第1章第3話 人って群れる生き物だよね
執務室を出ると、階段を降りて大広場(偉人っぽい人の銅像アリ)を通り、二の丸みたいな施設に入った。執務室は七階だったらしい。二の丸は王城と比べると殺伐としている。まあこれでも十分豪華なのだが。
二十分ほど歩き、やっと使用人室のある場所に来た。302号室とか303号室とか書いてある。ホテルかよ。てゆうか、俺20分も歩いたのにあんまり疲れないな。何故に?
ギルバートさんが305号室の扉をコンコンと叩く。部屋の中からの「よーっす」という声を聞き、ギルさん(もう略していいや面倒だし)は扉を開けた。するとその部屋では、一人の青年が寝転がっていた。髪は赤く、ギルさんが「リッツ」と声をかける。どうやらリッツという名前らしい。「うす」と答えた青年はこちらを向いて俺を認識すると、興味深い視線でジロジロ眺められた。
「よろー。俺の名前はモーリッツ・バイダー。リッツって呼んでくれ」
相部屋になる使用人。どんな人かと思ったら軽いけどひょうきんそうな青年だった。
ただ。露出する腕には切り傷が多数。筋肉も、自己主張をしない程度にだが隆々としていて。僅かに漏れる肉食獣のような雰囲気。この青年、恐らく使用人といっても雑務担当ではなく、護衛とかそこら辺だろう。
「よろしく。俺の名前はリョウ・ヨシダ。リョウ、でいい」
握手を交わす俺とリッツ。この性格なら、打ち解けるのも時間の問題だな。すると、ギルさんが「では、明日の朝また来るので」と言って帰ってしまった。彼も忙しいらしい。
「なあ、リッツは今日仕事は無いのか?使用人だろ?」
とりあえず会話。同居人と仲良くなりたいのは当たり前だし、情報収集には世間話が一番だ。この城や王国について、知って悪いことは無い。
「あー、今日は休日だよ。基本週休一日制だから、明日からはまたお勤め。一日中気を張らなきゃいけねえから疲れるよ」
「何の仕事やってるんだ?」
当然の疑問。一日中気を張るって、相当な激務だろ。
「皇太子様の護衛だよ護衛。身分は使用人だけどな。一日十二時間交替とかつらすぎるぜー。一日の半分は常に気を張って暗殺者とかに備えなきゃいけないんだよ。やってらんねーわ。休日も体力回復の為に女遊びも出来やしねえ。まだ二十一なのによ」
へえ、時間単位は日本と同じなんだ。距離単位とかはどうなんだろう。なんてことに頭を巡らせつつ、俺は思った。
この男、二十一で護衛って結構強いんじゃね?
「へえ、大変そうだナー」
やべえ、棒読みになっちった。いや、運動できるイケメンは頭が悪い。だから気付かない。オーケー。
「棒読みするなよ。お前にゃあ護衛のつらさは分からねえぜ」
そして、「護衛はつらいぜ」とか言って黄昏るリッツ。ナルシストのケがあるぞ。
「おーい」
あ、こっち向いた。
「まだ質問あるんだけど」
「なんだよ」
「飯食う場所とか、トイレとか、王城の地理を俺は知らないんだよ。教えて」
するとリッツは目を見開き、しばらくして憐みの視線をこちらに向けてきた。
「ハア?知らないで使用人になったの?」
「まあ訳ありでね。俺は結構常識に疎いんだよ」
そう言うと、リッツは何か納得したようだった。
「ほう。じゃあ、王城案内でもするか」
「まじで?ありがと」
ジルの護衛で疲れているというのに。面倒見の良い奴だな。
「どうってことないさ。
ただ、お前この国の中枢の問題を知っているか?常識が無いとか言ったから気になったんだけどさ、じゃあ過激派とか保守派とかそういうのも知らないわけ?」
うお!来たよテンプレな派閥争い。しかもリッツがわざわざ助言するほど激しい争いなんだろうな。
「知らないよ。何それ」
リッツは顔を曇らせた。俺が本当に知らないのか疑問視しているのだろう。
「お前まじで知らないのかよ。
簡単に言うとな、この国の貴族・将軍は基本的に三つの派閥に分かれているんだ。まず、過激派。この派閥はその名の通り、戦争大好き!な連中が集まっているんだ。この派閥はカタパルト王国の同盟国であるフリーダ皇国との同盟解消を求めている。その割に将軍よりも貴族の方が多いけどな。この派閥の中心人物は内務大臣のマリオン・レーデ様だ」
要するに戦前の軍国主義みたいな奴らか。東条英機みたいな?
「そして、革新派。この派閥は若い将軍が中心となった派閥で、軍国主義であることには変わりないが、フリーダ皇国との関係は維持すべきだという主張をしている。その代わりに皇国の周りの小国を併呑すべきだとのご意見だ。だが、中心人物は騎士団長だし政治的立場は弱い。」
豊臣政権の武功派みたいなもんかな(加藤清正や福島正則など徳川家康が取りこんだ派閥である)。
「最後に、保守派。この派閥が今王国最大勢力だ。主張は……あんまり無いな。中心人物は宰相のユルバン・シャルロワ様。あの人は父親の出が商人だから超金持ちでね。他にも産業大臣や総務大臣や司法大臣とかいるぜ。中心人物である宰相が国王の信頼を得ているから、現在の主流派とも言えるかな」
金持ち派閥か? 腐敗してそうな匂いがプンプン。主張がないってことは、自民党民主党みたいに様々な主義主張を持つ人たちの寄り合いなんだろうな。
「こういう派閥の話になったら気を付けた方がいいぜ。変なこと口走ったら解雇されちまうからな」
怖っ。解雇どころの話じゃなくて社会的抹殺とかされてしまいそうだ。いわゆるタブーってやつみたいだ。
「へえ……。そういえばさ、リッツって将軍?貴族なの?それとも平民出?」
興味本位で聞いただけだったのだがリッツは眉をひそめた。過去に身分について嫌なことでもあったのだろうか。
「いや、俺の親父は過激派の将軍なんだけどさ。俺あんまりそういうの好きじゃないから家族と仲が良くないんだよ。会っても沈黙が続く感じの、いわば気まずい関係な訳」
「ふうん。大変だねえ」
良かった。リッツが無所属なら話しやすい。流石に嘘はついてないだろ。多少歪曲された情報になっている可能性は否めないが。
そういえば、派閥の話になってたけど、後継者争いってどうなんだろ。ジルに兄弟がいるんだったら、織田家の信長と信行の家督争いみたいに派閥が二分されそうだ。今リッツは自分を無所属って言ってたし、聞いてみるにこしたことはなさそう。
「ジル王太子にはさ、兄弟っているの?」
「ああ。異母兄妹の妹が二人と、同腹の幼い弟が一人いらっしゃる。それがどうかしたのか?」
「いや、後継者争いってあるのかなーって思ってさ」
唯一の兄弟がまだ子供な上同腹らしいから多分無いのだろうと思って質問したが、予想に反してリッツは渋い顔をした。
「表面上はないんだが……実はあるんだよな」
ほほう。裏では対立してるのか。
「へー、誰と?」
心なしか声の小さくなったリッツに合わせてひそひそ声で質問すると、リッツは一瞬躊躇してから口を開いた。
「マクシム様だ。陛下の異母兄弟だったが外交にその能力を発揮したアリー・カタパルト様の長子で、特にどの派閥と仲がいいという訳ではないが、暗躍しているという噂がある」
ふーん。顔色変えたり躊躇したってことは、リッツはその噂を信じてるのだろうな。
「それから、マクシム様は魔術理論学について優れた才能を持っている。現在は王家から与えられた領内で魔術の研究をしているらしいな。僅か十二歳の時にかの高名な魔術師・魔術理論学専門家のキュトラ伯を唸らせる論文を書いたというのだから、相当なものなのだろうな」
魔術理論学か。魔術にも科学的な理論があるのだろうか。
「で、キュトラ伯って誰よ?」
「かつては魔導局局長を務めており、現在は下野してマクシム様と共同研究している、生粋の魔術理論学士だ。魔導国家であるセリウス王国出身だが、カタパルト王国に仕えて魔術技術の革新に大きく貢献した為伯爵の爵位まで貰って現在に至る。魔術理論学のドンだな。彼女に並ぶ学士は五人にも満たないだろう」
女性の研究家か。なんか凄い人みたいだ。っていうかそんな高名な学者にまで目をかけてもらうって、マクシム様は頭良いんだろーなー。
俺にもう疑問がないということを見てとったリッツは当初の目的を思い出し、マクシム様について想像している俺に声をかけた。
「じゃあ、王城を案内するぞ。重要な場所だけ教えるから、覚えとけよ」
「よろーっす」
立ち上がり、部屋を出ようとするリッツ。性格はチャラそうだがやっぱり面倒見は良いのだろう。頼りになる。
「さて、ここが第二食堂。使用人用の食堂だ」
大体の地理を頭に入れ、最後に王城二の丸の使用人用食堂に来た俺達。向こうにも厨房があり、そこは兵士用の食堂らしい。人はたくさん居るが、黒髪が半分と金髪が半分。赤色や青色の髪の人がちらほら見える程度だ。
「黒目黒髪は聖なる勇者様だから。ハイこれひのきの棒だよ。頑張って魔王倒してねwww」なんてことにはならないっぽい。それに、奇異の視線を投げかけられることも無いだろう。
「そうだ。俺まだ夕飯食ってないから食っていいか?つかお前も食う?」
「いや、俺はいいよ。さっき食べたばっかりだし」
厨房にいるおじさんに何かメニューを頼むリッツ。だが、俺には聞き取れなかった。俺の知らない食べ物だ。ま、食文化が違うのは想定内。
「なあ、メニュー見せて」
んなことより文字大丈夫かなぁ。心配になってきた。通じなかったら萎えるぞ。
「めにゅー?何それ」
む、横文字は通じないのか? 違うか。メニューって確か和製英語じゃなくてれっきとした英語だったよな。つまり、こいつに英語は通じないと。ま、日本語が通じればいいんだけどね。
さて、なんて言えば良いんだろう。横文字って普段使い慣れているから、普通の日本語に置き換えるのは面倒くさいな。
「料理名の一覧みたいな感じ。俺の地方ではそう呼んでいた。あるっしょ?」
上を指差すリッツ。上には、「栗栖飯」とか「羅啞麺」とか、さらには「磁捌焼」とかいう素材の全く分からないものまである。
解読不能な料理の素材に頭を悩ましていると、リッツはもう飯をもらったようで「行くぞ」と言われた。机に座った俺はリッツの飯を見てみたが、チャーハンみたいだった。
「それ、何?」
「栗栖河原飯」
栗の入った酢飯かなぁ。それにしてもモグモグ食べるリッツを見ていると、俺も腹が減ってきた。そもそもさっきは本格的に食べたわけではないのだ。
「なあ、俺やっぱし飯食うわ」
「先に食えばいいのに。まあいいや。金ある?」
金。一番重要なものをすっかり忘れていた。つか食堂でも金がかかるのかよ。
「無いよ」
「この食堂はな、身分証明書があればタダで食えるんだけど無いと金払わなきゃいけないんだよ。身分証明書は発行まで時間がかかるからな。リョウは持ってないだろ。まあ、今日は先輩としておごってやるよ」
おお!優しい奴だ。
「ほい、50円」
安!
……いや、物価が違うのか。手触りも見た目も日本の貨幣とは違うし、単位の呼び方だけが同じなのかもしれない。
「お勧めはな、この羅啞麺だ」
ラーメン。こっちも味は同じなのかなぁ。
味噌にするか塩にするか考えながら、厨房のおじさんに頼みに行く俺。だが冷静に考えてみれば味噌とか塩とか選べないじゃん。
「すいません、ラーメンください。お金はこれです」
厨房のおじさん改めおっちゃんはニタリと笑う。
「見ない顔だねぇ。新入りかい?」
「まあ、そんなもんです」
話しつつも調理している。プロだ。
「太麺と細麺どっちがいい?」
「細麺で」
おっちゃんが調理している間、暇つぶしに食堂の人々を見ているのだが、怖そうな人多いな。こっちは使用人が多いけど、第一食堂の方はごつい兵隊さんばっかり。結局兵士や使用人にも女性は少なく、いたとしても筋肉隆々のマッチョだけという事実に悲しくなっているうちにラーメンはできた。
「へい、お待ちィ!」
おお、ウマそう。匂いがたまらないですなー。
調子に乗ってポワポワとした匂いを嗅ぎながら歩いていたら、兵隊さんと肩がぶつかってしまった。
「あっ……」
ビシャァーー。
やってしまった。兵隊さんにラーメンをぶっかけてしまったのだ。オワタw
「すいませ
「っざけんなコラァ!」