第2章第9話 激突
「――――ッ。―――のッ」
ん?
「秘書殿ッ。起きて下され」
ああ、そういや戦場で仮眠してたんだっけな。
「あとご……なんでもない今起きた」
兵士のおっさんに叩き起こされ、俺は渋々目を開く。あと五分、と言いそうになったがそんなふざけたことを言える空気では無かったので自重した。なんだか、妙に空気がピリピリしている気がする。
「それで?何が起こったんだ?」
辺りを見回すと、隊長レベル(百人程度の部隊の長が隊長)の武官がチラホラ集まってきている。ジルはいつもの悩み顔で、ブルゴー騎士団長は俺を睨んでいるのだ。なんでだ?
「シャルロワ軍が戦場に着くなり攻撃を仕掛けてきたのです」
おっさんが声を抑えて言う。
「ぇ? 何故に? …………、クソッ」
俺は絶句したが、すぐに正気を取り戻して状況を把握した。要するに、敵さんは見事に俺の予想を外してくれたのだ。だからブルゴー騎士団長に睨まれたのか。俺は自信満々に予想した敵の攻撃してくる時間が見事に外れて赤面ものだよ。畜生。
すると、集まってきた武官たちが急遽設けられたっぽい椅子に座り、軍議が始まった。誰かが軍議を始めると言った訳ではないが。そこら辺は場の空気とノリである。
「シャルロワは一万の兵で囮部隊を攻め、残り一万を自ら率いて我々の対処をするようだ。既に囮部隊は押されており、時間にあまり猶予は無い」
「では、我々は当然シャルロワの首を目指してこのを駆け下り、敵軍と激突するのですよね」
武官の一人が言った。もちろん、そんなことは言われなくたって誰でも分かっている。だが、俺は即時開戦には反対だ。もう少し様子を見たい。
「うむ。無論じゃ。しかし、儂はもう少しシャルロワの動きを見定めたいと思う。もうすぐ、儂の放った間者(敵軍などに交じって情報を集めてくる人のこと)がシャルロワ軍の陣容を伝えてくれよう。動くのはそれからでも遅くはない」
俺の言いたいことは全部ジルが言ってくれた。ま、事前に話しておいたから当然なんだけどね。ちなみに間者=諜報員である。
「時間に猶予が無いのでは?」
また別の武官が畏れ多くもジルに向かって問いただす。ジルに対して反感がある訳ではなく、単純にさっさと戦いたいだけらしい。
「いや、少なく見積もっても三時間くらいは持つだろう。慌てるほどではない」
ジルが丁寧に言葉を返すことによって、軍議に一瞬の空白が空く。その隙を見計らって俺は今日初めての発言をした。
「陛下。シャルロワ軍を攻める際、陛下はどうなさるおつもりですか?」
「うん?決まっておろう。全軍を率いて最前線で剣を振るう」
やっぱりか。亮は心の中でひそかに毒ずいた。
「しかし、囮部隊に陛下が不在であることをシャルロワが気付けば、敵が反転してくる可能性も有るのですぞ。陛下が戦場に躍り出るのは、最後の最後にした方が良いかと」
これに気付いたのはついさっき。俺馬鹿じゃん。
「一理はある。だからといって、儂と近衛兵五百を使わないのは勿体なく無いか?」
そうだな。どうしよう。考えてねー。その五百を別の所で使うか?いや、むしろジルの言うとおり戦場に投入していいかもしれない。考えるんだ。思考、思考、思考……。
「いえ、陛下とその近衛兵五百には、囮部隊の北を迂回して、シャルロワ軍を真後ろから奇襲していただきたい。さすれば、東と西から挟みうちに出来ます」
囮部隊千人の南には二万人ものシャルロワ軍が相対している。そして、そのうち一万人は囮部隊に対して、残りの一万人は東にある山に潜む俺達伏兵に対して攻撃態勢をとる。俺達は後者と戦うのだが、シャルロワは本陣を西の方に構えているのは明白だ。
(通常、大将は敵から遠い所に位置する)ならば、そのノーマークの西から更なる奇襲を仕掛ければどうなるか。敵は混乱するだろうし、あわよくばシャルロワを討ち取れるかも知れないのである。まさに盤上この一手!
「なるほど。近衛兵は全て騎馬隊で揃えられているから移動も速い。敵に奇襲を悟られる前に攻撃を仕掛けることも不可能ではない、ということか」
ブルゴー騎士団長が大きく頷いた。感心しているようだ。まあ、近衛兵の質があってこその策なんだけどね。他に発言者は居ないようなので、ジルは軍議を纏めようと口を開いた。
「では、リョウの作戦に異論は無いな。ブルゴー。お主に三千五百の指揮を任せる。儂は五百の近衛兵を率いて奇襲するが、儂が奇襲する前にシャルロワを討ち取るほどの気慨を見せてくれ」
「かしこまりました国王陛下」
「では、諸君。健闘を祈る」
ジルは立ち上がり、護衛のリッツと共に陣営から立ち去っていく。俺も着いていこうとしたが、ブルゴー騎士団長に手を掴まれた。え?どゆことや。そうこうしている間にジルは行ってしまった。
「これから陛下が行かれるのは戦場です。貴方は戦えるのですか?」
ブルゴー騎士団長は詰問するように言う。俺が気圧されながらも「いや」と答えると、ブルゴー騎士団長は再び口を開いた。
「では、私の傍で軍師でもやって下さい。…………せいぜい、ね」
後半部分はよく聞き取れなかったけど、言葉に毒が入っている気がするな。ま、いいか。
分かりましたと俺が了承すると、ブルゴー騎士団長は少し間を開けて周りの武官に「行くぞ」と一声かけた。いよいよ、敵軍とぶつかるんだなぁ。
ブルゴー騎士団長は、兵士の差し出した凄そうなオーラを放っている馬に乗る。「セキトバ、行くぞ」と言っていたが、まさか呂布さんのあの馬パクった訳じゃないよね?
「俺は?」
ブルゴー騎士団長に聞く。俺馬なんて無いぞと。すると、ブルゴー騎士団長はかぶりを振り、そして仕方なさそうに答えた。
「兵士にでも交じって戦って下さい。陛下ではありませんが、健闘を祈ります」
え。
絶句した俺をブルゴー騎士団長は待ってくれないようで、ヒヒーンと叫ぶ馬に乗って何処かへ行ってしまった。周りでは兵士が忙しそうに動いている。俺を心底邪魔そうな視線で睨みながら。
俺、どうすればいいわけ?
敵軍、四千弱の軍勢が東の山から駆け降りてきた、と注進が入った。シャルロワ軍は手筈通り速やかに動き、たちまち鶴翼の陣が完成する。
そして、激突。敵はシャルロワ軍の右翼に対して攻撃をしてきた。指揮するのはブルゴー。流石は王国一の武人、見事な用兵で右翼を翻弄している。兵力でいえばほぼ同数。質も将も上のブルゴー軍が圧倒するのは当たり前のことだ。
「じゃがのう、戦はそんなに甘いものではないのだよ若造が」
シャルロワは呟く。
使者を出して、左翼の諸侯に敵を横から攻撃するよう指示した。ブルゴー軍は一瞬押されかけたが、すぐに軍を立て直しシャルロワのいる方向へと猛進を始めた。そこからは互角の戦いが繰り広げられており、そして攻めてであるブルゴー軍が少し押している。
だが、シャルロワは意に介さない。なぜなら、これはあくまでも局地戦。敵本陣を潰せば勝ちなので、たとえ押されていたとしても大丈夫なのだ。
「さて、そろそろ敵本陣も落ちるかの」
シャルロワは勝利を確信していた。一万対一千。勝敗は目に見えている。ニャックルツッペリ伯爵からの勝利の注進を今か今かと待っていたのだ。
そして走ってきた注進の使者。しかしその顔はあまり晴れやかでない。その表情の暗さにシャルロワが疑問を持つ前に使者は口上を述べ始めた。
「ニャクルツッペリ伯爵軍、苦戦しています!流石精鋭、敵の守りは堅く却ってこちらが被害を受けている状況です。攻め崩すにはまだ時間が必要。そう、ニャクルツッペリ伯爵は仰っていました」
「――――ッ」
絶句。
一万対一千で苦戦。シャルロワの頭は一瞬吹き飛びそうになった。あり得ない出来事なのだ。
スー、ハー。シャルロワは目をつむって一回深呼吸した。
目を開いた時にはもう混乱は収まっていた。この想定外の報せにどう対処すればいいか思考にふける。
ニャクルツッペリ伯爵の力量が予想外に低かったのか、敵の強さを甘く見ていたのか。ともかく、シャルロワがミスをしたのには変わりない。その額から汗が滴った。二万対五千という兵力差で敗北を喫したら、たとえマクシムを王とする新政権が勝利してもシャルロワの立場は危うくなる。己の保身の為にもここは負けるわけにはいかなかった。
「ニャクルツッペリに告げよ。三十分で敵を撃破せよ。一時間経っても撃破できなければ貴族の位を剥奪し、二時間経っても撃破できなければ打ち首にする、とな。折角立身出世の機会を与えてやったのだ。もちろん失敗は死。あやつとてそれ位は分かっておるじゃろう」
使者は顔を蒼白にし、君主であるニャクルツッペリのもとに走っていく。シャルロワは本気だ。今まで苦労して築きあげてきたものをここで失う訳にはいかない。
「さて、どうするかの」
シャルロワはすっと目を瞑った。これは本気で集中している時に出る癖の様なものである。
敵本陣を潰すまでには時間がかかるだろう。それまでシャルロワは敵の猛攻に持ちこたえなければいけない。敵は寡勢だが精鋭。精一杯戦略を張り巡らし、陣頭に立って指揮しなければ敵の本陣を潰す前にシャルロワ軍の本陣が壊滅してしまう。
シャルロワは、ここにきて何故か高揚感を覚えていることに気付いた。久しい感覚。自分でも無意識のうちに顔に微笑を浮かべていた。
いやはや、遂に戦争が始まりました。早速読みが外れる亮。しかも殺し合いはおろか喧嘩すらほとんどしたことの無い亮は戦場に放り込まれてしまいます。あら大変。
さて、今回の戦争シーンは、ブルゴー騎士団長、シャルロワ、亮、等様々な視点で描いていくと思います。