第4章第15話 悔恨
戦争は終わった。
コーランド電撃戦はカタパルト王国軍の、俺達の勝利で幕を閉じたのである。
現在兵士たちは戦争の後始末をしている。それが終わったらすぐ反転して、対フリーダ皇国軍に合流する腹積もりだ。
「ふぅ。これで、残るはフリーダ皇国軍だけか」
俺は呟いた。南と東の敵軍を撃破したのだから、残るは北のフリーダ皇国軍。勿論南と東の敵を完全に壊滅させた訳ではないのだが、概ね事実である。だが、一番手ごわい敵がフリーダ皇国軍だということもまた事実だった。
フリーダ皇国軍は、強い。その事実を再確認するために、反乱軍と比較してみよう。
第一に、正規軍か否かの差がある。
フリーダ皇国軍は、その全てがとは言わないが正規兵の占める割合は高い。皇王直属軍という中原でも五指に入る強兵がいるのだ。そこらの農民を駆りだした反乱軍とは比べ物にならない精強さを持っている。今までの二戦では、カール軍を除く敵軍の殆どが徴用された農民で、正規兵どころか傭兵すらあまりいなかったのだ。そこが、カタパルト王国の勝機になったとも言える。
第二に、率いる者の格も違う。
シャルロワ軍はトップが軍事よりは政務に名の高い元宰相だったし、特に著名な武将も参加していなかった。マクシム軍もトップは学者肌の王子だし、軍事よりは謀略に長けている高級貴族達が脇を固めていた。カール軍は皆戦慣れした猛将ばかりだったが、連携相手がマクシム軍だったのが敗因だろう。
では一方でフリーダ皇国軍はどうだろうか。トップには数々の会戦で名を上げてきた皇王ガストン、ナンバー2には慎重で堅実な用兵を好む名将ライル、その下には若いながらもその才を認められたバナジュームや長い年月を戦争と共に過ごしたエリエー・ババロア等の良質の将軍が揃っている。
「ご連絡に参りました」
考えにふける俺の前に、魔術師団を除いた部隊長達が到着した。正確に言うと、ジルの前に、だが。俺の横でどっしりと腰を降ろしていたジルが許可を与えると、全員を代表したのか歩兵軍団第六部隊隊長が口を開いた。
「申し訳ございません。追撃に失敗いたしました」
申し訳ございません、と残りの二人も言葉を続ける。
そう、彼らは追撃に失敗した。
その報告が届いたのは数時間ほど前。カール軍の撤退を聞いて完勝を確信していた俺達は、有り得ない報せを聞いた。
マクシム軍を追撃していた騎士団、歩兵軍団の二割が死傷。
二割が死傷したというと軽く聞こえるかもしれないが、これは相当酷いことだ。火力を持たない軍隊に二割も兵士を活動不能にされるというのは、かなりの状況でなければあることではない。
「何故そこまでの死傷者を出した」
ジルも厳しい顔をして問う。
確かに、今回の戦いでは終盤に大量の死傷者を出した所で戦況は変わらなかった。潰走していて士気の低い状況だった為、マクシム軍は反転することなど出来なかったからだ。そういう面では、大したことのない損害だと言えるかもしれない。
しかし、戦いはこれだけではない。最大の敵フリーダ皇国軍が残っているのだ。これからが正念場であるののだから、当然精鋭である直属軍の損耗は避けるべきことだった。
「我々騎士団第三部隊が追撃を続けていたところ、いきなり強い炎系統の魔術で攻撃されました。咄嗟のことに何の対応もできず、多くの死傷者を出しました。言い訳のしようもございません」
「後ろから追ってきていた我々歩兵軍団両部隊もまた、強烈な炎系統魔術で大打撃を与えられました。申し訳ありません」
「シュマン、ジュワンベルク。強烈な、というのは一体どの程度の規模の物だったのだ。そしてどの程度の時間攻撃を受けた。二割の損耗とは、並大抵のことではないだろう」
ジルは口調をきつくして再び問う。歩兵軍団第六部隊隊長、改めジュワンベルクが悔恨の情を見せた。
「一部隊全てが攻撃にさらされる程度の超大規模な魔術でした。たった一回。たった一回食らっただけで、多くの兵士が死に絶えました」
「……、それは本当か?」
疑う様なジルの言葉にシュマンさんはただ「はい」とだけ言った。
「それは、有り得ませんな」
と、シュタール。いつの間にか話を聞いていたようだ。気配を隠したのか何だか知らないけど、知らぬ間に近付いてくるって相変わらず怪しい男だ。
「どういうことだ。シュタール」
「そのような大規模な魔術を単独で行使できる魔術師はいません。魔術理論的にも一人の魔力で行うのは不可能です。となると、大人数で行う魔術儀式が必要となりますが、それも可能性は低いと言わざるを得ない。逃走している途中にたまたま魔術儀式場があったなんて出来過ぎでしょう? 我が軍を察知していないのに逃げ場にそんなものを用意するなんて、非合理的だ。
そもそも」
一旦言葉を区切って、シュタールは表情を歪ませた。
「七人」
「え?」
「反乱軍に確認された魔術師は七人なのでしょう? 超大規模な魔法はその程度の人数で行使出来る程甘くはありませんよ。全員がハンナ大魔導士様なら、有り得ますがね」
シュタールは皮肉気に話を終わらせた。すると、ジュワンベルクがお茶を入れて混ぜっ返す。
「サラマンダーでもいたのではないか?」
シュタールは不気味な笑いを見せたが、シュマンは目を吊りあげた。もう一人の歩兵軍団隊長は我関せずと何も言わない。ジルも無言だ。
暫くしてその空気に気付いたジュワンベルクは、気まずそうにして少しジルに頭を下げた。
沈黙。誰も喋らない。嫌な空気だなぁ。ちょっと分からない点もあるし、沈黙の続く状況を打開しよう。
「攻撃を受けてから咄嗟に魔術儀式場を作った、ということはないのですか?」
一応敬語を使って、誰ともなしに聞く。皆「空気読め」とばかりに目をそらしてきたが、シュタールだけは気にせずに答えてくれた。
「そうですねぇ。無理、でしょうねぇ。魔術儀式場を作る気満々だったなら数時間で完成させられる可能性もゼロではありませんが。とてつもなく大規模な魔術を儀式場で展開するには色々と素材や用意が必要ですので、まず有り得ないと言っていいかと」
そっか。じゃあなんなんだろうな……。
再び本陣を沈黙が包み込むが、黙考していたシュタールがふと顔をあげた。
「一つ、思い浮かびました」
ジルは若干不機嫌そうな顔で続きを催促する。シュタールはいつものニヤけ顔ではなく真剣な表情でそれに答えた。
「移動型魔術儀式場。文字通り、移動できる魔術儀式場です。これを持ち運んで決戦で使用する気だったのではないでしょうか。急な襲撃にうろたえている間に混戦状態となり、退却の時しか使えなかった。これなら、筋が通っていますねぇ」
「なに?」
シュタールの言葉に反応したのはジルだった。何か思う所でもあるのか、苦い顔をしながら口を挟む。
「それはついこの間ラクル連邦の学士によって理論上で証明されたらしいと聞いた。ありえないだろう。たかだか数カ月も経たない内に、理論上の産物を実戦に投入できる程度で作成できるとは思えん。それに、たとえ急速に製造できたとしても、それ程の魔力を貯蓄できる時間はなかったはずだ。反乱軍に魔術師は殆どいないのだからな」
「しかし、キュトラ伯がいます」
キュトラ伯。マクシムと懇意にしている初老の女性だ。が、ただの貴族ではない。滅茶苦茶頭の良い貴族である。魔術理論学とやらの学界でも有名人だという。
ずっと前に誰かから聞いた気がする。でも、その人が証明した訳じゃないじゃん? どういうことなんだろ。
「証明した某魔術理論学者は、学界内ではキュトラ伯の弟子として名が通っている。このことと併せて考えると、どうでしょう。弟子が学界で発表する前に師匠が下見した。考えられることです」
無論そのような慣習はありませんがね、と付け加えてシュタールは言葉を切った。ジルは苦い表情をしている。
「何故盟主である僭王マクシム自らが殿を務めたのか、というのもそのためであろうな」
「そうでしょうねぇ」
秘匿情報を自分の手で管理する為には、使用場所が危険な殿だとしても傍にいなければならなかったのだろう。そもそもそんな凄い武器(というよりむしろ火器?)があるなら大して危険でもないし。
「うむ。では、この話は一旦終了としよう」
話題を転換するみたい。俺は傍観者気分を一新して耳を傾けた。
「今後の行動を確認したいと思う。ジュネ将軍とメルラーデを呼べ」
メルラーデ。確か近衛隊長の人だ。連絡兵みたいな人がダッシュしてメルラーデ近衛隊長を呼びに行く。時間かかるかなぁと思って相好を崩した俺だったが、予想外に早く到着した為焦って佇まいを直した。
……。ブルゴー騎士団長がいなくてよかったわ。
「只今参りました」
メルラーデ近衛隊長より少し遅れてジュネ将軍がやってきた。血の匂いがぷんぷんする。笑みを浮かべてはいるが、シュタールとは違って包容力がある。まさに将軍って感じだ。
「そうか。では、今後の行動を確認する。リョウ」
え、俺? そういえば出発する前に話してたなー。えと、うろ覚えだけど、まいっか。
「はい。現在北方に向かっている王国軍本隊と合流します。強行軍は行わず、通常の速度で本隊まで移動することになります。合流後も説明するのでしょうか?」
「いや、いい」
そしてジルはジュネ将軍の方へ顔を向けた。
「陛下」
うおぃ! ビクったー。正統派の怖いおっさんがいきなり喋りだすとかやめてくれよー。
「私が率いている歩兵軍団の指揮権をお返ししましょう」
ん?
「そうか」
「私は如何なる処分でも受けるつもりです」
え?
あ、そうか。確かジュネ将軍って西方の砦を守ってたんだっけ。カール軍と反乱軍の攻撃を耐え切れず西に退いた。まあ確かに失敗といえばそうかも。ぶっちゃけあんまり気にする必要はない気がするけどなー。
「罰を与える気はないのだが。そうだな。ローラン・ジュネ。お前をカタパルト王国軍の副将に任命する。儂を補佐する役目だ。光栄に思え」
「は」
事実上の総大将に任命されたジュネ将軍はそれ以上言葉を紡がなかった。その目にメラメラと闘志を燃やしながら、命令を受け取る。
だよな。失敗したから辞任するなんて無能や凡人のやるべきことだ。ジュネ将軍みたいに有能な人が一度の失敗で罰を受けたら、結果的に俺達の不利益になる。対フリーダ皇国戦では恐らく最も頼りになる人だろう。
「陛下」
黙っていたジュネ将軍が不意に口を切った。得物を狙う鷹のように鋭い眼光がジルを射ぬいた。泰然とした笑みを浮かべているが、目は真剣そのものだ。
「勝ちましょう。必ず」
第二部終了。
キャラ紹介と新設定集を(多分)置いてから第三部開始。




