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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
42/85

間章二話

 カタパルト城。クリム城やビスケット城と並んでカタパルトの中でも屈指の堅城と言われる、カタパルト王国の首都に建造された城である。

 この城は、庭園や広場を多数内包しており、国家直属軍は皆この城内で訓練する。訓練広場は王城本丸のすぐ近くにあり、国王が自ら視察しに来ることもあるこの場所。兵士たちは訓練中にあまり気を抜くことはできない、ということで有名である。


 そして、ここに居る一人の少年も訓練中の兵士(?)の一人だった。


「そげぶっ」


 少年というか吉田亮というか俺は訓練用の木剣で鳩尾を突かれ、思わず謎の叫び声を上げながら後ろに吹っ飛んだ。


「中心を取れてないですね。我武者羅に向かって行くのは、胸突きの格好の的ですよッ」


 相手はグランさん。訓練中も敬語を使っているが、やってる内容はとんでもない。


「ッ、か、はっ、ちょ、マジもう無理……」


「早く立ち上がって下さいっ」


 口で指南するだけならいいが、立ち上がるのが遅いとすぐ打ちかかってきて否が応でも戦い続けさせようとするので、息つく暇もない。戦場では気を抜いたら最期だ、と言われれば納得してしまうのが余計に悔しいわ。


 だが、状況は俺の予測の上をいった。俺が立ち上がる前に、業を煮やしたっぽいグランさんの木剣が上空から振り下ろされたのだ。


 一応手を抜かれているようで、今から木剣を動かせば守れるっぽいが。少し思案したのち、俺は防御せずに剣をグランさんの脇腹に振り上げた。あえてっすよあえて。


 カキィンッ。


 グランさんの振り下ろしは俺の左腕に付けてあるガントレットで剣先を阻まれる。どや。


 俺の木剣はグランさんの脇腹に吸い込まれるように軌道を描く。これは一本ありだな。よっしゃ勝ったぜ!


 キタッ。と俺が歓喜を上げる準備をした時、グランさんは思い切り後ろへ跳ねた。


「んなっ……。マジかよ」


 俺の木剣は、左ななめ後ろに引き寄せられたグランさんの木剣によってその攻撃を防御された。さっきの二倍以上にも見える、圧倒的な速度。俺のガンレットにあえて(・・・)木剣をぶつけて、その反動で左脇に己の木剣を引いて、うまく擦り引いた見事な動きに、俺は瞬時茫然とした。


「気を抜いてはだめですよ!」


 だが、グランさんはそう言うが早く木剣を中段に構え直して俺の首めがけて突きを撃って来た。速度はさっきの手加減モードに戻っているが、手が右斜め上に伸びきっている今の状態では反撃どころか防御するのも難しい。体も未だに倒れたままだし、こりゃあまずったかな、と戦うのを諦めようとしたが、気付いた。そして、思い浮かべた。


 さっきのグランさんの技。さっきは擦りながら引いただけだったけど、今度は、


「らあァッ」


 擦り引きながら、さらに擦り上げる!


 現在の俺の状態的に場所を移動するのは難しいので、擦り引くだけでは狙いは逸れても肩などに当たる確率が高い。だが、引きながら上げれば、グランさんの木剣が通るのは俺の頭のすぐ左だ。


 腕の筋肉を収縮させながら擦り引くことで狙いを横にずらし、掌が顔の近くまで来たところで今度は腕を左斜め上に上げた。ビュゥンッ、と耳の傍で空気が引き裂かれる音がした。だが、俺はそれに一々感想を持たない。頭を動かさない。今やることは、攻撃だけだ!


「はあぁっ」


 左耳の傍に至った右手の手首を返し、肩を使って思い切りグランさんの首を横から狙う。グランさんの腕はまだ完全に伸長しておらず、今から引き寄せるのは不可能。ならば、今度こそ、当てる!


 だが、俺の木剣が斬ったものは空気だった。首と木剣のぶつかる鈍い音の代わりに、グランさんの声が、下から、


「ほう」


「……、――――ッ」


 まずい、避けられた!


 俺の剣筋を予想していたグランさんは、首に迫る木剣をものともせず体を地に沈めたようだ。佐々木小次郎見たくツバメ返しをやろうと再度手首を返そうとする俺に向かって、グランさんは無造作に距離を縮めようとした。地面に左手をつき、体重移動の力も加えようと思った俺は、ふと。


『中心を取れていないですね』


 ふと、グランさんの言葉が頭の中でリピートされた。


 そういえば、さっきからグランさんは中心からしか攻めてきていない。それも、大体俺の鳩尾を攻撃してきているのだ。だが、今のグランさんの木剣は俺の頭の横にあるので、中心からは攻めれない。それでも、距離を詰めてきている、ということは。


 ひじ打ちかっ。


 予想通り、グランさんは木剣を手から離して右腕の角度を極端に狭くした。ひじ打ちの構えだ。やばい、このままだとあれをモロに食らうぞ。


 体を動かしてこれを避けるのは無理だと判断した俺は、即座に木剣を右手から離した。地についた左手の手首を動かして体を少しだけ右に移行させる。同時に、俺の右手がグランさんのひじ打ちを防ごうと俺の鳩尾の上空へ動いた。

 軌道をずらすのが目的だ。鳩尾だけは死守せねばならん。


 間に合え!


「ごふっ」


 俺が意識を失った時、まだ俺の右手に何か質感のある物を掴んだ感触は無かった。








「イタタ、うおっ、ここ痣になってんじゃん! 肉刺もまじ痛いし、ないわ~」


 現在俺は、訓練場の隅っこに体育の授業を見学している奴みたいな感じで座り込んでいる。ついさっきグランさんに起こされて、そのまま少し休んでろと言われたので休憩している。


 昨日の俺なら気絶までさせられる、おおよそ現代日本では考えられないような訓練法について抗議をし、訓練したくない、と駄々をこねただろう。というか実際昨日そうしたし。


 だが、今の俺はこんなことじゃ動じない。ていうか、慣れた。一昨日乗馬訓練が終わって一息ついた瞬間に次の日からは戦闘訓練するから、と言われた時は脊髄反射的に「だが断る」と言ってしまいそうになったが。


「リョウ殿、そろそろ続きを始めますぞ」


 だから、俺は二、三分の休憩を挟んですぐにまた訓練を再開すると言われても驚かなかったし、怒りも湧かなかった。


「分かった」


 まあぶっちゃけ、ここで戦闘能力を少しでも上げておかないと後が怖いんだよねー。戦国時代っぽいし。内乱起こってるし。治安の悪い所だと、いつ暴漢に襲われてもおかしくないらしい、この国は。まあ、あんなに治安が良かったのは元の世界でも日本以外に殆どなかったらしいけどさー。


 本音は俺だってこんな辛いことしたくないけどさ、平和ボケした日本人の感性のままじゃこの世界を生き抜いていけないってんなら仕方ないよねー。やるしかない。


「昨日と同じく、木剣実践稽古の次は長距離走です。体力を付けることと行軍に慣れることが目的なので、この鎧一式を着て下さい」


 差し出された、重そうな装備品。まあ兵士は兵種によっては何十キロも装備品を持って行軍しなきゃいけないんだし、やんなきゃいけなさそーだなー。


「うわ、重っ」


 剣道の防具の比じゃないわ、これ。まるで、鍛練用の重-い亀の甲羅のような……。


「亀仙人かよ、アンタ」


 無理ゲーくさい。中学生のころはクラスでも五、六番くらいの体力は持ち合わせていたんだけど、その微かな自信が早くも崩れたわ。


 まあ、有効性はあるようなのでとりあえず全部着てみた。が、重い。


「では、私に付いてきて下さい。ちなみに、通る道は昨日と同じです」


 うお、いきなり走り出しやがった!ちょ、おまッ。


 慌てて後をついていくも、最初からかなりのハイペース。進行ルートは昨日と同じらしい、ってことはまたあんなに走んのか!しかもこのスピードで!?


 うろたえる俺を余所に、どんどん先に進んでいくグランさん。初っ端から距離を離される訳にはいかないので必死に後をついていく俺。

 グランさん的にはこんなの余裕かもしんないけど、ちょっと思いやりというものを持ってほしいよな、彼には。


「はぁ。はぁ」


 直属兵たちが訓練している、数多ある訓練場。その間をすり抜けて、グランさんと俺は王城の外壁周辺まで走る。


 既に俺の息は荒くて疲れてきているのが一目で分かる状態なのだが、直属兵たちも辛そーに訓練しているのを見て少し元気を分けてもらった。やっぱさ、大変なのが自分だけじゃないって分かるとやる気上がるよね。勉強も部活も、なんだってそうじゃね?


「はぁ、はぁ」


 直属兵の恐らく精鋭だろうみなさんにそんなどーでもいい仲間意識を抱きつつ、俺はふと自分の思考を省みた。


 まあ省みたっていう程なんか考えた訳じゃないけど。なんか慣れてきたなーって思って。まだ経験した戦争も殺し合いも一度だけだけど、環境が変われば人も変わるのかなぁ。


 最近はあの悩みについても、考えることが少なくなってきている。解決した訳じゃないけど。


「ハァ、ハァ」


 あ、やべっ。考え事してたらグランさんが居るのが随分遠くになっちゃったぽい。


 しゃーない。速度上げるか。そーなると考えながらってのはきついから無心になるけど、まあいいわな。考える時間は訓練が終わればたくさんあるんだし。


 うし! 気合い入れて走るぞ!

第一部の用語集に地図をうpしました。


これを見たらカタパルトらへんの地理が分かり易いと思います。

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