第2章第3話 危惧
「なあ、ジル」
ここは、執務室。対フリーダ皇国連合との同盟が締結された後は、ジルも休憩に入っていた。隣にはリディーさんしかいない。ギルさんはまだやらなければならないことがあるそうだ。
そして、俺はふと思った。なんか、巧くいきすぎていないか?と。
「どうしたの?」
久しぶりにジルのいつもの口調を聞いた気がする。
「フリーダ皇国の皇王って、頭いいのか?」
「いいか悪いかで言ったら、……どうだろう。普通かな」
普通、か。
「じゃあさ、対フリーダ皇国連合が結成されることも気付かなかったのかなぁ。このままだとフリーダ皇国は、俺達と対フリーダ皇国連合の挟み撃ちにあうぜ」
そう、そこが気になる。何の対策もせずに、カタパルト王国の国王が死んだのに乗じて攻めてやろうとか考えた馬鹿なら何の問題も無い。しかし、もしもここまで予測済みだったらどうなのか。俺達は、とんでもない罠にはめられているんじゃ無いの?という訳である。
「いいじゃん。そのことに、何か問題でもある?」
「フリーダ皇国がそこまで予測済み、とかいう可能性は無いのか?」
すると、ジルはそんなこと無いと思うけどなぁと呟いた。リディーさんは俺を軽く睨みつける。「空気読めやコラ。折角ムード良くなってんのによォ。何なんだよテメエ、殺すぞ」的な。
「確かに、俺の考えは深読みしすぎだとは思う。でも、常に最悪の可能性を考えた方がいいだろ?」
例え最悪なことが起きても対策がしっかりしていれば、なんとかなる。少なくとも、何も対策していないよりはマシだ。
とはいえ、具体的に何があるかもしれない、と思った訳ではない。ただ、なんとなく気になるんだ。第六感と言えばかっこいい。
「そうだね。で、もしそうだとしたら何が起こると思うの?」
だから、俺はそう言われると答えずらい。ジルもリディーさんも心配そうな顔をしている。俺が、重要なことに気付いたと勘違いしたのだ。これが「なんとなく」と言ったら、何コイツってなるだろう。
なので、適当に具体例を考えてみた。フリーダ皇国に有利な状況、たとえばカタパルト王国の敵が増えるとか。敵、か。
「あの連合が俺達をはめる為に作られたモノだとしたら?あいつらに騙されていたら、俺達の作戦は大幅な修正が必要だ」
軍議を聞いた限りじゃ、連合の戦力を当てにしている奴ばかり。自分達だけで勝とうと思っている奴が少なすぎる。まともなのはブルゴー騎士団長だけだ。あくまで俺の目から見たら、だけど。
その言葉にリディーさんは反論をしようと口を開く。
「でも、彼らは昔から反フリーダ皇国でした」
「十ヶ国もあるんだ。一国でも内通してたら、彼らの戦力は当てにならないよ。情報は戦局を左右する。カタパルト王国侵略軍が戻る必要もなく敗北するのは必至。それならカタパルト王国侵略軍は何にも気にせず戦えるよ」
俺って、口が達者だなぁ。と思いつつ悔しそうなリディーさんに追い打ちをかけるように俺は口を紡ぐ。
「それに、家臣にもフリーダ皇国と内通している者がいたら?さっき情報の流出は戦局を左右するって言ったよね。それは、カタパルト王国においても同じなんだよ」
これは、非常に危険だ。俺達の行動が丸分かりだと、奇襲を食らうかもしれない。最悪ジルの位置を知られて国王戦死、てなるかもよ。
「貴方は!国王陛下の忠臣たる貴族が神聖なる王国を裏切るとでもいうのですか!」
「あくまでも例えばの話だよ。それに裏切らない保証は無い。俺には、ジルに忠誠心を持っている人が殆ど居ないように見えたけどな」
いつもパシリにされている鬱憤を晴らすように反論する。
俺の方が正しい。少なくとも、閣僚でジルに対して忠誠心を持っている奴は一人もいないように見えた。まだ武官は国王の器を見せれば従いそうだったからいい。でも文官はみんな金の亡者だから、利権を保証しなければ従わないだろう。きもいよ、本当に。
「それは、国王陛下に対する不満、と捉えてよろしいのでしょうか?」
リディーさんは俺の言葉に棘を感じたらしく、その言葉に怒気をはらませた。
「勘違いしないでくれるかな。俺はそういう意味で言ったんじゃない。ただの意見さ」
一々面倒くさい。さん付けするのやめよっかなーと思った俺とキレてるリディーさんの目線がぶつかる。漫画なら火花が散るほど険悪な空気を変えたのは、驚くべきことにジルの一言だった。
「喧嘩なら、外でやってくれる?」
底冷えするジルの声。それはまさしく王の言葉。俺もリディーさんも硬直した。ジルから感じるのは畏怖。国王になってジルも変わったのだろうか。前はこんなに怖くなかった。なーんて俺はジルと長い付き合いではないんだけどね。
そしてちょっぴり反省。もっと柔らかく言えば良かったかも。
俺達が委縮したのを確認すると、ジルは口を少し綻ばせた。
「リョウの意見は確かに一理ある。対フリーダ皇国連合については僕らでは何もできないけど、内通者は特殊部隊に探させるよ。居ないのが一番望ましいんだけどね」
「特殊部隊?」
「ああ、亮は知らないのか。影から国王を支える部隊だよ。今もどこかで僕を守っているはずだ。諜報任務とかには長けているから、結果は出せるだろう」
忍者みたいな感じかな。
「じゃあ、僕はもう寝るよ」
まだ夕方だが、いつ何が起こるか分からないので眠れる時に眠ったほうが良いのだ。ジルは目を閉じた。
グーー。スピーー。
寝るの早! まさしく一瞬で寝たぞ。野比の○太君と競え合える人材。是非とも我が睡眠研究部に!
……って、ここは学校じゃないじゃん。ついつい昔の癖が出ちゃったよ。俺、中学生の頃は睡眠研究部に属していたからなぁ。俺が行くはずだった高校には高一にして睡眠のインターハイ優勝を飾った先輩が居たことを思い出して、俺はちょっぴりセンチメタルな気分になった。
みんな、元気にしているかなぁ。行方不明になっていると思うから、心配してくれているだろうなぁ。……そこ! 俺を心配してくれる人が居る訳がないとか言うな! 傷つくだろ! グスン。
とか妄想に浸っていたら、リディーさんがぼーっとしているのに気付いた。気を張っている姿しか見たことがないので、驚きだ。黙っていれば美人なのに。このきつい性格なんとかならないものか。
ツン率100%のツンデレの方がまだマシだよ。ってそれもうツンデレじゃあないか。
無心になってぼーっとしていると、思考は自然に戦争の方に向かった。
どうなるんだろう。
俺は心配症だから、どうしてもこのまま巧くいくとは思えない。だってさ、そうだろ? このままいけばフリーダ皇国は俺達と連合の挟み撃ちにあう。それに気付かない馬鹿じゃあない筈だ。
戦略的な懸念以外にも、カタパルト王国を戦争でフルボッコにできる作戦があるのでは? とも思ったりする。もしも気付いていたなら、何を考えて軍を動かしたのだろう。
色々考えて、俺は一つの可能性を見つけた。
「グラビット鉱山……」
そう、狙いは大量の収益が見込まれるグラビット鉱山なのでは?そこだけ奪って帰るつもりではないか、と思ったのだ。実際フリーダ皇国軍は西、つまりグラビット鉱山のある方向に動いていた。
でも、それにしては不自然すぎる。グラビット鉱山の近くは複雑な地形になっていて、そこだけを支配するのが難しいのだ。
詳しく説明すると、グラビット鉱山の北には山脈がある。また、東にも西にも大きな街道が無いので維持するには南部の領地を奪わなければならないのだ。すると、その間に連合がフリーダ皇国を攻め落としてしまうかもしれない。カタパルト王国は時間稼ぎをすればいいので、楽だ。
だから、やはり何か策があるのだろう。連合かカタパルト王国を足止めもしくは撃破する作戦。色々ありすぎて、対処に困る。
ただ、一つだけ言えること。
「もしもフリーダ皇国の皇王が馬鹿じゃなければ、……これって危機じゃね?」
「なんですかいきなり」
うわ!リディーさんが反応してきた。
「あ、いえ。何でもないです」
面倒くさいので、適当にごまかす。リディーさんは怪訝な表情を見せたが、何を納得したのか視線は俺からそれた。
まあ、いいや。寝よ。
「――――て」
ん?うるさいなぁ。
「起きてって言ってるじゃん。おーい、リョウ」
目を開けると目の前にジルの顔が視界を一面遮っていた。女性もしくはそっちの趣味がある人には「くーー。たまらん!」と言いたくなりそうな光景だが、俺はノーマルな男。何も感じない。これがリディーさんだったらなぁ。
「すまん」
時計を見ると、最後に見た時と比べてだいぶ進んでいる。五、六時間ほど寝ていたらしい。
ちなみにこの世界の時計は一味違う。元の世界の時計は十二時間経って一周だが、この世界の時計は二十 四時間で一周なのだ。そのため秘書をやり始めたころは苦労した。夜の九時だと思ったらまだ六時だったとか。カルチャーショックだ。
「何か起こったのか?」
「軍議だよ。あと一時間で始まるからね。特に準備することはないだろうけど、一応起こしておいた」
ここで「はァ!?もっと寝かせろよ!」と言う俺ではない。なぜなら、軍議の前に調べておきたいことがあるからだ。願ったり叶ったり。
それは、地形である。
「資料を取りに出かけてくる。十分位かかると思うけど、いいよね?」
部屋に居るのはリッツとジル。一応断りを入れてから地図を取りに行く。
「いいよ」
ジルの承諾を受け、国王専用執務室を出る。地図は、第一級資料室に保管されてある。そこに入るのに必要な鍵を貸してもらう為には身分証明書を見せなければいけないので一応ポケットにそれが入っているかどうか確認した。ん?無いぞ。左のポケットか?
あった。ふう、良かった。無くしたかと思ったよ。一度無くした時、大変な騒ぎになったからちょっとトラウマになったのだ。そうでなくても再発行している間に軍議が始まってしまうので焦るのは仕方がない。
ここまで来てあれ?と思った人は居ると思う。俺も最初にこの話を聞いた時は疑問を覚えた。
何が疑問って、地図が第一級国家機密になってることだよ。それでリディーさんに聞いてみたところ、大規模な地図を持っている一般人はおらず、それが常識らしい。
調べてみて理由は分かった。そう、国の地形を敵国に全て把握されると戦争で勝てなくなってしまうのだ。『天地人』と纏められる天の時、地の利、人の和。その一つの地の利を失い、完全にリードされるということ。こりゃ大変だ、という訳である。
っと、着いたな。
「あ、第一級資料室の鍵下さい。これ、証明書です」
「はい」
受付の人からもらった鍵を持ち、第一級資料室に向かう。
ピィーーン。
鍵は魔術で開くので、カチャリとは鳴らない。指紋認証的な?
「ここか」
そこは、図書館みたいな構造だった。だが、薄暗いので雰囲気は最悪。ひぐ○しの拷問部屋みたいな感じ。
「これは……過去の予算だ」
目的とは関係ないが、少し覗いてみた。すると、なんと1341年は軍事費が半分を占めている。歴史年表を見ると、『パプリカの乱』が起こったとされる年だ。どうやら、内乱が起こったらしい。パプリカというのは反乱した貴族の名前だ。
「ふむふむ……っと。ここに来た目的をすっかり忘れていた。さて、地図を探しますか」
いいところだったのだが、時間がないので読むのは諦めることにする。気分を入れ替えて地図を探さなきゃ。ジルが待ってる。
地図といっても、全体図や一部をズームインした地図など色々ある。その中で俺は全体図と北部の図を取り、そそくさと第一級資料室を出た。出るのに鍵は要らない。
あの擬音もう一度聞きたかったのだが、残念だ。鍵を使わないと音は出ないらしい。
「ども」
鍵を受付の人に渡して、早歩きで執務室に向かう。
急がないと。軍議が始まる前にやりたいことがあるのに。