第3章第2話 ぼくの
ジルは、静かに自室に籠っていた。
凱旋が終わり、演説が終わり、王都に来てジルへの服従を改めて誓う貴族たちとの面会も終わった。他に色々やるべきこともあったが、ジルは今日一日は一人にしてくれと言った。周りの人々は、ジルがまだ若いのにカタパルト王国の命運を賭けた戦いをしたことで、疲れているのだろうと推測した。恐らくジルの気持ちをくみ取ったのは、ギルバートを含めた数人程だろう。
椅子に座り、何も置いていない机をぼんやり見つめる。
「やっぱり、父上は……」
ジルと父親である前国王エドガーとの仲は、決して深い訳ではなかった。皇后の第一子でありかつ政務担当能力も決して低くなかったので、次期国王はジルだとエドガーも認めていたが、余り可愛がって貰った記憶は無い。だからこそ、ジルはエドガーが急死したところで、大きく取り乱したりはしなかったのだ。
しかし、ジルの兄弟の中にはエドガーに可愛がって貰っていた者も居る。同じ母親から生まれた王女エリアや異母弟であるクラウンなどがそれだ。エリアは十四歳、クラウンは七歳。二人とも、エドガーの死を聞いて号泣したという。
そして、ジルはクラウンやエリアと仲が良かった。一緒に遊んであげたこともある。そのため、ジルは父エドガーを殺した犯人に対して怒りを多少なりとも持っていた。
そして、つい最近その犯人が薄々分かってきた。最初はマグナ族の手の者を睨んでいたが、違う。フリーダ皇国だ。
そもそも、国王であるエドガーの警備体制は半端なものではない。なんてったってカタパルト王国で一番偉いのだ。いくら戦地とはいえ、暗殺者がエドガーの元まで辿り着くのは内通者の手引きでもない限り不可能だろう。
その内通者が近頃見つかったのだ。シャルロワである。
当時宰相だったシャルロワは国王の信任も深かった。四大貴族の一つシャルロワ家を出奔して、役人の下っ端から宰相にまで上り詰めた男である。大臣になる時に己の出自を明かし、国王の口添えもあってシャルロワ家の当主になった。一時は出奔していたのにである。他国からはカタパルト王国一の切れ者と言われていた。
「まさか奴が父上への暗殺者を手引きしたとは……誰も予想だにしなかっただろーな」
そう、シャルロワが若き国王ジルに謀反したのは、誰でも納得できるのだ。二人は喋ったことも殆どなかったし、実力主義者のシャルロワがジルを嫌っても、そんなに矛盾は無い。でも、エドガー前国王とシャルロワは個人的な仲だった。親友、という程ではなかったが、友人ではあったし家臣としても第一等だっただろう。
そのシャルロワがエドガー前国王の暗殺を手伝った。まだ調査段階だが、諜報員は八割程の可能性でそうだと断じていた。それに、その後のシャルロワの行動などの状況証拠を加えれば完璧である。暗殺者自体はフリーダ皇国だろう。その情報を聞いてジルが推測したことは、合っていた。暗殺者がフリーダ皇国の手の者だということは立証したらしい。
つまりは、そういうことだ。今のカタパルト王国の惨状は、決して前国王エドガーの死という偶然から起こった事故ではない。フリーダ皇国の陰謀とシャルロワ宰相の変心が全てを作り上げた。
「……、糞がッ」
右手を振り上げて、机に八つ当たりをする。目は充血し始め、歯をぎりぎりと噛み締めた。フリーダ皇国とシャルロワへの激しい怒りの感情。理由は一つではなかった。
妹や弟を悲しませた。特に、まだ七歳のクラウンには大きなトラウマになっただろう。
この国をここまで追い込んだ。エドガーという最大権力者の死によって、カタパルト王国は短期間で滅亡の危機に扮している。全ては、フリーダ皇国の策略だ。今や北東南それぞれに強大な敵を抱えている。カタパルト王国が滅亡すれば、ジルは間違いなく死刑になるだろう。
何の罪もない民衆を死の危険にさらした。今までの戦いでも、これからの戦いでも、民兵は多数死ぬだろう。それも、フリーダ皇国のせいだ。エドガー前国王は平和主義だったからカタパルト王国は殆ど戦争が無かったのに。
様々な理由がないまぜになって、ジルの心はさらに怒りの色を増していく。いや、これは最早怒りではない。怒りが増幅凝縮され生まれた、憎悪だ。
さっきまで人の前に居る時は、なんとか己の感情を制御していたがもう限界。ジルは、狂ったような笑い声をあげた。
「ヒゃ、は? アひャヒゃ、あははははははははーーーーッ」
手を横に思い切り伸ばして、狂笑。悪魔の様な聞く者全てを凍りつかせる声は、絶えない。ジルは、溜まりに溜まった憎しみを口から吐き出すかのように、笑い続けた。
どれほど時が経っただろうか。喉がこれ以上笑うことに耐えられなくなったのか、それとも憎しみを全て放出したのか、ジルは不意に黙った。恐らく前者だろう、息を乱しながらベッドに腰掛ける。しかし後者もあったのか、これ以上笑おうとはしなかった。
「おぐのk……」
喋ろうとして、また黙る。喉が悲鳴をあげたのだ。ジルは喋るのを諦めた。
(フリーダ皇国、ねェ。容赦はしない。カタパルト王国国王である僕を気違い同然な精神状態になるまで追い詰めた……覚悟はしてもらわないとね)
一応自分でも先程の行動がいかれていると分かっていたらしい。頭が冷え、徐々に目が穏やかになり発せられる空気も正常になっていく。
(フリーダ皇国を、潰す。まあその手始めに、僕のカタパルト王国を邪魔する奴は一掃しよっか)
恐らく、今最もカタパルト王国の危機を恐れていないのは、ジルだろう。最終鬼畜三方敵という窮状を理解している貴族役人武官等お偉いさんはともかく、一般の兵士すらカタパルト王国は大変な状況にあると知っているはずだ。でもジルはそんな不安は塵ほども抱かない。
ジルの思考回路は、この窮状を乗り越えられるかどうかではないのだ。どうやって乗り越えるか、ですらない。ジルは、
(さっさと一掃しないとなぁ)
乗り越えること。それを前提にして方法論を考えているのだ。
いうなれば、東大の入試問題を出された小学生が、その難しさをちゃんと理解してなお、自分の能力で解けること前提にその問題を解く方法を探すようなもの。普通の反応ではない。
ともかく、ジルは顎に手を当てて考え始めていた。
(まず、離間の計。これは外せないでしょ。五分の一の兵力で切れ者であるシャルロワを撃退した僕。多少の貴族は靡いてくれるかもしれない。たとえ靡かなくても、こちらが反乱貴族の切り崩しを図っていることをあえて知らせれば、敵さんが疑心暗鬼になってくれるからね)
あっという間に、ジルは亮と同じ考えに至った。亮が日本での知識を基に思考を構築しているのだとすれば、ジルは帝王学を基に思考を構築している。ジルとて英才教育を受けた身。発想力はともかく、知識は国王として一人前だ。
(いいねぇ。欲まみれで足並みのそろわない反乱貴族にはお似合いの策でしょ。ただ、フリーダ皇国には通じないんだよなぁ)
ジルは、離間の計だけで反乱貴族、すなわち南と東は脅威にならないと断定した。過信ではない。
亮に「情報って大事だよね」と言われてから、密かに諜報員の数を増やしている。ジルは、元の五倍ほどに増えた諜報員になら反乱貴族を分裂させることは容易い、そう判断したのだ。細かい作戦は亮や諜報局長に考えさせればいい。彼らにはそれだけの能力がある。
(僕には無理だな、フリーダ皇国を倒す手段なんて思い浮かばない。せいぜいフリーダ皇国周辺の小国に本国を襲わせるくらいしか考えられない。それも、一回僕達が勝利して初めて効果が出る作戦だ)
もしもフリーダ皇国との会戦で勝利して、更に本国が襲われているとの報告を受ければ侵攻軍も焦るだろう。そこを、叩く。それでフリーダ皇国はカタパルト王国から手を引かざるを得なくなるはずだ。しかし、その仮定を生み出す術をジルは知らない。
(せめてラクル連邦とか、大国が動いてくれればな……僕には軍事の才能は無いから考えは浮かぶはずないか。まあ、亮とかブルゴー騎士団長に任せるしかないかぁ)
国王が家臣に任せる、というのは悪いことではない。その道にはその道のエキスパートがいるのだ。ジルは戦術や戦法など、軍事的素養に関して言えばあまり才能は無かった。
(とりあえず、諜報員に反乱貴族の調略を命じよう)