第1章第5話 無能力の真実、も糞もあるかボケーーッ
そんな、バカな……。魔力が、無い、だと?
「嘘……」
絶句。
「ありえない……魔力が無いなら何故色が出る?」
ハンナさんいわく、魔力の無い一般人はそもそも色が出ないらしい。だが、俺の場合は色は出ているのに魔力線は無いのだ。異常である。これは、もしかして何かのフラグなのか?
いや、かすかにある。一センチにも満たないが、ある。
「なあ、魔力線はほんの少しだけあるぜ」
リッツも気付いたようだ。
「本当のようだね。でも、こんなに短いって……」
俺の魔力は少ないらしい。少し萎えた。いや、魔力線が無いなら無いで何か秘密があると思ったんだがなぁ。魔力計測器では測りきれない程の魔力、とか。でも単純に魔力が少ないだけらしい。
「なあ、俺の魔力はどれくらいあるんだ?」
「一般人の百倍。そして、下位の魔法戦士の百分の一倍。ちなみにあたしの一万分の一倍」
なっ。……最初の部分を聞いて喜んだ俺は馬鹿みたいだ。ほとんど役に立たないではないか。しかも最後の方はただの自慢になってるし。
「それって具体的にはどれ位なんだ?」
一応聞いておこう。嫌なことは一気に味わえ、が俺の最近のモットーだから。
「う~ん。そうだね、直撃すれば蛙が死ぬくらいの攻撃を一回するのが限界……まあ、魔力を限界まで使ったら死ぬんだけどね」
って、使えねーじゃん!カエルすら倒せねえ魔法とか要らないだろ。
「同情するよ」
リッツ。同情するなら魔力をくれ。異世界に来たのに魔力ほぼゼロじゃ悲しすぎる。何のために来たのか。無駄に落ち込んだだけじゃん。
「ほら、辛気臭い顔しないで」
辛気臭い……俺の心に百のダメージ!
いや、もうネガティブ思考は止めよう。どんなにネガティブになっても、結局俺は魔力が無いんだ……ってそれが駄目なんだよそれが。つーかそもそも心の中でノリツッコミしてどうするんだってーの。悲しくなるだえじゃねえか!
「でも、珍しいねぇ……」
ふとハンナさんが呟いた。珍しい? 魔力がないってことがか? でも、確か魔術師は千人に一人もいないはずだったよな。どういうことだろう。
ハンナさんは俺の考え込んでいる姿に気付くと、解説を始めてくれた。
「ん? ああ、知らないのね。召還された人はね、莫大な魔力を持っているもんなのさ」
「え、でも俺魔力ありませんでしたよね」
「そこよね、問題は。召喚獣だって大半は貴方よりも魔力を持っているでしょうに、お前さんはどうしてそこまで魔力が少ないのかしらねぇ」
なるほど。獣と間違えて召喚したってジルは言ってたし、本来俺位魔力の低いザコい獣を召喚したのだろうでFAだな。
ただ、もう一つ疑問が残る。
「あれ、召喚獣って召還者よりも魔力が少ないものなんですか?」
「別に召喚獣の魔力が少ない訳じゃないんだよ。召喚獣は平均的に人を一人焼き殺せる程度の魔力は持ってる。ただ、召還された『人』は別格。そこらの召喚獣じゃ太刀打ちできない。竜に匹敵する魔力を有していることだってザラにあるのさ」
「竜?」
「お前さんの世界には竜はいなかったのかい? 羽の生えた巨大な蛇のことだよ。身長は人の三倍あり、炎を吐きだす恐ろしい獣さ」
へえ、ドラゴンまで存在するんだ。でも、リアルにいたら怖い気がするわ。狼瞬殺レベルの獣とか、遭遇したら一貫の終わりじゃん。
「本当だったら滅茶苦茶危険な害虫じゃないですか。竜が暴れたらどうするんですか?」
「その心配はないわ。竜はカタパルト王国にはいないもの。アリア大陸の東方にひっそりと住んでいるらしいわ」
ほうほう、竜はいないのか。良かったわー。戦争中に竜に火炎放射されるとまずいからなー。攻撃の範囲外でたとえ損害を受けなくても、兵士は恐慌して士気も下がるだろう。
「あんた何にも知らないのねー。じゃあさ、あんたこの国の概要も知らないんじゃないのぉ?」
話を切り替えたシュマンさんの言葉に、俺は「そういえばカタパルト王国のこと殆ど知らなくね?」って気付いた。
「王様がいて、世襲制で、貴族は、流石に居るんですよね? で、後は、……。うーん。全然知らないですねー」
やっぱり、と微笑んだハンナさんは国体についても説明をしてくれた。
「言ってることは間違っていないね。百七十六諸侯って呼ばれてる貴族と国王陛下の合議制が、カタパルト王国の国体なんだよ。国王の直領は王国内の八分の一で残りは貴族が領地を有しているから権力は相当あるね。それをまとめているのが国王陛下ってこと。」
江戸時代みたいなもんか? 多分システムは似ているぞ。ヨーロッパでいうと、中世の封建制度にあたるのかな。
「執行部は六大臣四将軍と宰相で成り立っている。つまり、この国を動かしているのはこの十一人と国王陛下なのさ。そしてこの執行部の選任は、国王陛下が決めるんだよ。ま、十一人のうち九人は貴族様だから実質有力貴族と国王の合議制ってことになるんだよね……」
そこまで一気に話したハンナさんの表情は憂いを帯びた。恐らくこの合議制に不満を持っているのだろう。すると……今は保守派が政界を牛耳っているのだからハンナさんは過激派か革新派なのかな。確証は無いけど。そしてもう一つの疑問。
「選ばれた貴族って国元の政治はどうしているんだ?」
「貴族は基本的に国元の政治は代理人、つまり家族や家臣に任せているのさ。選ばれなかった貴族もその下の軍事職や政務職に就くからね。ただ、下位軍事職の貴族はやることが無いから自ら政治をしているよ」
やっぱり江戸時代に似ている。
「こんなところかね。まだ知りたいことがあったらどんどん言ってくれるかい?」
「ありがとうございます」
そういえばリッツはさっきから一言も発してないな。このおばさんに苦手意識があるというのは本当みたいだ。ハンナさんも敢えて話しかけようとはしない様子。
「ま、こんな場所でいつまでも駄弁ってる訳にもいかないし、外に出ようかね」
「ですね」
ともかく、俺らは屯所に戻った。。そう、この時俺はこの行動が俺の運命にどんな作用をもたらすのか知るよしは無かったのだ。運命とは時に不可抗であり時に脆い。だが気まぐれな運命に抗うのは愚かな話である、とは一概に言えない。なぜなら……って適当なことを思考して勿体ぶるのはやめよう。
単刀直入にいうと、そこは、屯所は…………
桃源郷だった。
「――――ッ。これが……異世界ッ」
そこには、ありとあらゆる美少女が揃っていた。ロリからお姉さん系まで。無乳から巨乳まで。ショートヘアからロングヘアまで。髪の色も黒青赤ピンク金茶等々。総勢五十人以上もの美少女は確かに亮の目の前に存在した。
亮は修学旅行で女湯をのぞくような変態ではない。しかし、この光景には目を奪われた。まさに、天国。今亮は確信した。異世界に来て良かったと。
歓喜。そして、
「リッツさん」
「リッツ」
「お兄ちゃん」
「リッツ君」
絶望。
その思いは僅か三秒で砕かれた。この美少女ズは決して天使ではない。リッツのハーレムだ。何故だ。何故リッツがハーレムを築いているんだ!
「みんな久しぶりだな」
死ねぇぇぇぇ――――ッ。貴様、この五十人全員を……その毒牙で手に掛けたとでもいうのか!返せよ。世界遺産、いや絶滅危惧種である美少女を、返せぇ――――ッ。
己の中で渦巻く殺意を胸に、リッツの顔を見た。さっきまで意識もしていなかったが、美形だ死ね。赤い髪は粗暴な雰囲気を盛りたてつつも美形であることをさりげなくアピールしている死ね。強靭な意志を秘めた眼は見るだけで女を虜にしてしまうだろう死ね。
「どうした?」
「何でも無いよ死ね」
おっとうっかり口が滑った死ね。リッツ改め鬼畜野郎が戸惑った表情を浮かべるとちっちゃい女の子がいきなり鬼畜の背中に抱きついた死ね。
「え!?ちょ、おいやめろっつーの」
ゴゴゴゴゴ。 鬼畜はこの轟音が、俺から発せられたと気付いたらしい死ね。即座に幼女を庇い、俺をにらむ死ね。そうか、そろそろ死にたいか。そろそろ我慢も限界だ。
「大丈夫?リア」
「大丈夫だよ。あぅぅ。この人怖いよぅ」
俺のことか。俺のことかァ――――ッ。
「grwコpzlロvスg」
「あぁーー。散々だった」
あの事件から三時間。いまだに頬がひりひりする。そう、俺はあの鬼畜野郎改めリッツに機先を制され頬を思い切り殴られたのだ。バシィン!という効果音と共に。まさか一日で俺の頬があんな音を二回出すとは思わなかった。
「ありゃあ、お前が悪いだろ。いくら魔力が無かったとはいえあいつらのいる前でいきなりキレられたら俺も相応の手段を取らざるを得ないよ」
いや、でも本当に痛かったんだ。主に精神面が。しかも魔力ナシってカミングアウトされた上に美幼女美少女美女とイチャつかれたんだぜ。確かにキレるのがいきなり過ぎたけどあれは酷すぎる。主に精神面に対して。つか、てめえみたいなリア充はどうせ一日中フラグが立って……え?
こいつ、俺が何でキレたのか気付いていない?無自覚ハーレム野郎には死を……いやもういいや。どうでもよくなってきた。
「おいどうした。なに泣いているんだよ」
何故だ……何故俺の前にはヒロインが出てこないんだ。異世界から来たんだよ?魔力無いけど異世界出身だよ?それなのに何でなんだよ。
召喚者の巫女さんとかさ。居ないじゃん。なんでよ。
もしや……。ジル、リッツと美形な男ばかりが俺に接近するということは、まさか! そっちか! そっちはやだよ! 無理無理生理的に無理だ!
いや、冷静になろうか。そんなことが現実で起こってたまるか、って話だよな。有り得ん。うん、そんな展開が俺を待ち受けている訳が無い。
「まあいいか。俺はもう寝るぜ」
「早くないか?」
まだ日は傾いていない。明るいままだ。
「いや、俺明日からまたお勤めなんだよ。あー今日はお前の所為で貴重な休み時間を失ったぜ」
本気で責めている訳ではないだろう。会ってまだ一日も経っていないのに、信用が置ける友を持てたようだ。
「じゃな。また明日」
「おう」
そして俺の意識は闇に呑まれた。それは、異世界での初めての夜だった。