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異世界の智将  作者: トッティー
第二部 紫雷編
33/85

第3章第4話 打算と交友

「リョウ殿ではないか?」


 おっと。驚いて落としそうになったラーメンを両手でしっかりと支える。誰だろうか。振り向くと、知らない女性だった。


 燃えているように赤い髪、キリリとした力強い双眸、凛とした美声、可愛いというより綺麗な容姿。そういえば、カタパルト王国軍の陣を歩いていた時に見たなぁ。(第2章第7話参照)あれ?でも、喋ったことは無いはずじゃ……。


「そうですけど。……あの、誰でしょうか」


 何処かで聞いたような気がする声だが、誰だかは特定できない。すると、その女性は残念そうな顔をした。不快の念も少しであるが混じっているようだ。だが俺はこんな美人と知り合いになった覚えは無い。もしかして、単に俺が有名だから話しかけただけなのかな。戦場で助けてくれた騎士、確かシュマンさんだっけ。彼女は悪い意味で有名だとも言っていたから、ちょっと心配だ。


「戦場で助けたのをもう忘れたのか? 律儀な少年だと思っていたのだがな」


 戦場? ああ、まさかのシュマンさん本人だったか。戦陣で見かけた美人さんと同一人物だったらしい。そういえば、女騎士の声も凛としていたな。


「いえ、兜を取った素顔を見たことがなかったので」


少々ばつが悪くなり、言い訳のように言葉を並べる。シュマンさんはそれで納得したようだ。


「まあ、それなら仕方ないかな。それより、リョウ殿。君はあの後ムルイ伯爵の首級を上げたそうじゃないか。分断作戦と言い、今回は大活躍だったな」


 ムルイ伯爵? ムムイ伯爵じゃなかったかな、と思ったが口には出さない。俺は優しいのだ。


「ありがとうございます。ムムイ伯爵を殺した時は大変でしたけどね。周りを護衛だった人達に囲まれて、危機一髪って感じでした」


 変に謙遜するのもあれなので、素直にあざすと答えた。だが、真正面から褒められると意外に対応に困るな。鼻高々に「そんなことないっすよ。たまたまっすたまたま」とか言うと嫌われそうだし。美人に嫌われると萎えるってのもあるが、武官達に反感を受けている以上懐柔策が必要だろう。そのためにはシュマンさんとの交流は必須である。打算の友人関係というのは初めてなので、慎重になるのに越したことは無い。


「ほう、大人数に囲まれても生き残ったか」


 誤解誤解。感心したシュマンさんにどう誤解を解くべきか、困る所だ。ちなみにちゃっかり自分の手柄にするという選択肢は存在しない。いずれは助けてくれた兵士の口から、俺が戦って包囲網を脱出した訳ではないことが洩れるだろう。嘘はばれない分には構わないが、ばれると一気に不信感を増大させてしまう。


「いえ、助けてもらったんです」


面倒なので一言で済ませると、シュマンさんは至極納得と言う表情を浮かべた。


「なるほどね。確かに君は大人数相手に生き残る程の実力者ではなかったな。もしもそうだったなら、あんな雑魚に手間取っていたはずがない」


ああ、あれは危なかった。


……やばい人を殺したことを思い出しちゃったよ。折角忘れていたのに。萎えるな。俺はかぶりを振り、そのことは極力考えない様に自戒した。


「すまなかった。気を悪くしたかな?」


「いえ」


すると、シュマンさんは周りを見渡し口を開いた。


「どうだ、立ち話もなんだし、一緒に飯でも食わないか」


「そうです、ね」


さっき暗くなっていた俺の心の中では、歓喜の感情が溢れかえっている。その種類は二つ。美女と一緒にごはん食べるとか役得じゃん♪という世俗的な喜びと、これを機に軍部の情報とかを聞きだせるじゃんと言う打算的な喜び。


先導するシュマンさんに着いていくと、そこにシュマンさんのものらしい栗栖飯があった。湯気を立てており、作りたてなのは間違いない。他人の庭は赤いというけど、本当に美味しそうだな。


向かいあうように座ると、シュマンさんが切り出した。


「そうだ、その敬語、やめてくれないか? 階級に殆ど差は無いんだし、タメ口でもいいだろう」


そういえば、無意識に敬語使ってたな。女王様オーラ放っているし、どうにも委縮していけない。いや、どちらかというと先輩オーラかな。


「そうですね……いや、そうだな。普通に話すよ」


ラーメンを口に入れる。久しぶりに食べた出来たてのラーメンは旨かった。戦時はずっと非常食を食べていたからな。ちなみに、朝からこんなこってりしたものを食べているのにはちゃんと理由がある。秘書業は休憩をとれる時間が少なく、昼飯も軽食くらいしか摂れないのだ。そのため、非番でない場合は朝から腹いっぱい食べることにしている。


俺はスープを飲み、笑みを浮かべた。この世界で一般的なラーメンは味噌ラーメンだ。そしてこれは俺の大好物♪ しかもこの食堂の料理人の作るスープは美味しい。


そんな俺の至福の時間は、シュマンさんの声によって遮られた。


「そういえば、リョウ殿。君は何処の生まれなのだ?」


シュマンさんは不思議そうな顔をして尋ねた。なんだろう、俺変なことやっちゃったかなぁ。言動がカタパルト王国の民……ビリアン人の文化にそぐわなかったりしたのかも。


異世界ですって答えるのは流石にまずいよな。異世界、かぁ。今頃俺は行方不明扱いから死亡扱いに変わっているかもな。みんな、どうしているんだろう。


はあ、いつになったらあいつらと会えるんだろうかなぁ。感傷的な気分になった俺はそこで初めてシュマンさんを無視していたことに気付く。シュマンさんは、なかなか答えを言わない俺に対して、複雑そうな顔をしている。


「……、色々かな。むしろどろどろ?」


答えになっていない。誤魔化しただけだ。まあでもある意味どろどろか。元の世界に帰る為に人を殺して戦争の指図して……何やっているんだろうな俺は。


だが、シュマンさんはそうかと答えて済ませてしまった。沈黙が続く。気まずい。シュマンさんには何か人種とか民族とかについて思う所でもあったのだろうか。


「そういえば、君は戦争を経験したことがあるのか? 剣技が特に巧かった訳ではなかったが、妙に冷静だった。それで気になったんだが」


 オイオイ戦争の話題とか、空気読んで言ってくれよ。はあ、一々人の心の琴線に触れる人だなぁ。悪気がある訳ではないんだろうけど、イライラする。まあ人殺しについて悩む兵士なんて滅多にいないだろうし、まさか俺がそんなことで悩んでいるとは思ってないのだろう。


「んな訳がない。冷静なのは俺の性分で、人を殺したのもあれが初めてだよ。……、生憎俺の故郷では戦争なんて七十年近くなかったから」


 鬱屈した気分になる。俺は元の世界のことをこの世界の住人に話すのは元来好きじゃないのだ。しかも戦争、つまり殺人の話とかリアルタイムで悩んでいる話題なんですけども。


「そ、そうか」


 ほら、まただ。また沈黙が続く。俺はシュマンさんと肌が合わないのかもしれない。話してて嫌な感じは無いのだが、彼女は軍人。どうしてもそっちの話題になってしまう。でも俺は戦争とか、そんなことの話題は避けたい気分なんだよ。


 だけど。何時までも逃げていちゃ駄目なのかもしれないな。戦争の話題になっただけで鬱になる様じゃ、今後の戦争は勝ち抜けない。俺はチャーシューを口に入れ噛み締める。


 気分が変わった。最後の一口を食べ終わると、気まずそうにしているシュマンさんに向かって俺は口を開こうとした。

 しかし、食堂の時計が目に入る。どうやら、ゆっくりし過ぎたようだ。もうすぐ一時間経つ。ジルに呼ばれていたんだっけな。早く行かなきゃ。


「そういえば、俺国王陛下に呼ばれていたんだっけな。じゃあね、シュマンさん」


 早口にそう告げると、俺はシュマンさんの返答も聞かず食堂のおっちゃんにラーメンを返しに行った。ラーメンの残り汁を捨て、おっちゃんに返す。はいよ、と元気な声を出しおっちゃんは奥に引っ込んだ。


 さて、向かうは執務室。面倒だけど、しょうがない。仕事だもんな。








「お、おい」


 行ってしまった。私はリョウの後ろ姿を黙って見送る。その姿が出口から消えた時、私はため息をついた。


 彼には何かトラウマがあるようだ。生まれを訊いた時も、戦争経験を訊いた時も複雑そうな顔をしていた。最後の方など、私から見ても分かる位苛々していたのだ。初陣ですらあの冷静さを見せた少年、リョウ・ヨシダ。それが私の質問一つで表情を変えた。


「故郷に……故郷に何かあったのだろうか」


 七十年近く戦争の無かった国。私は考えを張り巡らすが、該当する国は無かった。このアリア大陸にはそんな国は無い。何百年も前にそんな時代があったらしいが、その時は私もリョウも生きていない。


 異大陸から来たのだろうか。だが、異大陸人とは肌の色も髪の色も違った。彼の姿自体はビリアン人と相違ないものだ。


 つい最近ジルに登用され、秘書となった謎の少年。何処とも知れぬ馬の骨だったが、ジルに気にいられたのか秘書として可愛がって貰っている。

 衆道の相手か、気の合った友人か。恐らく後者であろう。秘書としての仕事を見る限り大して能力は高くない。国王に取り入るただの佞臣とまでは言わないが、大した能力は無い。それで武官文官達の評価は一致していた。貴族も恐らく同じ考えだっただろう。


 しかし、戦争が始まった瞬間リョウは頭角を現した。自らが秘策と言った作戦は穴があったものの成功したし、彼自身も貴族ほか数人の首級をあげるという大戦果だった。


 だがリョウについての詳しいことは誰も知らない。何処からやって来たのか、どう国王陛下と知り合ったのか、何歳なのか。


 それが、故郷のこととなると表情を変える。実に気になる所だ。そもそも、私が彼を朝食に誘ったのは彼のことを探る目的もあったのだ。誰かに命令された訳ではないが、彼はカタパルト王国の鍵となる人物かもしれない。気になるのだ。


「しかし、申し訳ないことをしたなぁ」


 だが、罪悪感もある。彼は恐らく二十にも満たない少年だろう。そんな子供の心の傷を抉って何が楽しいものか。


 次あっても、詮索するのはよしておこう。問い詰めたところで、深いトラウマなら話してくれないだろうからな。

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