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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
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第3章第7話 吉田亮の憂鬱

「う~ん」


 自室に戻り、地図と資料を見比べる俺。ようし秘策を見つけ出すぜぇ!と意気込んだはいいものも、全く思いつかなかった。考え始めてもう二時間は経っただろう。


「あれだよな~。二万人対四万人とかきつ過ぎるよなァ。第一前の戦いと違って、俺達が敵を倒さなければいけないんだから、敵をおびき寄せるのはそう簡単にはいかないし」


 カタパルト王国が全兵力を以てフリーダ皇国軍に向かった場合、フリーダ皇国が望むのは会戦だろう。会戦。日本では聞き慣れない言葉だが、ヨーロッパではよく使われた。関ヶ原の戦いなどはそんな感じだ。大規模な兵力を準備してお互いが対峙し戦うことをいう。


「けど、たった半分の兵力で会戦をしても勝ち目なんかないしなァ。文官が相手だったこの前と違って敵は多分戦争のエキスパート」


 頭を抱える。とりあえず会戦は却下。つまり、他の方法で敵を圧倒しなければならない。


「あとは、フリーダ皇国軍総大将を殺すとか。……いや、仮にも一国の国王を暗殺なんか出来るわけがないか。精々弱小貴族位にしか通用しないだろうなぁ」


 だったら……。俺はそこまで考えて一つのことを思い立った。そうだよ、俺がこの前勝利した要因は何だ? 敵軍を分断したことじゃないか。正直に正面から戦っていても勝てなかった。でも、シャルロワに兵力を三分割させて、それで勝ったんだ。


 敵が軍団を二つに分ける。そういう風に誘導すればいい。


 では、どうするか。それを考えよう。将棋盤をひっくり返す。つまり、相手の立場になって、兵力を分割するのはどういう時か。


「挟撃、本土急襲、伏兵……」


 思考、思考、思考。俺の脳は高速で動いていた。たった半分の兵力で、それでも勝つ方法を模索する為に。


 十分経った。しかし、俺の顔は晴れない。なぜなら、敵は挟撃も本土急襲も伏兵も考えないからだ。そもそも敵は兵力でこちらに勝っている。兵士の練度も、将官の質も同程度。士気だってそんなに変わりは無い。そう、フリーダ皇国軍はわざわざそんなまどろっこしいことをする必要がないのだ。フリーダ皇国軍からしてみれば、正面から激突すればいいだけの話。


 要するに、普通に戦って勝てるのにわざわざ奇策を弄する奴が居るかっていう話。


「違う!」


 だが、その考えを俺は頭から振り払う。現に俺はこの前同じような状況で勝ったじゃないか。考えるんだ。その先には何かがある。


 グーーッ。


「……そういえば、腹減ったな。集中し過ぎたからか? とりあえず飯を食おう」


 一旦書類や地図をしまい、俺は食堂に向かう。そういえば、さっきシュマンさんと気まずい感じで別れたよなぁ。ちょっと悪い思い出が俺の心を覆う。鉢合わせなんかしたらヤバいよ、うん。それはもう、幼馴染の親友から告られたのを断った次の日レベルには。








 十分ほど経ち食堂に到着した俺は、おっちゃんに栗栖飯を頼んだ。良かった。食堂にシュマンさんが居ない。まあ一日に二度も鉢合わせすることなんか滅多にないよな。良く考えてみれば、待ち合わせをしている訳でもないのに会うはずがないじゃん。


 ほっとして栗栖飯を受け取る俺。そこら辺のテーブルに座り、黙々と御飯を口に入れた。しかしふとその手を止め、呟いた。シュマンさんの件で思い出したのだ。


「そういや、まだ答えは出てないんだよなぁ」


 俺は自分の手で人を殺した。俺は他人に指図して人を殺させた。そのことが今でも許容できない。別に、カタパルト王国の法律に反している訳じゃない。日本で殺人が犯罪でなくなっても心のしこりは消えないだろう。自分の問題だ。


 人は戦争での殺人を基本的に「命令されたから」という理由で正当化する。「殺さなきゃ殺されてた」という理由で殺人を許容する人も居る。だが、俺はそのどちらでもない。


 俺にも殺人をしてしまった理由はある。自分の目的を遂行するのに必要不可欠だから。でも、それじゃあ自分を納得できない。罪悪感で心が一杯になるのだ。


「日本で生まれて日本で育ったからなぁ」


 七十年間近く戦争が行われず、治安も良かった日本に住んでいたのだから、仕方がない。「人殺しは悪いこと」と教育されてきたのだ。殆どの日本人にとっては、たとえ戦争だとしても殺人はタブーである。そしてそれは俺も例外ではない。


 そもそも、俺が殺人を犯す目的すらあやふやだ。確かに俺は元の世界に戻ることを強く望んでいる。しかし、それは人を大量にころしてまで必要なことなのだろうか。元の世界に戻りたいという身勝手な理由で人を殺す、そんなことを俺の心が許容できる訳がなかった。


「ハッ」


 自嘲するような笑みがこぼれる。


 こんなに悩むくらいなら、いっそ元の世界に戻るのを諦めればいいのになぁ。結局中途半端なんだよ、俺は。元の世界に戻るって強く決意したくせに殺人と言う壁すら乗り越えられない。だからといって、あの決意を覆すことも出来ない。畜生。


 涙腺が緩む。だが、俺はそこでふと今居る場所を思い出した。ここは食堂じゃないか。周りに人目があるのに泣けないよ。恥ずかしい。


「あ」


 そう思い、裾で目を拭き顔を上げた俺だったが、そこである物を忘れていたのに気付いた。


「食べるの忘れていたよ」


 すっかり冷めてしまっている。いつの間にか食う手が止まっていたようだ。急いで栗栖飯を口に入れた。


 一分もしないうちに食べ終わり、すぐに皿を返却して自室に戻ろうとする。今は一人になりたい気分だ。




 再び無人の部屋に戻った俺はベットに飛び込んだ。強く、強く歯を噛み締める。強く握った手に、温かい水滴が一粒落ちた。


「理不尽だよなぁ。あの時この世界に来なければ、俺はこんなに苦しまなくても済んだのにさ。今頃みんなは楽しく過ごしているだろうなぁ。それに比べて、今の俺は……」


 異界の地で俺は一人孤独に四苦八苦している。今の俺よりもっと酷い状況の人間なんて山ほどいるけど。でも、俺は自分の不運を嘆かずにはいられない。そういう問題じゃないんだ。


「まあ、起こったことを今更どう思ったって何も変わらないってのは分かっているんだけどさ。ハァ」


 強くなりたい。もっと、もっと強い心が欲しい。


 俺は小さくかぶりを振り、ベットから起き上がった。こんなことをしていても何も変わらない。秘策でも考えよう。椅子に座り、俺は頬杖をついた。戦略や戦術のことを考えていると戦争でのトラウマを忘れられるんだ。


「う~ん。やっぱり会戦は危険だなぁ。奇策しかないか。となると、狙いを定めなきゃな。ふむ」


 正攻法で行けば、狙わなければならないのは北部の要クリム城だろう。なんとかフリーダ皇国軍を突破してクリム城を落とせば、それだけで状況は優位に傾く。もちろんフリーダ皇国側もそんなことは分かりきっているだろうから、城攻めは困難極まりないだろう。何か俺がアイディアを出さないといけない。


しかし奇策に奇策を重ねるのもアリかもしれない。クリム城を襲うと見せかけて敵を誘導、その隙に狙いの物をいただく。もちろん勝利に有効な物を狙わなければならない。そう考えると限られてくる訳で。


「兵站」


具体的にはフリーダ皇国軍の非戦闘員や食糧などを優先して狙う。これは意外と良い案かもしれない。


フリーダ皇国は、四万と言う大軍を編成して山越えも決行してそして今このカタパルト王国に迫っている。この状況が指し示すこと。それは、


「食糧を焼けば、それだけで勝てる」


 山が邪魔するので、食糧をフリーダ皇国から運ぶのは困難だろう。つまり、今俺達がフリーダ皇国の食糧を焼き尽くせば、フリーダ皇国は飢餓で士気を失うのである。クリム城を落とすよりは簡単だ。


 普通軍隊は食糧を持参してそれを食べながら戦争を行う。探検に置き換えると分かりやすいかもしれない。ある森の奥深くを調査しなければならないと仮定しよう。この場合探検隊がフリーダ皇国である。探検隊はもちろん食糧を持参する。しかし、もしそれが全て消え失せたらどうなるだろうか。食べる物がない、そんな状況に陥る。草の中から毒の無い物を選び、虫や動物を殺して食べる。それ以外に生き残る方法はないだろう。


 それと同じこと。食糧を失ったフリーダ皇国軍は飢えを凌ぐ為現地、つまりカタパルト王国で食糧を徴収するしかなくなるのだ。だが、そこら辺の農村を漁った所で四万人を養う食べ物を調達できるはずがない。つまりはジ・エンド。飢餓状態に追い込まれたフリーダ皇国は撤退するだろう。


 まあ、実際やってみたとしてそんなに巧くいく訳じゃない。クリム城に多少の食糧はあるだろうし、頑張って山越えすれば食糧を少しは調達できる。そのためすぐには飢餓状態にならないだろう。


「戦争のプロは兵站を語り、戦争の素人は戦略を語る、かぁ。よく言ったもんだなぁ。俺も一度位言ってみたいもんだ」


 とはいえ、それらは全て成功すればの話である。その手段を俺は考えなければならない。兵站も重要だけど、やっぱ戦略も大事だよね。素人でサーセン。


「よし、考えるぞ」

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