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異世界の智将  作者: トッティー
第一部 血風編
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第2章第6話 秘策

「第一段階。ブルゴー騎士団長の仰った作戦、仮の名を山道作戦としますが、それを利用します。正しく言うと、山道作戦を私たちがするとシャルロワに思い込ませて裏を書くのです」


 これは、今思いついたもの。俺の秘策と組み合わせれば、より勝率が上がると読んだ。思考、思考、思考……


「まず第一段階。タケチュリア山道入口付近に千人の兵を置きます。この時絶対に人数は秘匿して下さい。この場合予測される敵の行動は三つ。馬鹿みたいに攻めてくるか、抑えの兵を二、三千人程置くか、あるいは警戒して五千人程抑えを置くか。一つ目なら山道作戦で済みますし、二つ目なら抑えの兵を蹴散らして敵の背後に回ることができるので問題ありません。そもそも、敵はタケチュリア山道入口付近の兵数を知らないのですから、半端な数を置くはずがありません。三つ目の手段が正解です。この時は素直に待機して下さい。

この千人は、私達の採る作戦を山道作戦だと誤解させるのと敵の兵数を少しでも減らすのが目的です。もしも完全に秘匿できれば抑えの兵数は増えるかもしれないので、心がけて下さい」


 考えながら喋る俺に周りはそんな手があったのか、と感心している。まあ、俺の演出した空気に流されているだけだけど。味方用の黒い石を山道入口に一個、そのすぐ南に敵用の白い石を五個置く。右手で白い石を三十個程取り、俺は喋るのを再開した。


「第二段階。ここで敵は選択を迫られるでしょう。二手に分かれて東と西にそれぞれが迂回して進軍するか、固まって東西どちらかに迂回するか。固まって動かれると私達に勝つ見込みはありません。例え五千人を打ち破って挟撃しても所詮は寡勢(かせい)。五倍もの敵に呑まれるからです。良い作戦でも思いつけば別ですが、そんな状況での作戦なんて私には考え付きません。

ただ、敵が固まって動く可能性は限りなく低いでしょう。理由は、挟撃する時に何か私達に作戦があるかもしれないという危惧です。敵は私達が山道作戦を採ると思っているので当然挟撃の時にも何か策があると思うでしょう。実際は無いのですが。一方で、二手に分かれればどちらかが破られてももう片方が進軍できます。どちらの作戦が良いかは言うまでも無いでしょう」


 これは賭けに近い。敵が二手に分かれるはずだという理由は弱く、固まって動かれる可能性も十分あり得るのだ。後でその可能性を潰すのだが、今はまだ考え中。そして、みんなの表情が(くも)る。


「それでは、我々は両方とも足止めしなくてはならないのか? そんな方法がある訳がないだろう」


 髭を生やした武士みたいなおっさんが尋ねる。だが、勿論その点は補強済みなので大丈夫だ。危ねー、「そんな理由じゃ二手に分かれねえだろ」と言われたら返す言葉も無かったよ。


「これから説明しますよ。さて、話を元に戻しますが、第二段階の続きを。

敵が二手に分かれると仮定します。最善の策は、総大将つまりシャルロワのいる方を狙う作戦です。ここで、さっき言った情報の重要性が現れてきます。シャルロワの居ない方と交戦すれば……たとえ勝ってもさらにシャルロワ軍本隊と勝負しなければならなくなります。とにかくシャルロワの居る部隊と戦う為に情報を集めるのです。総大将の居ない軍勢を打ち破った所で、大勢に影響は無いのですから。

さて、抑えに五千人置いているという仮定ですので敵は三万人。これが分かれるので敵は少なくとも一万五千。最悪二万人居るでしょうから、そう仮定します。一方私達は五千人。余った千人にはもう一つの部隊との戦闘を要求します」


 整理しよう。カタパルト王国直轄兵は全部で八千人居る。王城に千人、タケチュリア山道入口に千人、対シャルロワ軍別働隊に千人、そしてシャルロワ本軍に五千人。


 敵を二万人と仮定した理由を一応説明しておく。簡単なことである。その場合が最悪の状態だからだ。将たるもの(将ではないが)、常に最悪の事態を想定しておかなければならない。最悪の事態すら対処できれば、最悪では無い場合でも対処できるのだ。


「そして、第三段階。敵軍との戦闘。一応言っておきますと、ここからが本番です。敵は二万人味方は五千人と、四倍もの敵を相手にしなければならない状況は最悪と言っても過言ではありません。兵力差は、単純に激突した場合と比べて一万三千人減っていますが。


さて、こんな最低最悪絶体絶命の状況から逃れる作戦を紹介しましょうか」


 ゴクリと唾を呑むみんな。十分に間を持たせて、俺は告げた。




「――――国王陛下を囮にし、殺到する軍勢の間を掻い潜り、そしてシャルロワを討つ。簡単でしょう?」


 文字通り囮にはしない。国王が死んだら俺達に正義は無くなる。これは、王位継承権を巡る戦争なのだ。


「国王陛下を囮にするとは……何たる不敬!」


 一人のおっさんが怒髪天を衝くといった感じで俺を怒鳴りつけると、周りの連中も「そうだそうだ」と便乗して俺を叩いた。ミスった感が否めない。言葉をもっとオブラートに包み込むべきだったかも。


 それにしても、ムカつくな。まあ俺も単刀直入過ぎたとは思うけど、みんなで叩くとか酷くね?もうこりゃあイジメだよ。そもそも、他に良い作戦も思いつかなかった上にカタパルト王国軍部首脳の癖して山道作戦の欠陥すら見抜けなかった役立たず共が、調子乗ってんじゃねーよ。


 ん? いつの間にか静かになっているぞ。しかもみんな額に青筋立てているし。


「貴様、誰に役立たずと言った?」


 あれ? 思っていたことが口に出ていた? そんな、このタイミングで……萎え~。もういいや、開き直ろう。一応俺の言っていることは正論なんだし。


「分からないんですか? だから役立たずなんですよ」


 プツン。そんな擬音が聞こえた。


「我々のことか…………我々のことかァァァァーーーーッ‼」


 キレたおっさんは、クリリンをフリーザに殺された時の悟空を連想させた。目が逝っちゃってる。


 ガタン、と机を倒したおっさんが俺の(えり)を掴む。瞬間。


「オイ。何騒いでんだ?」


 底冷えのする声。低く、氷の様なその声はおっさんの体を硬直させた。その目から読み取れる感情は、畏れ。恐れではなく、畏れ。


「ここは軍議場。いかなることがあっても暴れてはならない。分かっていないのか、サルバン騎士団第弐隊隊長よ」


 ジルの奴、キレてやがる。視線が冷たいし。


「も、申し訳ありません……」


 おっさんが殊勝な態度で謝ったのを満足そうに見つめたジルは視線を俺に変えた。危険を察知した俺がすかさず謝ると、物足りそうな顔をしながらもジルは「まあいいだろう」と返した。


「話が脱線したな。以後はこういうことが無いようにやってくれ。で、話を戻そう。とりあえず、リョウはその作戦とやらを説明してくれ。聞くだけ聞こう」


 一瞬にして軍議の主導権を制したジルは俺に話を振った。


「では、恐れながら続きを申し上げます。国王陛下を囮にするということで皆様は大いに反発なされているようですが、無論国王陛下を文字通りに囮にするのではないのです」


 意味が分からない、と言った顔をするみんな。まあ、俺の「国王を囮に」という言葉はインパクトを与える為だけに言ったようなものだから、分からなくて当然だろう。


「一から説明した方が早そうですね。

敵は我々と相対した時、当然ながら数で押しつぶそうとするでしょう。その時、カタパルト王国軍五千人の内四千人を敵軍の横に配置するのです。要するに伏兵。敵が気付かず千人しか居ない本陣に突進した瞬間、横から敵の本陣を急襲しシャルロワを討ち取る」


 一拍置く。できると誰かが突っ込んでくれれば嬉しいのだが、みんな静かに聞いている。仕方ないから、種明かしだ。


「敵はそう思うはずです」


 そう、伏兵なんてばれたら終わりだ。あくまでも奇襲狙いであり、それ故に成功率は低い。それに、


「相手だって馬鹿ではありません。恐らく布陣した時に伏兵の存在に気付くはずです。いや、そのように情報を動かして下さい。そして、ここで国王陛下を囮にします。要するに、本陣に国王陛下が居ると錯覚させて本陣を攻めさせる。しかし、本物の国王陛下は伏兵部隊を率いているので何も問題は無いのです」


 つまり、あえて悪手を取ることで敵が採る選択肢を狭めるということだ。分かり易くじゃんけんで例えよう。何らかの方法で相手に俺がグーを出すと思わせれば、相手は当然パーを出す。そこで俺がチョキを出せば俺の勝ち。現実ではそう巧くはいかないが。


 と、そこまで言ったところで質問が出る。


「何故敵は本陣を攻めると言うのだ?伏兵部隊を潰してからでも遅くないだろうに」


「いえ、間違いなく本陣を攻めます。そもそもシャルロワ軍はマクシム反乱軍の一部に過ぎません。そして、これを機会に国王陛下を討ち取れば大きな戦功になります。しかし、伏兵を破っても国王陛下に逃げられれば大した戦功にはなりません。

また、奇襲など来ると分かっていれば怖くありません。一万人が備えていれば大丈夫。残りの一万人で国王陛下を討ち取ろうとするでしょう」


 シャルロワ単体の反乱なら安全策を取って伏兵から先に潰すだろうが、今回シャルロワはマクシムの家臣に過ぎない。ジルを討ち取ってマクシムの作るだろう新政府での発言力をより一層強めようと考えているのではないかな。それに、聞いた所シャルロワは文官なのに攻撃的な性格だとか。ジルの命を狙うのは間違いないだろう。


「ここで味噌なのがまたしても情報です。伏兵の存在はばれなければいけませんが、その数までは知られてはなりません。本陣にしても同様です。千人しか居ないと分かれば一万人も投入してくれないでしょうから。

本陣に居る兵士の数が分からないシャルロワは一万人程を投入してくるでしょう。たとえ五千人いても圧倒できるように。そしてシャルロワの周りに残ったのは一万人。我々は四千人。やるべきことは決まっていますよね。

そう――――正面決戦です」


 ゴクリ、と唾を呑む音が聞こえた。


「罠のある場所は避けます。山から降りて、我々の本陣とはシャルロワ軍の本陣を挟んだ反対側に布陣。そして、突撃。

あとは皆様の仕事ですよ。当初あった二万五千もの兵力差は六千にまで減りました。たったこれだけの兵力差。もう小細工は必要ありません。ただただ、押し潰すだけ」


 質はこっちの方が圧倒的に高い。敵は罠のある場所に特攻するのだと思っているだろう。その意表を突けば、ペースもこっちが持っていける。


 とは言わない。今はみんなのテンションを挙げるのが最重要事項。後で付け加えればいいのだ。まあなんにせよ、ここまで運べれば俺達の勝ちだ。


 俺は不敵な笑みを浮かべた。それと同時に、ジルが喋りだす。


「流石は、儂が目を付けただけのことはある。皆の者、この作戦に異存は無いな?」


 ちゃっかり自分の手柄にもしてジルはみんなに問いかける。もちろん、反対意見なんて挙がるはずもなく。俺の発案した作戦は『分断作戦』と名付けられ、採用されることとなった。








 五日後、戦いの火蓋が切って落とされることとなる。それは、長く続く『ビスケット紛争』の幕開けだった。

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