第1章第10話 使用人なんて言わせない
「そういえばこの間ここで兵士に殴られたよなー」
「あれは面白かったわ」
ここは食堂。昨日の会議から一夜明け、俺達は今日休暇を取ったのだ。ちなみに今時間は一時である。ついさっきまで寝ていた。さて、何しようかなと思ったらこの世界には漫画もゲームもラノベもパソコンも無かったのだ。文明開化万歳!
だから、今日は俺と同じく休暇を取ったリッツと一緒に居ることにした。
「おっちゃん、磁捌焼の大盛一丁!」
リッツはいつも食べているらしい栗栖飯ではなく、新しい食べ物に挑戦するらしい。じゃあ俺は何にしようか。……よし、決めた。
「俺は華梨夷来栖の大盛で」
身分証明書を見せながらおっちゃんに頼む。これは恐らくカレーライスだろう、と予測を立ててみたのだ。それにしても手抜きな当て字だなぁ。
暇なので待ってる間周りを見てみると、なんか妙に凝視されている気がした。敵意ではないと思うが、違和感がある。
「なあ、リッツ。俺達妙に見られている気がするんだけど。自意識過剰かなぁ」
すると、リッツは驚いたような顔をして言った。
「分からないのか?」
「何を」
どうやらリッツはこの視線の意味を知っているようだ。
「お前、皇太子専属秘書服着てるじゃん。言っとくけど、秘書って偉いんだぞ。この前の私服で来た時とは全然違う」
俺偉いんだ。いつもリディーさんにパシリにされているからあんまし自覚してなかった。
「どれ位?」
「形式上は局長と同格。でも、実質的には副大臣と同じくらい偉いぜ」
ちなみに、この国の政府は日本みたいにナントカ省というのがある。内務省とか産業省とかである。そこの長を大臣というのだ。副大臣は二人いて、大臣を補佐する役目を持つ。大臣と副大臣は貴族から選出されることが多い。少なくとも現体制での大臣は全員そうだ。
そして省の下に局がある。そこのトップを局長というのだ。新撰組みたいでかっこいい。ちなみに局の下は課、その下は係となる。トップはもちろん課長、係長だ。
つまり、俺はカタパルト王国内でもかなり偉いのである。
「へえ。俺凄ぇーー」
そんな雑談をしていたら、あっという間に磁捌焼とカレーライスができた。食堂のおっちゃんから飯を貰った俺達は、机に向かって歩く。すると、前とは違いぶつかりそうになると避けてくれた。リッツの言ったことは正しいようだ。なんか俺、権力に酔いそう。
椅子に座り、飯を食い始めた矢先。俺は、ふと回想してみた。そういえば、国王自ら戦争している最中なんだよなー。この前兵士にぶん殴られた後にそんな話をしていた気がする。
「なあ、リッツ」
「ん?」
「国王陛下の御親征はどうなったんだ?……確か、マグマ族討伐だっけ」
「マグナ族だよ。んで御親征の首尾が聞きたいのか?」
俺は頷く。すると、リッツは嫌そうな……というか気まずそうな顔をして言った。
「結構苦戦しているらしいんだよね」
「え?本当に?」
驚いた。この前聞いた時はちょっとした反乱だと思っていたのだが。
「ああ。マグナ族一団となっての反乱だから、女子供老人も参加しているんだよ。その上、戦場はマグナ族の本拠地だし」
地の利を生かしているのか。ゲリラ戦でもしているのかな。
「反乱の規模は?それから討伐軍の規模も教えてくれないか?」
「そこまで詳しくは知らねえよ」
確かにリッツが知っているのはあくまでも噂のレベルだと思う。ただの護衛だし。
「ふ~ん」
気まず!カタパルト王国に不利な状況の話をしたからかな。話題を変えなきゃ、と思ったらリッツの方から話しかけてきた。
「そうだ。飯食い終わったら、城下町に行かないか?お前異世か……コホン」
異世界、と言いかけて止めた。理由はもちろん、どこで誰が何を聞いているのか分からないからだ。
「まあ、できればお前みたいな男じゃなくて女の子と行きたいんだけどな。ま、男同士でも面白そうだし行ってみるか。もしかしたらイベントが起こるかも」
「イベント?」
そうだ。この世界では横文字は通じないじゃん。説明めんどくさ!
「特別な出来事って意味だよ」
「その内容は?」
どうやら、内容が知りたいらしい。
「決まってるだろ。城下町でリッツとはぐれて探している途中に、強面のお兄さん達に絡まれている美少女を助けるんだよ。ちなみに高確率でどっかの国の姫」
常識だよジョーシキ。ただ、俺は美少年という面ではないから厳しいかもしれないが。
「お前、その絡んでいる奴に勝てるの?」
「OHOOOOOーーーーッ」
嫌ぁなことを思い出してしまった。一人の不良と肩ぶつかって喧嘩した時、友達と二人人掛かりで戦ったのにリンチされたんだよなぁ。俺はなんと一秒で気絶した。俺の友達とは死闘を繰り広げたらしいが。俺弱ぇーーーーーーーーーーッ。
「まあ、気にするなよ。もしかしたら、隠された能力が開花するかもしれないだろ?」
「同情するなら魔力をくれ。前一度言った気もするが、魔力さえあれば俺は強いんだ」
「誰でもそうだよ」
「もしも俺に魔力が無いって言うのなら、まずはそのふざけた現実をぶち壊す!」
「現実ぶち壊すって……妄想に逃げているただの痛い奴じゃん」
「フッ。よくぞ見破ったな」
「よく誇らしげに言えるな」
俺はリッツの新たなる才能(突っ込み能力)を開花させた。むしろ自分の新たなる才能(ボケ能力)も開花させた。
ふと皿を見ると、いつの間にか飯を食い終わっていた。
「行くか」
「そうだな」
皿を食堂のおっちゃんに渡し、出口を出る。すると、
「ん?」
そこには、こっちに向かって汗ダラダラで走ってくる兵士。その表情は九回の裏ツーアウト満塁敵バッターは四番そしてフルカウント得点は一点差で勝ってるさあ投げるぞな緊迫した表情だ。
「ハア、ハア」
兵士のただならぬ気配に周りは何事かと視線を集める。兵士は手を膝に乗せ、言った。
「国王陛下が……国王陛下が崩御なされた!」
静寂。
みんな、彼の言葉が理解できていない。隣のリッツも口をポカンと開けている。かくいう俺も、だが。だってそうだろ。いきなり国王が死んだって言われて、冷静で言われるかよ。つか、これなんのドッキリ?むしろマジネタ?
「おい、お前今なんて言ったんだ?」
どうやらこの兵士と知り合いらしい男が聞く。
「国王陛下が崩御なされた。……事実だ。今皇太子様が兵士を全員大広間に集めろとのご命令を出した」
兵士は少し冷静になったようで、ゆっくりと、噛み締めるように言った。つか、これマジっぽい。
冷静さを取り戻した一人の兵士が立ち上がる。それに釣られて数人の兵士も立ち上がった。どうやら、ジルの命令に従うようだ。さっきまで飯を食っていた兵士は雪崩を打つように立ち上がり、大広間の方に歩き始めた。
ふと隣を見ていると、リッツは正気を取り戻したようだった。未だに、困惑しているようだが。
「リョウ、行くぞ」
リッツは俺にというより、自分に向かって言ったように見えた。その言葉を耳にした俺も、大広間に向かった。
大広間には、大量の兵士が集まっていた。ジルが台の上に立ち、マイクのような物を持つ。ジルの演説が始まるようだ。ざわざわしていた兵士が、一瞬にして黙った。これは、王者の貫録。
ジルがマイクを口の近くに当て、話し始める。
「みなさん。我々の敬愛すべき国王陛下が崩御なされました」
ざわめきが広がる。皇太子の口から聞いて国王の死を実感したのだろう。俺は見たことも無いので少し驚いた程度だが、他の人々にとってはそうではない。
「部屋でくつろいでいる最中に、何者かによって暗殺されたのです」
暗殺?警護がなってないんじゃないの?
「我々は暗殺者の解明を急ぐとともに、国王陛下の死を契機に活動を活発化させたマグナ族や東方の豪族たちの牽制を図ることとします」
あちゃー。まあ妥当に考えて暗殺はマグナ族の差し金だろう。
「そこで、私が第二十五代国王に即位することとなりました」
一瞬の静寂。そして湧きあがる歓声。
「私は、カタパルト王国の平和を乱す者を決して許しはしません。みなさん。共に王国の平和を祈ろうではありませんか」
パラパラと拍手が起こる。そして、いつしか地面に落ちる豪雨のような音を出した。フォーと叫んでいる人もいる。
「カタパルト王国万歳!」
ジルが両手を挙げて力強く言うと、兵士たちも追従した。
「「「「「万歳!」」」」」
「「「「「万歳!」」」」」
「「「「「万歳!」」」」」
「「「「「万歳!」」」」」
「「「「「万歳!」」」」」
いつの間にか俺も熱くなり、万歳!と叫んでいた。ジルにはカリスマ性があるようだ。
ふと熱が醒め周りを見ても、みんな狂信的に万歳を続けている。リッツも例外ではない。
でも、俺は思ったんだ。
俺って、王様の秘書になるんでしょ?偉くはなるけど、仕事大変になりそうだよね。召喚制をとっているセリウス王国の中枢に近付くという俺の目的からすれば良いことだが、あまりにも事態が急展開すぎる。とりあえず、やることは決まっているけどね。
未だに湧き起こる歓声を聞きながら、俺は呟いた。
「偉くなりたい、じゃねえ。偉くなるんだ。目指すは宰相の地位。圧倒的な権力であの世界に戻ってやる。」
この日、俺の成り上がり物語が始まった。
第一章終わりました。
ついに第二章。ついにという程一章に時間をかけていませんが。
第二章は荒れます。主にカタパルト王国内が。もしかしたらカタパルト王国が滅亡するかもしれません。いえ、あながち冗談ともいえないんですよ。今のところプロットでは王国滅亡ルートしか見えませんし。
それに、主人公は天才でもなんでもないので色々苦労しますよ。是非とも勝ってもらいたいものですね。(他人事)
では、第二章もよろしくお願いします!