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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第4話 迎撃

 ここは、東方の豪族カール一族率いる八千もの大部隊の一角、第三大隊の兵舎である。そこには、勝ちは決まったとばかりに騒ぎ始めている荒くれどもたちが居た。

 本来なら大隊長はそれを制止する立場にあるのだが、その大隊長自ら油断を露わにしているのだから世話は無い。傭兵の比率が多く統率力の低い第三大隊の規律は、たちまちに崩れていった。


(……)


 それでも、流石というべきか彼らはいっこうに武器を手から離そうとしない。紛争地帯はカタパルト王国と違い絶えず戦争が行われている地域だ。そこから来た兵士がカタパルトの兵士より危機意識が薄い訳もなかった。


 そんな地風なので、当然油断をせず常に周りを警戒している者も少数ながら存在する。兵舎の隅で所在なさげにしている男も、その内の一人だった。

 ただ、彼は紛争地帯の出身でもなければ正式なカール軍の兵士でもない。カタパルト王国側から潜り込んだ、諜報員だった。


(士気を下げられただけでも、僥倖と考えるべきだろうか。酒さえ飲んでくれるなら、手間は無いのだがな。イピロス人ではないから、あまり派手な行動を起こすと怪しまれるし。今回ばかりは、少々勝手が違うようだ)


 諜報員は、正体をばらしたら一貫の終わりな職業である。自然、周囲への警戒心も強くなるだろう。


 ちなみに、イピロス人、というのは東方の紛争地帯に住む民族の名称である。カタパルト王国では紛争地帯としか呼ばれないが、紛争地帯内部ではこの地のことをイピロスと呼ぶ。

 カタパルト王国に住むビリアン人と違う点は殆ど無く、少し肌の色が濃い程度だが、民族の違いというのはなんとなく分かるのである。警戒するに越したことは無い。


「あんた。見ない顔だな」


 三十代半ば程の、頬に十字型の切り傷があるのが印象的な男が声をかけてきた。服装は簡素で、腰にかかっている大剣もどこか粗忽だ。身なりからして、傭兵だろうか。


「……。お前は」


 諜報員の男は、まだ実戦経験が浅い。諜報局でも下っ端だ。そのため、途中からカール軍に潜り込んだのをばらさないように、無口な男を演じることにしていた。影を薄くすると、色々と便利だ。


「何故話しかけてきたか聞いているのか?単純だ。あんたが一番警戒心が強そうに見えたんでな。周りは浮き足立っちまってあの通りさ。ちょっくら話し相手がほしかったんだよ」


 完全に気配を隠せなかったようだ。まだまだ、精進が足りない、と諜報員の男は自戒した。他人との必要以上の交流はできるだけ避けるべき。それなのに、声をかけられたというのは、男の経験不足を意味しているに他ならない。


「……」


「無口だなぁあんた。とてもじゃないが傭兵には見えねえぜ。名前は?」


「イームーだ」


「俺は、ガゼルだ。さて、早速だが、あんたはどう思ってんだ?」


 この戦争に対して何か感じないか、とガゼルは暗に問い掛けてきた。諜報員の男、イームーは困惑する。このガゼルという男が何か情報を掴んでいるのなら、その情報を引き出すのが最善である。

 適当に会話して別れようかと思っていたイームーは、初めてガゼルの目を真っ直ぐ見た。ガゼルは笑う。


(ようやくこっちを見たな、こいつ。やはり、この男も感じているようだな)


「……じきに。戦いが始まるだろう」


「俺もだ。血の匂いがする。あんたの目、覗くに値するようだな」


 ガゼルは、己の意見の賛同者が居ることに、喜びを隠そうともしない。イームーも、ガゼルの意にかなう返事ができたようだ、と安堵の溜め息を漏らした。

その溜め息をどう捉えたのか。ガゼルは、再び口を開く。


「あっちの奴らは、俺の傭兵としての勘を聞こうともしねえ。一応同じ傭兵団に所属してるんだがな、少しは年長者を敬えってんだよ」


 冗談めかすように愚痴を言ったガゼルは、情報は得られそうにないと落胆したイームーの前に座り込み、尚も言葉を続ける。


「あんた、相当経験積んでるだろう?イピロスでは一度も見たことねえ顔だが、一目で分かったよ」


 一目でただものではないと見破られた、というのは傭兵にとっては嬉しい褒め言葉だが、諜報員であるイームーにとっては未熟者と罵倒されるようなものだ。嬉しいはずもなく。


「未熟者さ、俺は」


 どこか自嘲気味に言葉を吐き捨てるイームーに違和感を感じつつも、ガゼルは気にせずに立ち上がった。


 とそこで、正規兵の怒号が兵舎に響いた。


「注進!」


 騒いでいた兵士たちが一斉に振り向く。その中に第三大隊大隊長の顔もあることを確認した正規兵は、大声で続きを読んだ。


「カール様の書簡にござれば!敵軍、襲来!総員、戦闘態勢につけ!とのこと!」


 騒然とする第三大隊の兵舎。だが、ガゼルもイームーも動じない。常に戦える体勢、心構えをとることは、熟達した傭兵にとっても諜報員にとっても当たり前なのだ。


「あんたの勘。当たったみたいだな」


 にぃ、と口角を吊りあげたガゼルは、そう一言言い捨てると傭兵団の仲間たちの所に戻っていった。

その笑顔が、何処か遊び道具を見つけてはしゃぐ子供の様に見えたのは気のせいだろうか。一瞬の間逡巡したイームーは、すぐに我に返る。


(遂に始まったか。後は、乱戦に乗じて大隊長とその副官を殺せば仕事は終了だな。暗器の手入れも十分。腕が鳴る)


 気配を消し、大隊長の傍に近寄り、耳をたてる。何か有益な情報があれば、近くに居る仲間にそれを伝えるのも重要な責務だ。


「ジュネ将軍と思われる将官の率いる兵、目測一千から二千程が奇襲攻撃を仕掛けてまいりました。べズ子爵軍、リイル侯爵軍が相次いで撃破されたとのことです」


「了解した。して、殿からの命は?」


「カール軍精鋭八千は魚燐の陣を採る、とのことです」


「分かった。……、くく。一塊りになっておれば敵も手出しが出来まい。何せ五千以上も兵力差が開いているのだからな」


 運良く、カール軍の採る作戦の一部が分かった。


(この情報、上官に伝えた方がいいな。カール軍には、後から如何様にでも理由を付けて紛れこめるのだし。行くか)


 気配をさらに薄くし、念のためガゼルの方にも目をやって誰にも知覚されてないと確認したイームーは、第三大隊の兵舎から姿を消した。

 それに気付く者は、いない。








「チッ。……、嫌な気配がするぜ」


 ここは、第一大隊の兵舎。そこでもまた、戦の気配を身で感じ取った男が居た。彼もまた、傭兵である。

 ゲルト・ユーグスタント。紛争地帯では猟犬と言われ恐れられている、かなり名の通った剣士だ。一匹狼という訳ではなく何人かいる仲間と共に合戦に参加するが、傭兵団を組織するほど群れたがる男ではない。


「確かにな、あまりに優勢過ぎて撤退しちゃうかもしれねーし」


「ねーよ。何の戦果も上げずに撤退なんかする訳ねーだろ」


 今回は二人の友人と共にカール軍に参加している。二人とも腕は確かなのだが、戦場に行かないとその本性を発揮せずのんびりしている。

 要は、戦がなければただの呑気な奴なのである。


「違ェよ。何だかな、そろそろ戦が始まる気がすンだよなァ……」


 二人は、だからこそ何時戦が始まるかには頓着する。


「まじで?」


「ゲルトの勘は、割と当たるからなあ……けど、敵はたった三千だぜ?立ち向かってくるなんて有り得なくね?」


「だよなァ、やっぱ。……けどよォ、なんか怪しい気配があるんだよ」


 ただの勘。第六感なので、ことさら強く主張することはできないし、またそのつもりもない。だが、ゲルトは自分の勘というものをかなり強く信じていた。いや、彼が信じているのは勘というより「自分」の方だが。


 ゲルトは、背に差してあった大剣を抜く。平常時に剣を抜くその動作に多少視線が集まったが、ゲルトは気にせず立ち上がった。そのまま歩き始める。


「素振るのかよ」


「ああ」


「こうなった時のゲルトの勘はいいからなぁ。俺も一緒に行くわ」


「それじゃあ俺も」


 二人とも、各々の得物を取り出し、ゲルトの方へ小走りする。ゲルトの勘が正しくて、今すぐにでも戦が始まる可能性を考えてのことだ。体を少し温めてちょっと汗が出た位の状態が、戦場に臨むにはちょうどいい。


「じゃあ、ちょっくら体温めっか。十分位でいいよな」


 そう言い残して兵舎から出ようとしたが、ゲルト達の行動は大声によって遮られた。


「注進!」


 一瞬で周りの注目を集めた正規兵の使者。殆どの兵士は緊迫した様子の使者に違和を感じ戸惑っている。二人の仲間はゲルトの勘が当たったことと間の悪さに対して苦笑いを浮かべるにとどめているが、ゲルトは口角を思い切り吊りあげた。


「カール様の書簡にござれば! 敵軍、襲来! 総員、戦闘態勢につけ! とのこと!」


 指揮官の第一大隊大隊長はといえば、彼もまたゲルトと同じように笑みを浮かべていた。


「やっとか。体も鈍って来て暇だったんだがなァ。待ちわびたぜ!」


 どこぞのチンピラに喧嘩を売られたかのような反応。流石は、大豪族ビル・ダイオシン・D・カールが最も信頼する部将であり豪傑ジョージ大隊長。「闘牛」という二つ名に恥じない程の器量を持ち合わせている、とゲルトは上官の頼もしさに思わず驚嘆する。その巨体を、さも面白そうに揺らし、ふと思いついたように話の続きを促す。


「ジュネ将軍の率いる兵、目測一千から二千程が奇襲攻撃を仕掛けてまいりました!べズ子爵軍、リイル侯爵軍が相次いで撃破されたとのこと!」


 ざわざわ、と僅かに喧騒が生まれた。すぐさまジョージは一喝し、そして立ち上がった。


「二軍も撃破されてやっと気付いたのか!相当緻密に計算された奇襲みたいだなあ!で、殿からの命令はなんだ!」


 快活に大笑いするジョージ。だが、彼の心中はそう単純ではなかった。


(うちの情報収集が下手打ったのか、敵さんが巧かったのかは分からねえが……新生王国軍は内部に間諜送りこんでたんじゃねーのかよオイ。まあ、なんっつってもジュネ将軍が相手だから手際の良さには納得できるが)


「カール軍精鋭八千は魚燐の陣を採る、とのことです」


「おうよ!良し、てめえら!急いで戦闘準備しろや!」


 ジョージの怒号が飛び、一気に慌ただしくなった第一大隊兵舎内。その中、数少ない冷静な者たちは一斉に思案を始めていた。


(はッ。今日の俺ァ最高に勘が冴えてるじゃねえか!来たぜ来てるぜ俺の轟運がァ!)


(乱戦に紛れてもアレは暗殺できそうにない。流石は闘牛、隙が無いな。仕方ない、一旦情報を本営に送るか)


(ちっ。敵は少勢。恐らく奇襲に成功してすぐ退却するだろうからなぁ。急がなきゃならんなあ糞が!)

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