢えてリベア城を捨てて全力でビッテンフィルス城を落とすか?
いや、駄目だろ。まだ反乱軍は健在なのだ。なにせ、シャルロワと別行動をとっていた反乱軍一万は無傷なんだし。その状況でリベア城をとられたら、オワコンどころの騒ぎじゃない。敵がフリーダ皇国だけならパルチザン的なことを出来るかもしれないが、そもそも戦争の発端は内乱だしなー。
それとも、『アレ』をやっちゃうか?
でもあの作戦って一度しか通用しないだろうし、まだ地形も調べてないし、騎士団と魔術師団の多くが今不在だしなー。敗走した別働隊と合流しなきゃ無理。
逆に考えると、合流さえすればなんとかなるかもしれないんだよねー。合流か……なんかねーかなー。
すると突然、沈黙に耐え切れなくなった様子のジュワンベルクさんが口を切った。
「反乱軍を立て続けに二度破った戦いの策を立てた軍師殿に、何か策はありませんか?」
ジルもまた期待を込めた眼差しを送ってくる。無茶ぶりだろ。そう思いつつ、俺は立ちあがった。秘策なんてないが、今思いついたことがある。
「ジュネ将軍の仰った三つの策。これらが全て駄目なのは分かります。しかし、今とれる策はそれだけではありません。兵力の分散をすればいいのです」
兵力の分散は各個撃破の元になるので基本的にやってはならない。普仏戦争時のプロイセン並みの参謀組織があれば別だが、普通はアスターテみたいになる。
「八千程の軍勢をここに置いて、残りの一万弱をリベア城の救援にむかわせるのです。各個撃破される可能性はありますが、他に策はありません」
苦肉の策だよねー。マジ萎えるわー。なんか皆幻滅したような顔してるし。言わなきゃよかったかも。
「確かに、それしかないやもしれませんな……。賛成致します」
と思ったらジュネ将軍が賛成してくれた。驚いた皆の疑問にジュネ将軍は賛成の理由を弁じ始める。
「ただ、ここに残す軍勢は五千人程度にしていただきたい。さすれば、援兵と籠城している別働隊は総勢一万五千を超えます。同時に内と外から攻撃を仕掛ければ、リベア城を囲んでいるフリーダ皇国軍を倒せるかもしれません。一万五千と二万五千ならば、まだなんとか覆せる兵力差なのです。そして、五千と八千もまた覆せるかもしれない兵力差です」
ジュネ将軍が長広舌をふるい終えると、ポツリポツリと賛成の声が上がってきた。
で、今の俺の心中はというと
発案した俺が言うのもなんだけど。無理あるよね。ていうかみんなもうヤケクソなんじゃない?
って感じ。勿論他に策がないのは分かってるんだけどさ。全員で救援に行ったら後を追われるし、慎重なエリエー将軍を戦場に引きずり出す策なんて考え付かない。
いや、ちょっと待て。今考えたことは何だ? 全軍で救援に行ったら後を追われるし、だと?
「そうか……」
「まだ何かあるのか?」
思わず呟いた俺に、ジルが何を考えているのかと問いかけてきた。俺は先ほどとは違い、自信満々に答える。
「はい。今思いついた作戦で粗はあるかと思いますが、やってみる価値は十分あるかと」
「なんだ、言ってみろ」
「敵将エリエーが慎重ならば、それを逆に活かしてしまえばいいのです」




