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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第3章第10話 皇国の守護者的な人

 諜報局。

 19代国王アラキ・カタパルトが導入した機関である。諜報だけでなく、誤情報の流布、破壊工作、調略などの任務も背負う。アメリカのCIA、伊達政宗の黒脛巾組のような組織と考えると分かり易い。貴族の中には彼らをバカにする者も居るが、代々の国王は諜報局というものをある程度は重視していた。どんな政策をとるにしても情報は必要だし、後ろ暗いことの一つや二つ許容できなければ中原の大国と対等な関係は築けない。


 とまあ、前置きはさておき。俺は諜報局本部にいる人員を見て絶句した。なにしろ、ここに居た五、六人全員が老人なのである。歯が抜け落ちている者、髪が抜け落ちている者。黒々とした髪を持つ人も健康的な肌を保っている人もここにはいない。


「どうしたのじゃ?」


 代表格にあるであろう局長席に座る老婆(ここ大事。ラノベだと十歳位のおにゃのこがってなるけど、幼女は出ないので悪しからず)が俺に尋ねた。何故俺が驚いているのか分からないらしい。だが、ここに来て俺は冷静さを取り戻していた。別に幼女が局長な訳じゃないし、老人が変な言葉遣いをするわけでもない。ちょっとばかし平均年齢が高いだけだ。そう考えるとこの諜報局は普通である。


「いえ、なんでも。そんなことより、少しばかり用がありましてね。それで、国王陛下から貴方方のことを教えてもらったんですよ」


 さて、果たしてこの老人達は無能なのか、有能なのか。じっくり見定めるとしよう。老人達も見定めるような視線を俺に投げかける。


「ほう、それでは君があの」


 歯が全て抜け落ちている老人が息をもらした。話は伝わっているらしい。


「まあ、大した用じゃないんですが。フリーダ皇国軍の陣容とその性格を教えてもらいたいだけです」


 用件を切り出すと、老婆は少し眉を潜めた。


「それは、わしらの調べたこと殆どすべてが知りたいと、そういうことかね」


 しばしの沈黙。あちらさんからはそれを破る気はなさそうなので、俺が口を開いた。


「そうですね、ええ、つまりはそういうことです」


「ほう」


 と、また歯の抜けた老人が呟く。俺は夜神月よろしく一層笑みを深めた。だが他の人間は笑っていない。凍りついた雰囲気。

 その場の主導権を握った俺は、しかしながら少し失敗したかなと反省した。あまり空気が固いと後々の彼らとの関係がうまくいかなくなるかもしれない。俺の出世には諜報局との綿密な関係が必須なのだ。情報は千金にも値する。


「小僧。……調子に乗るなよ?」


 老婆の、牛肉を引き裂いたかのような壮絶な笑みにそれでも俺は動じない。もちろん俺の心は恐怖に震えているが、それを表に出す俺ではないのだ。


「いえいえ、僕はただ協力を要請しているだけですよ。この国の為に、ね」


 ハッタリで対抗するという手段もないことはなかった。だが、それは失敗した時が怖い。もっと友好的に行こうぜ。


「国の為に? 笑わせる。お前の顔からはそんなものは少しも読み取れんな」


「いえいえ、僕はこれでもこの国に忠誠を誓う立派な役人です」


「異郷から来たのに、か?」


「だからこそ、ですかね」


 彼らは俺がカタパルト王国の人間でないことを把握しているらしい。そうでなくちゃな。あんま危ない人間じゃなさそうだし、有能だし、後は彼らに好印象を与えるだけだ。それが難しいんだけど。


「ふぉっふぉっふぉ。面白い。王国の暗部にずっとかかわって来たわしじゃが、お前の様な人間は珍しく、また面白い。情報は与えよう。陛下からのお達しじゃしの、仕方ない」


 ありがたい。好印象を与えられたかは不明だが、とりあえず協力はしてくれるようだ。


「まあ待っておれ。一時間もしたら幹部を派遣する」


「ありがたいです。国を守る為共に協力しましょう」


 口角を吊りあげ、手を差し出す。老婆もまた口元に笑みを浮かべながらそれに応えた。その手は力強く、とても老婆とは思えない。面白い。

 俺は対談の成功を感じつつ、諜報局室を去って行った。








「と思った俺がバカだった」


 期待を抱えつつ秘書室に居た俺を訪れた諜報局幹部は、俺の予想とは正反対な感じの青年だった。


「ちぃーっす。リョウさんっスか?」


「そうだけど……君が諜報局の幹部?」


「そうっすけど、今何でバカって言ったんスか?つーか俺幹部?ブーカンって言われたの初めてっすよ、俺ギザ格好いいっすね」


 容姿は説明しなくてもいいだろう。こんな感じの人である。よくこんなのがあの老人に認められたな。初対面の人と仕事で相対してるのに、何だこの緊張感の無さ。いや、第一印象に取り込まれては駄目だ。これは俺を試す為の演技かもしれない。何ってったって諜報局の幹部。一筋縄でいくだろうと考えるのが間違いである。


「で、早速だけど情報頼むわ」


 すると、チャラ男はポケットからある紙を取り出した。瞬間、チャラ男の目の色が変わる。これは、人間がある一つのことに対して集中する時に出る色。ということは、その紙に情報が?でもチャラ男が持っている紙は精々20文字くらいしか書けなさそうな小さいものだ。


「ンじゃ、早速っすけど話し始めるっス。書きとめないで、頭に保管しておいて貰いたいっス」


 紙を手から離し、チャラ男は話し始めた。フリーダ皇国軍の情報を。そしてそれは、俺の考えていた戦術を木っ端みじんに破壊する内容だった。


 フリーダ皇国軍を率いるのは賢王と呼ばれるガストン皇王。彼は堅実な戦術・戦略を好み、奇策を行ったことは少ないらしい。どっしり腰を据えた大将で、親分肌と言う。過去、ラクル連邦やセリウス王国に会戦を挑み見事勝利した。しかし一方でラクル連邦との会戦後も続いた局地戦は皇国不利になったらしい。会戦は得意らしいが、戦略的素養はあまり持っていないのだろう。


 従う将軍は、まずベーグル・ライル。皇国の中では一目おかれる大将軍だ。歳は43。兵站の構築や運用が得意らしく、ある意味文官の様な男である。

 しかし戦争での働きが苦手と言う訳でもなく、用兵の面でも活躍を見せる。フリーダ皇国では一部の校尉には「守護神」と言われ尊敬されているらしい。


 他にもババロア、バナジューム、エリエー等古兵が従っている。バナジューム一人を除いて全員が40歳以上のベテランであり、若い将軍にありがちなミスは望めないと言っていいだろう。


 皇国軍の内訳は、騎馬隊10000、魔術師隊3000、歩兵隊28000。歩兵を中央に騎兵を両翼に配置する、基本に忠実な陣形だと考えられる。


「これがフリーダ皇国軍のヨージーっすよ」


 どうやらこの世界だけでの造語もたくさん作られているらしい。陣容→ヨージーということだろう、多分。これが暗号だったら面白い。


 いや、そんなことよりも今のって結構重要な発言じゃね?


「そのライル将軍ってのは、兵站が得意なんだよな?ってことは……」


「そうっスけど、なんかあったんスか?」


 頭の上に?マークを浮かべ、良く分からないといった表情をするチャラ男。しかし説明することに意味は無い。今となっては今まで考えてきた作戦は水の泡だ。兵站のプロが相手となっちゃ、兵站線潰しなんて却って不利を招くだけである。


 何でも無いと答え、俺は再考した。どうするべきか。やはり、会戦は防げないのだろうか。防げないだろう。しかし、半分の兵力で勝てるとは思えない。


「なあ、フリーダ皇国の指揮を執るのはガストン皇王だよな」


「スっよ」


「ガストン皇王の過去の戦歴、調べ上げてくれないか?詳しく知りたい」


「戦歴っスか。分かったっス」


 ガストン皇王の戦績は、6戦中4勝1敗1分け。


 会戦の戦術目標は両翼もしくは片翼突破が常。中央の歩兵で敵の攻勢を防ぎ、両翼の強力な騎兵を以て両翼の内どちらかもしくは両方を突破する、という戦術である。

 結果も出している。勝率が半分を超えていることからもそれは明らかだ。戦術眼もなかなかのものらしく、決戦兵力の魔術師隊の投入のタイミングは最適である。


 一方負ける時はどのような負け方をしたのかと言うと、中央突破らしい。フリーダ皇国軍は両翼の騎兵と中央の歩兵の連携がうまくとれず、そこを巧く突かれた。丁度両翼の騎兵を前方へ突撃させた時に間隙を突かれ、戦列を突破される。フリーダ皇国軍の後背に回った敵勢はフリーダ皇国軍本陣を後方から急襲し、大勝利。あと少しのところでガストン皇王は戦死しそうだったらしい。


 五万対三万。それを見抜いた将帥も見事だが、兵力差は二万だ。負けは負けであり、ガストン皇王最大の失策はこの戦いだと言う人も多い。


 要するに、敵軍の将帥は騎馬隊を動かして攻勢に出ようとした、その出鼻を捉えたということだ。


「出鼻か」


 剣道を俺はやっていたがこれは出鼻面という技に似ている。出鼻面は敵が動こうとしたその瞬間を狙う技だ。アイデアとして剣道の技を活用するのもアリかもしれない。


「そうっス」


 ただ、留意しなければならない点が二つある。

 一つは、その戦いを再現しようとしたとして、同じことをやってのけることができるのかどうかである。中央突破を成し遂げた将帥は大変戦術眼の優れた男で、戦場の風向きを察知することに長けていたらしい。俺にそんな特殊能力はあるのかどうか分からないし、ないと思う。

 もう一つは、ガストン皇王はその弱点を既に補強しているだろうということだ。敗北したのは三年前。何か対抗策をとっていてもおかしくない。もしかしたら未だに弱点がそのままかもしれない、なんて甘い考えを持って戦うのは危険である。


 そして今、俺は既に一つの策が漠然としながらも思い浮かんでいた。


 ガストン皇王には幸い勝利の『パターン』がある。その戦術は確かに強い。兵力でも士気でも上回っている皇国軍にとっては、それを採用するだけで勝利が確定的になるといっても過言ではないだろう。

ただし――――それは、俺達が無策あるいは愚策を以て戦う、という条件付きだ。


「……、ならば」


 フリーダ皇国軍の必勝の策の根幹に、その源に風穴を開ければいい。そう、たったそれだけだ。

 それだけに、実行するのは難を極める。が。


「やってみる、価値はある」


 俺は頬杖をついた。チャラ男が部屋を去る。しかし、それにさえ気付かないほどに俺は思考の渦に飲み込まれていった。

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