第4章第8話 苦境
戦場は酷いあり様になっていた。ジョージは喉を枯らさんばかりに叫ぶ。さっき言ったのと同じ内容だが、乱戦と化した戦場では何度も言わないと将兵に伝わらない。
「散らばるな! 味方同士で固まって、連携しろ!」
既に横陣を突破された今、できるだけ被害を減らして反撃の機会を待つしかない。ジョージは槍を振るいつつも、苦い表情をしていた。
(まさかこれ程の苦境になろうとはな。いささか考えが甘かったのかもしれん)
ジュネ軍の奇襲を受けた時、ジョージの中にそこまでの不安はなかった。不意を突かれたとはいえ、ジュネ軍は総員合わせてもカール軍の半数も居なかったのだ。ましてや、カール軍の傍では新生カタパルト王国軍も野営している。
たとえジュネが城に守備兵を全く置かず出撃したのだとしても、序盤の不利は兵力で押し返せる。そう、ジョージは予測していた。
無論、ジュネが兵力差の不利を理解しているだろうことも、ジョージは分かっていた。だからこそ、ジュネ軍は奇襲に成功した後、すぐに撤退するだろうと読んでいたのだ。しかし、ジョージの予測は裏目に出た。
「オラオラオラぁぁぁああ!」
槍を振るって先程からしつこく攻撃してきた三人の兵士を吹き飛ばすも、有効打撃にはならず。ジュネ軍の中でも精鋭の、王国直属歩兵軍団団員の様だ。徴募された一般兵との比率は2:1。ジュネ軍は、強い。
「覚悟ぉ!」
中央に居た団員が突出し、胸元へ向かって突きを見舞う。ジョージが持ち前の技量で左上に擦り上げるも、団員は刀を下から回して素早く中心をとり、すぐに第二弾を繰り出した。
(ちっ。読まれてたか。掛け声もブラフで、この第二弾こそが本命か……ッ)
咄嗟にそこまで考えたジョージは、直進運動する刀を下から右手首で押し上げた。同時に、頭を下へ下げる。
ドゴンッ。
刀の軌道は逸れて額に向かったが、頭に身に着けていた防具に阻まれ、ジョージの頭に強い衝撃を与えるだけにとどまった。
「糞っ」
団員が思わず言葉を吐いた瞬間、ジョージの小刀がその首を斬った。防勢の最中から既に左手を腰に当てて機を窺っていたのだ。攻撃を防いだ瞬間、頭部への衝撃で一瞬動きが止まったものの、小刀を抜いて水平方向に動かした。
首の断面からは血が吹き出て、そのまま地面に倒れこんむ。攻勢に乗ろうとしていた他の兵士も、思わず立ち止まった。
(精鋭とはいえども、傭兵出身である俺に比べれば、実戦経験は数分の一。戦場では一瞬の迷いが命取りになることを知らねえみたいだなあ!)
左に向かって足を踏み出しながら、左方の団員の首めがけて小刀を投げた。団員は焦って首を横に曲げる。ジョージはその間に槍を天へ立てて、体を近付けた。
焦った団員が上からの打撃を回避しようとするも、もう遅い。攻撃は見てから防ぐのではなく、事前行動から予知して防ぐものなのだ。ましてや、ジョージは一流の武芸者。精鋭である歩兵軍団の水準から考えても、信じられない程の速度で槍を迫らせてくる。
結果として、ジョージの槍は、団員の左肩に深く食い込んだ。
絶叫。
ジョージは手ぶらとなった左拳でその顔面を殴打し、団員の意識を奪った。
右方から最後の団員が急迫する。ジョージは槍を捨てて、後ろへ倒れこもうとしている団員の腰から、右手で刀を抜いた。腰にはまだ一本刀が残っているが、この先の戦闘を考えての行動である。
「死ねぇ!」
(まずいっ。余裕ぶっこいて腰刀を温存すべきじゃなかったみてえだな! チッ。間に合うか?――)
真っ直ぐ上から下に剣を振る団員。基本の動きで、普通に相対していたらジョージならば対処できるだろう速度だった。が、タイミングが悪い。
反撃を諦めたジョージは抜いた刀の刃を斜め上に向け、左手で剣先を掴み、団員の剣を防いだ。
剣は刀にぶつかった反動で団員の手元に戻る。ジョージの胴を斬るのには持ってこいの体勢。団員は考えることもなく、反射的に二撃目を振るった。
訓練の賜物だろう。
そこらの雑兵なら一発で終わらせてしまうだろうし、経験のある傭兵でもこの行動に至るまでには数瞬を必要とする。しかし、歩兵軍団で何度もやらされた反復練習の結果、団員は考えることなしで攻撃を加えることが出来たのだ。
(さっきの二人よりは上手か。だがな、俺はその上を行くぜ!)
ビュゥンッ。
団員の剣は空を切る。分断された風が微かな音をあげた。
胴打ちに失敗して居付いた団員の隙をジョージは見逃さない。刀を持っていた右手首を返して、団員の首を上から下へ斜め方向に切り裂いた。
最後の団員の首がゴロンと地面に落ち、彼はその命を失った。
(一発目に失敗して二発目の胴を打ったのは良い判断だ。相手が悪かったな。この俺を二発で仕留められると思ったのが敗因だ。油断もあっただろーしな。ま、当然の帰結ってやつだ)
剣を防いだ時、ジョージはその打撃を利用した。衝撃を受けると同時に後ろに跳んで、間合いを取ったのだ。それに気付かず胴を打ってしまった団員は、ジョージの反撃に対応しきれず、負けた。
「おらぁ! カタパルトの精鋭はこんなもんかぁ!? この程度で精鋭っつうんなら、ジュネ本人もたかが知れてるなァ! 総員、速やかに敵勢をぶち殺せぇ!」
僅か十秒で三人の精鋭を打倒したジョージは、挑発の言葉を口にして愛馬に乗った。部下たちはジョージの気迫を受けて、敵を前方へ押し込んでゆく。
ジョージは一息ついて、戦場全体を見回した。
(やはり、敗勢なことには変わらねーな。ゲタポ侯爵の造反もあって、新生カタパルト王国軍の奴ら浮き足立ってやがる。これじゃあ組織的な反攻は望みが無い。速やかに体勢を立て直して退却するしかねーか。それにしても、悔しいもんだな。折角の勝ち戦がまさかの展開でひっくり返されるたぁ、情けねえ)
ジョージは、この戦いの帰結は敗北だろうと予測していた。そして、敗因は旧制カタパルト王国軍の介入による新生カタパルト王国軍の瓦解だとも断定していた。
新生カタパルト王国軍は、農民から徴募された戦争未体験の民兵とピンキリである傭兵の寄せ集めだ。練度は大して高くないし、各貴族が独自の指揮権を持っているので纏まりにも欠けている。
つまり、弱いのだ。
その点、カール軍や旧制カタパルト王国軍とは大きくなっている。カール軍の民兵は相次ぐ戦争で百戦錬磨であるし、傭兵も総じて質が高い。軍の指揮は、豪族カール一族の総領であるビル・ダイオシン・D・カールが全権を持っており、上意下達の即応的な軍隊となっている。
また、今戦場に出ている旧制カタパルト王国軍は全員が王国直属の常備兵である。貴族軍は連れてきていないので、こちらも上意下達である。軍のトップが戦争初心者の国王ジルであるためカール軍程ではないが、配下の家臣が支え合っている為こちらも十分即応的である。
閑話休題。
ともかく、ジョージの考えは正しいと言わざるを得ないだろう。次々と貴族勢が破れる中、現在新生カタパルト王国軍の士気は低く、瓦解寸前の状況だ。
現在のカール軍は北方からジュネ軍本隊の攻撃を受け、西方からジュネ軍別働隊の攻撃を受け、南東から旧制カタパルト王国軍騎士団の一部の攻撃を受けている。
ここで新生カタパルト王国軍が瓦解すれば旧制カタパルト王国軍全軍がこちらに投入され、三方から包囲されることとなるのだ。残った方角である南は山岳地帯。非常にまずい。
その為ジョージはどうにかしてこの状況をひっくり返す必要があるのだが、そこまでの余裕は彼にはなかった。ジュネ軍別働隊の横からの攻撃がかなりの効果を発揮していたのだ。
さっきのパフォーマンスで味方の士気を上げて敵の士気を下げたが、それでも敗勢の雰囲気は消せない。
(俺には良い打開策などは思い浮かばないな。まあ、そもそも俺は大隊長に過ぎぬ。勝敗分岐点で良い働きができるように部下を纏めること位しか出来ないのだったら、そのことだけに集中するとしよう)
ジョージは気持ちを入れ替え、両手で刀を握り締めた。すると、左手から血がポタポタと滴った。三人目の剣を防ぐため刀の先を握った時の傷だ。ジョージはその手を見て、ニヤリと笑ってみせた。
(そうだ、俺は指揮官肌の男ではない。闘牛だ。それが俺の二つ名ならば、暴れてやろうではないか。ククッ。それにしても、赤き血を見てたぎるとはまさに闘牛だな。誰がこのあだ名を付けたのだか。笑わせてくれる)
敵から奪った刀を、遠方で乗馬している敵の士官に向けて放る。丁度肩に突き刺さり落馬した。味方の武器で負傷するとはとジョージはまたもや笑い、二人目の団員の体から槍を取り出す。
「行くぞぉぉおお! 俺についてこい!」