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ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第4章 ニーナとガラスの世界

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(4−3)ニーナと師匠の家

 

()って!」 


 ハーフォードの声に、ニーナは目を開けた。移動魔法で一気にカンティフラスの王都にたどり着いたはずだった。そしてこの家は——


「フィー、俺だよ、俺、フォード兄さんだ。いてて、魔術で刺すんじゃねぇよ」


 目の前に、たいそう小柄な男の子がいた。無表情のまま、()せた腕に青白く光る木の棒のようなものを握り、(とが)った先端でしきりとハーフォードの太ももを狙っている。


「こら、ほどほどにしとけ。お客さんいるんだから」


 男の子はぴたりと止まり、ぽろりと棒を落とした。とたんに棒はふわりと(ほど)け、空気に溶ける。あっという間に身をひるがえし、猛スピードで食卓の下に潜り込んでしまった。


「フィー君?」


 ニーナはハーフォードの弟の名前を呼びながら、テーブルの下を覗き込む。暗がりで小さく膝を抱えたまま、きょろり、と、アイスブルーの大きな瞳がこちらを見た。さっきから表情が全然変わらない。けれどその目と体の緊張から、警戒心が伝わってくる。目を合わせて微笑んだまま、ニーナは背後に尋ねた。


「ディー、マジックボックスの中のキツネ、出せる?」

「はいよ」


 顔はそらさず、手だけ伸ばして受け取って、床に座り込む。テーブルの下、もう少しで外に出るギリギリのところに、ガラスのキツネをことりと置いた。


「初めまして。私はニーナ。これは、私のお友だちのキツネ。一緒に遊ぶ?」


 やわらかく話しかける。大きな目が、床の上の小さなキツネに釘付けになっている。


「なんだ、興味しんしんじゃねぇか」


 笑いながら、ハーフォードは手のひらにいくつか魔法陣を重ねて、キツネを撫でた。とたんに、ガラスの耳が、ピクリと動く。キツネの体が大きく伸びをして、ぴょこんと一歩、前に跳ねる。


「ほら、フィー、出てこないとキツネが逃げるぞ」


 とたんに素早い身のこなしで、小さな体がテーブルの下から()い出してくる。キツネはぴょんぴょんとしきりに男の子の周りを跳ねてから、ぴたりと止まった。


 元のガラス細工に戻ってしまったキツネを大事そうに拾い上げて、じっとアイスブルーの目がハーフォードを見上げる。よく見ると、目鼻立ちの均整が取れた、まるでお人形のように美しい顔なのに、表情をなくしてしまったように顔が動かず、頬が痩せこけていた。その分、アイスブルーに光る瞳と、頭に渦巻く癖っ毛の銀髪だけが目立っている。


「今のはな、これと、これと、この魔法陣を重ねたんだ。わかるか?」


 ハーフォードの手の上に次々と現れる小さな陣を食い入るように見つめて、無言でうなずく。


「キツネともっと長く遊びたかったら、自分で考えろ。ちょっと陣の描き方を工夫すりゃいい。お前なら楽勝だろ」


 ぽんぽんと頭を叩かれて、男の子はすたすたと部屋の隅に歩いていく。そのまま座り込むと、一心不乱に手の上に魔法陣を出して、キツネと向き合い始めた。


「何というか……英才教育だね?」

「そうか? 一度見りゃ十分だろ。フィリアスがいるってことは、師匠もいるはずなんだが……どっかに出掛けてるのか」


 ハーフォードはひょいっと肩をすくめると、部屋を見回した。ここは、カンティフラスの王都にある、ハーフォードの師匠の隠れ家だという。世界中にいろいろな隠れ家があって、目印になる移動魔法陣が仕込んである。いつもの魔力量さえあれば、ハーフォードはどこの家にでも自在に飛んでいけるそうだ。それを聞いた時には、あまりのスケールの大きさに、ニーナは言葉を失ってしまった。


「まぁ、座れよ。今、茶を出す……って、そうか、俺、今、魔力をろくに使えないんだった。慣れたところに来ると、うっかりいつも通りやりそうになるな」


 指をパチリと鳴らしかけて、ハーフォードは戸惑った顔で自分の指先を見る。


「いいよ、私にやらせて。いつもは魔法でお茶を入れてるの? いつか見たいなぁ」

「まあな。おーっと、茶葉はここな。えーと、ポットは……どこだ?」

「これじゃない?」

「それそれ。よくわかったな」


 言い合いながら、奥にあるキッチンで一緒にお茶を入れる。3人分のカップを、テーブルに置いた。


「おーい、フィー。茶、ここに置いとくぞ」


 声をかけられても、こちらを見向きもしない。フィリアスの周りを、ガラスのキツネがぴょんぴょんと飛びはね、膝に飛び上がると、ころりところりと転げまわって体を擦り付けている。


「あいつ、もうあんなに仲良くなってる。7歳にして天才だな」


 軽く笑いながら、ハーフォードはカップに口をつける。ニーナも一口含みながら、あらためてぐるっと部屋を見渡した。


「何というか、居心地の良いお部屋だね」

「魔術師の家って聞いてた割には、拍子抜けするくらい普通だろ」


 ハーフォードは笑って首をすくめる。


「1年に1カ月も使ってないけどな。ここは2階。このテーブルで飯を食って、客が来たらあっちの応接セットで相手する。一応、衝立(ついたて)で食卓側は隠せるようになってる。まぁ、リビングってやつだな。トイレとか風呂とか、水回りは全部1階と2階。3階と4階は、3部屋ずつ。3階の客間が空いてるから、お前はそれを使って。4階に俺とフィーの部屋がある。5階が師匠のエリアで、絶対立ち入り禁止」

「5階まであるの?!」

 

 ニーナは思わず目を丸くする。ニーナの町は、一番大きい建物でも3階建てだった。これまで経由してきた街も、高い建物がいろいろあったけれど、個人のお家でそれだけ高い建物を持っているなんて聞いたことがない。


「隠れ家なのに、隠れてない……。王都の人って、みんな、こんなに大きなお家を持ってるの?」

「カンティスラスの王都で第4区、って言ったら、商業地区だからな。5階建てか6階建てが標準。商売をやっている人間は、1棟まるごと使ってることも多いし、家族連れの勤め人の場合は、2階分とか、3階分くらいまでをまとめて借りるのが普通。独り身のやつは、大体1部屋か2部屋を借りて、共同キッチン・風呂・トイレ付き、かな。8区まであるのは知ってるか? 他の区に行ったら状況も変わってくるが……治安がいいのは6区までだな。7区と8区を見てみたかったら、絶対に俺に声をかけろ。一人ではいくな。」

「わかった。じゃぁ、私も1部屋を借りることになるね。ダリルさんに相談したら、何かいい部屋紹介してもらえるかな」

「あぁー、うーん。いや……うーん……そうだな」


 ハーフォードは軽く目を泳がせ、歯切れ悪く何かを迷い、それから咳払いして表情をごまかした。


「1週間後にガイザーブル商会に来いって言われてるんだから、とりあえずこの家にいればいいだろ。あちこち案内してやるよ。働き始める前に、街に慣れといたほうがいい。それに師匠の家は守りが鉄壁だからな。ここにいるのが一番安全だ」

「わかった。ありがとう。しばらくお世話になります」

「おう」


 ハーフォードは、ほっとしたようにうなずくと、勢いよく立ち上がった。


「よし、飯買ってこよう。フィー、ついてこい。お前の好きなシチュー買いに行くぞ。一緒に行くと、あのおばちゃん、めちゃくちゃおまけしてくれるだろ」


 ぴょん、とフィリアスが、表情を変えないまま弾かれるように立ち上がる。ぴょん、っとキツネも一緒に跳ねた。小さな手でそっとすくい上げて、ガラスのキツネをポケットに入れてから、小走りでキッチンから大きな空鍋を抱えてくる。


 ひょいっと鍋を受け取って、ハーフォードはフィリアスの頭を小突(こづ)いた。


「お前、キツネと友だちになったんだろ。ニーナに何かいうことないのか」

「…………ありがとう」


 とても小さな、高くて細い声が聞こえた。ニーナは思わず満面の笑顔になって、きゅっとフィリアスの手を持ち上げて握った。ぴくり、と、小さな体が震える。


「どういたしまして。行こっか。お店まで案内してくれる?」


 しばらくしてから、銀色のもじゃもじゃ頭がわずかにうなずき、おずおずと歩き出した。




 師匠の家は、大通りから3本奥まった小通りのそばに建っていた。


 さすが芸術の都と言われるカンティフラスの王都だった。どの建物も窓ガラスやバルコニーを優美な鉄枠が飾り、あちこちの街灯から吊る下げられたフラワーポットに、夏の鮮やかな花たちが寄せ植えられて揺れている。街路はゴミらしいゴミもなく、きっちりと路面に埋め込まれた石畳まで美しい。ひとつひとつの石の色が異なっていて、配色が考えられて作られているのが伝わってくる。


 家を出たとたんに、またしても感極まって動けなくなってしまったニーナの手を、笑いながらハーフォードが握る。ニーナを挟むようにして、3人でゆっくり歩いた。


 夏の夕食時の路上は、忙しそうな人たちが行き交っている。カンティフラスの夏の日はとても長く、日没は遅い。まだまだ明るい陽光のなか、あちこちから食べ物の良い匂いが漂い、ひどくにぎやかだった。本当のことを言うと、ニーナはまだ少し、人の多いところが怖い。でも、ハーフォードに手を握ってもらい、フィリアスの細くて頼りない手をしっかりと握っていると、自然と落ち着いて、前を見て歩けた。弟がいたら、こんな感じなのだろうか。何かあったら、この小さな子を守らないと。


「あらー、ハーフォードにフィーちゃん、久しぶりー!」


 お目当ての惣菜屋につくなり、お店のおかみさんが歓声をあげた。


「フィーちゃん、少し背が伸びた? ハーフォードは日焼けしてすごくいい男になってるじゃないの!ってあれ、何、もしかして、奥さん?!結婚したの?!!」

「いや、まだそういうんじゃなくて」

「まだ!まだねぇ!あらあらあら、まだ!」


 ハーフォードがタジタジとして何も言えなくなっているうちに、鍋を受け取り、これでもかとシチューを注いでくれる。ミルクをベースにしたシチューで、ごろごろ野菜と肉が入っていて、とてもとても美味しそうな匂いがした。


「いつもの10人前でいいんでしょ。あと、このパンも持っていきなさいよ。向かいのパン屋が売れ残ったって置いていってくれたやつ」

「おばちゃん、これ、10人前の量じゃねぇよ。悪いよ」

「いいのいいの、今日はお祝い!」

「何のだよ!」

「ハーフォードが彼女を連れてきたお祝い! お嬢さん、名前は?」

「えっと、その、ニーナ、です」

「ニーナちゃん! 名前までかわいい!」


 テンションのますます上がったおかみさんは、勢いよく大きなキッシュを丸ごと包んでおまけしてくれた。


 帰り道、シチューの鍋をハーフォードが、パンの袋をフィリアスが、キッシュの包みをニーナが、それぞれ持って歩く。ニーナはしっかりとフィリアスの手を握っていて、


「ずるいなー、フィーばっかり手をつないでもらえて」


 大鍋を両手で大事に持ちながら、ハーフォードは何度も不満そうにふたりを見る。フィリアスは少しそっぽを向いても手を離さず、ニーナはくすくす笑いながら歩く。


 それはまるで仲良しの家族の風景で、惣菜屋のおかみさんは後ろ姿を見送りながら「ご祝儀(しゅうぎ)用意しとかなきゃ!」と、うきうきしながらつぶやいた。





続きは明日投稿します!

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