第2章第2話 同盟
シャルロワ宰相がマグナ族討伐の命令受けた日の夕方、カタパルト王国内の殆どの貴族に兵士動員令が下った。その三日後である今日。シャルロワ宰相は保守派の家臣を引き連れてマグナ族討伐軍を出発させた。
すでに東方の豪族カール一族はカタパルト王国内に攻め込み、西の海賊達も活動を活発化させている。だが、北の小国は逆にカタパルト王国との国境駐屯兵を減らした。何を企んでいるのか分からないが、少なくともカタパルト王国には関係ないので割愛する。
ここは国王専用の執務室。ジルはカタパルト王国の財政の書類を見ている。今、カタパルト王国の財政状況はヤバいのである。よーするに赤字ってこと。
ちなみに部屋に居るのはジルと知らない護衛の人二人とギルさん、そして俺。
今俺はジルの相談役みたいなことをしているのだが、あまり役に立っていない。金を空から降らせる良いアイディアないかなぁと暗中模索しているところである。
「「う~ん」」
俺とジルが同時に唸る。
ここでカタパルト王国の国防について考えてみよう。情報の整理だ。
まず、東方の豪族カール一族は一万の軍勢を率いてカタパルト王国頭部を侵略し始めた。それに応対するのは有力貴族で過激派のジュネ一族。歩兵軍団軍団長ローラン・ジュネはジュネ一族の当主パウル・ジュネの伯父なのだ。この一族は『王国四族』の一つである。意味はそのまま、四天王みたいな感じ。
他にはシャルロワ宰相が棟梁をやっているシャルロワ一族も『王国四族』の一つである。つまり、偉いのだー。
話を元に戻そう。
パウル・ジュネ率いる東方守備軍は四千人。カール軍の半分もいないので、籠城するらしい。籠城は城に籠って仲間の助けを待つことである。急なことなので兵糧は四ヶ月分しかない。
これでは拙いということで、ジルの従兄弟であるマクシム・カタパルトを総大将にした東方応援軍が一万人派遣されたのが昨日のことである。この中には歩兵軍団五千人のうち二千人を率いたローラン・ジュネも含まれる。
「どうしよ……」
ジルは面倒くさそうな顔で悩んでいる……というか萎えている。
「伝令です!」
「入れ」
そんな閉塞感漂う執務室に伝令が駆け込んできた。ナイス。
俺は彼が来たことによって気まずい空気が無くなったことに素直に喜んだ。でも、伝令の男性の顔はリングを見て漏らしちゃった幼稚園児みたいで。彼は、気まずさを払拭してくれた代わりに俺達の脳を機能停止させた。
「フリーダ皇国の兵士が越境してきました!数は憶測ですが三万は下らないかと。そして、赤十字の旗もあったとの報告が届いています!」
what?意味が分からない。
「赤十字……皇王が居るのか!?ならば……奴らの目的はただ一つ」
皇王ってフリーダ皇国の王様でしょ?会談しにきたなら三万人も要らないじゃん。戦争でもない限り……戦争?
「カタパルト王国の侵略」
ちょちょちょちょちょちょちょちょ――――――――ッ。
「奴ら……姑息な真似を!」
ジルは義憤し、あのギルさんも歯をカチカチと鳴らしている。俺は、もう何が何だかさっぱり。頭がパンクブーブーしています。あ、ごめん。つまらないか。って俺何独り漫才してるんだよ。
「緊急会議を開く!一時間後には始めるぞ。用意しろ!」
「は!」
ジルは立ちあがる。俺も、よく分からないけど立ち上がる。
「なあ、あれって本当?」
「本当に決まってるじゃろ。馬鹿なことを言うな」
いつもは温厚なギルさんが怒った。怖いッス。
「行くぞ」
ジルが声をかけたので、ギルさんの無言の圧力は無くなった。俺弱キャラだわー。つかさ、地味にこれカタパルト王国の危機じゃね?
その後は会議室(閣議室とは違う)に行き、次々と報告を受けた。最新報告では無くて詳しい数値の書いた資料は一時間で作り終わり、今配っている最中だ。
ジルは危機だからこそ冷静に対処しなければならないと言って表面上は冷静なフリをしている。
そして、今城に居る会議出席者が全員集まったので資料は配り終わっていないが会議を始めた。
「それでは会議を始める。たった今情報が入った。フリーダ皇国は、皇王自ら三万以上の兵を率いて越境しカタパルト王国侵略を始めた。詳しいことはそこに書いてある」
閣僚で残ったのは、ブルゴー騎士団長とハンナ大魔導師とレーデ内務大臣とバトン外務大臣とヤニク経済大臣。誰もが、驚いた顔をしている。だが、国王であるジルが冷静に振る舞っているからそれほどでもないようだ。
「無論、儂自ら兵を率いてフリーダ皇国軍と当たる。誰か、我こそはという者はいないか」
一瞬の静寂。そして、事態を呑み込んだヤニク経済大臣とブルゴー騎士団長が真っ先に手を挙げる。次いでハンナ大魔導師、レーデ内務大臣、バトン外務大臣が手を挙げた。他の貴族は閣僚に遠慮してただ周りを見回すだけだ。
「ふむ。では、ブルゴーとハンナとレーデとヤニク。共に闘い、憎きフリーダ皇国軍と当たろうぞ!」
興奮して、呼び捨てになっている。殆どの人は気付いてないだろうけど。
「「「「は!」」」」
「バトンは城の守りを頼む」
「は!」
そして、ジルはふうっと深呼吸した。気を落ちつける為だろう。
「レーデとヤニクは兵を動員し終わっているか?」
一拍置き、ジルは二人に尋ねた。兵が動員出来ていれば、明日には出発できる。だが出来ていなければ、出発は明後日、明々後日と延びるだろう。
「終わっています」
と、レーデ内務大臣。
「あと、一日かかります」
と、ヤニク経済大臣。
「では、ヤニク経済大臣。お主は、早急に領土に戻って兵を連れて来い。クリム城で合流だ」
「は!」
「さて。ここには今貴族が三十二人居るが、それぞれに命令を言い渡す。シュマン大公は従軍。キルバース公爵は従軍。ナタルミア公爵は城の防備。…………」
そして、遂に戦争が始まった。
会議から三時間。軍人たちとの戦略会議も中断され、休憩中。俺、やっぱり役に立たないみたいだわ。全く口挟めない。慣れればなんて悠長なこと言ってたら、カタパルト王国は滅亡するのでは?
あーー、鬱だ。正直、俺の知識の使い道無くね?無理無理。
「ハア……」
あ、これは俺じゃないよ。ジルの奴、たんか切った割には萎えているな。いや、啖呵切ったからこそ、か。貴族の前では常に気を張っていなくてはいけない、という義務感に縛り付けられて疲れたのだろう。普通ならパニックに陥るほどのことが起きたのに。王様って大変だねぇ。
「疲れたわ……」
本音出たよ。ジルの心労を察したのか、ギルさんは何も言わない。執務室はだるだるムードが漂った。てゆーか思ったんだけど、最近執務室に良い空気流れてなくね?
コンコン。
「失礼します」
「入れ」
すると、さっきまで違う仕事をしていたリディーさんが入ってきた。余計に空気が悪くなったよ。主に俺の。俺に対して悪意こそ無いけど善意が全く無い!好きの反対は無関心っていうけど、俺はその言葉を深く実感した。
「来訪者です」
「誰?」
面倒くさい。こんな大変な時に、誰と会うんだよ。
「ミクセム王国のニブセ氏とジュゲム氏です。同盟締結を持ちかけてきました。バトン外務大臣は居ないので、代わりに部下のシグル副大臣が接待しています」
訂正。こんな大変な時だからこそ、だ。もっと解り易く言うとフリーダ皇国がカタパルト王国との同盟を破棄したから。
つまり、ミクセム王国とはフリーダ皇国と敵対している北の小国群の一つなのである。今まではカタパルト王国とも敵対していたが、昨日の敵は今日の友。フリーダ皇国の増長を止めたいミクセム王国はフリーダ皇国がカタパルト王国に侵略した、という情報を聞いてカタパルト王国と手を結ぶしかない、と踏んだのだろう。
「分かった。すぐ行くよ」
そう言い、ジルはとりあえずギルさんにミクセム王国とフリーダ皇国軍の資料を持ってこいと命じた。
十分ほど経ち、ギルさんが資料を持ってきたらすぐ国王専用応接室へと出発した。
そして、ここは国王専用応接室。二人の男がソファーに腰掛けていた。歳は一人が初老、もう一人が青年。初老の男は特段変わったところは無かったが、もう一人の青年からは、何かを感じた。
別に、美形なわけでもブサ面な訳でもない。顔は召喚される前に会ったコンビニの店員と似ている、普通の青年。だが、その目は何故か力強い。こういうのをオーラっていうのだろうか。
王冠をかぶったジルを認めると、二人は膝を地面に付けて頭を下げた。
「「国王陛下におきましては、拝謁させていただき恐悦至極に存じまする」」
古風、というか戦国時代っぽく二人は声をはもらせた。この世界、挨拶だけは古風なんだなー。
「うむ。そっちがニブセ殿でそっちがジュゲム殿で合ってるな。では、早速だが話に移らせてもらおうかの」
青年はジュゲムという名前らしい。
「「は!」」
二人はまるで家臣のように振る舞った。当たり前だ。前に来たフリーダ皇国のランゲ氏は対等な国の家臣だったが、そもそもミクセム王国の領地はカタパルト王国の十分の一ほどしか無い。そんな小国の家臣なのだから、腰が低くて当然。
ジルは国王用の超豪華なソファーに座って、二人に座るように促した。右隣の普通のソファーには副大臣のなんちゃらさんが座る。俺は、その人のさらに右隣に座った。ギルさんはジルの左隣だ。
「で、何の用だね」
すると、ジュゲム氏の目がキラリと光った。もちろん擬音だよ。
「我々は先程フリーダ皇国がカタパルト王国に侵攻した、との報せを受けました。単刀直入にいえば、手を組みフリーダ皇国の暴虐を防ごうではないか、と言いたいのです」
予想通り、同盟の締結を求めてきた。
「魅力的だな。だが、他の小国はどうなんだ。儂はお主らの争いに巻き込まれるつもりはないぞ。不戦協定なら結んでやってもいいが、無駄なことには力を割かない」
強気に出るジル。
「割く力、ないしは金が無い、と」
だが、ジルは若き外交官ジュゲム氏に一本取られた形となった。だが、怒らない。本来なら怒っても良い場面なのに。舐められるぞ?
「あいにく冗談につきあうほど暇では無くてね。質問に答えてもらえないか?」
逆だった。これは、相手を怒らせて思考をマヒさせる為だったんだ。
あれ?さりげなくなんちゃら副大臣が空気となっているぞ。可哀想に。
「すいません、性分なもんで。質問には、……そうですね。この紙で示させてもらいましょうか」
ジュゲム氏が差し出した紙、そこには様々な国の名前が書いてあった。
「対フリーダ皇国連合、だと?」
「フリーダ皇国に隣接している小国十七ヶ国の内十ヶ国、です。しかも残り七ヶ国の内五ヶ国とは不戦協定を結びました。これらの国は漁夫の利、つまり親フリーダ皇国の小国を狙うようです」
これは、力になる。漁夫の利を狙った五ヶ国の漁夫の利を狙えば、つまり五ヶ国と親フリーダ皇国を争わせれば、十ヶ国がフリーダ皇国の敵にまわるのだ。総勢三万は下らないだろう。
ジルもそう思ったようで、ゴクリと唾を呑んだ。
ビジネスチャンス!ならぬウォーチャンスだ!
「……いいだろう。民の平和が為に同盟を結び、共に暴虐なるフリーダ皇国と闘おうではないか!」
ジルの目も、ジュゲムの目も、勝利を確信していた。これは、強者の目。闘う者の目、だ。俺は思わず鳥肌が立った。
この日、対フリーダ皇国連合とカタパルト王国の同盟が成り、俺は勝利の気分に酔っていた。
だが、まだ戦争は始まってすらいない。
敵も味方もごっちゃごちゃ。どんどん大規模になってきています。亮にとって初めての戦争なのに……。
できるだけリアリティーを出したいから、これ以上敵は増やしたくないです。まあ、僕が言うことじゃないんですけど。
では次回、シャルロワ宰相の秘策やいかに?まだその全貌は見えませんが(作者にすら奴の考えが読めない!流石は宰相だ……)、その一部が明かされます。