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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第2話 荷駄

 風が、強く吹いていた。


 ヒューヒュー、と音を立てる風音の隙間に、なにやら土を踏みしめるかのような雑音が混じっていた。


 暗闇に紛れており夜目を効かさなければ見えないだろう、人間の集団。腰には武器を、体には軽い具足を付けており、どこかの兵士だろうというのが一目でわかる格好だ。中には、背中に弓矢を用意している者も居た。


「急げ。中継地点はもうすぐだぞ」


 リーダー格だろう男が声を出すが、雑音に声が消されている。配下の兵士たちには微かな囁きにしか聞こえないだろう程の、小さな音になってしまった。一方で兵士たちは明確に聞こえたようで、応、と小さいながらも力強い返事をした。


 彼らは、胸の紋章から分かるように、カタパルト王国の直属兵である。江戸時代の旗本のような立ち位置の彼らは、しかし旗本の様な軟弱な兵士ではない。いくら平和だったとしても、今は戦乱の時代。弱者が直臣を名乗ることは言語道断であり、直轄兵の中では完全な実力主義が採られているのだ。




 十分ほど経っただろうか。彼らは小さな村に着いた。着いたと言っても、立ち止まれる訳ではない。少々走る速度が落ちただけだ。


「村人共は、握り飯を差し出せ!なくなったらすぐ替えを出すのだ!兵士たちは、走りながら、走りながら握り飯を食え!食って走れ!走って食え!」


 声を枯らさんばかりに指示を出す男。兵站部隊の指揮官らしい。皆、その指示に従い握り飯を食いながら走っている。中には四苦八苦している者も居るが、大半の者は、目を血走らせながら食べ、走っている。


 リーダー格の男を先導に、次々と兵士たちが走り去っていく。あたかも、嵐のような速さだ。寝る間も惜しんで疾走する彼らに、村人たちは一抹の同情を向けた。


 後続の兵士たちが通るまで少し時間が開いているのだろう。握り飯を差し出す村人達は、次々と地面に座り込み、兵站部隊の兵士たちはそれを咎めない。疲れているようだ。まあ、夜にたき起こされて飯を兵士たちに差しださせられているのだから、仕方ないだろう。中には居眠りしている者も居る。


 だが、それは兵站部隊の兵士たちも同じだ。握り飯を作る村人を叱咤し、精力的に動きながらも、疲れの色を見せている。


「さっさとしろ!後続の部隊はもうすぐ来るぞ!次で最後なんだから、気合い入れてけ!」


 先ほどとは違う指揮官が喉を枯らす。必死さを見せているのは、この作戦がカタパルト王国の命運を握っていると分かっているからだろうか。


 また、それとも違う指揮官も活動していた。村人達に、武器や薬や食糧の山を馬車や人力車へ運ばせているのだ。


「ほら運べ運べ!お前らの仕事はここからだぞ!」


 ここの村人たちはあまり疲労していないようだ。作業を始めたばかりなのだろうか。切羽詰まった感じは見られない。




 そうこうしている間に、後続の部隊がやってきた。指揮官はシュマン小隊長らしい。燃えるように赤い髪が汗でぬれている。


 馬を止まらせたシュマン小隊長は、先程の指揮官のように、配下の兵士たちを急がせている。隣には軍属ではない少年が騎乗したまま止まっているが、兵士たちはそれどころではない様だ。


「はぁ、はぁ……、半端無いわマジこれ……」


 少年はその狐顔を盛大に歪ませながら、息を切らしている。あまり体力が無かったのだろう、他とは比べ物にならない程体力を消耗している。実は彼こそが、このカタパルト大返しもどき作戦の功労者なのだが、そんな気配を毛ほども見せない疲れっぷりである。


「行くぞ、少年。ついてこい」


 シュマン小隊長はそう言うが早く、手綱を引き締めて走りだした。慌てて少年も走り出す。

 少年は、もらった握り飯を流れ落ちる汗ごと食いながら、必死にシュマン小隊長に食い付いている。


 またも疾風の如く通り過ぎた兵士たち。ようやく一仕事終わった、と、握り飯を用意していた村人たちの指揮官は一息ついた。だが、仕事はこれだけではない。物資を運んでいる指揮官の方へ行き、次の仕事を始めた。


「よし、荷積みは終わったな。よくやった」


 握り飯を用意していた村人たちの指揮官が一番偉いようで、指揮官の一人を労っている。彼は兵站部隊の小隊長らしい。


「では」


「ああ、出立だ。命令通り、街道の途中ナス池付近までは一部の荷物を村人に運んでもらう。途中からは俺達が運ぶぞ。総員に伝達しろ。十分後に出発だ、とな」


「は。了解しました」


 慌ただしく、兵站部隊の兵士達が働く。やっと飯を差し出したと思ったら、今度は十分後から荷物運びだ。


 ちなみに、村人たちが運ぶのは人力車に積まれている荷物だ。この人力車は、力持ちなら誰でも運べる仕様になっているので、専門的技術は必要ない。


 兵站部隊の小隊長は、腕を組んだ。


(ふむ。なかなか厳しいな、これは。この村まで物資を運搬し一休みする間もなく、飯を用意。全員通り過ぎたらまた物資を運ぶのか。もう少し休みが欲しかったが、休憩は殆どとるなとの命令だ。それにしても、何故一般人に物資を運ばせるのだろうか。確かに兵站部隊の疲労は多少回復するが、効率が悪いのではなかろうか)


 いつでも冷静でいるのが彼のポリシーらしい。一目、汗ダラダラで死にそうに見えるが、眼光は冷めたままで、回想中も冷静さを保って思考している。




 十分というのは、想像以上に短いもので、あっという間に出発の時間になった。


「皆の者!気合い入れてけ!こっからだぞ!」


 兵站部隊の兵士たちは、馬車を引いて荷物を運ぶ者と人力車を引いて荷物を運ぶ者に分かれている。前者は既に馬車に乗り荷物を運んでいるが、後者はナス池で村人と交替するまでただ走っているだけだ。つかの間の休息である。


 村人たちも、この地獄のような状況がもうすぐ終わるという段階になって、やる気を見せている。さっさと仕事を終わらせて寝たいのだ。自然、スピードも速くなる。あるいは、これが上官の狙いだったのかもしれない、と小隊長は思った。


 小隊長がが思案している間にも、荷駄はどんどん運ばれていく。無論、小隊長も考えているだけでなく先頭を走っている。


「急げ!急げ!」


 最後尾は小隊長が一番信頼している指揮官に任せているので問題ない。後は、ひたすら運搬速度を速くするだけ、それが小隊長の仕事である。


 風はいつの間にか止んでおり、代わりにとばかりに乾いた土を踏みしめる音が広がって来た。


(昨日一昨日と雨が降らなくて良かったな。土が濡れていたら、運搬速度は落ちていただろう)


「イル小隊長。荷駄を落とした班が出たようです」


「処置は」


「ナマ小隊長補佐官が、周辺の者に戻させました」


「歩調は」


「少し、乱れています。どう致しましょうか」


 手を口元に当てて、若干思案した小隊長、イル。だが、すぐに答えを出した。


「急がせろ。速度を少し上げる。ついてこなければ、罰だ」


「は」


 下っ端のちょっとしたミスで立ち止まれるほど、時間に余裕はない。むしろ、このミスを機により移動速度を上げるべきだ、とイルは考えている。彼にとって、歩調など、大した問題ではない。重要なのは、時間だ。


 イルの命令を受けて、隊列は一層乱れた。しかし、速度は緩まない。いや、緩ませない。


「急げ」


 と言えば、落ちていた移動速度は瞬く間に上がり、兵士たちの顔に緊張感が戻る。

 それを繰り返していくうちに、彼らはあっという間にナス池に着いた。疲労度は通常の倍ほど。だが、到達に要した時間は通常の半分だ。

 まずまずの結果、そうイルは感じた。


「交替しろ。一分だ」


 命令を聞いた部下の顔が驚愕で歪み、すぐさま急いで村人に人力車を受け渡させる作業へ入った。一分以内、というのは酷だろう、とイルも思っている。一分で受け渡しを終わらせるのは流石に難しい。

だが、これが命令だ。


 一分を過ぎ、まだ受け渡しは完了していないが、イルは配下の荷駄隊に出発を命じた。一度口に出したことは変えない主義だ。

 人力車の指揮官は有能なので後から付いてくるだろう、とイルは見ているので不安は無い。付いてこれなければ罰を与えるだけだ。


「出発だ。付いてこい」


 手綱を引き締め、わき目も振らず走り出すイル。

 慌てて、後から部下が追いかけてくるが、荷物を持ってないイル小隊長になかなか追いつけず、差は広がるばかりだ。


「急げェェ!」


 間があるので少し大声を出してイルが命令を伝えると、心なしか、後ろで緊迫した空気が形成される気がした。イルが怒っていると部下たちは感じているのだろう、とイルは推測した。


(それでいい。俺が鬼にならなければ、奴らは本気にならないだろう。火事場の馬鹿力、とも言う。限界まで速さを引き出すのが、俺の仕事だ)


 街道を走り抜けるイルと、イルを追う荷駄隊と、荷駄隊を追う人力車部隊。

 いつの間にか吹き始めていた風が、彼らを後押ししていた。

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