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ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第1章 ニーナのはじまりの夢
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(1−5)ニーナは知りたい②

 

 他人にそれ以上の距離を踏み込ませない笑顔を浮かべて、ハーフォードは軽やかに言った。


「ありがとう。でも、ごめんな。俺には追っ手がかかってる。早く逃げないと、あんたに取り返しのつかない迷惑がかかる。それこそ、ニックに怒られちまうよ。うちの可愛い娘に何してくれたんだ、って」


 少しおどけた口調を混ぜながら、ふいっとニーナから視線を外す。そのままマーサを見上げた。


「あんた、魔力を持ってるんだろ。ちょっと貸してくれないか。ちなみに、鬼火の悪魔が軍事機密だってことをどうして知ってる、って、聞きたい気もするけど、別にいいか。もう終わったことだし。魔力を貸してくれさえすれば、ありがたい」


「逃げるのに使うのか?」


「まあね」


「いいけど、お代は高いよ」


「払う払う。だからよろしく」


 軽く受け負う彼の手首をつかんで、マーサは目を閉じる。その体から、青みを帯びた白い光がいく筋もふわりと浮かんで、腕輪に吸い込まれていく。 


「え、こんなに大量に分けてくれるの。しかも、質の良い魔力だな。あんた、やっぱりかなりな腕前の魔術師じゃないのか」


「単なる薬師だよ」


 笑い飛ばすマーサに疑いの視線を向けながら、ハーフォードは右手で腕輪を触って確かめる。そして、にこりと微笑んだ。


「ありがたい。これだけもらえたら、一発だ」


 その手のひらに、ひとつの魔法陣がふわりと浮かび上がる。そして、たった一言、魔術語を発した。


「《治癒》」


 月光を凝縮したような、やわらかく清らかな青白い光が、彼の全身を包み込む。ニーナは初めて見る幻想的な光景に、呼吸を忘れた。初めて見る色だった。再現してみたい。とっさに思う。自分のガラスに閉じ込めてみたい衝動がわきあがる。もっと見てみたい。もっと近くで、自分の知らない色を。


 軽く首を振りながら、マーサが呆れた笑い声をこぼした。


「あんた、何者なんだい。自分自身に治癒魔術を使えるって、普通じゃないだろ。しかも上級の治癒」


「さあなぁ。何が普通なんだか、よくわからんが」


 ハーフォードは先ほどまで寝込んでいた姿が嘘のように、しなやかな身のこなしで、するりと立ち上がった。


「俺は、単なる魔術師だよ。今はほとんど魔術を使えないけどな」


 言いながら、大きな傷があったはずの脇腹を、服の上からトントンと指で叩いてみせる。


「おかげさまですっかり快復!もらった魔力を半分使っちまったけど。移動魔術であと1回飛ぶくらいはできるだろ。どこか別の国に逃げるわ。本当にありがとな。世話になった。この礼は、いつか必ず」


 ハーフォードは、座り込んだままだったニーナに、ひょいっと手を差し伸べて立ち上がらせる。軽やかな身のこなしで、きびすを返して、長椅子の脇に洗濯して畳んであった自分のコートをとり、「あーあ、ボロボロだな」と笑っている。


 マーサは腕組みをして、いまにも風のように去っていきそうな男を見据えた。


「ちょっと待て。お代を払っていきな」


「それはもちろん。いくらだ?」


「金はいらない。カンティフラス王国に、お使いを頼む」


 ニーナはハッとして、マーサの顔を見る。その国は——


「カンティフラス? そりゃまたけっこう遠いな。マルタ帝国を通り抜けた先じゃねぇか。どんなお使いだよ」


 肩をすくめて怪訝(けげん)そうに問い返す青年には目もくれず、ニーナの顔をじっと見つめて、マーサは確認した。


「あんた、行きたかったんだろ?」


 ニーナは、弾けるようにうなずいた。


「行きたい! すごく行きたい!」


 カンティフラスの王都は、芸術の都だ。特にその一区画には、芸術家たちが集まるエリアがある。そこに、行きたかった。行って、最先端の芸術を知りたい。修業したい。自分のガラス細工で、勝負してみたい。ずっと前からいろいろマーサに話を聞いてもらっていて、物理的に行けるだけの資金も、もう貯まっている。足りないのは、あと1歩、踏み出す勇気だけだった。


「じゃぁ、決まりだ」


 マーサは、ニーナの背中を、とん、と叩く。


「この子を、カンティフラスの王都まで連れていきな」


「は?」


 ハーフォードの目が、これ以上ないくらいに丸くなった。


「あんた、何言ってんの。俺、マルタ帝国のお尋ね者なんだけど。帝国を通り抜けていくのも、俺ひとりならともかく、この子も一緒となれば、断然危険だぞ。第一、そもそも俺が悪い人間だったらどうするんだよ」


「その銀の腕輪。作ったのは、ファラン・テナントだろ。その弟子なら、お前も信用してもよかろうよ」


「師匠を知ってるのか?」


「会ったことはないがね。ファランの魔導具は抜きんでて優れていて、その上、彼が信頼できると判断した者にしか与えられない。変人だが芯の通った人間だってことは、情報として知ってる。うちの実家がちょっとでかい商家でね。道具の鑑定については、けっこう仕込まれたんだ。ファランの腕輪は他にも見たことがある。私の名前は、マーサ・ガイザーブルだ」


 ハーフォードが、一瞬考え込むように上を向いて、次の瞬間、


「嘘だろ!」


 どっかりと長椅子に逆戻りして座り込む。肩を落として、長く深いため息を漏らした。


「ガイザーブル商会って言えば、大陸一番の商家じゃねぇかよ。そのお嬢様が、なんだってこんなところで薬師してんだよ。やっかいごとの臭いしかしねぇよ」


「変わり者なんだよ、あんたの師匠と同じで。5人きょうだいの4番目だから、気楽なもんでね。それにニーナの両親とは親友だったから。ここが居心地良かったんだ。毎日楽しかった」


「へぇ。なんか青春って感じだな」


 今まさにその年頃のはずの男が、まるで興味のない口調で首をすくめる。マーサはお構いなしに、先を続けた。


「ニーナの両親の手がけた作品、かなり評価が高くてね。その娘が王都に出てきたいなら歓迎する、って、前から実家に言われてるんだ。だからあんたへの依頼は、商会本部までの付き添い。魔術移動で何地点か経由するから、移動する方向に導いてやってほしい」


「何だそれ。俺じゃなくても良いだろ? あんたの家の魔術師に付き添ってもらいなよ」


 ここから全力で逃げたい、と、ハーフォードの顔に書いてある。それを余裕で受け流して、マーサはとんでもないことを言い出した。


「次の『大魔術師』とやらを探してるんだろ。引き受けてくれるなら、ガイザーブルが情報収集に力を貸すよう、手配する。マルタ帝国の指名手配も、揉み消せないこともない。あの国には、山ほど恩を売ってある」


「嘘だろぉ。手厚すぎるだろ、その待遇。絶対、裏になんかあるだろ」


 ハーフォードはガシガシと髪の毛をかき回す。その手をぴたりと止め、一瞬にして、吹っ切れたように、さばさばと笑った。


「わかった。まぁ、いいや。どのみち、どっかに行かなきゃいけないんだし。引き受けるわ」




続きはまた明朝!

よろしくお願いします。

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