第2章第5話 愚策
「では、軍議を始める」
ジルの凛とした声が軍議場に響く。軍議場に閣僚は武官しか居ない。貴族である文官は殆どが故郷で兵を集めているのだ。ジュネ歩兵軍団長が居ないので、今居る閣僚はブルゴー騎士団長とハンナ大魔導師の二人ということになる。あとは、副団長とかそこら辺の階位の武官である。
「南でシャルロワが率いる軍は三万五千。対して我々は精兵とはいえ八千。城を出れるのは七千に満たない。良い作戦が無いか、皆は知恵を振り絞ってくれ」
意外なことに「適当に攻めれば勝てるじゃろー。ワハハハハハ」とか言う馬鹿は居なかった。誰も喋らない。ブルゴー騎士団長も気難しい顔をして唸っている。俺はさっき作戦を思いついたのだが、こんな空気で言っても注目は集まらないだろう。雰囲気が(悪い意味で)最高潮に達した時に言うから「コイツ凄ぇー」となるのだ。
「兵力差だけを伝えられてもなかなか思いつかないだろう。地図を出す」
ジルが俺に目配せをした。地図を出せ、という合図だ。俺は倒しておいた地図を立てた。大きいテレビみたいな感じの地図で、遠くからでも分かるようになっている。そして、俺は磁石のように地図にくっつく小さい玉(囲碁の碁石のような形をしている)を配置する。白色のがカタパルト王国軍、黒色がシャルロワ軍である。一つ千人として配置しているので、ビスケット街道が黒色で埋まった。敵は多いな、と改めて実感したのである。
「何か無いか?」
視線が地図に集中する。皆必死に考えているようだ。だが、名案が浮かんだ人はまだまだ現れない。
二、三分ほど静寂が続いたが、不意にブルゴー騎士団長がその静寂を破った。
「国王陛下。発言をお許しください」
「うむ」
「私は、タケチュリア山道出口で交戦するのが上策だと思います。ここは狭いので、兵力の差があまり関係有りません。しかも、タケチュリア山道は我々に近い場所にあります。罠をかければより効率的に敵を蹴散らせるでしょう。そのうち、敵も諦めて撤兵するに違いありません」
成程。投入できる兵力が制限される狭い場所で戦えば、質の高いカタパルト王国軍が圧勝できる。罠もバンバン使って殺しまくれば敵も諦めるだろう、ということか。ブルゴー騎士団長頭良いなー。こりゃあ、俺の秘策を使わなくても大丈夫かもしれない。無理に俺の意見を押し通す必要なんて無いんだし、これでいいかなぁ。
「では、どうタケチュリア山道出口に誘導するのだ?敵も馬鹿ではあるまい」
ジルが疑問を呈す。その問いに、ブルゴー騎士団長は誇り気に答えた。
「タケチュリア山道入口に敵が分かるように兵を配置します。山道を避けて迂回したら背後を取られるので、恐らく交戦することになるでしょう。そこで、ちょっと戦ったらすぐに逃げるのです。当然、敵も追うでしょう。山道を出て迂回すれば、結局背後を取られることになるのですから。そして、結局我々の布陣するタケチュリア山道付近に辿りつくのです」
成程。全軍を二つに分けて誘導作戦を行うのか。少勢が分裂をするのはタブーだが、そうも言ってられまい。仕方無いのだろう。ん?
「成程。この作戦ならば、敵を蹴散らすこともできるだろうな。流石はブルゴー」
待てよ。俺は重要なことを見落としてないか?俺達が分裂できるってことは……
「ありがたき幸せ」
敵も分裂できるのだ。
そうだ。そうだよ。将棋盤をひっくり返せ。あいつらは三万五千人居るんだ。半分の一万七千人になったって、七千人しか居ないカタパルト王国軍にそうは負けまい。そもそも、誘導部隊を見た時点で抑えの兵を置いて迂回するかもしれないじゃないか。こんな作戦全然凄くない。
「他に、意見はあるか?」
ふと軍議場を見渡すと、圧勝ムードになっていた。ブルゴー騎士団長万歳!って感じ。ここで反論したら俺KYじゃん。いや、ここはとことんKYになるべきだ。できるだけ自信ありげに言えば、なんとかなるって。よし、行ける。
「国お「た、大変です!」――――ッ」
俺の声を遮ったのは連絡係の兵士。またまた血相を変えて、今度は何があったんだよ。
ジルもそう思ったのか、兵士に顎で促した。だが、兵士が言ったのは予想外の出来事だった。
「マクシム・カタパルト様が、返り忠をしました!どうやら、シャルロワ軍はその分隊に過ぎないようです」
カタパルト王国の不幸属性半端ねえな。思わず「不幸だーッ」って叫びそうになっちゃった。流石に自重したけど。
「詳細を」
ジルは冷静に対処している。ギルさんに貰った喝が効いているのかな。普通だったら発狂レベルだろ、この事態。つーか、発狂しているおっさん居るし。いや、どちらかというと憔悴かな。
さて、ここで何故マクシムの反乱がヤバい事態なのか説明しよう。まず、マクシム・カタパルトという人間はジルの従兄弟である。要するに、皇族ってこと。しかも、皇位継承権も持っていてジルの次に偉い皇族なんだ。かつてはジルとマクシムのどちらが皇位継承権を得るかで議論になったらしい。そんな人が敵に回ればどうなるか。簡単である。士気が落ちるのだ。
ただの貴族が敵に回るのとは違う。さっきまでは「敵の圧倒的優勢だけど、こっちは王国側なんだから俺は正義なんだぞ!」だったが、今は「王位を争っていて、こっちが圧倒的敗勢って無理じゃね」である。分かり易く幕末風に言うと、錦の御旗をこっちだけが持ってる状態からお互い錦の御旗を持っている状態になるという訳。
その上、同じ理由でシャルロワに根回しされていない保守派過激派の貴族でも敵になるかもしれないのだ。絶望するのには十分過ぎる情報である。
だが、まだ俺にはあの秘策がある。少々予定が狂ってしまったとはいえ、まだまだ勝利の可能性は捨てがたい。不幸絶望何でもいいぜバッチコーイ!
「マクシム軍は総勢八千。それをジュネ歩兵軍団長率いる総勢一万が食い止めているようです」
つまり、いずれ東は破られるということらしい。東の豪族カール一族の一万人が到着したら、フルボッコ大会が始まるからだ。それ以前にマクシム軍を撃破できれば話は別だが、不意を突かれたジュネ軍にそれを期待するのも酷だろう。
「くっ。……厳しいな。だが、やることは変わらない。偉大なるカタパルト王国を裏切った逆賊共を片っ端から打ち破るのみ!違うか?」
ジルの自信に溢れる声にみんなの顔が喜色に輝く。益々気まずくなるばかりなのだが、言わざるを得まい。
「秘書という身分で恐れながら、国王陛下に申し上げたいことがあります」
出来る限り明るい顔で、この空気をぶち壊すべくジルに声を掛けた。ジルは「うむ。何だ?」と答える。何を勘違いしたのかジルは喜びを隠し切れていない。俺が「実は味方があと少しで現れるのです」と言うのだとでも思ったのかよ。
周りの視線が俺とジルに注目し、軍議室に静けさが戻る。本来軍議中秘書が口を挟むのは御法度なので誰かに止められると思ったのだが、周りもジルと同じ勘違いをしているらしく何も言ってこない。
「これは、王国直臣の皆様にも聞いてもらいたいことなのですが……」
ここが勝負。勇気を出すんだ、俺!
「ブルゴー騎士団長の仰られた作戦なのですが、その作戦が成功する確率は極めて低いと思われます」
プレッシャーから逃れるべく早口で言いたいのを我慢し、余裕を見せるように俺はあえて勿体ぶった言い方をした。周りは驚き、声も出ない様子だ。ここは畳みかけるか。
「皆様はどうやら勘違いをしているようですね。ブルゴー騎士団長はカタパルト王国軍を二手に分け片方が誘導する作戦を仰りました。ならば、敵も軍勢を二手に分ける可能性は考えなかったのですか?例えばすでに二手に分かれて進軍しているとか。例えば抑えの兵をタケチュリア山道入口付近に残して本隊は迂回するとか」
「くっ……しかし」
ブルゴー騎士団長が言い訳がましく口を開く。ここは一喝。
「しかし、何だと言うのですか?」
いやらしく聞き返す。
「…………ッ」
想定通り。ブルゴー騎士団長は何を言っても俺に鋭く切り返されると思い喋れない。これで周りには俺の優位をより印象付けられただろう。
「この作戦の成功率は一割にも満ちません。逆賊シャルロワがこんな罠も見抜けない馬鹿だったら勝てるかもしれませんが」
相次ぐ駄目だし。言い過ぎたかも、周りの反発を無用に大きくしているだけじゃね?とも思うが仕方が無い。このキャラを突き通すぜ。そもそも、この言葉は俺の台本をそのまま音読しているだけなのだ。俺の予想だと次は……
「では、貴様にこの案を超える作戦があるとでもいうのか! あるのならば言ってみろ!」
とブルゴー騎士団長に言われる筈だ。実際俺に怒鳴ったのは副騎士団長の女性だが、細かな差異は気にせず。
「ありますよ、勿論。なんなら、言ってみましょうか?」
副騎士団長の女性への挑発。何故さっさと言わないのかというと、そういう空気ではないからだ。
詳しく言おう。俺は副騎士団長の女性(以降副子さんとする)に秘策の内容を聞かれたのではなく、「てめえどうせ良い作戦考えて無いんだろ?人の揚げ足とるなよクソ野郎」とこんな感じのニュアンスで怒鳴られたのだ。ならば、今秘策を言うよりも内容を聞かれてから言った方が良い。
「あるのならば言ってみろと言っただろう! 耳でも壊れているのか?」
副子さんは怒気をはらませて俺を罵倒する。みんなも困惑よりも秘書の分際で揚げ足を取られた怒りが勝ってきている様だし、そろそろかな。
「では」
立ち上がり、隠してあった指示棒を取り出す。秘策を説明する為に地図の横に立った。みんなの視線が集まって緊張するなぁ。こんな状況小学校の頃のスピーチ以来だよ。
「国王陛下。我が秘策を説明してもよろしゅうございますか?」
蚊帳の外に居たジルにも一応確認を取る。「うむ」と答えたジルの目にもやはり不信の感情が。ちょっとショックだが、まだジルは俺の天才的作戦を知らないので無理は無いだろう。
さて、と。いい感じに空気も温まってきたし、始めるとしようか。
「皆様。最初に言っておきますが、この作戦のキモは情報です――――」
なかなか展開が進みません。今回は一気に亮の秘策を書くつもりだったのですが、二つに分けることになってしまいました。ちなみに次回のはちゃんとした秘策なので安心してください。シャルロワ元宰相みたいなハッタリ(もしかして、裏切るということが秘策?)ではありません。
さて、次回では亮が超天才的な(誇張表現アリ)秘策を明かします。どんなもんか、楽しみにしていて下さい!