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異世界の智将  作者: トッティー
第三部 怒涛編
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第5章第1話 歓喜(1)

「斥候からの報告です。敵軍の誘引に成功しました。フリーダ皇国軍先鋒部隊エリエー将軍。率いる軍勢は約七千から八千人です」


「ほう。案外簡単に進むのだな」


 北上している本隊に合流してから二日。ブルゴー騎士団長が別働隊五千五百を率いて西から迂回進撃しているため、カタパルト王国軍は総勢一万五千人程だ。

 一方フリーダ皇国軍は、クリム城付近に数千。占領地に五、六千程置いて三万強の軍勢が南下してきている。


 今の所状況は予想通りに推移していると言っていいだろう。


「陛下。それでは、当初の作戦通り兵站を攻撃するのですな」


 と発言したのはジュネ将軍。ジルは頷き、攻撃部隊を率いたい者はいないか、と一面を見まわして尋ねた。

 すかさず挙手するジュネ将軍。他に立候補する人が居ないのを確認すると、ジルはすかさずジュネに全権を委任した。


 まあ無難じゃね。兵站の攻撃はあくまでもブラフだし、逆に誘引撃破されると困る。実力の確かなジュネ将軍なら間違いはないだろう。


「かしこまりました。具体的な攻撃場所はソーウの備蓄基地と思われる場所ですよね」


「うむ。異存はないだろう?」


 俺の頷きを見てジルは「続けろ」と言った。心なしかその表情には喜悦の色が伺える。やはり本職の軍人には頼もしさがあるのだろう。


「連れていく部隊の選定は私が致してよろしいでしょうか」


「うむ」


 手早いこって。流石軍人。もう部隊の選定までしたらしい。


「騎士団第四部隊。歩兵軍団第六部隊、第八部隊。北方に兵力を持つ貴族の皆様。合計して歩兵一千騎兵二千の陣容。というのも、機動的な奇襲を行う為には多くの騎兵が必要です。罠にはまらない内に撤収するのが最重要ですからね」


 声を揃えて了解を意を示した部隊長達。シュマンさん、ジュワンベルクさん、と……誰? 王都にいた直属軍の軍勢は、ブルゴー騎士団長の率いたのを除くと騎士団第四部隊と歩兵軍団第六第九部隊しかなかったはずだけど。


「そうか。歩兵軍団第八部隊は東方守備兵の中では損耗率が低かったのであるし、妥当だろうな。で、率いる貴族勢とは?」


 あ、そっか。ジュネ将軍は歩兵軍団長でもある。東で率いていたジュネ軍の多くが歩兵軍団の部隊だったんじゃん。ド忘れしてたわ~。


 ジルの質問を受けたジュネ将軍はテキパキと答えていく。たった三千人しか率いないのに、やけにたくさん貴族の名前を呼んでいたなぁ。領土の狭い貴族が多いってことだろうか。


「では、進軍進路を説明します」


 と言って、ジュネ将軍は地図のような盤を持ち出した。カタパルト王国軍の現在地に指を当てて、スライドさせていく。広い街道は通らず狭くて複雑な地形の場所を通るらしい。ブラフとはいえ奇襲なんだから当たり前だな。

 フリーダ皇国軍の配置によって変わる二通りの進路を説明した後、ジュネ将軍は顔をゆっくりと上げた。


「どちらの進路を進むかですが、これが一番重要です。察知されて逃げる暇もなく撃滅されてしまっては、注意を引きつけることができるという利点があるとはいえ、その勢いのまま攻め立てられるという可能性もありますから。最悪の場合王都すら落ちることとなるでしょう」


 まあそうだろうね……。メリット<デメリットとなってしまっては意味が無い。ソーウ辺りに居る軍勢は七、八千人程度らしいが、その後ろには皇王やライル将軍率いる大軍が待っているのだ。合計三万は超えている。「小細工しおって! 突撃じゃー!」で危なくなる程度の兵力差はある。慎重過ぎるくらいで丁度いい。


「そうしないためには、敵軍の状況を正確に把握することが重要です。無論斥候を多く出し過ぎても警戒されますから、そこは注意しておくべきでしょう」


 斥候を多く出すことでフリーダ皇国に迎撃体勢を作らせて時間を稼ぐのがカタパルト王国の狙いだ、なんて深読みしてくれたり……。ないか。時間を稼いでも問題の先送りにしかならないし。


 なんだかんだいって、情報は大事だよねー。桶狭間の戦いを一つ例にとっても、織田軍の勝因は今川軍の本陣が何処にあるかという情報を得たことだろうし。出撃してたまたま本陣とぶつかった説もあるけど、まぁそこら辺は気にしない方針で。


「では、今夜出撃を致します」


「そうか。任せたぞ」


 ニカっと男笑いするジルに、ジュネは頭を下げることで答える。おっさんがやれば武将らしくていいんだけど、美形がやるとニコポにしか見えないんだよなー。ある意味それも威厳か?


「連絡致します」


 軍議を解散した後連絡が届くとそれは面倒だし、良いタイミングだ。多分ブルゴー騎士団長からの経過報告だろう。


 と思った俺の考えに間違いはなかったようで、ブルゴー騎士団長から「目的地までの道のりの三分の二を越えた。ただ、敵軍の警戒が厳しいので行軍速度は落ちる」とのこと。一週間後には到着するかな。遅くても二週間。これで形勢は逆転だ。


「うむ。それでは、軍議は解散とするか」


「陛下。フリーダ皇国軍にいささか変な動きがあります」


 と爺が挙手し、ジルの許可を得て立ちあがった。表情は見えないが、別段悪い情報ではないっぽい。一瞬誰だよと思ったけど、この老け具合からして諜報局か。


「フリーダ皇国軍の兵站準備の規模が想定よりも小さいですな。ソーウへの兵糧の移行に手間取ってるのかもしれません」


 兵站の第一人者らしいライル将軍と聞いたけど、過大評価乙だったのかな。


 いや、諜報局を信じよう。となると、元々南まで進撃する予定はなかった説が有力かなぁ。まあ一度の戦争で敵国の殆どを領地にするなんてそうそうできることじゃない。北方の権益を守り、そのために十分な領土を獲ることで満足していたのかもしれない。


 いや、それなら何故南下を選んだ?


 「案外いける。もっと行こう!」という第二次世界大戦の日本的なノリではないはずだ。なんせ俺らは二度も逆転したんだ。フリーダ皇国にとっては逆に「案外まずい」となるのが当然。まあ、まずいといってもまだまだフリーダ皇国優勢なんだけどね。


 となると、逆に戦況が案外悪いから攻めてきたのか……。反乱軍が二度破れたという事実は大きい。反乱軍の勢力は当初に比べるとかなり衰えているのだ。フリーダ皇国的にカタパルトは二分されていて欲しい。それなのに想定以上に反乱軍が劣勢だ。だから、攻めてきた。

 こんな感じか。


「何か考えられる理由はあるか?」


「いえ、特に。ただ、移行に戸惑ってはいないようでした。フリーダ皇国軍兵站部隊は、最初からその予定だったかのように整然としており、特に焦る様子は見られません」


 ライル将軍の手腕で未だに整然としているように見えるだけなのか、最初から攻めてくる予定だったのか。どっちだろうか。


「では亮に聞こう」


 え、いきなり!?


 いきなり話を振るのはマジやめて! びっくりするから!


 と言いたいところだがそういう空気でもないので、俺は立ちあがって大人しく私見を口に出した。


「我々の想定外の優勢により、警戒心を増幅させたのではないでしょうか。結果、カタパルト王国に大きな打撃を与えようと方針転換をした。それならば、兵糧の少ないことも納得できます」


「まあ、そうでしょうな。慌てている様子が見られない、というのは少し気にかかるが」


 ジュネ将軍が口を挟む。同意だ。何故兵糧が少ないこの状況を座視しているのか。疑問は残る。


 ん?


「陛下。一つ質問してもいいでしょうか」


「なんだ」


「フリーダ皇国軍は今まで略奪を行っているのでしょうか?」


 ジルが諜報局の爺の方に顔を向けた。爺は少し頭を捻る様子を見せた後、静かに口を開いた。


「していると言えばしています。しかし、これまでのフリーダ皇国軍の戦役と比べると、その規模は小さいと言わざるを得ません」


 ジルの視線がこちらに向き、興味深々そうな表情で俺を見つめた。だからなんだ、という表情をしている。ジュネ将軍なんかはもう俺の言いたいことが分かっているみたいだ。俺は答弁する。


「フリーダ皇国は元々北方の占領が目的で、カタパルトの中央部まで攻め入る気がなかったのだと考えられます。そのことと軍の備蓄基地には通常よりも少ない兵糧があるということを考え併せますと、見えてきますね」


 ジュワンベルクさんが成程と呟いた。続ける。


「徹底的な略奪による食糧の補給。それこそが、敵軍の狙いなのではないでしょうか」


 ドヤァとうざい顔をした俺の発言によって本陣が騒然となった。


「静かにせい」


 時を移さず言い放ったジュネ将軍の威容に、全員が黙り込む。十数秒程沈黙を味わい、ジュネ将軍が口を開いた。


「とはいえ、皆が驚くのも無理はありませんな。今までのフリーダ皇国軍は略奪に関しては消極的でした。ただそれは、自領に組み込む予定に入っていたからだ、というだけのことだったのです。そうでない場所からはとことん略奪をするでしょう。今までとて略奪をしていなかった訳ではありませんが。これから行われる略奪は想像を絶するものでしょうな」


 ジルは頭を痛そうにする。まあカタパルト王国領が徹底的な略奪の対象となってしまったから嫌なんだろうなー。少なくとも今までフリーダ皇国はカタパルト北部を「自領」として見做していたから、そこまで酷い略奪はしなかったし。


 既に各貴族が物資をかき集めて兵力を十分に蓄えた後なので、数万の大軍を補給できる程の物資はカタパルト北部にはない。それなのにも関わらず用意した兵糧が少ないということは、根こそぎ奪い尽くすつもりなのだ。たとえフリーダ皇国軍を撃退しても、残るのはまさしく焦土となった土地だろう。


 いや、違うな。全然問題ないじゃねぇか。元々焦土戦術をとる予定だったんだ。要するに勝てばいいんだよ。何の問題もない。


「なるほどな」


 ジルはようやくその言葉を絞り出した。悔しさと喜びの混じったような形相で、ジルは思いもよらぬ言葉を吐き捨てた。


「領土の急な拡大は兵糧の欠乏をもたらす。よく、分かっている。分かっているからこそ、南下しなかったのだろうな。そして、今の南下は領土の拡大が目的ではない」


 なるほど。だからフリーダ皇国軍は北部の征服で満足したのか。となれば、フリーダ皇国軍には略奪を思いとどまる理由がない。カタパルトの資源と人命は根こそぎ失われるかもしれない。


「陛下」


 連絡兵が無礼にもジルに口を挟む。懇願するような視線にジルは彼のことを思い出したのか、すまんすまんと言いながら連絡事項を言い渡した。


「今の所フリーダ皇国軍は、別働隊に気付いたと思われる行動をしていない。そう伝えろ」


 連絡兵はそれを聞くとすぐさま反転して、ブルゴー騎士団長の元にだろう、馬を走らせた。


 その後ろ姿をじっと見つめるジルの背中からは、不思議と高揚感がにじみ出ている様な気がした。気のせいでは、ない。俺からしか見えないジルの右手は、強く握りしめられていた。

 なるほど。ジルも理解している。カタパルト北部で徹底的に略奪をする為に兵糧を少なめにしているということは、むしろ好都合なのだ。俺達の思惑通りに物事が進めば、勝利は見えてくる。


 勝てる。


 俺は無意識のうちに口元を吊り上げていた。それは、複雑な感情の入り混じっていたジルの笑みとは違い、単純な一つの感情に彩られていた。


 歓喜だ。

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