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異世界の智将  作者: トッティー
第一部 血風編
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第2章第11話 右翼

「別人だな。あの時とは似ても似つかない……」


 あの時、とは軍議で彼が秘策を発表した時のことだ。あの時、彼は我々軍人に対して暴言ともとれる発言をした。国王陛下に目をかけられていなかったら血の気の多い武官に斬り殺されていただろう。そう思う程酷かった。騎士の自尊心をズタズタにされたのだ。

 一方で、今目の前に居る少年はただただ命を助けられたことに恐縮している。暴言を放ったのと同人物が、だ。まさかそんな殊勝な性格だとは思ってもみなかった。驚きを隠せない。


 この少年はまだまだ謎が多いようだ。


「あの、何か?」


 おっと、独り言を言っているのを気取られたようだ。まあ聞かれても支障の無いことなのだがな。


「いや、なんでもない。……そうだ、まだ名乗ってなかったな。リョウ殿は私の名前を知らないだろう。私の名は、エレナ・シュマンだ」


 シュマンの姓を聞いて驚くかと思っていたが、全く動じていない。普通は五大公の一族の娘が戦場で剣を振り回していると聞くと驚くのだがな。無知なのか、爵位に興味が無いのか。……いや、私のことを最初から知っていたのかもしれない。掴めない男だ。


「シュマン隊長、用意ができました」


 副官が言った。もう用意ができたのか。


「分かった。……皆の者、今度はプリクト侯爵の軍勢を潰すぞ!気を抜くなよ!」


 私がブルゴー騎士団長から受けた任務は、敵の最右翼の撃破。今回は瞬殺できたが、次は本格的に混戦となるだろう。二、三分ではとてもじゃないが撃破できない。


 ふと、後ろの少年のことが気になった。ブルゴー騎士団長ら武官に嫌われて、一般人らしいのに護衛もなしに戦場に放り込まれた不憫な少年。最初はざまあみろとしか思わなかったが、意外と殊勝な一面を覗いて少し同情している。少し剣の心得があるようなので大丈夫だろうが、やはり不安はある。


 ふと、私は少年の方を向いた。この気持ちにケジメを付ける為に。


「健闘を祈る」


 さて、行くか。馬を歩かせ、小隊の先頭に立つ。私は、個人的に大将が先頭に立って戦う方が兵の士気も上がるしいいと考えている。将が勇猛なら、兵も勇猛になる。これが私の持論だ。


 さて、次当たるのはなかなかの強敵なので、陣形を組んで攻めた方が良いだろうな。するとどの陣形にするかだが……蜂矢の陣が妥当か。↑の形をしていて、寡勢が戦うのに適した突撃用の陣形。この状況と同じだ。それに、先頭に立って戦うのが好きな私の性格にも合っている。


「では、次は蜂矢の陣で挑む。いつもの、だ。分かるな?」


「「「はい‼」」」


 良い返事だ。さて、行くかな。


「敵は目と鼻の先だ。陣形を組むぞ」


 速やかに兵たちが動いていく。流動的で、芸術性さえ覚えるほどだ。よく使う陣形なのでたとえ戦っている最中でも組めるように訓練している。十秒もたたずに組み終わった。


「行くぞ。全軍、突撃ィーーッ」


 馬蹄を轟かせてプリクト侯爵の軍勢へと駆け行く。愛用の大剣を握りしめながら、先を見つめる。


 三十秒ほど駆けただろうか、プリクト侯爵家の家紋のある旗が見えた。敵兵士たちはそれぞれ得物を取り、こちらを睨みつけてくる。良い気合いだ。戦争はこうでなくちゃな。心が躍る。


「我が名はエレナ・シュマン。カタパルト王国直属軍騎馬団第二小隊隊長なり。いざ、尋常に勝負せよ!」


 私は古風の名乗りを好む。それに共鳴したのか、敵の兵士が一人、これもまた名乗りを上げて私にかかってきた。馬に乗っているのでそれなりの実力者だろう。楽しみだ。


 兵士の得物も私の得物も大剣。私は手綱を引き絞って、更に加速させた。大剣を上段に構え、いつでも振れるようにしておく。私の狙いは単純だ。すれ違いざまに、斬る。相手も同じことを考えているようで、大剣を左に振りかぶった。


 もうすぐだ。私は上段に構えた大剣を振り下ろした。同時に、兵士の剣も風を薙いで私の脇を狙う。そして、兵士の剣が私の脇腹を斬りつける前に、私の大剣が兵士の頭を砕いた。


 グジュリ。


 兵士の体が力を失い、私に斬りつける前に落馬した。即死のようだ。勝負は一瞬で決した。


 良い示威行為になった。敵の士官を瞬殺したことは、味方には勇気を与え敵には恐怖を覚えさせるだろう。


「どうした?プリクト侯爵家も所詮はこんなものか。拍子抜けだな」


 そして、挑発する。この言葉に頭がかっとなった男数人が槍を持って私を殺そうとするが、冷静さを失った雑魚など敵ではない。数秒で斬り殺し、敵にはますます恐怖を、味方にはますます勇気を与えられた。あとは、蜂矢の陣で潰すだけだ。人数で劣っているとはいえ、質も士気もこちらが上となれば敵を圧倒できるだろう。


「「「うおおォォーッ」」」


 後ろから配下の者達がそれぞれの手に武器を持って突撃する。私も敵陣に斬りこんだ。槍を避け、斬り殺す。腹に向かってきた剣を打ち落とし、斬り殺す。飛んできた矢を掴み、腰に付けておいた短刀を矢の来た方向に向かって投げ返す。矢を討った男の首に短刀は命中した。


 左右から同時に来られた時は、馬を後ろに跳ばさせて両方とも避けた。二人の得物がぶつかる。ひるんだ。その隙に、まずは一人の首を斬る。後ろに下がって避けられたが、次は腹、その次は頭と三連打するととうとう守りきれなくなり、四発目の突きをもろに食らった。なかなか実力はあったのだが、防戦一方に回って自分のペースを掴めなかったのが敗因だった。二人目の方を見ると、副官が殺したようだ。


 ふと周りを見ると、いつの間にか敵軍が二倍以上に増えていた。だが、押し込まれた私の小隊を助けようと味方の小隊が助けにきてくれている。やはり、混戦だな。


 この後も十数人を屠り、遂に敵将の一人プリクト侯爵の位置まで辿り着いた。馬は途中敵の兵士に斬られて使い物にならなくなったが、私は馬上より地上戦の方が好きだ。性に合っている。


 プリクト侯爵は肥満でろくに動けないようで、周りに居る護衛の男数人を倒せばプリクト侯爵は瞬殺できそうだ。しかし護衛の内一人は他を寄せ付けない殺気を纏っている。


「お主がプリクト侯爵だな。陛下に対する謀反の罪で、殺す」


 宣言すると、護衛の男の内一人がプリクト侯爵の前に立った。この中では段違いの殺気を放ってきた男だ。お互い剣を構える。


 剣先と剣先の距離十センチ。既に私の射程範囲内だ。機を窺う。


 男は足を動かさない。まるで、私が技を放つのを待っているかのように。応じ技(カウンター)狙いか?上等だ。その誘い、乗ってやろうじゃないか。……いや、ちょっと待て。師匠に言われたことを思い出すんだ。「動かない敵に痺れを切らせてすぐ一か八かの勝負にしようとするのはお前の悪い癖だ。戦場では、失敗したら死なんだぞ」、とよく言われた。


 そうだ、そうだよ。私はこの男の戦いを一度も見ていない。しかし、この男は私の戦闘を遠くから見ていたのではないか?そして私の剣技を全て把握したうえで、誘っているのかもしれない。これは、罠だ。相手のこともよく分からないのに誘いに乗るべきではない。うん、そうだ。


 だが、お互い動かないままだといつまでたっても決着はつかない。早く勝負を終わらせないと、プリクト侯爵に逃げられるのかもしれないのだ。だが、誘いに乗る訳にもいかない。ならば……フェイントだ。


 私の得意技は面と胴(上から頭を斬るのが面で、斜め上から男の右腹を斬るのが胴)。とりあえず、面を見せてやるか。


 少し、剣先を上げる。ただし、素早くだ。すると、男も少しだけ剣先を上げた。視線の先は……私の手。出がしらの小手(手から手首の辺りを打つこと)を狙っているのだろうか。フェイントと分かると露骨に舌打ちし、後ろに五センチほど下がった。


 お互い足を動かす中で、再び私の射程範囲内に入った。今度は、足を少しだけ前に滑らせる。今回もフェイントだ。


「――――ッ」


 しかしその瞬間、男はフェイントだと気付かなかったのか釣られて剣線を上げてしまった。迂闊、と男が思わず漏らす。もちろん私がこんな機会をやすやすと見逃すはずもなく。剣線が上がって空いてしまった胴を狙い、前に踏み込んでいる。今更小手を打ってももう遅い。終わりだ。


 人肉の感触が剣を通して伝わってくる。男は小手を打つのを諦めて回避しようとしたようだが、時既に遅し。致命傷には出来なかったが、ほとんど勝負は決した。もちろんだからといって油断したりはしないが。


 男は痛みを堪えて面を打ってきた。私は男の腹を抉った大剣を引き戻して、守る。男の面を受けた私は、手首を返して逆胴(相手の左腹を斜め上から斬ること)を打った。男の顔が苦悶に歪む。


 今だ。


 私は腕を引き、そして思い切り突いた。男の首を大剣が貫く。勝負は、決した。私は大剣を横に薙いだ。首が転がり落ちる。


「プリクト侯爵。終わりだ」


 残った三人の護衛達は、私に相当怯えている。剣先を向けると、一人が尻もちをついた。無様だな。あの

護衛の男を見習えば良いのに。


「ヒィッ……うあぁぁ!」


 怯えた護衛の一人が、恐怖に耐えかねて飛び出してきた。それを一刀のもとに斬りふせると、男たちはまた半歩下がった。怯えきっている。


 そう判断した私は、まだ立っている男に面を打った。剣と剣をぶつけて守ろうとしているが、遅い。守る前に大剣が頭に届いた。次に、尻もちをついた男の首を斬りおとす。これで護衛は居なくなった。


 しかしここでプリクト侯爵は意外にも逃げたり、ましてや尻もちをついたりなどしなかった。逃げられない、自分はもう死ぬんだと分かったのかもしれない。諦めたような顔をして、口を開いた。


「まさか、お主の様な小娘に殺されるとはな。旗揚げした時は思いもしなかった。フッ。ここで命乞いをするなど誇り高き貴族である儂にはできぬ。一思いに、殺せ」


 その言葉を聞き、私は躊躇なくプリクト侯爵の首を斬りおとした。逆賊は逆賊だ。首が、まるで鯨の潮吹きのように血を噴き出しなが地面を転がる。私はその血塗れの首をまたも天高く上げて、声の限り叫んだ。


「敵将が一人、プリクト侯爵を討ち取ったり!」


 勢いは伝染する。それを聞いた王国軍兵士は喚声を上げ、それを聞いた敵軍兵士は後ずさった。


「シュマン、よくやった」


「は!ありがたきしあわせ!」


 後ろから来たブルゴー様が労いの言葉をくれた。いつの間にか援軍として来ていたようだ。私の憧れの一人だ。いつかは、こんな強い人になりたい。


 さて、ブルゴー様が来たということはここが主戦場だ。


「ブルゴー様。ここを、突破するのですか?」


 ブルゴー様はああ、と答えてその顔に笑みを浮かべた。そして、全軍に聞こえるように大声を上げて言う。


「皆の者!敵の策は封じた。あとは突破するだけだ。迫りくる敵をぶち殺して、逆賊シャルロワを討つぞ!」


 戦場の空気が変わった。

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