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ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第2章 ニーナは旅立つ
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(2−1)ニーナの準備

 

「なんかごめんね、押し付けられたみたいになっちゃって」


 ニーナは頭を下げた。いったんマーサは家に帰っていった。出発は明日。彼女の家で落ちあうことになっている。


「あ、いや、カンティフラスの王都までだ。仲良くやろうぜ。出ていくって啖呵(たんか)切ったわりに、居座っててかっこ悪いけどな、俺」


 少し慌ててハーフォードは立ち上がると、バツが悪そうに目を逸らした。ぐるりと工房を見回す。


「で? ニーナもガラス職人なんだろ。どんなの作ってんだ?」


 快復したハーフォードは、この3日間のだんまりが幻だったかのように、よくしゃべるし、よく笑う。こちらが彼の素なのかもしれない。


 張り詰めた看病の時間が突然終わって、ふっとニーナの気がゆるむ。なんだか、ようやっとハーフォードの顔をちゃんと見た気がした。


 人懐っこく笑っている。今朝までの張り詰めた、ひどく大人びた険しい様子が嘘みたいだ。目鼻立ちの整った顔が柔らかくゆるみ、少年のように無邪気にも見えた。でも、ついさっき見たのは、また別人みたいな印象で——はるか遠い場所からすべてを眺めるような、冷めた眼差し。不思議な人だと思う。いくつもの表情を見せて、つかめそうでつかめない。だから余計に気になって、もっと見ていたい気持ちになってしまうのかもしれない。


 いちばん不思議なのが、瞳だった。見るたびに、瑠璃色の印象が変わる。光の角度によって、深く沈んだ夜空のようにも、紫がかったワスレナグサの花びらのようにも見える色。複雑な色合いが、ニーナの心を惹きつける。ガラスでこの青をどう表現したらいいんだろう。考え込んで目を離し、また見たとたん、さっきの青を見失う。


「どうした?」


 ハーフォードが怪訝そうな顔をしていて、はっと我に返った。あなたの瞳に見惚(みと)れていました、なんて口が裂けても言えない! ニーナは勢いよく体の向きを変えると、


「えっと、ちょうど今、手元にあるのが小物だけなんだけど」


 ひとつの箱を棚から持ってきて、蓋を開けた。ハーフォードは興味しんしんで覗き込む。


「最近よく作ってるのが、このかんざし。市が中止になったから、かなり在庫があって。明日からの旅にも持っていって、機会があったらどこかで売れればいいなって思ってる」


「へぇ。こりゃすごいな」


 かんざしを見るなり、ハーフォードの目が大きく開いた。今、その瞳はどんな青色を浮かべているのだろう。ニーナは息を飲むように、彼の横顔を見る。


「こんなに透き通って……中の模様が、色鮮やかだし、繊細だ。こんなの、ニックのペンダントくらいでしか見たことがない。ああ、そうか。さすがニックの娘だな」


 やさしい色を(にじ)ませた青の瞳がこちらを見る。ニーナの胸がきゅぅっと痛くなる。父のガラスの腕を確かに引き継いでいると、誰かに面と向かって認めてもらえたのは、初めてだった。


 ハーフォードは、顔をかんざしに近づけてまじまじと観察し、やがて、ほう、とひどく満足したような息を漏らした。


「いいものを見せてもらった。見飽きないな。装飾品か?どうやって使うんだ?」


 最大級の褒め言葉をもらって、ニーナは一瞬言葉に詰まってしまう。とっさに言葉より先に、自分の後ろ髪のかんざしを引き抜いた。さらさらと燃えるようにオレンジがかった赤毛を下ろして、使い方を実演してみせる。


「ええと、髪をまとめる時に使うんだけど。いろんなやり方があって、たとえば、髪の毛を後ろでひとつに束ねてねじるの。その根元から、ちょっと離したところにかんざしを差し込んで、毛束を絡めて、こうやって……で、最後は、上から下に棒をぐっとさす。ほら、自然に髪がまとまるでしょ」


「棒1本だけで?!便利だな!俺もほしい」

「あげようか。好きなの選んでいいよ」

「本当か?!ありがとな!」


 ハーフォードは目を輝かせ、箱の中に収められたガラスの棒を、一つひとつ取り出して吟味(ぎんみ)し始めた。さんざん悩んで、やがて、その指先が止まった。


「これにする」


 透明なガラスの棒のなかに、赤みがかった金色の帯がゆらめき、あちこちに赤色のかけらが散りばめられている。ちょうど今、ニーナが差しているかんざしと、色違いのものだった。確か、同じ日に作ったものだ。


「あんたが今してるやつ、きれいだから似たようなやつにする」


 自分の長い銀髪を持ち上げながら、ハーフォードは無邪気に笑う。そして、わくわくした顔で、器用にくるくるとかんざしで髪をまとめ、ざっくりと止めた。


「おお。良いな! 安定感あるわ、これ」

「すごいね、1回やり方を見ただけでできちゃうなんて」

「そうか? 一度見りゃ十分だろ。でも、銀髪のままだと目立つな……。今なら使える魔力もあるし、変えるか」


 ハーフォードは腕輪を握る。その指が、美しい青白のもやに覆われる。パチン、と指が鳴らされた途端に、彼の髪の色が、よくある普通の茶色になった。眉もまつ毛も、瞳も同じ色になって、これならそこまで目立たなくて済みそうだ。


「すごいね! 呪文も魔法陣も必要ないの?」

「慣れた魔術はフィンガースナップで起動できる。ややこしい術には、呪文も魔法陣もガッツリ使うけどな。ほら、いい音が鳴るだろ。両手だっていけるぜ」


 少しおどけたように、ハーフォードは、パチリパチリと左右同時に指を鳴らした。魔力をまとわせていない指先からは、何の魔術も発動しない。


 そうやって目尻を下げてふざけて笑っている彼には、17歳相応のやんちゃさと、のんきさがあった。町中に張り出された指名手配の人相書きに描かれた、凶暴な見た目にはとうてい似ていない。


「これなら、外に出ても大丈夫かな」

「うん?」

「明日の移動の途中で、寄りたい場所があるんだけど。その姿だったら、目立たないから大丈夫かな、って思って。寄り道、付き合ってもらってもいい?」

「もちろん。それも俺の仕事のうちだろ」


 ハーフォードはあっさりとうなずいた。


「で、他に何を持っていきたいんだ? 俺も手分けして持っていくから、教えてくれ」

「えっとね、ここの地下室にあるんだけど。一緒に来てもらってもいい?」


 工房の床に敷かれた擦り切れたラグをめくり、木の床のくぼみを押す。板の一部を外すと、地下室への入り口が現れた。用意していたランプとともに、木のはしごをくだり、薄暗い地下へ降り立つと、「おおお、こりゃすごい!」とハーフォードが驚きの声を上げた。


 木の棚に、大小さまざまなガラス工芸が並んでいる。ランプ、花瓶、食器に装飾品。


「全部、うちの両親が作った作品。母さんが生きてたときには、少しずつ売って、生活費にしてたんだけど。思い出のあるものをなるべく手元に残しておいたら、こんな感じになっちゃって。内容がバラバラでしょ。この子は、私の子どもの頃のお友だち。お人形がわりに一緒に遊んでた」


 ニーナは手前に置いてあったものをひとつ、手に取った。ウサギが立ち上がってこちらを見ているガラス細工で、ぴんと立った耳元に愛らしい花が一輪、飾られている。


「一緒にカンティフラスに連れていったらどうだ。大事な友だちなんだろ。これもいいな、生き生きしてて。今にも走り出しそうだ」


 ハーフォードはひょいっと、キツネの形をしたガラス細工を手にとる。それから棚に置かれたガラスをぐるりと眺めた。


「これ、あんたがカンティフラスにいったら、どうするんだ? このまま放置か? もったいねぇな」

「しばらくそうなるかな。あちらで落ち着き先を見つけたら、全部持っていきたいんだけど……」 

「いっそ、今、持っていくか?」


 ニヤリと笑うと、ハーフォードは腕輪から魔力を引き出し、パチリと指を鳴らした。ぽん、っと、箱のようなものが現れた。手のひらサイズの、小さなものだ。


「これ、マジックボックスって言ってな」


 棚にボックスを置き、その上に手のひらを置いて、何かを小さくつぶやく。それから、ガラスのキツネを置いた。青白い光に包まれて、ふっとキツネの体がかき消える。


「今、設定したから、この地下室に置いてあるガラスだったら、全部この中に収納できるぜ」

「ぜんぶ?! これを? 魔法みたい!」

「魔法だけどな」


 ハーフォードはおかしそうに返しながら、よいしょと大きな花瓶を持ち上げた。


「どうする、全部持ってくか? 取り出すのはカンティフラスについてからになるけど」

「お願いします!!!」

「まかせろ」


 ふたりで手分けしながら、次々とボックスの中に収納していく。あっという間に片付いて、地下室はがらんと寂しくなった。


「あとね、できれば他にも、持っていきたいものがあって。これ、ガラスの原料になる粉」


 ニーナは、地下室の奥に並んでいる箱の蓋をあけ、中のものを見せた。


「基本的には、3種類の粉を混ぜて、高熱を加えて溶かすとガラスになるの。そこに、色をつけるための粉を調合していくんだけど」

「へえ、その粉の原料って何なんだ?」

「石や砂」


 短く答えたニーナは、棚に置いてあった籠から、いくつか小石を取り出した。


「うちの工房は、これを粉にして、含まれている成分ごとに分けて、ガラスに加工してるの」

「そりゃ、すごい技術だな」


 ハーフォードは小石をひとつ受け取って、ランプの光の元でしげしげと眺めた。ころころと手の中で転がしながら、わずかに眉間にシワを寄せた。


「この石、不思議な感覚がする。ちょっと魔力を帯びてるか?」


「そう! 近くの湖でとれる石。少し魔力があって、魔術で加工しやすいんだって。母さんが魔法を少し使えてね。石を分解して、質のいい粉を作るのがすごく得意だった。でもね、私、魔力がなくて……母さんみたいに分解できないんだ」


 ハーフォードから小石を受け取った。普通の人には、どうってことのない小石。けれどニーナにとっては、とても大切で、そして超えられない大きな壁みたいな存在だった。


「去年、母さんが亡くなってから、残されてた材料を使ってきたんだけど、そろそろ底を尽きそうで。だから、ガラス工芸が盛んなカンティフラスの王都に行って、良い材料を見つけたい。もしくは、腕の良い魔術師に出会って、石の分解をお願いしたい」


 そこで、ニーナはあることに気づいた。目の前の男は、さっきから、次々と息をするように魔術を繰り出している。もしかして……


「もしかして、あなた、この石、分解できたりする!?」


「俺か? うーん、どうだろうなぁ。難しいかもなぁ」


 ハーフォードは両手を上げた降参ポーズをしてみせる。何となく、するりとかわされた感じがあった。あいまいに微笑んだまま、彼は目を逸らしてマジックボックスを手に取ると、ぽんぽんと弾ませた。


「その原料の箱も、この中に収めていってやるよ。むこうでいい材料が手に入るといいな」





続きは、夜に投稿します!よろしくお願いします。


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