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異世界の智将  作者: トッティー
第一部 血風編
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第2章第12話 轟炎

 シャルロワ軍の陣形は鶴翼だった。敵が大将の居るであろうV字型の尖っている所に向かっているのを左右から押し潰す陣形。分かり易く言うと、蛙が口を開いた形。通常この陣形は、蛙の食料である虫(ここでの敵軍)が前(V字型の上方)から口の中(V字型の中)に入ってきた所で口を閉じて捕食する(両翼を閉じて殲滅する)。作戦がハマれば大勝しやすいが、V字型の尖っている所にある本陣を崩されると大敗となる。


 つまり、敵が本陣を撃破するのが早いか両翼で包み込み殲滅するのが早いかを競う陣形。


 しかし、シャルロワ軍の鶴翼はV字の角度が若干小さい。ブルゴーが着目したのはそこだった。このまま敵の誘いに乗り速度勝負しようとすると、恐らく敵が両翼を閉じる方が早くなり、敗北するだろうと読んだのだ。


「総員方向転換だ。敵軍右翼を急襲する。シュマン第二小隊隊長、第二小隊は最右翼を外側から攻撃だ。残りは全て右翼を内側から潰す。急げ、時間の勝負だ」


 ブルゴーは、三千二百程を率いてv字の内側から右翼の中腹を急襲した。まさか右翼の方に向かうと思っていなかったのか、敵軍が崩れる。シュマンの小隊の働きもあって、敵軍右翼は混乱した。このまま戦えばすぐ撃破できるだろう。


 しかし、後ろからは左翼の軍勢が迫ってきている。ブルゴーは、ひとまず右翼と左翼の挟撃を防ぐことにした。


「皆の者、いったんここは引けぇ!引いて敵をおびき寄せて、そこから左翼右翼を纏めてぶっ殺すんだ」


 ブルゴーの命令を受けて兵士たちは一斉に下がり始める。右翼と左翼は一緒になって俺達を追いかけてきた。だが、いや、やはりと言うべきか。元右翼の軍勢の士気は既に低い。一度崩されたので、足並みが揃っていないのだ。


 中腹から右翼の先の方まで下がると、丁度シュマンが居た。プリクト侯爵の首を掲げている。ブルゴーは感心した。昔より格段に剣技が上がっているとはいえ、彼女にとっては初めての本格的な戦争。


「シュマン、よくやった」


 シュマンは、即座に敬礼して礼を言った。彼女はブルゴーの剣の弟子だ。ブルゴーに対しては畏敬の念を持っている。


「ブルゴー様、ここを、突破するのですか?」


 ブルゴーは首肯した。ふと周りを見ると、配下の三千五百は戦いたくてうずうずしているようにブルゴーは感じた。


(そろそろだな……)


「皆の者!敵の策は封じた。あとは突破するだけだ。迫りくる敵をぶち殺して、逆賊シャルロワを討つぞ!」


 空気が変わった。さっきまで逃げることしかしかなかったブルゴー軍が一斉に逆襲したのだ。敵はいきなりの逆襲にやや押される。


 ブルゴー自身も先頭に立ち、敵兵を五、六人斬り捨てた。それを見て配下の兵士たちに気合いが入る。持ち直してきた敵を再び押し始めた。

 余談だが、ブルゴーは基本的に「将たるもの常に後方で采配しなければならない」という考えの持ち主だ。そのブルゴーが先頭に立って味方を鼓舞したのにはそれなりの理由がある。


(逆襲した勢いを殺さずこのまま敵軍を崩す為には、大将である俺が出張らないとな)


「第三小隊は、敵軍深くまで切り込め。敵を混乱させる」


 髭面の男が俺の命令に従い勇猛な兵士たちを連れて、敵軍の奥深くまで駆け抜ける。第三小隊は全員馬上と言う完全なる騎馬隊だ。こういう役にはうってつけである。


「よしっ、敵を押し込むぞ。揉んで揉んで揉み上げろ!」


 ただでさえ押され気味だったのに、その上騎馬隊などに荒らされてしまっては、敵軍はもう崩壊しかけていた。もう軍はほとんど機能していない。もうすぐで勝てる、そうブルゴーは肌に感じた。

 しかし、戦争はそんなに甘くない。敵に援軍が入った。さっきまで前線に出ていなかった軍勢だ。これで敵軍はまた持ち直すだろう。気付くのが少し遅れたようだ。もう少し早く気付いていれば、いくらでも対処のしようはあった。


(これはなかなか厳しいな。倒しても倒しても敵が湧いてくる。それに兵士たちの士気が衰えたら終わりだ)


 ブルゴーは指示を出した。敵を引きつけるから近付いてきたら魔法を撃て、と。ちなみに、今ブルゴーは魔導士を殆ど連れてきていない。その少しをずっと温存しておいたのだが、今使って戦局を一気に傾けないとシャルロワの所に着く前に敵軍一万が偽本陣を破るだろう。ちなみに、敵軍には魔導士は二十人程しか居ない。恐らく要人警護にしか使われていないだろう。


「少し引け、敵を引きつけるのだ」


 ブルゴーの命令どおりに敵は引きつけられ、そして魔法を一気にくらった。鉄砲で言うなら一斉射撃だ。援軍も咄嗟のことで混乱する。混乱が醒めないうちに撃破すれば……戦局はブルゴー達に傾く。


「今だ、再び反転せよ!」


 後ろに下がって敵を引きつけていた兵士達が前に進み突撃する。再びブルゴーは前に立ち、また敵兵を何人か斬り捨てた。しかし今回はそこで終わらせるつもりはない。貴族を一人か数人、殺すつもりなのだ。


(ここで敵将を一人でもいいから殺せば、敵の士気を保つことはできないだろう)


 ムルイ伯爵が戦場に居た。恐らくこの場では最高の権力者だろう。馬蹄を轟かせて、剣を振り上げた。一瞬で決めるつもりだ。しかし、隣に居た馬上の魔導士に気付かれてしまった。


神の炎よ、燃え上がれ(ハーレーン)!」


 国王と同系統の魔導士。火系統だとブルゴーは確信した。


 咄嗟のことに体を捻り、マッドバーナーのように噴き出す炎を避ける。ブルゴーは、捻った体勢のまま魔導士の首に狙いを定めた。ビュン、と剣を振る。しかし、その剣は魔導士には当たらなかった。盾に防がれたのだ。


神の炎よ、燃え上がれ(ハーレーン)!」


 魔導士が再び魔法を放つ。もう逃げられない体勢だ。しかし何故だかブルゴーはその顔に笑みを浮かべていた。魔法によって生み出された炎に対して剣を振る。


 本来、炎と物体がぶつかるということは有り得ない。物理的に有り得ないのだ。なぜなら、炎は物体ではない。それは物理を習っていないこの世界の人々も知っている常識。しかし、ブルゴーはその常識を覆した。


 ボワッ。


 炎が、消えた。ブルゴーは魔導士に驚かせる暇も与えず二の太刀、三の太刀をあびせようとする。魔導士はなんとか盾で防ぎ、そこでブルゴーの剣にあったある仕掛けを見た。馬に対して加速の魔法を使い間合いを取る。そして、魔導士は口を開いた。


「……、退魔剣(レーヴァテイン)か」


 魔法に対抗できるのは魔法だけ。この世界の常識である。もちろん魔法を使わなくても魔導士より強い人間は居るが、絶対に魔法が当たると言う時それを防ぐことはできない。


 しかしその常識を壊したのはある鍛冶屋だった。彼の名前はレーヴァテ・インストラ。百年ほど昔の人間である。ある地方にある神話になぞって、彼のつくった魔法を無力化する剣は退魔剣(レーヴァテイン)と呼ばれた。アリア大陸に二百程しか現存しない剣。これは、魔法に対して魔法以外で対抗する唯一の手段である。作り方は、インストラが死んだ今となっては誰も分からない。


「ならば、こちらも相応の覚悟が必要だ」


 魔導士にとって天敵ともいえる剣を目にしても、魔導士の男はまだ自分の優位を疑わない。ブルゴーは懐疑的になった。


(なんだ?何か策があるのか?……いや、そう惑わせることが目的か)


 魔導士はゆっくりと呟く。


神の炎よ、燃え上がれ(メテオフレーン)!」


 ブルゴーの頭上に突如火が出現した。ボワ、ボワと火は勢いを増し、渦を巻いた巨大な炎となった。紅蓮の煉獄とも評するべきか。そしてその熱気でブルゴーの額には汗がにじみ出る。この炎は、退魔剣の一振りや二振りで消えるような規模ではない。


 ブルゴーと魔導士の距離、僅かに二メートル。ブルゴーなら一瞬で詰められる間合いだ。しかし、ブルゴーは動けなかった。今動いた場合の未来予想図が悲惨すぎたからだ。


(今動けば、剣を盾で防がれると同時に炎が上から落ちてくる。しかしだからといって、引くことも出来ない。……八方手詰まりか。ならばっ)


 魔導士の盾を使った守り方は相当だ。剣を相手に守る訓練をいつもしているのだろう。一方で、ブルゴーは盾だけで守る人間と戦ったことは殆どない。その上、仕留めるのに少しでも手間をかければ死ぬのだ。それを承知の上で、ブルゴーは前に出ることにした。


 しかし、この逡巡こそが魔導士の狙いだった。そう、ブルゴーが轟炎の出現に驚いている間に魔法が完成したのである。もしもブルゴーが魔導士の呪文なんか気にせずに前に出て強襲していれば、今頃魔導士はブルゴーの剣の錆となり、無様に地を這っていただろう。


 魔導士が狂笑する。ブルゴーの剣を防ぐべく、盾を前面に押し出した。しかし、剣と盾は衝突しない。剣は盾を巧く避けて魔導士の体に食い込もうとしていた。蛇のようにクネクネした動きで剣が盾を抜ける。魔導士は危険を感じ、手綱を引きしぼって馬を後ろに跳び上がらせた。しかし完全に避けれた訳ではなく、腹を左下から右上に真っ直ぐ裂かれた。血が霧状に噴出する。魔導士の顔が今度は怒りに歪んだ。


 魔導士が指をクイクイ、と引き寄せる。挑発しているのではない。魔法によって生み出された炎を引き寄せているのだ。ブルゴーは魔導士に二の太刀を浴びせようと剣を振る。果たしてどちらの攻撃が速いか。


「ぁが――――ッ」


 ここで軍配が上がったのはブルゴーだった。退魔剣(レーヴァテイン)が魔導士の首と胴体を引き離す。血飛沫が炎のように上がった。無論ブルゴーとて無傷では済まない。ブルゴーの剣で魔導士が絶命する直前、炎の海はブルゴーの背中を侵食したのである。その直後炎が消滅したのは救いだった。術者の死によって無効となったのだ。


「……、痛ぇ」


 しかし、軽く摂氏百度はいったであろう轟炎は背中に火傷を与えていた。一瞬だったから良かったものの、あと一秒でも浴びていればただでは済まなかっただろう。


 激痛に耐えつつ、周りの状況を窺う。すると、敵は潰走気味だった。


「何が起こったのだ」


 ブルゴーの独り言のように呟いた疑問に答えたのは、突如国王陛下の秘書として名を上げた亮だった。


「ムムイ伯爵とやらを殺したら、なんか敵軍が怯んで、それで今みたいな状況になったという訳です」


 亮はムルイ伯爵の首を手に持っていた。ブルゴーは伯爵の名前を訂正する余裕をも失う。


「貴様が?……馬鹿な、そんなことが」


 亮はあの後色々考えた末に、武功を上げてカタパルト王国の武官達に認められる為に何がしかの功績を挙げようと考えた。その後の行動は速い。シュマンが既に撃破したペケ男爵配下の死体から鎧など一式を拾い、その場で着替えてそして敵軍に潜り込んだ。すると偶然ブルゴーと護衛の魔導士が戦い始めたので、他の護衛やムルイ伯爵の気が一瞬そちらに向いた。その隙を突いて伯爵を殺したのである。


「そんなことより、敵を攻めたらどうです?」


 亮は謙虚を装いブルゴーに進言した。ブルゴーは亮の正しいがどこか馬鹿にしている様な言い方に少しムカつきを抱いたが、事実なのだから一々噛みつくことも出来ない。


 そんなことより、とブルゴーは気を取り直す。今はとにかくこの局地戦を制さなければならない。優勢に傾いたからといって、勝利が確定した訳ではないのである。まだ敵には温存している軍勢が四千程いる。この局地戦を制してやっと五分五分の戦いができるのだ。


「皆の者!敵は怯んでいる。一気に潰すぞ!」


 ブルゴーはいつの間にか背中の痛みを忘れていた。轟炎が与えたダメージはちょっとやそっとのものではないのに、だ。そう、彼はいつになく高揚していた。

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