第3章第8話 シュジンコー、馬を買う
秘密会議の日から一夜明けた。
「う~ん、いい目覚めだ」
目の辺りをごしごしと擦り、むくりと体を持ち上げる。快眠快眠。まだ戦争の疲れが残っているのでだるさが全くないとは言えないが、上々だ。
朝飯を食べる為服を着替える。今日は何を食べようかなぁと考えながら、部屋のドアを開けた。
栗栖飯もラーメンも昨日食べたしなぁ。玉蜀黍汁でも食べようか。ちなみに玉蜀黍汁は読み方で分かるように、トウモロコシのスープである。美味しくて、朝食べるのには持って来いな一品だ。やっぱ、朝はさっぱり系だよねー。じゃあ何で昨日の朝ラーメンを食べたんだよと言われると、何も言い返せないけど。昨日は動転していたんだ。
「リョウ殿」
はい? と前を向くと、そこには三十代のおじさんが立っていた。気さくそうな表情をしている。敵意は無いようだ。ますおさんのような外見とは裏腹に丸太のような腕と脚を持っている。正統派マッチョだな。
ただ、彼は左手にギブスを付けていた。戦争で怪我したのだろうか。
「私は国王陛下直属近衛精兵部隊第八小隊隊長のグランです。よろしく」
長ーい自分の階位を言って、手を伸ばしてきた。良く分からないけれど、とりあえず握手しておく。敵意は無いんだし。それにしても、いきなりなんだろう。知り合いでもないのに握手を求めるとは。俺はあまり軍部の人間と仲が良い訳ではないのに。
「どうして、という顔をしていますな。実は、ジル陛下からある任務を仰せつかったのです」
任務?
俺と関係ある任務か。グランさんと共同作業でもするのかな。
「とりあえず、陛下のいらっしゃる執務室に来て下さい」
俺の頭は?で一杯。だが来て下さいと言われたからとりあえず行こう。ジルから何かの説明があるんだろうし。
「まあそういうこと。頑張ってね~」
三十分後。執務室に着き、ジルから説明を受けた俺はジルの温かい(?)声援を受けてグランさんと共に部屋を出た。どういう説明をされたのか。
ジルの長ったらしい言葉を要約すると、俺みたいな戦争の素人が前回みたいに本隊とはぐれて単騎で戦っていては命がいくつあっても足りないので、グランさんから乗馬技術を教えてもらうことになったのだ。
「でも三日で乗れるようになるんですかねぇ」
「難しいと言えるでしょう。まあ、二十四時間ずっと特訓を続ければなんとかなるかと」
睡眠時間がないじゃんか。意外とお茶目な人だな。
それにしても、ジルの野郎、三日以内に乗馬できるようになれってのは、いくらなんでも無茶ぶりだろ。理由は説明されなくても分かる。俺達は戦争の準備が出来次第王城を出発するつもりなのだ。あと大体三日程で用意が済むので、それまでに乗馬できるようにしようずという話。
さて、何故グランさんが乗馬教室を開くに至ったのかを補足しておこう。別段彼が乗馬の達人だったという訳ではない。
グランさんはこの間のシャルロワとの戦いで左腕に怪我を負った。シャルロワ軍の本陣を奇襲した近衛隊にいたのだから仕方ないだろう。激戦だったし。
まあそういうことで、しばらくは戦争に加われなくなってしまったのだ。左手は彼の利き手。利き手が塞がれていたんじゃ戦えない。もしも負傷したのが右腕だったら次の戦争にも参加ししていたと、グランさんは残念そうに言っていた。
「左腕の怪我が治るまでやることがないんだ。へえ~。暇なんだったら、リョウに乗馬でも教えてくれない?」というノリになっていたかと思われ。
「そういや、グランさんって何歳なんですか? あ、敬語使わなくていいですよ。年上の人に敬語を使われるのってあんまり好きじゃないんで」
回想が終わり暇になったので、グランさんとの対話を試みる。もちろん敬語はやめてもらおう。
「そうかい? あ、君も敬語使わなくていいよ。え~と、それで質問に答えるけど、私は三十四歳だ。七歳の息子と四歳の娘がいる。君は何歳なんだい?」
意外と饒舌な人らしい。性格も、ますおさんに似てるな。
「俺は十五歳……いや、もう十六歳か」
俺の誕生日は五月二日。召喚されたのは確か四月八日だった。この世界に来てから一カ月程経っているので、もう誕生日は迎えたかな?
「十六歳? まだ成人したばかりじゃないか。そんなに若いのに、凄いなぁ」
この国では成人は十六歳らしいな。ていうか、何が凄いんだろう。そう思い聞き返すと、グランさんはリッツと同じようなことを言った。
「なんでも、秘書の身でありながら国王陛下や閣僚の方々に『分断作戦』とやらを献策し、カタパルト王国を勝利に導いたそうじゃないか。越権行為だったのを圧倒的な功績で見逃してもらった。大したもんだねぇ」
意外に俺の功績は広く広まっているらしい。確かに真正面から戦っても勝つことは容易ではなかったから、俺が勝利を導いたというのも嘘ではない。
「いや、そんな凄いことをした訳じゃないよ。国王陛下の直臣である一騎当千のみんなが奮戦したから勝っているんだし。みんながシャルロワ軍と同じ程度の強さだったら、あの状況を作り出しても負けていたと思う」
しかし、この戦いのもう一つの勝因は練兵、つまり兵士の質だ。俺の作戦と直臣の強さ、この二つがあって初めてあの戦に勝つことができたのだ。
「まあ、確かに私達はカタパルト王国の旗本として十分誇りを持っているけどね。リョウ殿の献策が無ければ数の暴力に屈していたかもしれないよ。その可能性は高かった」
褒め合い合戦を止めるべく、グランさんは俺が「いえいえとんでもないですぅ~」と言う前に違う話題を切り出した。
「そういえば、リョウ殿には家族はいるのかい?」
……鬱だ、死のう。
「あ、いや済まない。無神経だったな」
グランさんは俺の琴線に触れてしまったことを感じたらしく、申し訳なさそうな顔をしている。デジャヴだ。前にシュマンさんともこんなことがあった。俺って禁断ワードが多すぎるんだよなぁ。
「いや、大したことじゃないんだけどね。もしかしたら一生会えないかもしれないけれど、俺はいつか戻れ……会えるって信じているから」
いや、信じているなんて嘘だ。自分のこの手で、いつの日か必ず日本に戻るって決心した。まあ訂正するのが面倒だからいっか。
「そ、そうか」
しばらく無言のままお互い歩く。若干気まずさがあり、どちらからも話しかけにくい状況になった。
そういえば、執務室を出てから結構経っているのにまだ目的地には到着しないのかなぁ。
「そういえば、あとどれ位で目的地に着くの? ていうか何処に向かっているの?」
「あと十分ほどかかるね。今向かっているのは馬小屋。君用の馬を出しに行っているんだ」
十分か。だるいな。ずっと歩くのかよ。
「へ~、兵士一人一人に専属の馬が居るんだ」
戦いが起こる度に馬を適当に選んでいるんだと思っていた。グランさんは俺の言葉を、訂正を加えつつ肯定した。
「近衛隊と騎馬隊、上位の士官の方々はそうだね。荷駄を運ぶのにも馬は必要だから無所属の馬っていうのはかなり存在するけど。専属の馬が使えなくなった人は無所属の馬から自分の馬を選ぶ制度になっているだんよ。馬を買うのはたまにしかしないからね」
相槌を打ち、その瞬間俺は体を飛び上がらせた。その原因は騒音だ。
「「「「「はい‼」」」」」
体育会系のノリっぽい。軍隊だしね。グランさんは俺の挙動から返事の声の大きさに驚いたものだと理解して、俺に説明をしてくれた。
「ああ、今訓練中のようだね。あれは……騎士団第五小隊か」
「訓練? 一昨日戦争から帰って来たばかりなのに?」
まだ疲労も残っているだろうに。
「一応昨日に休みをとっているからね。でも、しばらくの間は訓練をするのは三時間だけだよ。いつ出兵してもおかしくない状況だし。ちなみに訓練の時間は小隊ごとにずらしてあるよ。いつなんどきでも兵士を動員できるようにね」
近衛隊小隊長ともなれば情報はかなり入ってくるらしい。いつなんどきでも兵士を動員できる態勢になっているのは知っていたが、それ以外のことは知らなかった。
その後もしばらく無言で歩いていると、遂に目的地に到着した。そこは馬小屋。グランさんはポケットから鍵を取り出し、一匹の馬を馬小屋から出した。信○の野望(歴史シミュレーションゲーム)でしか聞いたことのない馬の「ヒヒーン」という声を聞き、意外な音のでかさにびっくりする。
「じゃあ、早速だけど乗馬訓練を始めてもらおうか。はい、乗って乗ってー」
あれ? 何かコツとかないの?
一応グランさんの言うとおり馬の背中に乗った俺だったが、その先には地獄っぽい感じの特訓が待っていた。
「ここでやると危ないから、柵で四方が仕切られているあそこまで行くよー。今の内に慣れておいてね」
今の内? 良く分からないが、とりあえず馬に乗ってればいいんだろう。しかし自動で馬が動くのかと思いきや、予想に反して馬は微動だにしない。
「ああ、足でちょっと締めつけてやれば歩くよ。いいかい、ちょっとだからね。あんまりきつく締めると走っちゃうから」
うわ、そういう風に言われると怖いなぁ。グランさんの助言通り俺は優しく優しく締めつける。すると、馬が動き出した。なんか感動だね。
「そうそう、良い感じ」
そのまま歩いて柵が四方を囲んでいる所に到着した。俺がその中に入ると、グランさんは自分は入らずに外から入口の鍵を閉めた。え。
「俺は何するの?」
そこで出たグランさんの驚愕の一言。
「走り回ってもらいます」
この日ほど、治癒魔法の存在が有難かった日は無い。後に僕はそう回想した。……って、一人称変わってるじゃねーか‼
キャラがまた増えた……。増やし過ぎ感。まあ後々の為にはキャラは増やしておきたいし、しゃーないかな……。とりま、この人はしばらくモブキャラです。もしかしたら、2年後くらいには「閃光のグラン」とか二つ名がつくかも……嘘だけど。