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ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第6章 ニーナの新しい夢

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(6−4)ニーナの青

 

 このところ、ニーナが仕事の合間を縫って、熱中していることがある。


「マゼン粉を12、カルミ粉を24、蝋岩石を3、それから今日は初めてネラル粉を2入れてみたら、思ったより赤みのある方向に転んだ青色ができて、予想以上の成果……っと」


 使った材料の配合を丁寧にノートに書き込み、今日の日付を振った小瓶の中に、出来上がったサンプルのガラス玉をころころ入れる。机の引き出しの中には、もうそんな小瓶が50個ほど並んでいる。


 小瓶の中身に詰まっているのは、すべて、青色のガラス玉だった。色の淡いものから濃いもの、少し黄色みを帯びたもの、白や紫、そして今日みたいに赤色を帯びたもの。世界中のすべての青色を集めたい勢いで、日々、小瓶が増えていく。それでもまだまだ、作りたい青色が無限にあった。


 ハーフォードの王宮魔術師団のテストの時、ラミアと話したことを、実際に形にしようとしている。


 あのとき、参加者によって魔力の青い色がちょっとずつ違うのが面白い!色を記録したい!という話をした。それで、ニーナは思ったのだ。


 ハーフォードと出会ってから、たくさんの青色を見てきた。初めて見た治癒魔法の幻想的な光、一緒に見た海。ニーナが大好きで、いつまで見ていても飽きないハーフォードの瞳。それだけでなく、もっともっと、いろいろな青。全部、ぜんぶ、ありったけ残してみよう、と。


 それから、3カ月以上の間、こつこつと作りためてきた。新しい青色が生まれるたびに、ニーナの世界の色がより深く豊かになっていく。いつかこの青を使って、自分だけの作品を作って届けたい。人の心に響くような、青を残したい。


 引き出しには、ラッピングの済んだプレゼントの箱もひとつ、入っていた。ニーナはそれを大事にかばんの中にいれ、やがて仕事終わりに迎えにきてくれるハーフォードとフィリアスを待った。




 その日は、いつものお惣菜やさんに寄って、あらかじめ頼んで作ってもらったご馳走の山を受け取った。これでもかと食べ物を並べ、花も飾って、すっかり華やいだ食卓をニーナは満足して見回した。


「なんせ今晩はお祝いディナーだからね!」

「明日から王宮勤めになるってだけだろ。でも今日の飯は最高にうまそうだな!」


 ローストビーフのかたまりを眺めながら、ハーフォードの頬がゆるんでいる。王都の春先には欠かせない白アスパラのバターソースがけもテーブルにならび、もうすっかり冬から春へと季節が変わっていた。


 当然のように王宮魔術師団に合格したハーフォードは、明日から第1師団に所属し、ガブリエル・ラミ団長の補佐を務めることになっている。団長直々に業務を教え込まれることになる、つまり、未来の団長候補ということらしい。王宮魔術師は通常3級から始めるところだが、上級クラスの1級認定。異例のことづくめで、王宮内でもかなりの注目を集めているらしい。情報通の工房の同僚が嬉々として教えてくれた。


 その噂の当人は、特に思うこともないようで、「やれと言われたことをやるわ」と周りの視線をどこ吹く風で受け流し、今までどおり、ガイザーブルの訓練場に通う生活を続けていた。ちなみにフィリアスも一緒に連れて行っている。片隅でずっと本を読んでいる子どもは私兵たちに大歓迎で受け入れられ、「毎日の餌付けがすごい」とハーフォードが笑っていた。


 確かにこのところ、フィリアスの頬は、少し子どもらしくふっくらとしてきた。魔力コントロールのトレーニングの成果が出はじめているのだろう。ニーナは内心ほっとしながら、ご褒美(ほうび)のガラスのキツネをプレゼントできる日を楽しみに待っている。


 テーブルの上のお祝いごはんを、これでもかとお腹に盛大に詰め込む。食後のお茶もいただいて、すっかり満足してすぐに、眠そうな目のフィリアスは自分の部屋に引っ込んでいった。今日は訓練場で魔術を使ってもいい日で、兄弟そろって思い切り、いくつか特大の魔法陣をぶっ放してきたらしい。


「明日から毎日ディーのローブ姿が見られるのか。すっっっごく楽しみだな」


 頬杖をつきながら、ニーナの顔はにやけてしまう。入団が決まってから採寸し、出来上がった王宮魔術師ローブは黒地に銀色の刺繍が入っていて、ハーフォードの銀髪碧眼にとにかく似合っていた。


「おうおう、ご期待に添って毎日通うように頑張るわ。ああ、そういえば、さっきマーサが来て、入団祝いだってこれを置いてった。何が入ってるんだろな」


 ハーフォードはパチンと指を鳴らして、白い封筒をテーブルの上に出した。


 数刻前のこと、ガイザーブル商会の私兵訓練場。もう少しで訓練を切り上げようかという夕方に、ふらりとマーサが現れたのだ。彼女は相変わらずニーナのふるさとの町で、表向きは薬師の暮らしを続けているらしい。その裏で何をしているのか、ハーフォードは聞かないし、踏み込むつもりもない。


「おや、髪を切ったのか」

 訓練場を見下ろせる大きな窓がある応接室で、久々に顔を合わせたマーサの第一声が、それだった。


「いいだろ。ニーナが切ってくれてるんだ」

 マーサと向かい合ってソファーに座りながら、ハーフォードは髪の短い自分の頭を、ぽんぽんと自慢げに叩いてみせる。今では髪留めも使えないくらい、すっきりとした短髪だ。


 正直なところ、少し迷ったのだ。再び髪を伸ばし続け、ニーナの作った髪細工をつけるのもいいと思っていた。だが、王宮魔術師団の入団試験を見て以来、ニーナはそれを不安がった。万が一、ガラス細工が激しい戦闘のはずみに割れてハーフォードを傷つけたりしたら、と本気で泣かれてしまい、たまらなく幸せになった彼は、髪の毛を切る選択をした。ただし、ニーナが毎月1回、散髪してくれる、という条件付きで。 


「ためらいもなく惚気(のろけ)がすごいな」


 あきれたように眉を持ち上げて、マーサが苦笑する。


「あの時、あんたをニーナの護衛に選んだ私に、大いに感謝するんだな。まぁ、ファラン・テナントの一番弟子なんて、極上の将来有望株だしな。ニーナがあんたを捕まえてくれればいいと内心思ってたんだ。そうしたらあの子は、安心してガラス作りに没頭できる」

「はは、マーサにも、俺を捕まえてくれたニーナにも感謝するわ」


 それから、クソ師匠にも、とハーフォードは内心付け加える。師匠といい、マーサといい、自分たちは親の大きな手のひらのなかで、ゆるゆると転がされていたような気がする。


 おかげで今、新しい一歩を踏み出せる。


「感謝のついでに、相談だ。ガイザーブル商会に、ファラン・テナントの蔵書を寄贈したい。国宝レベルの貴重な魔術書から子ども向けの入門書まで、見境なく山のようにある」

「それは……感謝の気持ちがデカすぎるな」


 マーサは苦笑いをして、ハーフォードを見据える。


「あんたの狙いは?」

「ガイザーブルの私設魔術学校。2年後の開設を目指して動いていると聞いた。何歳からでも、試験を合格さえすれば入学できるんだろ。フィリアスを通わせたい。師匠の蔵書は、そこの図書として活用してほしい。あ、俺も時々、読みに行くけどな」


 ハーフォードは窓の下を見下ろした。訓練場の中央に、無表情のフィリアスが立っている。いつの間にかフィールドいっぱいを、魔術で作り出した花畑に変えていて、そこを青白い魔法の蝶の群れが舞う。凶悪な人相のガイザーブルの私兵たちがすっかり骨抜きにされて、花畑に座り込み、蝶の動きに笑顔で拍手喝采している。


「すごいな、あの子が魔術師団の試験で注目を浴びたファランの二番弟子か。あんたと一緒に王宮に通うんだって?」

「そうそう、ガブリエル・ラミ閣下がすっかり惚れ込んでて、一緒に連れてこいってうるさいんだ。もう何回か王宮に連れて行ったんだが、隙さえあればあいつに魔術を仕込んでる。それを見た他の魔術師連中も面白がって次々に教えるからさ。あれは俺よりすごい魔術師になるぞ」 

「そんな子を、なぜわざわざ魔術学校に通わせる?」

「そんな子だからだよ」


 ハーフォードは、真面目な顔をして、フィリアスの動きを見つめている。


「あいつは放っておいても、どんどん魔術を吸収していく。たぶん、放っておくと、魔術以外のことを、一切吸収しない。だから、それ以外のことが体験ができる場が必要だと思ってる。文学とか、地理とか、歴史とか。カンティフラスの王都で生きていく上で、あったら便利な普通の知識を、できれば渡してやりたい。なら、学校が効率的だと思った」

「弟おもいの兄貴だな」

「いや。これは俺の独りよがりだ。あいつはきっと、俺の思うとおりには行かない。なんせ未来の特級魔術師だからな。癖があって当然だ。それでもいいんだ。とにかくフィリアスに、自分で選べる環境を用意してやりたいだけだ。それが師匠が最後に教えてくれたことだから」


 ハーフォードは笑った。そんな彼にマーサから手渡されたのが、一つの大きな封筒だったのだ。




 ニーナの目の前で、ハーフォードは封筒にかけられていた魔術の封印を解き、何枚か紙を取り出した。


「企画書……と、契約書?」


 首を傾げ、眉をひそめながら書面を読み進めるハーフォードの顔が、だんだん世にも面白い物語を読んでいるかのように、好奇心いっぱいの面持ちになっていく。最後はとうとう軽く吹き出して、ぽん、と紙を投げ出した。


「本気で作るらしいぜ、新しい車」

「え?」

「ほら、魔力の動力源装置、前に改良しただろ。サイズを小さくして、出力が強力になるように、って。本気であの装置を積んだ魔力自動車を作るから、俺の装置技術を独占的に使わせてくれって。年間使用金額が、最後に書いてある」


 差し出された紙に目を通して、ニーナは絶句した。ちょっと信じられないくらいの金額が、そこには書き込まれていた。


「魔術師団の年収より多いだろ。俺の技術を高く買ってくれてるってのもあるんだろうけど……なんか、マーサの親心を感じるな。俺といる限り、ニーナが生活に不自由しなくて済むように、って」

「……マーサさん」


 胸がいっぱいになりながら、マーサの顔を思い出す。よく母とお茶を飲みながら、長話をして本当に楽しそうに笑っていた。幼い頃からいきなり走り出しては転ぶニーナに駆け寄って、擦りむいた膝にいつも軟膏を塗ってくれていた。カンティフラスに来てから、手紙は出したけれど、直接会ってお礼をまだ言えていない。


「会いたいなぁ」

「夏休みにでも会いに行くか」

「うん、行きたい」 

「夏休みがあると思うと、めんどくさい仕事でも何とかやるかって気がしてくるのが新鮮だな。そういや、自分で褒美みたいなのを決めるのって初めてだわ。ああ、でも、お前のためにガラスの材料を作るのも、俺にとってはご褒美みたいなもんか」


「あのね、ディー、それなんだけど」


 ニーナは言いながら立ち上がって、ハーフォードの隣の席に移動する。ラッピングされたプレゼントの箱をハーフォードの前に差し出した。職場の机の中に隠しておいたものだった。


「これ、入団のお祝いに」

「俺に? くれるの? 包装を解くのがもったいねぇな!」


 くしゃりと笑み崩れたハーフォードが、そっとリボンを解いていく。そうして中から出てきたのは、


「ガラスの……貝殻?」


 貝殻の形をした青いガラス細工が3つ。巻貝の形をしているもの、ヒトデの形をしているもの、大きな二枚貝の形のもの。美しく澄んだその青は、少しずつ微妙に色合いが違っている。


「ディーが分解してくれた石の粉だけで、初めて作ってみた。これが、私の……私たちだけのガラスの色」


 ハーフォードは黙って、一つひとつをそっと手にとって、穴があきそうなほど見つめた。 


「……きれいすぎて、こわいくらいだ……あの時の海で拾った貝殻か」

「うん。その大きな二枚貝、上下にぱっくり口を開いてるでしょ。その中に巻貝とヒトデを置けるようにしてみた」

「この貝の色、どこかで見た気が……」


 言いかけたハーフォードが、それに気づいて息を()み、信じられないもののように、ひときわ大きな貝を凝視した。


「この青……師匠の魔力の色だ……」 


「よかった。ディーから見ても、再現できてる?」


「再現できてるどころか……ああ、こっちのヒトデは、フィーの魔力の色……巻貝が俺の色、なのか」


「あのね、人それぞれ、魔力の青い色が少しずつ違うんだなって、前から思っていて。ひとりずつの命の色みたいで、すごくすごくきれいだなって。だから、それをどうしても形にしてみたかったの。まずは、私のいちばん大切な魔術師さんたち3人の色」


「……こんなに、きれいな、青」


 そういった、ハーフォードのくちびるが噛み締められ、わずかに震えている。

 ニーナは思わず椅子から立ち上がって、ぎゅっと彼の頭に抱きついた。


「そう!私の大好きな人の色!きれいでしょう!世界中の人に自慢したい」


 ハーフォードの腕が、力いっぱい、まるですがりつく強さでニーナの体を引き寄せる。ニーナの腕に抱え込まれて見えない顔から、うめくように声がする。


「ニーナ…ニーナ……ありがとう……ずっとそばにいてくれ、お願いだ、俺、お前がいるなら……こんなにきれいな色の世界を俺にくれるなら…………生きていける」


「もちろん! 私もディーがいないと生きていけないこと、忘れちゃった? 私のガラスの材料、一生ディーが作ってくれるんでしょ? 私の魔力も、一生ディーが封じ続けてくれるんでしょ? ずっと一緒にいよう? おじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっとずっと、一緒」


「うん……うん」


 ぎゅうと強く抱き合って、お互いの体温を分け合ううちに、激情の波がゆっくりと引いていく。やがて甘く胸をしめつける幸福感だけに満たされて、はぁ、と、ハーフォードはため息をついた。ニーナを自分の膝の上にひょいっと乗せて、柔らかく体を抱き直してから、また、ため息をつく。


「2年だ。2年だけだ。2年の我慢だ」

「2年?」

「ガブリエル・ラミ師団長から、言われた。これから2年で俺とフィーに、自分の知識と技術を全部叩き込むって。それで、とっとと魔術師団長を引退する!やっと引退できる!妻と世界旅行だー!って、叫んでた。師匠にしろ、リエルにしろ、引退するのが早すぎる」


 また、深いため息が漏れる。そして、怖いくらいに真剣な顔で、ニーナを見た。


「だから、2年間は、とにかく頑張る。それが終わったら、お前と、ちゃんと家族になりたい。ハーフォード・カワードになりたい。ニックの……ニックとイリーナとニーナの家族の中に入れてほしい。お前の父親の分まで、俺に守らせてほしい」


「ハーフォード・カワード……」


 ニーナはぼうぜんとつぶやく。それから突然大きな笑顔が弾けて、がばり、っとハーフォードの首に思い切り体当たりで抱きついた。


「うれしい!かっこいい!うちの未来の旦那さんが素敵すぎる!」

「ぐお、俺の奥さんの勢いが今日もすごすぎる!」


 のけぞるようにニーナを抱き止め、ハーフォードはなんとか椅子ごと体がひっくりかえるのを阻止する。彼女の勢いをそっくりそのまま返すように、愛しい愛しい自分だけのニーナのくちびるに、噛み付くようなキスをした。





明朝、最終話を投稿します。

最後までお付き合いいただけたらうれしいです。よろしくお願いします!

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