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異世界の智将  作者: トッティー
第一部 血風編
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第1章第1話 現実逃避の素晴らしさについて

 ん、ここは何処だ……?


 目に入ったのは花の絵柄。俺の体に覆いかぶさっている。柔らかくて温かい。毛布のようだ。ということは俺ベットで寝ているのか。


 そういえば、さっき通学途中に変なトイレに近付いてたら……その後の記憶が無い。気を失ったのかな。誘拐されたのにしては、ベットがいささか高級品だ。恐らく、気を失って倒れた後近所の人に発見されてベッドで寝かせてもらっているのだろう。


 原因不明の昏倒。存在しない記憶。未知の空間。何だか気味が悪くなって首を回すと、丁度俺の後方に金髪のプレイボーイが足を組んで椅子に座っていた。


「もう起きたかな?」


 金髪の青年が、大人の男にしてはいくら高い声で軽やかに声をかけてきた。どうやら、この人が助けてくれたらしい。


「は、はぁ……あの、貴方が助けてくれたのですか?」


 この金髪の青年は二コリと笑った。うわあ、輝いているよこの人。後光が差してるのが見えるし。ニコポされるヒロインの気持ちが少しだけ分かった気がした。


「うん。そうだよ。」


 やはり、この人が助けてくれたらしい。


「ありがとうございます」


「いや、お礼を言われることはしてないよ。そういえばかれこれ一日間寝ているけど大丈夫? お腹空いてるんじゃないかな」


 一日も寝てたのか。流石の俺でも寝すぎだろ。最長睡眠記録(二度寝はなし)だってまだ14時間だ。そのときだって三日連続で徹夜した後の記録なんだから。

しかし、何故だか俺のお腹は空いていない。起きたばっかりだからかな。


「いえ、大丈夫です」


 そういえば、この状態は一体何なのだろう。正直この人医者にはとてもじゃないけども見えない。まずここは高級ホテルの一室みたいだし、服も白衣ではなくて豪華な洋風のものだからだ。ただ、洋風にしては古いデザインのような気がする。気のせいか?

 それに、この高級感溢れるベット。何がなんなのやら、分かりませぬ。


「あの、ぶしつけかもしれませんが、あなたはどなたですか?」


 彼はそういえば、と呟いて答えた。


「そういえば、君に分かるはずもないか。失念していたよ。なんせ、君は、異世界人なのだからね」


 え?


「僕の名前は、カタパルト王国の第一王子ジル・カタパルトだ」


 ハア?ナニイッテルンデスカコノヒトハ?


 いや、待て。良く考えてみよう。思考を放棄するのは良くないことだ。今この人は自分を王子だとかなんとか言った。いや、おじさんと言っていたのか。なんだ、俺の聞き間違いね。そうかそうか。おじさんかぁーー。


「って、二重の意味で納得できるかーーッ」


 何この人。頭狂ってる。この超絶クールな俺にノリ突っ込みをさせるとは、なかなかの腕前や……。


「だから、王子だよ王子。王子様」


 死ねキチガイ。


「流石にいきなり納得させるのは無理か」


 何コイツ。いかにも自分が正しいのに相手が分かってくれなくて困ってる感じにしてるけどさ、おかしいのはお前だぞ。


 折角美形で性格も良さそうで好感持てたんだけどなー。流石に王子を自称するとは、余りにも痛々しい。


「とりあえず、自己紹介から始めようか。さっきも言ったけど、僕の名前はジル。君は? あ、そうだ。タメ口でいいよ。殆ど同じ年齢だと思うし」


 …………。もう何も言うまい。てゆうか、最初の方の尊敬が一気に無くなった。


「俺の名前は、吉田亮。まあ、亮とでも呼んでくれ」


 あっさり尊敬語からタメ口に変えた俺の言葉を聞き、ジルは思案顔になった。俺が生意気なのか? 断ってもらいたかったのかもしれない。まあ、なんにせよ電波に尊敬語なぞ話さないが。暫くして、何か良いことでもあったのかいきなり顔を明るくした。変な奴だ。


「そうだね、質問だけど君がここに来る前何か起こったの?」


 記憶を辿る。


 今日は高校の入学式。通学途中尿意が切迫してきたので、通学路の傍にあった公園のトイレに入った。入った所までの記憶はあるが、そこからの記憶はゼロである。


「へえ、ツウガクが何のことだかは僕もよく分からないけど、大体分かったよ。トイレって、トイレットのことだろ? でさ、君、ここが異世界だって信じられるかい?」


 通学が何のことか分からない?ここは異世だと信じられるか?こいつ電波じゃないのだろうか。良い人そうではあるけれど、電波さんとは話が通じんぞ。


「いや」


「魔法があるってことは?」


「いや」


「このアリア大陸の存在は?」


 しつこい。


「はいはい、知ってますよ知ってますよ。もういいから説明に移れよ」


 ジルは残念そうな顔をする。この電波さん、俺に流されたことが不満ならしい。つーかどうでもいいけど美形だな。見たことねえぞこんなイケメン。笑顔振りまけば女が十人は寄ってきそう。やばい。殺意がわいてきた。


「はあ、やっぱり見せないと納得してくれないか。でも、面倒くさいんだよなぁ、この魔ほ……ってそれやめて!その目。怖いよえーーーー、えーーーーっと。リョウ? だったよね。あれそうじゃなかったか」


「名前忘れるなぁボケェ!亮で合ってるわ」


 やばい、素が出てきた。危うく手が出てしまうところだった。相手は初対面だし、こんな電波でも俺の恩人であることには変わりない、だろう。多分。やりすぎは凶である。調子に乗って親しげに話すのは良くない。いくらジルから良い人オーラがぷんぷんしていても、だ。


「じゃあ、魔法見せるね。そうすれば亮も少しは僕のこと信じてくれるでしょ」


「は?だからもうい


神の炎よ、燃え上がれ(ハーレーン)!」


 一瞬の沈黙。そして虚空に向けて突き出されたジルの手に何か光のようなものが集まる。そして、掌の一メートル程上空から炎が噴出した。これは、魔法? 信じられないが、確かにそこに在る。二メートル離れているのに、暑くてたまらない。


 5秒ほど炎を顕現させた後、炎は消えた。視線をジルに移すと、ジルは汗をビショビショにしていた。暑かったのだろうか。手を額に当てると、俺も汗をかいていた。


「ハア、ハア。疲れた。とりあえず、魔法のことは信じてくれた?」


 今のなんかのトリックかなぁ。いや、分からない。まず、ジルが俺を騙す理由が無い気がする。それに、今の火は確かに熱かったがそれでもこんなに汗はかけない。自分の汗の量を調節できる人もいるらしいが流石にそれは無いだろう。


「微妙」


 でも、信じきれない。だって魔法だよ? ありえないでしょ。それよりはまだ幻覚を見せられていると言われた方が説得力がある。


 ふむ。


「じゃあさ、太陽が二つあるって言ったら信じる? 君の世界に太陽っていくつあった?」


「そりゃ、一つだが。本当に二つあるのなら、信じるぜ」


「じゃあ、ベットから出て。そこに窓があるから」


 ベットから出ると、俺はこの部屋の異常さに気がついた。まず、広い。学校の一教室ほどの大きさだ。そして、壁にはなんか凄そうな絵画が掛けてあった。なんかもう、俺みたいな小市民がいてはいけない雰囲気だ。いたたまれない。


「で、窓はそっちか」


 一目、太陽は一つにしか見えない。え? 期待させておいてこれかよ。おいおい。


「んだよ。ねーじゃんか」


「いやいやあるって。ほら、右に少し膨らんでいて綺麗な円になっていないだろう?」


 何だ、やっぱ妄言か。じゃあさっきの炎は何だったんだろう。と、興味を失くした俺。ジルがせがむので、仕方なくもう一度見てやった。すると。


 確かに、太陽の右の部分の輪郭が少し違和感あるな。ん? 確かに良く見ると、ちっちゃな太陽がもう一個あるぞ。それってまさか……


 太陽は、二つありました。







「で、信じたかい?」


 そりゃ、信じるしかないだろう。それにしても、魔法なんて、異世界なんて、あったのか。最近超能力者関連の話題がテレビでやけに出てたけど、あれってガチだったの?


「まじかよオイ」


 何故だか、笑いがこみあげてきた。人間は許容できない驚きを覚えると笑えるらしい。まあ異世界に来てしまってはキャパ越えするのも当然だろう。やべえ、頭がボーっとしてきた。


「なあ、そういえば何で俺が異世界人だって気付いたんだ? この世界にも日本人……俺みたいな容姿の人はいるだろ?」


 試しに質問してみる。

                                     

「過去に異世界から来た人物は君と同じように独特な魔力があるからね」


 え?召喚?


「え?俺って迷い込んで来たんじゃないの?」


「う、うん。わざとじゃないんだけど……ちょっとした事故が起こったんだ。ごめん」


 まじかよ。感謝して損した。


「そうか。あのさ…………俺は、元の世界に帰れるのか?」


「分からない」


「分からない、だと?」


 何言ってるんだよこいつは。お前、分からないってどういうことだよ。


「ごめん。召喚したことについては謝る。でも、僕は君を召喚するつもりはなかったんだ。本当は召喚獣を呼び出すつもりだったのに、何故か君が出てきて。そもそも召喚獣を元の世界に戻すなんてことしないから、」


 焦っているのか?口調が饒舌になっているぞ。いや、俺の怒りに困惑しているようだ。だがそんなのどうでもいい。この反応だと、多分帰れない。もしも帰れる可能性が少しでもあるのならそれを言うはずだ。なんせ俺はこんなに怒っているんだから。


「ふざけんなよ!」


 言葉にならない。うまく言葉を発せない。冷静な自分が居る一方で、激昂している自分も居るようだ。俺はジルの首に掴みかかった。こいつが国王だろうが金持ちだろうが、関係無い。こみ上げてきた怒りをコイツの為に抑えるなんざ、まっぴらだよ。


 だが。ジルの反応は俺の驚くものだった。


 土下座。


「本当にごめん!この通りだ」


 恐らく、俺がこんなに怒るとは思ってもみなかったんだろう。表情に焦りが生じている。


 許したわけではないが、怒りが冷めた。ここでこいつを追求しても意味は無い。その代わりに、今度は怒りとはまた別の感情が湧く。これは、なんだろう。怒りを通り越して呆れたのだろうか。否。そうではないな。これは、


「いいよ。出て行ってくれ」


 これは悲しみ。もう、家族には会えないかもしれない。友達にも、もう会えない。


「いや、でも「一人にさせてくれよ!」……分かった。もう出ていくよ昼ご飯は、またあとで運ばせるね」


 パタン。扉の音が、俺の心に響く。何だか、ジルが消えてこの部屋は急に静かになった気がした。俺の心の問題だろう。




「もう、会えないのかな…………」


 父、母、兄、妹、佐野、飯田、原口、山本。家族や友人の顔が次々と思い浮かぶ。走馬灯、ではなく。別離。俺は、良く分からないこの世界で生きていかないとならないらしい。だったら、もう、あいつらには二度と会えない覚悟をしなければならないだろう。


 やけに冷静な思考をする自分に驚きながらも、俺は一人涙を流した。

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