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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第14話 焼却

 勝敗分岐点はもう過ぎていた。


「かかれぇー! 追い首だァーッ」


 シュマンは叫んだ。心の中ではほくそ笑んでいる。


 逃げる敵を殺害するのは、真正面から向かってくる敵を倒すよりも遥かに簡単である。敗者が兵力を消耗するのは主に追撃戦なのだ。敗走しながらも士気高く立ち向かう兵士は、少ない。


 シュマン自身も先頭を進んで背を向ける敵を掃討していく。


「うわぁぇー!」


 後ろから迫られる恐怖に耐えられなかった敵兵がシュマンに剣を向ける。打ち合うまでもない。一撃で首を叩き斬った。


 後ろを振り返るとそこにはシュマン配下の騎士団員しかいない。騎馬隊の追撃速度に歩兵軍団は付いてこれていないのだろう。


(ならば騎馬隊が殺しつくす必要性も薄いな。掃討は歩兵にしてもらうとするか。向こうにいる貴族軍は、僭王マクシムの軍勢かな。疲労の色が薄い。ここで殺せれば儲けものだ)


「全軍進撃速度を引き上げるぞ! 走りながら斬れ、斬りながら走れ!」


 言葉を捨ててシュマンは馬の手綱を引き締めた。単独で疾走し、逃亡する貴族軍の波に切り込む。振り回した大剣は誰かしらの背中や腕にぶつかり、強烈な打撃力によって次々と負傷者を増やしていく。


 一拍止まった騎士団員達は、シュマンの独走を見て一斉に手綱を引き絞った。大剣に恐れをなして転倒した兵士や背を斬られて蹲った兵士は、一斉に突撃してくる騎馬隊に成す術なく蹴り殺される。


 旋風の如き突入に敵軍は軍隊の秩序を完全に崩壊させ、シュマンら士官は皆余裕の表情を浮かべた。全くの苦戦なしで圧倒的大勝利。誰もそのことを疑ってすらいなかった。


「騎士団部隊長シュマン男爵と見受けられる! 覚悟!」


 若い男シーザーがシュマンの乗る馬の足を狙って槍を振る。低く水平な軌道は馬の跳躍によって綺麗にかわされた。

 シーザーを乗り越えたシュマンは馬の右足を軸にして左に回る。方向転換したシュマンと振り返ったシーザーは互いを見つめ合い、攻撃に転じた。馬上から大剣を斜めに振るシュマンの攻撃がシーザーの右肩を打つ。シーザーは槍でどうにかして受けるも防ぎきれず、血が滴り落ちた。


 左斜め前に体を動かしたシーザーの横をシュマンが通り過ぎる。その後背をシーザーの槍が切り裂いた。


「……ッ」


 強い。シーザーは卓越した戦闘技術を持っていた。速度、威力、体捌き。どれも一流であるシュマンに傷を付けたシーザーは一流以上なのだろうか。少なくとも、敗戦で士気を落とすような兵士でないことは明らかだった。


 再び振り返ったシュマンの首めがけてシーザーの槍が迫る。真正面からの、突き。馬面に向かって踏み込むなど、正気の沙汰ではない。虚を突かれたシュマンは馬を退いた。

 だが、遅い。シュマンの首元に槍が浅く刺さり、血が霧状に噴き出た。


「……、らぁッ」


 シーザーが気迫を出して槍を肩に担ぐ。斜め上からの頭部への攻撃。シュマンは大剣を咄嗟に上げて致命傷の一打を阻んだ。

 本来ならば安心するべき場面だ。乗馬しているシュマンは元から優勢である。攻撃を防いだ以上、前に進んで体当たりすれば実力差関係なしに吹き飛ばして決定的な隙を作れる。そのはずだった。


 が。ここでシーザーは予期せぬ行動に出た。


 体重を乗せた両足で思い切り前に跳ねたのだ。シーザーは足を斜め下からシュマンの脇へと思い切り叩き込んだ。がはっと息を吐いてシュマンは落馬し、シーザーは右手を槍から離して馬の頭を掴む。右足と右足を馬の体に引っかけたシーザーは、そのまま馬上に座った。


「貴様ッ」


 その後の言葉を紡ぐ時間は与えられなかった。シーザーの槍がシュマンの体に迫ったのだ。


 一合打ちあう毎にシュマンの体は傷つき、シーザーが十つ目の攻撃を終えた時既にシュマンは満身創痍になっていた。手足の所々から血がにじみ出て、蒼白な顔で大剣を握り締めている。


 今にも倒れそうなその様子に、遅れて来た部下達が驚きの声を上げた。


「隊長!」


 振り返って向かいあったシーザーと三人の兵士の体が交差した。崩れ落ちた体は、三つ。シーザーは一瞬で三人の兵士を殺していた。


 更にやってきた五人の兵士は尻込みして立ち止まる。一番早く立ち直って剣を振ろうと前に出た兵士の体が後ろに吹っ飛んだ。


 バァァンッ。


 シーザーの左手に握られているのは、杖。風系統の、魔術だ。


「あまり、使いたくないのだがな」


 シュマンの頭に血が上った。彼女は魔術師であるシーザーに武技だけで挑まれても負けたのだ。シーザーが最初から魔術を使っていたら今頃シュマンは死体と化していただろう。

 ただ、彼女は貼り合った所で勝てる相手ではないと考えることができる程度には冷静さを保っていた。


 シュマンの葛藤も知らずにシーザーは次々と兵士を斬りふせていく。魔術は、使わない。しかし、どんなに良い兵士でも三合は持たなかった。シュマンが他とは圧倒的に強いとも言えるし、それ以前にシーザーが絶対的に強いとも言える。


 十数人程がシーザーの槍の錆となり、彼は殺した兵士の槍を拾って血塗れの槍を捨てた。シーザーはふと立ち止まり、呟いた。


「シーザー。俺の名だ」


 戦闘中に突然名乗りを上げたシーザーに兵士は呆気にとられたが、シーザーは気にせず槍を振りかぶった。


 グシャリ。


 また一人死ぬ。シーザーはあまりに余裕すぎるのか、戦闘中にあくびまでし始めた。隙を狙わんと突撃を敢行する兵士は、数秒後何も言わぬ物と化した。


(糞ッ。強い……強過ぎる。何十人もの精兵を敵にして魔術なしで圧倒できるなんて、人のできることじゃない。ないのだが、これ以上部下を見捨てる訳にもいかぬ!)


 シュマンは遂に決意し、大剣を構える。殺意を察知したのか、シーザーはシュマンの方をチラリと見た。しかし無視して、残った兵士を片付けようとシーザーが馬を一歩前に踏み出させる。


 その時、突如として戦場に鐘の音が鳴り響いた。


 シーザーはそれを聞くと顔をしかめ、矛先を収める。


(これは、敵軍の鐘。このシーザー以外にも十数人の敵兵が反撃に転じているが、あの様子からして退却の合図だろうか)


 そしてシーザーはサッと体を翻し、シュマンの乗っていた馬を見事に乗りこなして去って行った。残された兵士達はしばし呆然とする。しかしすぐに立ち直り、シュマンに指示を仰いだ。


「隊長」


「追う。だが、深くは駄目だ。特にあのシーザーとやり合う時は、十分注意しておけ。どうせ後から歩兵軍団が来る」


 無理をする必要はない。シーザー一人倒せなかった所で戦況に影響はないし、騎士団は尖兵に過ぎないのだ。蹂躙する為の歩兵軍団は千人居る。秩序を失いかけている貴族軍を掃討するのには十分だ。そう、シュマンは自分に言い聞かせた。


 シュマンは死んだ騎士の乗っていた馬の内一頭を手元へ誘い、それに乗った。部下は皆突撃を今か今かと待っている。傷だらけで余裕の無いシュマンだが、士気の為にもそのようなそぶりを見せる訳にはいかない。


 部下がほぼ全員纏まっていることを確認すると、シュマンは一度だけ深呼吸した。そして、大剣を持っている右腕を上げる。


 一瞬の沈黙を味わった後、シュマンは大剣を振りおろし、敵勢の中心に切っ先を向けた。


「かかれッ」


 手綱を引き締めて疾走する五百の騎馬隊は、シュマンとシーザーの決闘で多少の距離を稼いでいた貴族軍にたちまち近付いていく。シュマンは散発される矢を大剣を小さく振って防ぎながら、その先頭を走った。


 この時シュマンは、シーザーの脅威を受けてどこか臆病な心になっていた。そのため、かもしれない。ふと、怖気を覚えたのだ。

 そして、気付く。


 何故、シーザーが出てきたか。何故、シーザーが退いたのか。何故、マクシム勢といとも簡単に向かいあっているのか。

 シュマンはそのことを、戦場で培った勘によって感覚的に悟った。


「まずい!」


 しかし、間に合わない。間に合わなかった。なぜなら、シュマンが言葉を発した時。その時、もう貴族軍は準備を終えていたのだから。


 この戦いは、決して、逃げる者を虐殺する気楽な追撃戦ではなかった。


 炎が、とてつもなく大きな轟炎が、騎士団を襲った。

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