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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第7話 突破

 戦場には騒音が絶えない。指揮に使うホラ貝、太鼓の音だけでなく、剣戟のぶつかる音、叫び声、気勢。数々の種類の音が混ざり合って、どこか異質な空間が形成されるのだ。


「かかれぇ!」


「うげぼっ」


「ギャー!」


 その中で、騎士団第四部隊隊長である女騎士シュマンは、無言のままに敵兵を屠っていた。


「死ねェ!」


 斬りかかって来た傭兵らしき男が長槍を突き出してシュマンの落馬を誘ってきた。この掛け声は、シュマンの動揺を誘うハッタリだろう。そう判断したシュマンは、奇をてらった突き方をしている男の穂先を冷静に捌き、反撃の機会を窺う。


(三流の騎士ならとうに落馬しているだろう。巧緻な攻め口を見る限り、弱くはないのだろうな。しかし……)


(所詮は二流!)


 シュマンは機を見て攻撃に転じた。こうなると、速い。流麗な対捌き、馬捌きで息つく暇も与えず猛攻を繰り出す。最初こそ耐えていたが、五合六合と間断ない攻撃を受けて、一瞬体勢を立て直そうと男は間を取ろうとする。


(敵が後ろに下がった今が、好機!)


「はぁ!」


 跳躍。


 シュマンの大剣は、男の正中線を捉えた真っ直ぐな軌道を進んだ。男は槍を上に上げて、頭をかち割ろうとする大剣を防ごうとした。


 二人は交差する。


「ぅあぁぁあ!」


 男は砕かれた頭から血を噴き出して倒れた。シュマンは残身をして男の死を確かめた後、騎馬を反転して次の敵に備える。


(奴の剣の軌道は無駄が多すぎた。奇をてらった打ち方よりも、打突の基本である真っ直ぐな打ちの方が効率的なのにも拘らず、だ。最後のも、最適な軌道で守られていたら、勝負は分からなかっただろうな……)


 更に数人の雑兵が斬りかかって来たが、シュマンの敵ではなかった。適当に数合あしらった後、隙を見つけてバサリ、と両断する。これを何度か繰り返すだけで、身体的には彼女に勝っている男達は、次々と倒れ伏せた。


 配下の兵士達から、流石隊長、と感嘆の声があがる。


 というのも、殆どの敵は隊長であるシュマンの元にくるまでに配下の兵士に殺されてしまう。そして、それにも関わらず彼女の元まで到達した者は、そこらの雑兵よりかは余程良い腕を持っている。

 それ程の勇士をいとも簡単そうに、実際はそこまで余裕ではないのだが、流れ作業のようにあしらって、倒していく。その光景は、シュマンの容姿の可憐さとも合わさって、兵士たちの士気を鼓舞したのだ。


 しばらく前線で剣戟を交わしたシュマンは後方へと下がった。


(兵士の士気は十分上がった。もう無理をして戦わなくてもいいだろう)


 彼女は隊長という役職に就いている。本来この役職は配下の兵士を指揮・監督するのが仕事なので、前線に立たなければならない訳ではない。

 特に、現在の様に最高指揮官が国王なので裁量が殆ど隊長達に任されている状況だと、隊長は後方で仲間(歩兵軍団隊長が二人と魔法師団隊長が一人)と連絡を取り合い、連携しながら指揮をする、というのが理想的なのだ。


 ただ、兵士の士気を上げるという一点だけを考えれば、隊長自ら前線で剣を振るうという状況は理想的である。まして、美人であるシュマンが男ばかりの敵兵を屠る姿は非常に幻惑的であり、兵士たちの心を奮い立たせる。


 シュマンはメリット・デメリットをきちんと考えた上で、少しの時間ではあるが前線に立つのを決断したのだった。


「隊長。いかが致しますか」


 後方に戻り指揮椅子に座ったシュマンに話しかけた男は、騎士団第四部隊の副将である。連絡兵を何人か連れている所を見ると、暗にシュマンの指令を伝えるから早く指示してくれ、と言っているのだろう。


「そうだな……。そろそろチンジャウ伯爵軍も突破できそうだ。突破後は右回りに旋回する。今はとにかく前方に攻勢を集中しろ」


「了解しました」


 連絡兵が散らばった。恐らく各曹長の元に伝達へ行っているのだろう。


 ここで、カタパルト王国騎士団の構成を説明しよう!


 騎士団は一人の団長によるワンマン体制が敷かれており、その下には第一部隊から第六部隊まである。そして、第一部隊隊長は団長が兼任している。

 人数は、第一部隊だけ五百人、第二部隊から第六部隊までが三百人ずつだ。


 そして各部隊には五十人程度の兵力を司る曹長がいる。曹長は全員で四十人程だ。曹長が率いるのは分隊と言われる少人数の部隊である。会社で言う中間管理職。前線に立って戦いつつも上司の命令を聞いて小隊を指揮しなければならない、苦労の多い役職だ。


 さらにその下には伍長がいる。伍という四人から七人の小さな集まりを纏める役職で、曹長の命令を聞いて数人しかいない伍の皆を纏めればいいだけの比較的楽な仕事である。


 ちなみに、兵站を司る補給部隊の編成は実戦部隊とは若干違う。


 閑話休題。


 数分経ち、シュマンは再び動く。チンジャウ伯爵軍を突破したのだ。


「さて。では、再び私が前方に立とう。後方での指揮は頼むぞ」


 副官に後方からの指揮を頼み、シュマンは手綱を強く引き締めて前線へと向かった。


 流れ矢が数本飛んでくるが、大剣で叩き落とす。


 五本目の矢を叩き落としたシュマンは、遂に先頭へ到着した。先頭を走っていた曹長に代わって、シュマンが先鋒を務める。曹長は次鋒の位置まで下がった。


 慌てふためく貴族軍が次々と目に入る中、シュマンは各貴族軍の間を抜けて突き進む。狙うは、金蜂の旗のある軍勢。イフミ勢である。


 その目の前にまで近付き、シュマンは吼えた。


「かかれぇぇぇえええええ!!」


 応と咆哮を返しながらシュマンの後ろを従う五百の騎士達が、イフミ勢に思い切りなだれ込む。


 最初に敵兵と遭遇したのは先頭を走るシュマン。五、六人の敵兵が横に並んで、天に突き上げた槍を一斉におろして攻撃する。シュマンは卓越した技量にとってはそんな攻撃などどういということはない。大剣を横に振って彼らの槍を全て叩いたシュマンは、兵士らをものともせず走り去った。


 しかし彼らに生きる望みはない。シュマンの後ろを追って突撃してきた騎士総勢五百人。一つの獣のように直進する衝撃力に対抗できるはずもなく、無慈悲に蹂躙される。

 後続の騎士の攻撃に数人の者が体を打ち砕かれ、倒れるにとどまった者も馬に蹴飛ばされ続けて息絶えた。


 一方のシュマンは敵陣の奥深くまで突き進む。人の大きさ程はあろう大剣が雑兵の首を次々と刈り取っていった。圧倒的な実力差を感じ取った雑兵は徒党を組んで対抗するがシュマンの命を奪うには至らず、後続の騎士に押し潰されていった。


 が、イフミ勢はすんでの所で耐えた。精兵を表に出し、事態の打開を放ったたのだ。また、それと同時に味方の貴族軍から加勢が入る。

 これにはシュマンも手を焼いた。一対一では余裕でも、ある程度武術の心得を持つ者が大勢でかかってくれば焦りは隠せない。加勢により敵勢は自軍の二倍程となり、騎士達も一対二の状況には厳しいものがある。


(面倒だな。敵勢動きから考えて、指揮官は戦下手のイフミ公爵ではないようだ)


 しかし、シュマンの予想に反して、イフミ勢の中央が騎士団の猛攻を受けて崩れ始めてきた。想定外の優勢。


無論この状況にも理由がある。


 イフミ勢の指揮官は経験豊富な初老の上級貴族で、良将という程ではないが凡将ではなく、将器はほぼ互角だ。兵数は敵勢の半分程度。しかし、兵士の質が違った。奇襲をかけたため勢いがあるというアドバンテージもあった。それから、士気にも大きな差があった。


 そしてなにより、魔術師団の魔術による援護が決定的であった。


 火力が圧倒的に違う。魔術師を数人しか擁していないイフミ勢と、五十人程の魔術師が莫大な火力で攻撃してくれるシュマンの部隊。火力の効果に疎いシュマンは理解していないが、後者の方が有利なのは自明の理だ。


「そろそろか」


 混戦状態になったのを確認して、シュマンは後方へ下がった。大将たる者ずっと剣を振っている訳にはいかない。後方から指示を出してよりより状況で兵を戦わせるのも大きな役目である。


 すると、連絡兵の男がこちらに寄って話しかけてきた。


「隊長」


 騎士団の者ではない。歩兵軍団の制服を着ているので、第六部隊か第九部隊の隊長からだ。


「なんだ」


「歩兵軍団第六部隊からの通達です。チンジャウ伯爵軍撃破せり、と」


「ほう」


シュマンは副将を見やった。副将が頷く。


「では、突撃を仕掛けよう。いつまで経ってもここで足止めを食らう訳にはいかんからな」


副将が連絡兵を呼び、同じ文言を繰り返して第九部隊に送った。第六部隊からの連絡兵はもう帰っている。


数分経ち、シュマンは椅子から立ちあがった。


(もうとっくに連絡はついているだろう。敵も守勢に疲れてきている。突撃するには十分だ。さて、いくか)


「隊長、では」


相変わらずシュマンの意を汲むのに長けている副将が表情を変えた。


「ああ、突撃だな」


その時だった。


歓声が沸き起こったのである。


場所は、第四部隊戦線の更に奥、敵陣の方向。大将首を取ったのは状況的に間違いなかった。


「シュマン隊長。イフミ侯爵の首を我が隊の兵士がとったようです」


槍の穂先に刺されて天へ突かれたイフミ侯爵の首を見たのだろう。目の良い部下がシュマンに間違いない、と言ってきた。


ちなみにイフミ侯爵という男は、イフミ公爵家棟梁の弟であり、軍事については兄の代行をしている貴族である。七年前の戦役で、反乱の首謀者の一人を打ち果たす、という功績をあげたことで一躍有名になったイフミ公爵家の雄。


大軍を指揮出来る程の大器ではないが、東方マクシム軍における重鎮だったことは否定できない。そのイフミ侯爵を殺したのである。

当然のように、敵軍は動揺している。イフミ勢だけではなく、周りで連携している他の貴族軍も同様に動きを止めた。


絶好の機会だ。


「者共ォォォ! 敵軍の指導者イフミ侯爵は既に討ち取った! 今や賊軍に将はおらず! 総員、突撃ィ!」


シュマンは喉を枯らさんばかりに怒鳴り、下馬して隊長自ら敵軍に突っ込んでいった。その大剣を縦に横に振り回し、大した装備を持たない雑兵を次々と殺してゆく。


突き殺し、叩き殺し、斬り殺す。


形勢が変わった。


大将自ら前線へと飛び込んで敵兵と戦っているその様が、第四部隊兵士の心を動かしたのである。


「うぉぉぉぉおおお!」


「はぁぁぁああ!」


「キエェェィイィ!」


シュマンにあてられて気勢を上げた兵士達の歓声が所々から沸いた。五百人もの大集団が熱を帯びていき、イフミ勢の陣形を崩していく。


「退却、退却だー!」


イフミ勢の副将は厳しい戦況をみて退却を敢行しようとするが、甘く引き返させてくれる第四部隊ではない。士気を失い我先に逃げるイフミ勢は、追い討ちをかける第四部隊の兵士達によって、人数をどんどん削られていった。


イフミ勢の隣を位置取っていたセルマンド勢、ヒール勢、第二陣で援護していたスナル勢。これらの軍勢も士気を失っていた。


味方が無様に敗走しているのだから、当然だ。


シュマンはイフミ勢の敗走をしっかりと確認すると、副将に言い放った。


「私は右のセルマンド勢をやる。お前がヒール勢にあたれ」


この戦場でシュマンの第四部隊は突出している。突出していると前右後ろの三方向から攻撃を加えられる位置にあるという欠点はあるが、同時に、敵陣を引っかき回すことを容易にするという特長もあるのだ。


部隊を二つに分けて、シュマンはセルマンド子爵の軍勢へと突っ込んでいった。

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