表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
41/85

間章一話

カタパルト王国は未だ斜陽にあらず。


先の敗戦時の王国軍の進撃を受けると、シャルロワにはそうとしか思えなかった。二重三重にも張り巡らされた罠の組み立て方は、幼き頃学んだ稀代の謀将アラキ・カタパルトの戦術そのものだった。


そう、シャルロワは敵の五倍もの兵力を擁しながら負けたのだ。その衝撃は敗戦の日から二週間経った今でも薄れてはいない。居城ビスケット城で、シャルロワは一人思案していた。


それにしても、カタパルト王国にあんな巧緻な罠を仕掛けることのできる人物は居ないはずだった。少なくとも、国王暗殺を決行する前の調査では。


「リョウ・ヨシダ……いや、吉田亮か」


吉田亮。突如現れたジル国王の側近と周りには認識されている、謎の少年。彼こそがあの戦術を考案した人間だとシャルロワは考えている。シャルロワの知る限り、カタパルト王国にあのレベルの戦術を考案できる人物はいないのである。


ブルゴー騎士団長やジュネ歩兵軍団長等、カタパルト王国にもまだまだ実力派の将軍たちは残っているが、あの戦術は彼らの立てるであろう戦術とは種類が違う。あのような戦術をカタパルト王国に忠誠を誓う軍人が考え付く筈がないのだ。


あの戦術における特異な点とは何か。それは、国王に対する処遇である。吉田亮は国家元首である国王を囮にして敵の裏を掻いた上に、決戦兵力として近衛隊を使用した。ただし重要なのは、囮にした本陣に国王が居たかどうかではないのだ。「国家元首を囮にする」という発想。それこそがあの戦術のキモである。


カタパルト王国の軍人の中に、そのような良く言えば柔軟、悪く言えば狡猾な発想を思いつく者は居ないと断言できる。軍務も経験してきたシャルロワだから言えることだ。


そして、シャルロワは、ここまで思考が至って初めてカタパルト王国という勢力に恐怖を感じた。


「儂に恐怖を感じさせるとはの。はてはて、何年ぶりかのこの感情は」


だがその言葉に怯えはない。今シャルロワという漢を覆っている感情の正体は、高揚だった。それは、今までのシャルロワに欠けていたものでもある。今となっては昔の、血と汗にまみれた日々。あの時分、シャルロワの心は奮い立っていた。そしてその熱い感情はいつの間にかシャルロワの心から消えていった。

これが老いるということなのかもしれない、という気もしていた。


いや、と、シャルロワはそう考える度にかぶりを振っていた。まだ老いる訳にはいかなかった。やり残していることが、ある。


手を固く握りしめて、シャルロワは目をつぶった。夜明けが、近付いてきた。シャルロワの心の中でも、高揚が少しずつ大きくなってきた。


「ゲル男爵が参軍してくる模様です。これで戦力は六千となります」


シャルロワ子飼いの諜報員の一人が報告に来た。最近シャルロワが目をかけている者である。


今シャルロワの擁する諜報員は十三人。その内の六人が他国に滞在しており、カタパルト王国内で活動する諜報員は七人しかいない。すると当然一人あたりの責務は重大なのだが、彼は毎回のように淡々と仕事をこなしていった。諜報や工作に失敗したことは無い。しかし、たまに激情を見せることも、ある。


彼の父親も似た男だったとシャルロワは思う。淡々とした無表情の男だったが、その最期は僅かながらも熱いなにかを見せた。


「やはりあの敗戦が大きかったようです。日和見に走る者が多く、また我らにつく者もシャルロワ様を頼らず独力で戦うことで、勝利後の地位を上げようとしている者が少々おります」


変にシャルロワにくっつくよりはその方が賢明だ、とでも思ったのだろう。確かに、この敗北によって、シャルロワのマクシム勢における発言力はかなり下がった。


「ニャクルツッペリ卿もまた、多数の貴族に対して書簡を出している模様です」


「そうか」


だが、今は一纏まりになって敵と戦うべきである、とシャルロワは考えていた。


フリーダ皇国軍が北方を占領してきている。このままでは、旧制カタパルト王国を潰してもフリーダ皇国に支配されて終わりだ。そして、フリーダ皇国はそれを狙って進軍している。そう、シャルロワが仕向けた。


新生カタパルト王国自身の手で勝利をもぎ取り、王都を占領しなければ、新生カタパルト王国に未来は無い。そしてそれは、反乱を起こした全ての貴族の既得権益が奪われるということでもある。


馬鹿な話だ、とシャルロワは笑った。彼らは権益を拡大させようとする余りに、既得権益を失おうとしている。二兎を追う者は一兎をも得ず、どころではない。二兎を追う者は全てを失うかもしれないのだ。


「どうしましょうか」


だが、シャルロワには策がある。あるいは、それが根本とも言えるが。あの戦にさえ勝てば、王都を占領しフリーダ皇国軍を撤退させるだけの用意があったのだ。しかし、それも敗戦によって大きく崩れた。今カタパルト王国軍がフリーダ皇国軍に敗北すれば、フリーダ皇国軍をカタパルト王国内から締め出すことは難事となるだろう。


「まあ、今現在の状況は確かに厳しいものではあるがの、そう慌てる程でもあるまい。元々が茨の道、そう易々と事が運ぶ訳なかったのではないかの」


急いては事を仕損ずる。ここは、待つべき時だ。今までだって、幾らでも待ってきた。動くのは、旧制カタパルト王国とフリーダ皇国の戦の帰趨を見てからでも遅くはないだろう。


「じゃが、ただ何もせず待つというのも芸があるまい。天亥を使え。分かるな?」


「無論。了解致しました」


瞬間、スッと人の気配が一つ消えた。道々の者特有の技である。気配を極限まで薄くし、決して他人に気付かれず移動する。この技が諜報に役立つのは言うまでもないだろう。


「さて」


貴族からの求心力は戦前と比べ落ちている。そして、敗北を補うことができるのは勝利のみだ。しかし、敗北に敗北を重ねれば待つ未来は破滅しかない。自然、シャルロワは慎重に事を運ぶ必要があった。


既に東方ではカール一族軍と新生カタパルト王国軍が合流している。その数、二万は下るまいとシャルロワは見た。恐らく旧制カタパルト王国軍はそれを無視してフリーダ皇国軍と争う。そう、間者からも報告が来ていた。


確かにいい判断だ。だが、それはシャルロワ達新生カタパルト王国軍にとっての話である。旧制カタパルト王国としては、フリーダ皇国に領土割譲する代わりに和睦し、内乱を鎮めるのに力を注ぐのが最も賢明だろう。


あるいは、カタパルト王国という地を異国が支配するということだけは旧制側としても避けたいのかもしれない、とシャルロワは思った。ただ利権にしがみついている愚者の集まりではない、ということは先の敗戦で分かっていることだ。


シャルロワは、ふと考えた。己のやっていることは正しいのだろうかということを。答えは、出ない。


平穏だったカタパルト王国に大きな戦乱を起こしたシャルロワは、一面から見れば奸臣そのものだ。だが、シャルロワには他をかなぐり捨てても守り通さなければならない筋があったのだ。だから、シャルロワは人情に反することもやってきた。倫理観だって捨ててきた。時には、家族すら見殺しにすることもあった。

幾度苦悩したことか。何度、この重い信念を捨てようとしただろうか。


 人には、忘れられないことはたくさんある。それが生きることだ、という気もする。そして、それを癒す場所はもうない。


「この期に及んで、心の軸がぶれるとは。少々あの敗北が心に響いたようじゃの」


 シャルロワは立ちあがった。いつまでも休んでいる訳にはいかない。配下の兵はシャルロワの息子による訓練の真っ最中だ。あと一カ月も経てば、敗戦の打撃からある程度は立ち直れるだろう。


 その瞬間こそが、天の時だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ