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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第4章第1話 機略

 あの秘密会議の後ジルはこんな声明を発表した。


『カタパルト王国軍はこれからフリーダ皇国軍と相対する。心ある者は集まれ。今ここに、カタパルト王国を死守し、その平和を取り戻すことを誓わん』


 そして、その日から北方から進軍してくるフリーダ皇国への出陣準備が始まったのだ。兵糧を買い集め、兵站を準備する。ちなみに兵站とは、武器や食料を直したり集めたりして兵士に送り届ける後方支援のことだ(詳しくはwiki参照)。戦争が起こる陰には裏方の多大な努力がある。兵士の健康維持、武器の整備、陣営の構築など多岐にわたるのだ。


 これが会戦、つまり大きな戦いとなればその苦労もひとしおである。前の七千人で出発した戦いとは違い、今回は万単位の戦争なのだ。


 閑話休題。そういう兵站準備の陰で、もう一つの作戦が密かに準備されていた。国王直属の軍隊は八千人。その内騎士団一個部隊と歩兵軍団二個部隊と魔術師団一個部隊、そして国王直属の近衛隊。一個部隊約五百人なので合計して二千五百人であり、作戦とは、この軍勢を率いて国王ジル自らが東の反乱貴族と豪族カールの連合軍を打ち果たす、というものである。


 全員が騎馬隊な訳ではないが、進軍速度を速くする為に皆を馬に乗らせるので馬もたくさん必要だ。もちろん戦場の近くに着いたら、歩兵や魔術師には馬から下ろさせる。


 最初からフリーダ皇国と会戦すると発表しているので、密かにカール軍と戦う準備をしてもあまり怪しまれない。フリーダ皇国軍に対するものだとしか思われないだろう。


 シャルロワへの勝利を耳にして、各地から貴族が兵士を連れて王城の方向に向かった。


そして、戦争の準備が着々と進む中、軍議を開くこととなったという訳である。俺はもちろんジルの傍に立っているだけだ。


「では、軍議を始める。フリーダ皇国と戦うその作戦を決めるのだ。我こそはと思う者、何かあったら忌憚なく聞かせてもらおう」


 ジルが口火を開いた。


 もちろん、この中には信用のおける人物しか居ない。多数集まった貴族の内重鎮や信用のおける者数名と今回の内乱でジルに味方した者、あとは軍人の上層部が五、六人。


「では、まず初めに状況を確認しましょう。今回の敵はフリーダ皇国軍四万。敵軍はカタパルト王国北部の山岳地帯を行軍し、クリム城を陥落させました。その後も南進し、カタパルト王国の北部一帯を占拠する模様。総大将はガストン・フリーダ皇王。従う将は皇国の双璧とうたわれるライルを筆頭に古参の部将が配置されています。兵糧はあと三ヶ月分は確実にあるようです。最悪一年は持つでしょう。

我々の作戦目標は敵軍の撤退。さて、何か案のある人はいませんか?」


 レーデ内務大臣がまず状況説明を行う。さて、どんな案が出るかな。もちろん俺は今回も作戦は終盤になってから言う。注目度や採用度を高めるのは理由の一つだし、既出の案の良いところをさも自分が考えたかのように採用できるからだ。


 地図が出され、皆が凝視した。しかしまだ発言は無い。今回の敵軍は精強であり、士気も高い。簡単に正面決戦をする訳にはいかず、悩んでいるのだろう。


「では。私に一つ案があります」


 ブルゴー騎士団長に視線が集まる。何を考えたのだろうか。


「敵軍がカタパルト王国北部を占領しようとするのには理由があります。山岳地帯、中でもグラビット鉱山の権益を奪うのに必要不可欠な城塞クリム城と周辺の砦による防衛線を堅固にするためです。まあここまでは分かっているでしょう。そこで、です。敵の目的を脅かしてやるのです」


 熱弁。国を守ろうという愛国心からくるものなのか、混乱の中出世しようという野心からくるものなのかは分からない。でも、その表情からは生気が溢れて出ていた。なんとしても勝つという生気、いや、覇気と言った方が正しいかもしれない。活気ついたのは末端の兵士だけではない様だ。いや、上が覇気を持つと下からも覇気が湧いてくるのかもしれない。


「クリム城攻城か」


「そうです。無論、クリム城の陥落は難しいでしょう。既に周辺の砦も殆ど落ち、防衛線は完成。その上、防衛線の前にはフリーダ皇国軍が意気盛んにカタパルト王国北部に侵攻している。無理、と言っても過言ではない。ですが」


 一旦区切り、


「そもそも四方を敵に囲まれていながら勝利を目指すこと自体が無理ではないですか。無理を通すことも出来ないで何が勝利か!」


 決まった。完全に場の流れはブルゴー騎士団長の方へ行ってしまった。


 城塞クリムの攻城なんてブラフには使えても、実際やり遂げるのは厳しすぎる。せいぜい敵に不安を与えて動きを鈍らせるくらいしか活用法はない。それとも、何か秘策があるのだろうか。


「策はあります。まずは手元の地図をご覧になって下さい」


 秘策はあった。作戦としては、こうだ。


 まず、フリーダ皇国軍をカタパルト王国内部に引き込む。敵も糧道を引きのばす訳にはいかないから、途中で進軍を必ず躊躇するだろう。そこを、少しずつ餌を与えて引き込まなければならない。一方で敗北し敵に追撃させながら一方で小さな勝利を重ね、なお且つ軍団の士気を維持するという激務だ。


 引き込んだフリーダ皇国軍は放置し、まずは敵の予想通りフリーダ皇国の糧道を叩く。これで、軍隊の大半は糧道を守ろうとするだろう。だが、恐らく糧道は破れない。なんせ侵攻軍のトップは兵站の第一人者であるライル将軍だ。何か仕掛けを施しているだろう。


 この瞬間。北部の山岳地帯とクリム城を中心とする防衛線は手薄になる。戦場は南であり、糧道が決戦場なのでクリム城に駐留するフリーダ皇国軍の兵士は気が緩むだろう。そこを、叩く。国王直属軍八千人総員の力を振り絞り、クリム城を急襲。


 クリム城が陥落する時には、兵站線攻防戦は佳境を迎えているだろう。そして、恐らく敗北する。だが、元々カタパルト王国軍側も自分達が囮だと知っているが故に、大敗は無い。クリム城陥落の報を聞いたら伏兵で追撃に備えつつ撤退する。


 必ず、フリーダ皇国軍はクリム城を奪回せんと山岳地帯に兵を退くだろう。この時フリーダ皇国の占領地が手薄になる。そこでカタパルト王国軍は態勢を立て直す。推定ではカタパルト王国勢一万三千~六千対フリーダ皇国勢二万~二万五千。この時点で兵力差は恐らく一万弱程に縮まるとはいえ、兵力差が五千を超えることがあれば、まだ決戦するべきではないだろう。波状攻撃をしつつ、機を窺う。もしも兵力差が五千以下だったら、決戦だ。


 フリーダ皇国軍が山岳地帯に戻るまでには、クリム城周辺の城塞は陥落しているだろう。クリム城さえ落とせば他の城を潰すのは簡単だ。あとは敵の描いた防衛線をこちらが使い、機動防御戦に移る。


 そして、最後は挟み打ちにして敵を撃破する。


 なるほど。序盤にフリーダ皇国軍を引き込む軍勢を第一の囮とし、糧道を潰そうとする軍勢を第二の囮とし、クリム城を奪回する。今度はクリム城と周辺の砦に籠もる軍勢を第三の囮として旧領を回復する。まさに機動戦。守りではなく攻めの姿勢を持っている所がポイントである。


 確かに良策。ただ、現実的ではない。俺も同じような案を検討したが、クリム城の堅固さに万単位の兵力でなければ短期の陥落は不可能だと結論を出したのだ。


「しかし、クリム城を落とすのはちと難しいかと思いますが。かの城は、かつてフリーダ皇国と敵対していた時代に、カタパルト王国の力を振り絞って建築した難攻不落の名城。何か、策があるのですかな?」


 バトン外務大臣が皆の疑問を代弁した。しかし、ブルゴー騎士団長は自信ありげな表情を崩さない。


「無論。実は、クリム城には抜け道があるのです。クリム城付近にある一軒家の軒下にある穴を辿っていくと、クリム城の内部に侵入することができます。敵も占領してすぐにこの抜け道を察知することはできますまい」


 なるほど。内側と外側の両方から一気に急襲すれば、クリム城を落とすことが出来るかもしれない。


「おお、これなら勝てるかもしれませんな」


 隊長格のこの言葉に乗せられるように、軍議場はイケイケムードに突入した。これは、俺の策を出す必要はないかもしれない。これが成功すれば、敵は袋の鼠となり、こちらの大勝利だ。


 ジルが目配せをしてきたが、俺は首を横に振った。この作戦でいこう、という意思表示だ。


「この作戦。機を見誤らなければ、我らが軍の勝利間違いなしかと。この策を告げれば、どっちつかずだった貴族達も必ずや士気を上げるかと」


 ブルゴー騎士団長はジルを期待に満ちた目で見つめてきた。自分の策に自信があるのだろう。確かに相応の策だ。


 ただ、心残りもある。この作戦は、いわば奇策。敵に漏れたらそれが最後、簡単に撃退され、カタパルト王国軍は一気に潰走するはめとなる。


 俺はジルと目があった。同じことを考えているのだろうか。


 軍議場の視線を集めたジルは、ブルゴー騎士団長の方に目をやり、頷いた。


「うむ。この策を採ることに異論がある者はおるか?」


 無言。全員一致だ。


「では、細かいところを詰めていくとしよう。なにか、改善点があるという者はおるか?」


 ジルは、三度、俺の方へ目をやった。


「は。さすれば二つ」


 俺は控えめに口を開いた。今回は俺が献策した訳ではないので、日本人自慢の謙虚さ溢れる喋り方でいこう。


「申してみよ」


「さきほど、ブルゴー騎士団長は貴族の皆様方にもこの策を告げると仰いましたが。それは、ちと、浅慮かと」


「なんだお主。我が策が不満か」


 憤然とした様子で、ブルゴー騎士団長は俺を睨んだ。本気じゃない様だが、やっぱり怖い。浅慮なのは俺の方だった。こんな言い方ではブルゴー騎士団長との軋轢(あつれき)が増す一方だ。


「いえ。策自体に不満はありませぬ。クリム城を落とせるなら、最上です。ですが、皆さまはあまり気にしてないようですが、貴族の方々に告げるのは危険かと思われます」


「何故」


「内通者の存在です」


 ほう、と誰かが息を吐いた。


 ギルさんに示唆された可能性。後に諜報局へ問い合わせたところ、怪しい貴族は数名いるという。


「シャルロワの様に、フリーダ皇国に内通している者が、王城へ集う貴族の中に混じっている可能性。高い、と思いませんか?」


「なるほど」


 ブルゴー騎士団長も納得したような顔つきを見せた。


「延び切った糧道を叩く、という所だけ伝えておけば良いのではないでしょうか?」


「内通者が居たとしても、逆にそれを利用できるということか。確かに、浅慮だったかもしれん」


 この情報が敵に伝われば、クリム城の兵士が兵站の防御にまわされ、却ってクリム城が手薄になるかもしれない。


 ジルも満足したような顔をしている。やはり、さっき俺と同じ考えに至ったが、国王であるジルが家臣を信用していない素振りを見せるのはまずいと、苦悩していたのだろう。


「分かった。家臣を信用しないのは心苦しいが、敵を欺くにはまず味方から、とも言う。リョウの言うことを聞き届けよう。で、二つ目は何だ」


「そうですね、クリム城を奪還する所までの手段は最善だと思います。ですが、わざわざ敵軍を挟撃しに行く必要はないかと」


 攻撃は最大の防御と言うがこの状況でそれは当てはまらない。折角敵の兵站基地であろうクリム城を落としたのなら、そのまま大人しくこちらは守勢に入っていればいいのだ。


「焦土戦術です」


 俺の言葉を聞いた殆どの人が首を傾げたが、数人の軍人には心当たりがあるようで微妙に納得し様な顔をしている。ブルゴー騎士団長は前者だ。


「クリム城は堅固かつ巨大な要塞。あそこを獲ると、カタパルト王国とフリーダ皇国の間の主要な街道を防ぐことができるのです。するとどうなるか」


 一旦言葉を切る。ロン毛の軍人が呟いた。


「食糧の欠乏……」


「その通りです。攻略に手間をかけている間に兵糧はなくなり、士気は落ちるでしょう。なんせ、兵站線を断っているのです。敵が食糧を得る手段は略奪しかなくなり、四万もの大軍勢を養う食糧はそう簡単に得ることはできないでしょう」


 飢餓に陥る。食糧を失った軍隊ほど悲惨なものはない。


「我々が守勢をとればそう易々と攻めきれません。連携すべき反乱軍も二度の大敗で身動きが取れず。手をこまねいている内に食糧がなくなり、飢えた敵軍の士気の下落は免れないでしょう。そうなればもう終わりです。堅守している我々に突撃して無駄に命を散らすか悲惨な撤退戦を敢行する他ありません」


 誰も異論を挟まないのを確認して、ジルは口を開いた。


「では、亮の意見に異論はないようであるし、詳細を打ち合わせするとしようか」


 ブルゴー騎士団長は心なしか不機嫌だった様な気がした。








 自室への帰り道。策が決まった今特にやらなければならないこともないため、さっきの作戦に考えを巡らせる。


「あそこまで大規模に軍を動かすのはもう、戦術じゃなくて戦略の域だろ……」


 良案である。それはみんなも認めていた。俺としても、同じようなことを考えていたので鼻が高い。俺とブルゴー騎士団長との差はクリム城の抜け道を知っていたか否かだったので、悔しさもあまりない。万事順調だ。

 俺の立場はカール軍&マクシム軍への電撃奇襲が成功すれば安泰なので、フリーダ皇国戦にはしゃしゃり出る必要もないだろう。いや、十分しゃしゃり出ているかな。


 ただ。拭えない何かがあるのも事実だ。不安感だろうか。それとも嫉妬心だろうか。ブルゴー騎士団長の作戦にはどこか違和感がある様に思える。


 さっきはかなりの良案だと思った。思ったが……何かが足りない気がする。シャルロワ軍との戦いで俺が献策した作戦と比べてみても、特に劣っている訳ではないのだが。どちらも奇襲が根幹だし。


 まあ戦争はいざ実行の段階になると予想外のことばかり起きるのだし、それを俺は対シャルロワ戦で実感した。何かが起きてもきっとなんとかなるだろう。

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