表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第4章 ニーナとガラスの世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/32

(4−5)ニーナは踏み込む①

 

 とうとうたどり着いたガイザーブル商会本部は、王都第1区にある。まるで、いかめしい宮殿のようだった。


 ガイザーブル。その名は、富の象徴だ。この大陸の金持ちであれば、誰もが知っている。金持ちのみならず、一般向けの商品も幅広く取り扱っていて、生活品から娯楽の品、不動産や芸術、はては魔術や軍事まで、揃わないものはないと言われている。


 そんな商会を象徴するような建物だ。とてつもなく横に広く、縦に高い。直線を多用した剛健なデザインで、唯一無二の存在感を誇っていた。


 正面の車寄せには、黒光りする馬車や、流行の蒸気自動車がひっきりなしにやってくる。高級そうなぱりっとした衣服を着込んだ人々が、出入りしていく。


 エントランス手前のファサードには、巨人の手が切り出したとしか思えないような、とてつもなく高くて太い円柱が立ち並び、


「見上げると、首が痛い……」

「あんま見てると、頭もげるぞ。ほれ、中に突撃するんじゃねぇの」

「する!」


 思い切りのけぞったまま口を開けて放心するニーナの背中を、ハーフォードがポンと支えて笑う。ニーナは姿勢をしゃんと立て直し、今は扉が開かれている重厚な正面玄関を見る。この日のために、新しい上品なワンピースを新調した。後ろ髪には昨日作ったばかりの大ぶりのとんぼ玉が光っている。戦う準備はできている。あとは、自分が勇気を持つだけ。


 背中に置かれたハーフォードの手があたたかい。この人がいてくれたら、どこまでも無敵になれそうな気がする。そうして歩き出そうとしたところに、声がかかった。


「ご無事で何よりです。お待ちしておりました」


 ダリルが、落ち着いたいつもの品の良い笑顔で歩み寄ってくる。ハーフォードは鼻で笑った。


「どうせ、今までどこにいたのか分かってたんだろ。そういうの、あんたたちの得意技じゃねぇか」


 無言で微笑んだまま、ダリルは高い吹き抜けのエントランスホールを抜け、いくつかの廊下を曲がり、花と緑の鮮やかな中庭をぬけ、階段をあがって、またいくつかの角を曲がる。ニーナの頭の中の方向感覚が完全にこんがらがったあたりで、ぴたりと止まった。


「こちらで、今後の契約をさせていただきます。申し訳ありません。芸術部門総帥のオリー・ガイザーブルは、急な用件で今朝、王都を離れたばかりで」

「へぇ、女王様はご不在か。それは残念」


 肩をすくめたハーフォードの口調には、安堵が漂っていた。ニーナの好奇心が、どうしようもなくうずく。どういう人なのか、とても気になる。


「あの、いつか総帥にお会いできますか?」

「それはもちろん! 帰ってきたらあなたの工房にすぐに顔を出すと申しておりました」

「ありがとうございます! とても楽しみです」


 嬉しそうに目を細めるダリルと、弾む口調のニーナの隣で、ハーフォードが遠い目をしている。本当に、早く会ってみたい。 


 扉を開けた先は、どっしりとした机が中央に据えられた打ち合わせ室だった。工芸部門長の女性と、契約書作成を担当する事務員の青年、現場のガラス工房長の男性が待ちかまえていた。


 あっという間に、契約内容が決まっていく。ガイザーブル工房の最新機器を使っていいかわりに、作品はガイザーブルが買い取ること。それ以外に、毎月の給料を支払ってくれること。


「あの、売らずに個人的に手元に残しておきたかったり、誰かにあげたかったりする場合は……?」 

「自由に作って大丈夫ですよ。あなたの作品の売り出し方と宣伝展開にはご提案がありますので、具体的なことは、明日以降、工房で詰めさせてください」


 工芸部門長に微笑まれて、ニーナは目を泳がせながらうなずいた。作品の売り出し方、なんて、今まで一度も考えたことがない。作って、目の前のお客さんに買ってもらうだけだった。知らないことばかりだ! もっともっと知りたいし、もっともっと作りたい。


 目を輝かせるニーナを、ハーフォードはやわらかい眼差しで、黙って見守っている。現場についての打ち合わせが終わると、工芸部門長と工房長は笑顔で退席していった。そして話は衣食住の保証内容の相談に入る。とたんにハーフォードが、しれっと口を挟んだ。


「ニーナは、俺のうちから通うから。第4区だ。2区の工房に通うのにも遠くないだろ」

「おや、ガイザーブルの独身寮をご案内しようかと思っていたんですが。警備は行き届いていますし、男女別の建物ですよ。中庭を挟んで隣り合っていますが」

「そんなん、余計ダメだろ。ちょっかい出されてたまるかよ」


 含み笑いをするダリルと、不機嫌に一刀両断するハーフォードと、うっすら顔を赤らめて動揺しているニーナを順ぐりに見比べて、同席していた事務員の若い男の顔には、(ああ、そんな感じ?)と理解する表情が浮かぶ。彼はただいま絶賛話題にのぼっている独身寮住まいだった。新しく寮に入ってくる女の子は、一度は必ず男性寮内で話題にのぼる。ちらりとニーナの顔を盗み見て、(この子、純朴そうですごく好みだったのに)と内心ため息をついた。


 ちょうどそこで彼の立ち会うべき内容はおしまいになった。契約書をオフィスで清書するために、机の上の書類をまとめて立ち上がる。少し未練が出て、最後に再びちらりとニーナに目を走らせる。とたんに、隣の銀髪男の視線に射殺されそうになって、青年は内心震え上がった。覗いてはいけない魔の淵を覗いてしまった気持ちで悟る。あの女の子に手を出したら、物理的に命がない気がする。独身寮仲間に急いで伝えておかないと。今後、死人が出ないことを心底祈りながら、事務員の青年は小走りでオフィスに逃げ戻っていった。


「かわいそうに。そんなに牽制(けんせい)しなくても」

「こんなの牽制のうちにも入らねぇよ」


 ダリルの笑い含みのまなざしを、ハーフォードはしれっと受け流す。


「で、ニーナの契約が無事にまとまったところで、俺からも相談なんだが。報告がないってことは、あの魔術師の一味、まだ捕まえきれてないんだろ。引き続き、明日からもニーナの護衛は俺がやる。日中、これまで同様、私兵の訓練場の使用許可をくれ。できれば、時々ラミアと手合わせがしたい。あいつの剣術は勉強になる」

「あなたは魔術師を辞めて、剣士にでもなるおつもりですか?」

「それでもいいと思ってる」


 真剣な口調で、ハーフォードは言った。


「とはいえ、魔術にも頼りたい状況だがな。この腕輪に魔力を貯める手段が欲しい。あんたの商会の動力源装置を借りることは可能か」


 ダリルはゆっくりと首を傾げる。その口が穏やかに、しかし冷静に問いただす。


「あなたにそれだけの便宜(べんぎ)を図って、何かうちの商会の大きな利益になることがあると? ちなみに、例の国とは平和に話し合いで解決できそうな見込みで、順調に交渉が進んでいます。あと1週間ほどで話がまとまり、あなたたちが安全に暮らせる可能性が非常に高くなるでしょう」

「ファラン・テナントの一番弟子に、利用価値がないとでも?」


 ハーフォードは腕を組み、ゆったりとした笑みを浮かべてみせる。


「ガイザーブル商会で使ってる魔術の動力源装置、片っ端から持ってこい。今の5倍以上、効率よく動くように改良してやる。小型化もできるな。今は羊くらいのデカさだが、ウサギくらいまで小さくできる。それをいくつか結合して動力にした車はどうだ? 今の蒸気自動車なんて目じゃないだろうな」


 その提案に目を見開いた後、吹き出すようにダリルは笑う。そしてあっさりと同意した。


「なるほど。それはまたとんでもなく刺激的なご提案だ。あなたは本当に愉快な方ですね。実現できたら、あっという間に世界が変わる。魔力原動の車、作って後世にお名前を残しましょう。進行と報酬(ほうしゅう)のご相談については、また後日」




続きはまた明朝に!よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ