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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第11話 凝縮

 ジュネは、高揚していた。

 血の匂いが風によって運ばれ怒号が鳴り響き次々と命が失われていく戦場の中で、心を震わせていた。


(これならば……勝てる。勝てるぞ!)


 率直に言って、ジュネの心の中には常にしこりがあった。絶望と言う程強い感情ではなかったが、圧倒的兵力差や皇国の参戦によって半ば勝利を諦めていたのだ。長年カタパルト王国の将軍として経験を積んできたジュネはジルにつく他の貴族とは違って、カタパルト王国が劣勢にあることを十分知っていた。それでも反乱軍に靡かなかったのは、彼自身の誇りがそれを許さなかったからに他ならない。


 負けると思っていた。ならば武人として最後の働きをしよう。そう思った。


(そのはずが、最期の戦いになるはずが、ならなかった。まさか奇跡が二度続くとはな。考えもしない)


 まだ勝敗が決した訳ではないがジュネは自軍の優位を悟っている。これも、長年の経験で培われた戦術眼なのだろうか。

 違う。そう呟いてジュネはかぶりを振った。誰が見ても分かる。カタパルト王国軍は勝勢だ。


「はぁぁ!」


 剣を振り、群がる傭兵達を一閃。重い打撃と強い気迫に押された傭兵の首を、一人ずつ流れ作業をこなすかのように刈り取っていく。老境に差しかかっていることはその姿からは想像も出来ない。

 いくらか骨のある傭兵も、五合十合と剣戟を交わせばいつかは隙をさらす。しぶとい傭兵にはこちらがわざと隙を見せて、罠に食い付いた所を返り討ちすれば済む。無論相手が全員格下だからこそ通用する論理だが、ジュネより強い傭兵はほぼいない。あのガゼルという男はなかなかだったが、それでも足りないのだ。


 ジュネは十人目の傭兵の腹を横一文字に斬り裂き、ふと悪寒に駆られた。


 瞬間。


 バァァン。


 ジュネは体を捻り、突如接近してきた炎を避けた。魔術である。カール軍は遂に魔導傭兵を投入したようだった。


(そろそろ撤退か。今更少数の魔術師を動員したところで戦況を大きく変えることは不可能だし、それが分からぬカールでもない)


 ジュネは剣を握り締めた。大詰めだ。追撃でどれだけ戦果を拡張できるかが勝敗の鍵となる。

 戦争は敵の戦略目的を阻止するものであり追撃は必要ないという論陣を切ってはる将が多い中、ジュネは敵軍を完膚まで無く叩きのめしてこそ勝利だと考えていた。敵兵を一番多く殺せるのは追撃戦なのだ。


 ジュネは最早勝利を疑っていなかった。


「団長」


「何だ」


「足並みが乱れてきています。敵が体勢を持ちなおそうとしており、油断していると反撃の可能性すらあるかもしれません」


 副将の報告にジュネは少し頭を冷やした。戦場での慢心は敗北につながる。まずは、目の前の敵を倒さねばならない。


 ジュネは後方に下がり、連絡兵を呼んだ。各部隊毎に細かな指示を与える。計算に裏打ちされた緻密な指示は、ジュネが名将と呼ばれる所以の一つだ。


(敵はなかなか持ちこたえている様だな。まあ、仕方あるまい。敵は腑抜けた貴族と農民だけではないのだ。戦を生業とする傭兵は強いし、紛争地帯で日々戦う武人もまた、強い。味方が壊滅しかけている状況でよくやるものだ)


 ジュネは鷲が獲物を狙う様な目で戦場を見渡した。案外カール軍に少しでも隙ができたら、早期の勝利に向けて即座に叩き潰すべきだ。そして敵陣の僅かな隙も見逃さない戦術眼をジュネは持っている。必然的に、ジュネは気を抜く訳にはいかなかった。


 魔法と矢の降り注ぐ戦場を一人立ち止まって観察していたジルは、ふとある場所に視線を向けた。貴族軍。マクシムに付き従った反乱貴族の軍勢である。


(ふむ? 貴族軍の動きが変だ。単に逃げ惑っているようにも見えない。まさか……退却をしているのか?)


 早過ぎる。貴族軍の退却を確信したジュネは驚きを隠せなかった。

 貴族は総じてプライドが高い。軍人貴族、つまり戦争を生業としている貴族は訳が違うが、普通の貴族は見栄や面子を重要視するものだ。自身の血統に誇りを抱き、平民を蔑視して自身を高尚な存在だと信じる。それが、貴族である。

 そして、今敵軍の中枢にいる貴族は軍人貴族だけではない。いくら軍人貴族達が不利を察して撤退を進言しようと貴族達がそれを了承するはずが無い。ジュネはそう考えていたのだ。


(俺は、間違っていたようだな。僭王マクシムも反逆者イフミ公も阿呆ではない。それに、退却を決断したという事実があるのだ。それに至った理由などは後で考えればいいこと。いまやるべきことは、目前の時の撃破である)


 ようやく、連絡兵が報告に来る。敵軍、退却。それを聞いて周りの者は騒然としたが、ジュネはもう驚いていなかった。


「団長。どうしましょうか。私は早々に攻勢をかけるべきだと思いますが」


 副官がジュネに意見を申し出る。

 成程、確かに今貴族軍を叩いておけば再起不能になるだろう。しかし、とジュネは首を横に振った。


「第一に、カール軍は精強だ。我々が横腹を見せた隙に、逃げるどころか攻撃しかねない。第二に、どうせ追撃は陛下の軍勢が行うだろう。我々が絶対にやるべきだ、という訳でもない。第三に、我々には時間の余裕はあまりない。フリーダ皇国軍も迫っている状況で追撃をしたところで、成果はたかが知れてるだろう」


 そうだ、とジュネは呟いて身を引き締めた。

 納得した様子の部下達に命令を下す。


「無論、これに便乗して敵勢への攻撃を加える。予備兵力として最後まで残しておいた部隊に、いつでも攻撃できるよう言っておけ。敵は我々の再攻勢を恐れて、形を崩す。そこが、狙い目だ。予備は僅か百の軍勢だが、勝利を決定的にする大役は任せた」


(本来ならここで、敵勢左翼と中央の連結部分辺りに攻撃する所だ。するのが普通だが……それは敵も分かっている。なんらかの動きをして弱点を守ろうとするはずだ。守られた弱点を攻撃するよりは、弱点を守る動きの為に新たに生じた隙を狙う方が有効だろう)


 高度な読みである。戦場では必ずしも敵が自分の思った通りに動く訳ではない。思い通りに誘導しても予想外の動きをしてくることは多々あり、そのために敗北した将も数知れない程居る。

 それを分かっていても尚、ジュネはその判断を変えることはなかった。豪族カールについての情報。実際に戦ってみて感じた感触。戦場の風向き。全てを考慮して敵の動きを読んだジュネは、自分の予測に疑いを挟むことはあっても、そのために行動を変えることはなかった。


(単純な利害計算だ。敵が俺の思う通りに動く可能性は高く、その結果与えることのできる損害は大きい。たとえ思い通りに動かなくても、ある程度の損害は与えられる)


 ジュネは再度戦場を俯瞰した。


 カール軍は劣勢にも関わらずよく戦っていた。傭兵の士気低下は各大隊長の先頭に立った突撃と元来の兵力差で埋め合わせされており、ジュネ軍はなかなか有効打を与えられずにいた。

 闘牛ジョージを始めとした大隊長達が鬼の如き武力を発揮して戦場で暴れ回っている。後方指揮官としては二流で兵の動かし方も粗削りだが、味方の士気へ与える影響は大きい。


 ふと、ジュネはある一点を注視した。最右翼である。あそこだけ動きがおかしい。違和感が、ある。中央と左翼の連結部分を補強するだろうと読んでいたが、そうではないのかもしれない。

 そう思い、ジュネは一抹の不審を感じながら敵の動きを見守った。傍には連絡兵が居て、いつでも予備兵を投入できる。


 段々と時間が経つにつれて敵の陣形が心なしか圧縮されていくように感じた。ジュネは気付く。


 最右翼が少しずつ左に動くにつれて中央と左翼の間の距離は狭まり、自然と連結部分が補強されていったのだ。単純に密度を増しただけではなく、戦列を短くした所為で余った兵力を連結部分の後方へ位置させている。いつ攻撃されてもすぐに対応できる。


 ジュネはほぞを噛んだ。畜生、と呟く。動き始めた時にその狙いを察知できていれば何らかの手段を講じることができた。


「やられっ放しでいる訳にはいかないな」


 突然口を開いたジュネに部下達は呆けた視線を送ったが、すぐに言わんとすることに気付いたのか、口を揃えて「は」と了解の意を示した。


「半包囲だ。陣形を広げて包み込め。中央は後ろに少し退くことになるが、横との連携を忘れるな。戦列が崩壊しそうになった場合、予備兵はその援護を背よ。裁量は任せる」


 ジュネの思惑は外れた。敵が補強に動くことは間違いないと思っていたが、百戦錬磨のジュネに察知されることなく補強に成功したのだ。臨機応変に対応するほかない。

 ジュネは遥か前方にそびえる山を見据えた。その左にある緩やかな丘陵からは魔術師団が援護攻撃を行っている。未だその矛先は貴族軍に集中しているが、貴族軍は魔術師の攻撃範囲から外れようとしている。


(魔術師団の援護があれば敵は耐えられまい。ビル・ダイオシン・D・カール。なかなかの戦上手だが、これで終わりだ。包囲殲滅の餌食となれ)

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