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異世界の智将  作者: トッティー
第三部 怒涛編
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第5章第8話 逆進(3)

「閣下。なんとか逃げ切りましたな」


 フリーダ皇国軍によるカタパルト王国軍別働隊への奇襲から一日ほど経った。今、ブルゴーはカタパルト王国軍本隊と合流するべく兵を急がせている。

 大軍による奇襲を兵力差というハンデを負ってなお逃げ切れたことは、賞賛に値するだろう。だが、ブルゴーは戦闘直後の高揚を既に失っていた。故に、副官であるエッフェルの言葉にも素直に喜べずにいる。


「だがな、決して俺達が有利な訳ではないぞ。

あの奇襲で我々の作戦は完全に瓦解した。このまま無策で敵と相対すれば、長期戦になるだろう。そして、現地軍である俺達と、既に略奪をしている上大量の兵糧を持ち込んだ敵軍。兵站については優劣はない。

となると、兵力差がものをいう。兵力が有り余っていて背後からの敵に対処できるフリーダ皇国と、それが出来ないカタパルト王国。どちらが有利かは、言わずとも知れているのだ。それに」


 険しい表情で言葉を畳みかけたブルゴーは、途中でその言葉を止めた。


(それに、フリーダ皇国の奇襲がこれで終わるとは思えない)


 ブルゴーには懸念があった。


(総大将は、戦慣れしたガストン皇王。副将に、ライル将軍。彼らが、あのような詰めの甘い奇襲を行うのだろうか)


 たとえば、兵力を分散して前後から挟撃するという手段があった。圧倒的な兵力差があれば、兵力を多少分散したところで何の問題もないのだ。


 今の段階においても第二の奇襲がないということは、つまり、敵がカタパルト王国の作戦を知ったのが相当遅かったのだろう。そうブルゴーは考えている。それしか、敵が詰めの甘い奇襲をする理由が考えられないのだ。


 だが、一方でブルゴーはこうも考えている。相当遅くにカタパルト王国の作戦を知ったのならば、当然その対処をしたのは『知った後』のはずだ。だが、それにしては軍勢が多かったのだ。

 カタパルト王国軍別働隊の兵力を誤認していたから、あれ程多くの兵力を率いていたのであろう。大軍だった理由は分かる。しかし、何故そこまで時間に余裕のない状況で大軍を連れてこれたのか。その原因が、ブルゴーには不明瞭だった。


(いくらライル将軍でも、それ程の進軍速度がある訳ではあるまい。実際、カタパルト北部への侵攻時は、通常より少し早い程度の速さで進軍していた。ということは、だ)


 まだ、何かある。カタパルト王国の形勢が悪くなる何かが、別働隊の撃滅を後回しにしてさえ優先される何かが、あるのだ。


「斥候を出せ。特に、進軍先には念入りにな。何があるか分からん」


「は」


 何日にも渡った強行軍と一日間の逃避行で、別働隊は全体的に疲れているようにブルゴーには見えた。今攻撃をされたら、ひとたまりもなく瓦解するだろう。そして、敵の不気味な詰めの甘さを考えると、それは有り得ないことではない。ブルゴーは自身の予想に底冷えするような恐怖を感じた。


「閣下。その時は、どう致しますか」


 エッフェルはブルゴーの命令を聞いて瞬時にその意図を見抜いたようで、眉をひそめながら説明を求めてきた。先程からのブルゴーの態度と併せて考えて、ようやくその可能性に辿り着いたのだろう。


「まず、先に歩兵と魔術師を逃がす。その指揮は、お前に任せることとしよう」


「では、閣下は」


「騎士団が時間を稼ぐのだ」


「しかし、それでは騎兵の持つ機動力が……。いえ、なんでもありません」


 恐らくエッフェルは「騎士団を後方に置くのはその機動力が無駄になる愚かな行為だ」と咄嗟に考えて反論しようとしたのだろう。多少冷静さを失っている様だ。ただ、それでもすぐにブルゴーの真意に気付いたのは流石だと言える。


 騎士団が時間を稼ぐ間に歩兵と魔術師を逃げさせる。ある程度距離を稼げれば、騎士団も逃げ始めていい。騎士団は機動力が非常に高いので、少なからず打撃を受けるだろうが、壊滅状態になることはない。


「それにしても、閣下は豪胆ですな。僅か千五百でどうやって時間を稼げるのかという疑問を抱かなくても済むので、とても頼もしく感じます。ただ」


 口から出る御世辞とは裏腹に、エッフェルは先ほどとは打って変わって鋭い目つきをしていた。ブルゴーもエッフェルが媚を売る男だとは思っていないので、黙って耳を傾けた。


「殿には、是非とも私も一緒したく思います。使える部下は、多ければ多い程いいでしょう?」


 ブルゴーは口元を緩めた。自分が討ち死にした時の騎士団長であるエッフェルを危地に立たせていいものかという危惧に、どうしてなかなか覇気があるではないかという頼もしさが勝ったのだ。

 エッフェルもまた頬を緩めて、言葉を続ける。いや、正確に言えば、続けようとした。エッフェルが口を開くや否や、連絡兵が飛び込んで来たのだ。


「進軍の向きからして前方、東の位置に、敵軍を発見致しました! 一万は下らない兵力で、騎兵が多く含まれていたとのことです!」


「ババロア麾下(きか)の騎馬隊か!」


 ブルゴーは毒つき、時をおかずに歩兵と魔術師の部隊へ退却の命令を出した。向かう先は、リベア城。ここからそう遠くない位置にある要塞だ。


 歩兵軍団と魔術師団の退却を確認しつつ、ブルゴーは騎士団を臨戦態勢に置いてゆっくりと下がり始めた。


「閣下。先程遮られた質問をしてよろしいでしょうか」


「時間がない。端的に言え」


「どう対処するので?」


 ブルゴーは暫し黙考し、答えた。


「敵は手強い。一度突撃してすぐに退く」


 ブルゴーは歯噛みした。敵は、とてつもなく手強いのだ。想定以上である。


 というのも、ブルゴーの想定していた奇襲軍は歩兵中心のものだった。歩兵が大部分を占めているならば、騎士団の練度と機動力で敵を翻弄できるかもしれないと思っていた。

 だがもし騎兵が中心ならば機動力という武器が殆ど意味をなさなくなる。将が騎兵戦術の第一人者であるババロア将軍ならば、尚更のこと。


 ブルゴーは、騎兵に奇襲されるという可能性を考えられなかったことに、自嘲のため息を漏らした。


 すぐに気持ちを入れ替える。このまま何も出来ずにただ破れる訳にはいかない。こちらから仕掛けて、敵の虚を突くのだ。


「陣形は蜂矢の陣としよう。先頭には俺が立つ」


「では閣下。私が後方から指揮をするのですな」


「引き際を間違えるなよ」


「委細承知」


 速やかに陣形が変化した。各員が所定の位置につこうと移動する姿は、一分の無駄もないのではないかと思わせる程効率的に見える。ブルゴーは最短距離で先頭にまで駆けると、馬を止めて目を閉じた。


 黙想する。


 一分程経って、ブルゴーは目を開けた。風が吹きつけてきた。後ろから音は聞こえない。目を凝らすと、前方からフリーダ皇国軍が走ってきていた。


 剣を天に突き立てた。風向きが、変わる。追い風。今だ。剣先を遥か前に突き刺して、ブルゴーは口を開いた。


「突撃」


 整然なカタパルト王国騎士団が、瞬く間にフリーダ皇国軍との間合いを詰めていった。激突。カタパルト王国軍は、まるでフリーダ皇国軍の陣形を抉っているかのように食い込んでいった。一点に攻撃を集中する蜂矢の陣がフリーダ皇国軍の前衛を蹴散らす。


 まだ、鐘の音は聞こえない。


 前から飛んできた火の玉を退魔剣で無効化し、魔術師を斬った。群がる騎兵を次々と斬り倒していく。気付けば、ブルゴーの前には誰もいなくなっていた。敵兵がブルゴーの武勇を恐れて散っていくのだ。

ブルゴーは目を細め、敵陣へ深く斬り込む為一呼吸ついた。


 しかし、ブルゴーは余裕の表情をすぐに失うこととなった。


 退却の鐘が鳴り響き、ブルゴーが背を向けて後ろを見ると、カタパルト王国軍は包囲されていたのだ。


「……ッ。押し込まれたか!」


 流石に騎馬隊だ。高速機動で包囲を行ったのだろう。不覚をとった。


 エッフェルの命令は、包囲網の僅かに隙間のある所へ集中攻撃して撤退を図ろうというものだったらしい。包囲網の隙のある部分へカタパルト王国軍が殺到すると、即座にフリーダ皇国軍が後ろから攻勢を強めた。


 ブルゴーは本陣に戻った。


「閣下。申し訳ありません」


「殿は俺がやる。退却軍の指揮はお前に任せたぞ」


「はい」


「二度の失敗は許されない。自分の失態は自分で挽回しろ」


「分かりました」


 そして、遂に包囲網に穴ができた。


 エッフェルが指揮するほぼ全部隊が、穴を通り抜けて撤退していく。いや、撤退という言い方は正しくないだろう。紛れもない敗走だ。


 ブルゴーは最後尾に立って殿の部隊を指揮する。騎士団第一部隊総勢五百が、共に立っていた。


 激烈な追撃の矢面に立ったブルゴーは、攻撃を受けきれないと判断すると速やかに第一部隊を小さく固まらせた。魔術による攻撃が散発的な現在の状況では、小さく纏まるのが最善だ。

 だが、ブルゴーは自身の采配の失敗をすぐに思い知ることとなった。


 魔術が一斉発射されたのだ。


 遠距離魔術の餌食となり、多くの兵士が訳も分からぬまま死ぬこととなった。うろたえた第一部隊に対してフリーダ皇国軍は間髪入れず騎兵を突撃させた。


 まずい、と圧倒的劣勢を感じ取ったブルゴーは馬を前線まで走らせた。走らせながら、槍を抜く。


 声を張り上げた。勇壮な雄叫びに、騎兵の突撃の勢いが少しだけ削られる。

 ブルゴーは剣を抜いた。前方から、数え切れないほどの騎兵が向かってくる。ぶつかった。三人を馬から叩き落とし、六人を斬り殺したところでブルゴーは止まった。後ろを振りかえる。ブルゴーに奮い立たされたのか、しぶとく粘っている。


 隙ありと見たのか、敵兵が群がって来た。懲りていない、というよりも勇猛なのだろう。その目には若干恐怖を残しているが、それでも立ち向かってきている。


 一斉に数人の敵兵の槍が振り下ろされてきた。とっさに槍を水平にして頭部を守った。敵兵の武器が弾かれる。ブルゴーは槍を捨てて、剣を抜き放つ。抜き放った勢いで、二人斬り殺した。動転した残りの敵兵を馬上から叩き落とし、ブルゴーは顔を前に向けた。


 前から、一人の騎兵が名乗りを上げながら槍を振り下ろしてきた。人馬一体の動きでそれを交わし、ブルゴーは騎兵の横を通り過ぎる。通り過ぎたかどうかというところでブルゴーは反転した。一拍置いて騎兵が振りかえる。その瞬間、騎兵の首は斬り飛ばされていた。


 ブルゴーはすぐに振り返った。まだ、敵兵は多い。わんさかいる。だが、視界に味方の騎士が入って来た。肩で息をしながらも、奮闘している。


 ブルゴーは、自然と笑みを浮かべていた。


 厳しい戦だった。勝ち目など、ないに等しかった。それどころか、生きて帰ることすら危ぶまれる。それでも、主君の為に命を懸ける。それが騎士だ。国家のために戦ってこそ、騎士なのだ。


「……ッ」


 なにかが、耳を貫いたような気がした。唸るような轟音が耳の中で反響する。握っていた剣が、いつのまにか吹き飛んでいた。


 視界が眩しい程に光り、頭部に衝撃を感じる。沸騰しそうなほどの熱さが体中に伝わった。


 何も考えられなかった。何故死んだのか。この後どうなるのか。今自分の周りはどうなっているのか。全く分からない。


 だが、一つだけはっきりと見えるものがあった。勇壮な一人の男が目に映る。それが誰なのかを認識した瞬間、光っていた視界が暗くなり、光が円環を描いた。


そしてその光の輪すらかき消された時、ブルゴーは己の意識を失うのを感じた。

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