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異世界の智将  作者: トッティー
第一部 血風編
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第2章第13話 首級

「ァ――――か、ふ」


 壮年の男、ムムイ伯爵の腹に剣が突き刺さった。男は白目を剥いて、倒れる。周りに居た護衛の男達は皆、ポカンとした表情で俺を見た。剣の取っ手を握っているのは俺の手。そう、俺がこの男を殺したのだ。……それにしても、やっぱり気持ち悪いな。吐きそうだ。


 まさか、裏切り者がいるとは思ってもみなかったのだろう。護衛の男達は茫然としている。さて、ずらかりますか。


 と、俺は剣を手から離してムムイ伯爵の腰に差してあった剣を取りだした。人の体を貫通した剣を取りだすのは時間がかかる。

 首を斬ってムムイ伯爵を殺した証拠を取るか。敵将の首級を挙げないと、証拠が無いので認めてもらえない。倒れたムムイ伯爵の髪の毛を掴み、首に剣をあてがう。


 そこで、ようやく冷静な判断を下せるようになった護衛の男達は、俺を睨みつけた。主君を殺されて怒っているのか、金をくれる雇い主を殺したのを怒っているのか。一見どちらか分からないが、とりあえず俺に敵意ないしは殺意を抱いているのには変わらない。でも、俺はそんな視線は無視して首切りに励む。うわ、血がたくさん噴き出してきたぞ。


「オマエ、この落とし前はどう付けてくれるんじゃァ!舐めてんのかオイ。あァ?」


 どうやら柄の悪いお兄さんだったようで。さっきの疑問だが、恐らく後者だったのだろう。もちろん、忠誠心があろうと無かろうと腕っ節が立つのには変わらない。なんといっても貴族様の護衛だ。


 首を脇に抱えさて逃げますかと思った俺だが、周りを囲まれているのに気がついた。あれ?これってヤバくないすか?


 後方では炎を出して戦う魔導士にブルゴー騎士団長が押されている。俺を助けてくれるほどの余裕は無さそうだ。


 ……、腹を括ろうか。多少危険だが、仕方がない。


「我が名は、カタパルト王国国王陛下の秘書リョウ・ヨシダ。敵将が一人ムムイ伯爵、討ち取ったりィッ!」


 ムムイ伯爵の首を皆が見えるように高く掲げる。おお、とどよめきが起きた。シャルロワ軍の兵士たちが、怯む。


「今だ、逆賊シャルロワ軍をぶっ潰そうぜ!」


 ぶっ潰せ、という命令系だと反感を買う気がしたので変えた。俺はそんなに偉くないし。


 さて、ここで俺を囲むガラの悪い兄ちゃん包囲網の一角が崩れた。仲間の兵士達が助けに来てくれたようだ。俺はその方向にダッシュする。逃げんなやコラァ!という声が聞こえた気がするが勿論シカト。


「覚えとけよ、コラ。いつか、必ずぶち殺してやっからなァ!」


 今まで三流悪役の捨て台詞として有名だった「覚えとけー」。実際こんな言葉を投げかけられると怖くて仕方なかった。人に殺意が湧くほど恨まれるって、嫌だね。


 全力で百メートルほど走りふと後ろを向くともう誰も追ってきていなかった。振り切ったのか、と目をこらすと柄の悪いお兄ちゃん達はジル軍と交戦していた。ジル軍兵七人とお兄ちゃん達四人。お兄ちゃん達は貴族の護衛と言うことから俺が推測したように、強かった。カタパルト王国の精兵と言われている彼らと、半分しか人数が居ないのに互角に渡り合っている。三流ではなかった、ということか。


 右を見ると、ブルゴー騎士団長が魔導士の出した炎に背中を焦がれながらも胴体を一文字に斬り裂いていた。辛勝、といった所か。魔導士が絶命した後、しばしの間ブルゴー騎士団長は激痛に耐えていた。


「何が起こったのだ」


 呟く。俺もつられて周りを見ると、確かにブルゴー騎士団長が魔導士と戦い始めた時と状況が変わっていた。こちらが押している。俺は、ブルゴー騎士団長に何故こうなったかを告げる為に一歩ブルゴー騎士団長に近付いた。


「ムムイ伯爵とやらを殺したら、なんか敵軍が怯んで、それで今みたいな状況になったという訳です」


 俺、説明下手糞だなぁ。ほれ見ろ、ブルゴー騎士団長は頭に疑問符を浮かべてそうな顔になったぞ。


「貴様が? ……馬鹿な、そんなことが」


 そっちですか。そっちの疑問でしたか。俺って武官の人たちからイメージ悪かったんだなぁ。ちょっとショックだわ。てゆうか、何でこんなに悪印象持たれているの?


 まあ色々腑に落ちない点はあるがそこは置いといて。ブルゴー騎士団長、最高指揮官なのに呆けていても大丈夫なのかよ。


「そんなことより、敵を攻めたらどうです?」


 俺は謙虚に進言する。ブルゴー騎士団長は一瞬顔をしかめたが、すぐに気を取り直したようで考える人みたいな表情になった。きっと、俺みたいな若造にもっともらしいことを言われたのが気に喰わなかったんだろうなぁ。この人二十代にしか見えないけど。


「皆の者!敵は怯んでいる。一気に潰すぞ!」


 ブルゴー騎士団長が叫ぶ。ただでさえ調子に乗っていたジル軍は、ここに来て更に勢いを増した。馬上のブルゴー騎士団長は、小隊の隊長達に次々と指示を出した。


「う~ん、俺はどうしようかなぁ」


 ここで悩むのは自分の進退だ。もう貴族も一人殺したし、これ以上危険を冒さなくても良い気がする。むしろ、戦いたくない理由は吐き気かな。初めての殺人、初めての死体、初めての戦争。結構来るモノがある。


 そうだよな、ここって大量に殺人が行われいる現場なんだよなぁ。そう思って見た戦場の風景は、吐き気とおぞましさしか生まなかった。我慢できない。


「……、オェッ」


 胃がひりひりする。何度も吐いたので、胃に何も残っていないのだ。胃酸が逆流し、喉に焼く様な痛みが走る。嗚咽。俺の口からは、胃酸しか出てこなかった。一時間ほど前の嘔吐で胃から食べ物が無くなったのだ。


 だが、戦場では一瞬の隙が命取り。たとえ大事を取って後方に居ても、戦争が始まった直後のように敵兵が入り込んでくる可能性もあるし矢だって飛んでくる。多少の痛みは堪えて、周りを注視しなければならない。


 片膝をついて、何かあればいつでも動けるようにしておく。まだ息が整っていないのだ。


「ハァ、ハァ……ッ」


 矢が飛んできた。咄嗟に右に跳んで避ける。危なかった。片膝つきは避けにくいからやめよう。


 剣を地面に突き刺し、ゆっくりと立ち上がる。前方を見ると、どうやら新手の兵士と戦っているようだった。戦局は互角。まあ、敵は二万人も居るしな。まだまだ予備兵力はあるのかな。


 あちこちで剣戟を振るい、戦っている兵士達。シャルロワ軍は予備兵力の導入によって、士気を修正したらしい。さっきまでの弱弱しく頼りない雰囲気が嘘のように奮戦している。ブルゴー騎士団長が大声を挙げて指揮しているが、なかなか厳しそうだ。やっぱり、兵力が極端に少ないから予備兵力が無いのが戦況の厳しい原因かな。全員休む暇もなく戦い続けているんだものなぁ。








「せいやッ……はぁ!」


 剣を振るい、槍を持って迫ってきた兵士を斬る。だが、また他の兵士がやって来た。倒しても倒しても湧いて出るようだ。きりが無い。二、三発攻撃を剣で適当にいなし、再び斬り殺した。


「兵力差がもろに出ているな……」


 何故さっきの優位な状況から互角の攻防に転じたのか。それは、今ブルゴーが呟いた戦力差のせいだ。ついさっき、シャルロワ軍は予備兵力を導入した。そのタイミングが巧く、ジル軍は戦いの主導権を失ったのである。もうすぐ偽本陣も破られるだろう。時間の猶予はあまり無い。


 馬の脚を止め、周りを見る。そろそろ疲労が溜まってきたようで、皆動きにキレがない。これでは、到底シャルロワ軍本陣まで辿り着かないだろう。


(国王陛下の奇襲が頼みか。最早独力では突破できまい)


 ブルゴーは歯を食いしばった。カタパルト王国の騎士として、国王に自ら戦わせるのは恥である。それに、体面や誇りの問題の前に大きな懸念があった。


(……、くそッ。もしも国王陛下が戦死したらどうするのだ。陛下の命が無くなればカタパルト王国は瓦解するぞ)


 考えるだけでもおぞましい話だ。ブルゴーはその懸念を振り払うようにかぶりを振った。何にせよ、今こんなことは考えるべきではない。今自分のできることを精一杯やるだけだ。


 ブルゴーは後方に待機している唯一の部隊、魔導士第八小隊に指示を出した。身体強化(フィジカルチャージ)をジル軍の兵士にかけろ、と伝えた。ここで気合いを入れ直さないとじきに劣勢になってしまうだろう。それでは、国王陛下率いる五百の近衛隊が急襲しても効果が上がらない。あくまでも互角の激戦を演じている所で近衛隊が突入することに意味があるのだ。


 ちなみに、魔導士は殆どが偽本陣かシャルロワ軍の別働隊一万五千を食い止める一千人の守備兵の中にいる。


 大体の兵士が魔法をかけてもらい元気になったのを見計らってブルゴーは喝を入れた。


「皆の者、ここが踏ん張り所だ。一気に敵を打ち破れェッ」


 おおぉ!と喚声が返って来た。再びジル軍が主導権を握る。疲労を回復したジル軍は、ついさっき投入された兵士たちよりも元気な様子で戦場を駆けまわった。


 少しずつこちらが押していく。この調子で戦いが進めば、ジル率いる近衛隊突入もうまくいくだろう。


「敵は怯んでいるぞ。進め、進めェ!」


 悪鬼の様な形相でブルゴーは味方の士気を上げる為敵軍に単騎突っ込む。十人二十人と雑兵が群がるが、ブルゴーはそれを蹴散らした。他ならぬブルゴーも魔法をかけられたのだ。炎の魔法による背中の痛みはもうない。


 それに勇気を与えられたのか、畳みかけるように兵士が敵陣になだれ込んだ。各小隊を押したり引いたりさせて徐々に敵を追い詰めていくと、遂にシャルロワ軍が崩れた。そろそろ予備兵力を導入するだろうか。そう思って、雑兵と剣戟を交わしながらも敵陣を注意深く観察した。だが、いつまでたっても新手の軍勢は来ない。もう敵も限界なのか、そうブルゴーは考えた。


 しかしこれは慢心。勢いに乗っているジル軍だったのだが、いきなりその勢いが失われた。横槍を入れられたのだ。右方から千人程の遊軍がジル軍の横腹を突く。一瞬崩れた。


「第六小隊が食い止めろッ。他は気にせずシャルロワ本陣の方向に突っ込め。なりふり構うな」


 だがブルゴーもそんなことで一々うろたえたりはしない。配下に指示を与え、自分は第一小隊を率いて再び敵軍に突っ込んだ。もちろん心中は穏やかではない。内心、シャルロワと敵の用兵を見抜けなかった自分に対して煮えくり返っていた。


(横槍を入れられたか。これではこの勢いも長くは続かない。この勢いが失速する前に陛下が奇襲できなければ、負ける。……陛下よ、早く来て下され。もう限界だ)


 味方の士気をこれ以上落とさない為に、前線でひたすら剣を振るうブルゴー。横から攻撃されて勢いを少し落とした兵士も、少しはこれで鼓舞されていればいいが、そんなに物事はうまくいかない。そもそも、亮の読みが当たった上にブルゴー達がここまで押しているのが既に奇跡のようなものなのだ。


 敵の堅陣はそう簡単には破れない。本当に、時間との勝負だった。

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