第3章第9話 渡り廊下歩き隊
「痛ぇ……」
昨日の乗馬訓練は本当にきつかった。何度も何度も馬に振り落とされて、その度に擦り傷打撲は当たり前、骨折や脳震盪すら起こる始末だ。日が沈みようやく特訓が終わりを告げた時、全俺が泣いた。主に嬉し泣きという意味で。
治癒魔法で酷い傷は全部治してもらったんだけど、擦り傷等の軽傷は残ったままだからなー。おかげで寝ようとベットに飛び込んだ時擦り傷が痛んで悲鳴を上げちゃたよ。
今日も午後から乗馬訓練をやるらしい。朝飯をリッツと一緒に食べた俺は部屋に籠り、秘策を練り上げている。リッツは今日は一日中休暇らしいが、午前中は後宮の女の子達といちゃいちゃするらしい。ちょっと殺意が湧いた。
とはいえ、見た目も中身も凡夫な俺と美形な上に強いリッツとで、女性からの扱いが違うのはしょうがないかな。
そんなことより、秘策を考えよう秘策を。とりま、兵站への攻撃方法でも検討しようか。
「ふむ、兵站への攻撃か。難しいな。フリーダ皇国軍四万人は既にクリム城を落とし、南下している。兵站を攻撃するにはその四万人を突破しなければならない」
兵力が互角以上ならまだしも、圧倒的に兵力差のあるこの状況では、兵站線に大打撃を与えるのは不可能に近いだろう。完全に煮詰まった。
敵を罠にかけようとしても、フリーダ皇国の方が兵力は二倍もあるのでそうそう馬鹿な真似はやらかさないだろう。
会戦を仕掛けても、半分の兵力じゃ心許ない。古今東西、半分以下の兵力で勝利した戦争はたくさんあるが、それとこれは条件が違うのだ。たとえば、運が良かったとか。たとえば、士気が異常に高かったとか。敵が油断していたとか。たとえば兵隊の練度が高かったとか。新兵器を使ったとか。
カタパルト王国軍とフリーダ皇国軍。士気も練度も兵器も全て同程度である。その上敵将はなかなかの武将。油断も焦りも見せていないとなれば、たった半分で勝つのは相当難しいだろう。運か策。この二つのどちらか、もしくは両方に頼るしかない。
「フリーダ皇国軍には無い特長を、カタパルト王国軍が持っていればそれを生かした作戦だのなんだのできるんだがなぁ」
そうだ、執務室に行こう。ジルは諜報局を直接管理しているので、なんか勝ちにつながる情報があるかもしれない。あと、ブルゴー騎士団長にも話をしに行こう。軍隊の特長を抑えているのはやはり彼だろうし。じゃあ、ま、行きますか。
部屋を出て、俺は明るい声の絶えない王城を歩く。まだ戦争に勝ったわけでもないのに、気楽なものだ。
暗いとそれはそれで嫌なんだけどさ。不安な先行きを悩むこと無い彼らが、少し羨ましいわ。
渡り廊下を歩きながら、俺は過去のことを回想する。昔はここら辺の土地勘(むしろ城勘?)が無くてしょっちゅう迷ってたよなぁ、と。今となってはいい思い出。一か月も居れば大体覚えたし。
「そういや、戦勝の宴今回はやってないよなー」
ぼーっとしていたら、良く分からない単語が耳に届いた。二人の見たことのある青年が談笑している。片方は女顔、もう片方はサル顔だ。まあキツネ顔の俺に容姿をどうこう言える道理はないんだが。
戦勝の宴って何よそれと俺は思ったのだが、女顔君は知っているようで普通に受け答えした。
「だな。舞踏会も開いてないし、そんだけ上も大変なのかな」
ああもうそりゃあ大変だよ糞野郎と口を挟みたいが黙っておく。丁度進行方向は同じなので安心して聞き耳を立てれるしな。
「舞踏会、かぁ。麗しのエリア姫殿下にお会いできる数少ない機会なのになぁ。フリーダ皇国の奴らを倒せば開かれるのかねぇ」
サル顔が言っていることはもっともだ。フリーダ皇国軍を撃破するまでカタパルト王国に安息は無い。つーか、エリア姫って誰よ。良く考えると俺はジル以外の王族を知らない。
「だよな。戦争なんかさっさと終わってほしいよ」
女顔は悟りきった顔で同調した。
「まあ戦争が終わればまたマリーといちゃいちゃできるもんな」
相方の返しに女顔は顔を真っ赤にした。典型的なラブコメ、いやハーレムじゃないから違うか。違うな、うん。それでも言わせてもらおう。
「リア充orz」
口が滑った。周りは?な表情をして俺の方向を向いたが、まあいいやと思ったのかすぐに俺への興味を失くした。
ま、リア充って言葉も乙って言葉もこの世界に普及している訳がない言葉だからな。むしろ日本人でもこの言葉を知っている人は割と少ないのではないか。
気を取り直そう。俺はリト達と別れ、一人執務室に向かう。いえま、彼らとは知り合いですらなかったんですがね。
上の方の階になると人通りが少なく、とても静かだ。俺はにぎやかな方が好きなのでちょっと居ずらい。
「ふう、着いたな」
こういう風に独り言を漏らすと声が響くのだ。人通りが少ないと言っても歩いている人の数はゼロではないので、誰かが聞いているかと思うと少し恥ずかしい。
ま、そんなことは置いといて。俺は執務室に失礼しまーすと言いながら入った。
「やあリョウ。どうだい、秘策ははかどっているかな?」
なかなかの上機嫌の様子。隣に居るのはきつい性格してます、有能な第二秘書リディーさん。つい最近秘書をやめた俺的には彼女と会うのは気まずいなぁ。色々ごたごたが起きてしまい最終的にやめたバイトの店長さんと道でばったり遭遇した時くらい気まずい。ちょっと実体験込みです。
「全然だ。現状が厳しすぎて、今の所全く秘策が浮かばない。とりあえず色々と情報を仕入れに来たんだけど、忙しい?」
よく考えると、国王にわざわざ情報を教えてもらいに来るというのも変な話だ。
「はい、只今国王陛下は大変忙しくていらっしゃいます」
俺の問いに答えたのはジルではなくリディーさん。「私は拒絶する‼」って感じの空気をビシビシ放っている。
でも、情報が無いと秘策を考えることができないのも確かな訳で。俺は頬を掻いて参ったなぁと口にした。うん、本当に参った。すると、ジルが代案を出してきた。
「そうだね、じゃあゲイツ諜報局長と話したらどうだい? 彼は王城の諜報局室に居るはずだよ」
ほう、諜報局か。情報を一手に担う、重要な役職である。ジルよりも多く情報を持っているだろう。恐らく国王専用組織なのだろうが国を守るのにそんなこと言っている訳にはいかない。諜報局が有能な組織だったら俺に情報を与えてくれるだろう。
「良い案だな。じゃあ早速行きますか。じゃあねジル」
「じゃあねリョウ」
俺は情報を求めて執務室を後にした。閉めた扉を背に、ひとまず深呼吸。ちょっと緊張してるかな。
まあ無理もない。俺はそのゲイツ諜報局長に会ったことはないのだ。俺の元居た世界は人間第一印象でその人への評価が決まるとさえ言われる世の中。戦乱の世なのでそれよりもっとシビアだ。舐められたら終わり。ある意味やーさんとも共通しているが、やっていることは同じだろう。戦争業だ。
そしてもう一つ俺が緊張している理由がある。こっちの方は俺の努力ではどうにもならないものだが、かなり俺の未来に関係することだ。というのも、俺はそのゲイツ諜報局長の能力の高低、性格のタイプというものを全く知らないのだ。
だから、俺はもしも彼が無能だったらと思うと心配でたまらない。逆に、有能過ぎても怖い。有能と言うことは、つまり俺の行動を逐一抑えられるということなのだから。また、性格のタイプもこれまた然り。情報を司るゲイツ諜報局長と馬が合わなかったら、それは俺がカタパルト王国で出世していく上での大きな障害ともなり得る。
「まあ、頭の中で考えてばっかじゃ始まらないか。レッツゴー、だな」
俺は、諜報局室の扉を開き、そこで行われていたことをこの目で見て、そして
「……、what?」
絶句した。いえま、一応言葉は放っているんですけどね。
戦争の足音が。ひたひた、ひたひた。