プロローグ
「遂に。遂にこの時が来たかァ。待ったよ、ボクは。……待ったよぉ、長ァーくねぇ……」
とある地下室。そこでは、二人の男と一人の女が長らく時間をかけて実験を重ねてきた禁術が、遂に完成しようとしていた。
床に描かれる魔法陣は、彼らと大勢の技術者たちの技術が凝縮されたものだった。未だ魔力を通していないというのに、どこか妖しげな気を放っている。
当然だろう、と先程言葉を発した青年は思う。この魔法の権能はそこらの大規模魔法とは比べ物にならないのだ。あの魔法大国セリウス王国から盗み取った技術が大陸中から集めた最高級の技術者たちの手で昇華させられ、その上多額の資金がつぎ込まれている。
今回行うのは最終実験のようなもので、それすらこの世界に少なからず影響をもたらす。
本当は実験ではなく、ぶっつけ本番で行きたかった青年だが、彼に仕える壮年の男の忠告でとどまった。今回の実験が成功しても失敗しても、次にこの魔法を行使できる程の魔力を集められるのは何年後になるか分からないので、彼としては急ぎたかったのだが。本番で失敗して己に牙をむく様なことがあったら破滅だ。そう諭されて、思いとどまらざるを得なかった。
ふと、その男の方を向いた。男はそれに応えるかのように口を開いた。
「待ちましたな」
何も感じて無いかのようで、されど何処か感慨深さを覚えさせる声。髪には既に白いものが混じっており、壮年であろうことを窺わせる。積み重ねてきた経験も普通ではないのだろう、そのたたずむだけの姿は何か壮絶な気勢を放っていた。
「そうですねえ。長かった。本当に、長かったァ……。百年は越してましょうぞ。いい加減、待ちきれなくなってきたんですがねェ……フフフ」
女が口を開く。姿形は何の変哲もない四十路の女性だが、その目からはこちらも強烈な狂気を放っている。彼女はずっと、完成したばかりの魔法陣を凝視していた。蛇のように舐めまわす様な視線と親の仇を見るかのような憎悪を覚えさせる視線の混在が、彼女をより異様な存在へと仕立てていた。
壊れた機械の様な笑い声が、地下室に響き渡る。静かな地下室では、彼女のちょっとした笑い声さえ反響した。不気味な雰囲気が醸し出されたところで、青年は仕切り直すように言う。
「じゃあ、始めようか」
その端正な顔からは、他の二人に押しも押されぬ狂気をはらんでることが容易に推測できる。だが、そこで最も落ち着いている壮年の男が彼を制止した。
「上に。上に、知らせなくとも良いのですか?」
男が言う上とは、当然方向を表すものではない。彼らも一応国に所属している人間だ。当然ながら、実験の資金を援助する上が存在する。そして、彼らの言う上とはつまり。
この国の、王。
「あの頑固爺か。別に良いだろ。どうせすぐ死ぬ」
「……、――――ッ」
二人は絶句した。「すぐ死ぬ」という言葉に隠された意味を察したのだ。先程まで気の違った様な顔をしていた女も流石に声も出せないらしい。
困惑からいち早く立ち上がったのは男の方だった。男は青年の放った言葉を吟味するかのように、ゆっくりと、されど何度も頷いた。
「貴方様には、いつも驚かされていますな。クク、それが貴方の選択なら、私はただそれに従うだけですが」
女も、男が余裕ありげに対応するのを見て少し立ち直ったらしく。男が喋り終えた後すぐ、それを引き継ぐように、
「私もですわ。フフフ、面白いじゃないですかぁ、貴方様というお方は」
青年は自分が行ったことを二人が理解したのを確認して、最期に一言、こう口に添えた。
「じゃあ、始めようか。ボクの、夢を」