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ガラス屋ニーナは瑠璃のなか  作者: コイシ直
第3章 ニーナとファーレン国

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(3−4)ニーナと夏の祭り②

 

 そぞろ歩きながら、広場に近づけば近づくほど、路上に人があふれはじめる。昨日はこんなにはいなかった。建物の高いところから、時々、紙吹雪が舞い落ちる。いろとりどりの紙が舞う。頭上に降り注ぐたびに、人々から大きな歓声があがる。


 道ゆく人に、ラミアがファーレン語で話しかけた。そして、「ああ!」と声を上げる。


「そうか。今日は夏の祭りの日で、それでこんなに混んでるんですって」

「祭り?」

「大きな人形をかかげて、一日、街の中を練り歩く。最後は人形を火で燃やすんですって。そうすると秋には安らかな実りが得られる、っていう豊作祈願のお祭りらしいです」

「こんなに人が集まって、すごく大きなお祭りなんですね」


 ニーナはぼうぜんとつぶやく。ニーナの住んでいた町で月に一度開かれる市も、近隣の村の人々が集まって、たいそうにぎやかになる。でも、ここまで密集していないし、ここまで熱狂的に何かを叫びあったりしていない。なんだか少し、空恐ろしい気持ちになる。


「どうします? 広場まで見に行ってみますか? 街を一周した人形が、もうすぐ広場に戻ってくる頃合いらしいですよ」

「じゃぁ、広場の入り口にだけ、行ってみます。奥までは、人が多すぎると思うから……」

「そうですね。その方が安全だと思います。ちょっとだけ見てみましょうか。一応、離れないでくださいね」


 ラミアは人波から彼女を守るように、少しずつ進んでくれた。

 広場の入り口から中を覗き込む。広い空間だったが、すでに黒山の人だかりだった。広場の中央には、レンガを積んだ高い壇が作られ、そこに細い木の枝が幾重にも重ねられている。


「ああ、あそこで、人形を焚き上げるんですね」


 ラミアが指差しながらいう。広場の奥の方では、楽団が、テンポの速い弾むような曲を奏で、人々は、壇を囲んで楽しそうに、飲んだり食べたり、肩を組んで歌ったりしている。


 渦巻く熱気に気圧されて、ニーナは立ち尽くす。たくさんの音、色、匂いが(うごめ)きながらいっせいに押し寄せてきて、溺れそうだ。息が苦しい。


 その時、広場の反対側の方から、歓声が湧き上がった。拍手と指笛。波のように興奮が広場を覆う。


 人形が、入ってきたのだ。

 大きな2本の棒の先に、巨大な人形がくくりつけられている。


 それは、引き裂かれた黒いローブをまとわされていて、凶悪そうな顔に、大きな青の瞳がギラギラと輝いている。そして、その人形の髪は、


「ぎん、いろ……」


 ニーナの隣に立っていた女が、笑顔でこちらを見た。とても人の良さそうな、おばさんだった。


「おや、お嬢さん、観光で来たのかい? あれはね、大昔、魔術で人々を苦しめた、わるーい鬼なんだ」


「おに……」


「そう、魔術なんてロクなもんじゃないよ。それはそれは大勢の人が殺されたんだって。やつらがいなくなって、ようやっと平和になったんだ。だからこれは、お祝いの祭り。悪い鬼を追い払って、たくさん秋の収穫を得られますように、って。人形を燃やした炎に手をかざすと、1年健康で暮らせるって言われてるんだ。お嬢さんもあとでやっていくといいよ」


 ニーナは返事も忘れ、ただ、目を動かして、人形を見た。


 頭の中を、くるくると、様々な光景が次々とよぎっていく。


 ファーレンにいくと聞いた時の、ハーフォードの戸惑った顔。変装の魔術を自分にかけて、銀色の髪と青い瞳を隠し、呼び名も変えて。ファーレンで過ごした記憶は忘れたと言い切った時の笑顔。穏やかな生活を捨てて旅立つと決めたニーナに向けた、複雑な感情の色。


 この街で、ハーフォードは、銀髪碧眼の魔力持ちで生まれた。思い出したくないほどの重い記憶が、彼の中に、必ずある。


 銀髪の巨大な人形は、いろいろな人々の手に渡り、ぐらぐらと体を前後に揺らしながら、次第に前に進んでいく。前に、前に、(たきぎ)の組まれた壇の方に。


 やがて、壇の上に人形が運び込まれる。ひときわ大きな歓声がうねりとなって広場を揺らす。人形は薪の上に、しっかりと固定された。


 下に、火が、付けられた。白い煙が、立ち上り始める。めらり、と、赤い炎がゆらめいた。

 叫びたいのに、喉が氷になってしまったように、動かない。


 やめて。それを燃やさないで。


 火は次第に勢いを増し、楽団の音がいっそう大きくなる。みんな、歌っている。手拍子。指笛。


 やめて。私の大事なものを。お願い。燃やさないで。


 ニーナの目の前で、人形が燃えていく。ニーナの大事な、美しい銀色と青色が、燃え尽きていく。




「は? 帰ってきたニーナが泣いてる? 何で?」


 1日かけて訓練場で良い汗を流し、ガイザーブル商会に戻ってきたとたん、ハーフォードの声が地を這った。


「それが、ステンドグラス工房の見学の帰りに、今日の祭りのクライマックスを見てしまったようで。申し訳ありません、私の配慮不足でした」


 ダリルが眉を下げて、深々と頭を垂れる。


「あんたが謝る必要はねぇよ。相変わらず、銀髪の趣味の悪い人形を、火で燃やすだけだろ。別にどうってことない。気にするな」


 ハーフォードは笑い飛ばすと、とん、とダリルの肩を軽く叩いた。そのまま、ニーナのいるという応接間に足を向ける。


「ニーナ、帰ったぞ。どうした」


 白い大きなタオルに顔を埋めるようにして、彼女はロングソファの端っこに、よるべなく身を縮めていた。


「ほら、顔見せてみろ」


 ハーフォードはしゃがみ込み、少し強引に、両手でニーナの頭を挟むと持ち上げた。まぶたを泣き腫らした緑の瞳が、こちらを見た。途端に、涙が盛り上がって、ぼろぼろと、とめどなくこぼれていく。こみあげる嗚咽(おえつ)が肩を震わせ、泣き顔が、さらにくしゃっと歪んで、「ぐっ」とハーフォードは喉でうなった。


「お前、何でそんなに大泣きしてるんだよ」


 ハーフォードは、困りはてたような、それでいて嬉しそうな顔で、ニーナを覗き込む。


「ふぇ、うぇ、ええ」

「わかんないよ、それじゃ。あぁあぁ、何でちょっと離れただけで、こんなに泣いちゃうんだよ。危なっかしくて、ちっとも目が離せないだろ」


 ニーナの隣に座る。頭の後ろを手のひらで包み込んで、ぐっと自分の肩に押し付ける。


「ほら、俺の服で涙ふいとけ」


 慌てたように、ブルブルと小刻みに頭が揺れた。お構いなしに右腕でしっかり抱き込んだ。左腕を伸ばして、右手の指先に、銀の腕輪を触れさせる。わずかに魔力を呼び出して、あえて彼女の耳のすぐそばで、パチリと指を鳴らした。


 ニーナの頭を撫でて、明るく告げる。


「ほら、見てみろ。大丈夫だ。俺は何ともないぞ。燃えてもいないし、傷ついてもいないし、自慢の銀の髪の毛だ。あんな祭りなんて、俺にもお前にも、なんの関係もない。だいたい、魔力さえ取り戻せたら、俺に勝てる奴なんて、そうそういねぇよ。俺は負けない。あ、師匠レベルのめんどくせぇバケモノ魔術師は別な」


 ニーナは、のろのろと顔をあげる。フィンガースナップひとつで変身の魔法を解いた、ハーフォードの銀髪と青い瞳を見つけて、


「ふぅえええええええん」


 とうとう大声をあげて泣き出した。それでも、えずきながら、何とか言葉を紡ごうとする。


「な、なんっ……何で、そんなっ……きれいな、いろなのに……あ、あんな…あんな、ひどい、こと」

「俺のために泣いてくれてんの?」

「うぅぅぅぅ」


 ハーフォードの服を両手できつく握りしめて、ニーナはうつむいてしまう。よほど祭りの光景がショックだったのだろう。


「泣き止まない困った子は、こうしてやる」


 笑いながら、両腕を広げて、がばっとニーナの体を抱き寄せた。小さな子をあやすように、そのまま左右に体を揺らす。

 一呼吸おいて、話し出した。


「生きていればさ、いろいろあるんだよ。昔、この街で、銀髪の魔術師の一族と、普通の人間の一族が、大ゲンカしたんだと。お互い、かなりヒートアップして、やりすぎて、傷ついた。魔術師たちの方が、とうとうケンカが嫌になっちゃって、出ていったんだってさ。だからまぁ、きっと両方とも、悪いところがあったんだ」


 腕の力を少し弱めて、首を傾け、ニーナの顔をのぞき込む。まだ泣き止まない顔は、涙と鼻水と、行き場のない感情でぐちゃぐちゃだった。ハーフォードのために、傷めなくてもいい心を、こんなに痛めてくれている。


「ああもう、こんなに泣いて。馬鹿だな」


 彼女をどうしようもなく愛おしく思う気持ちが、とめどなく吹き出してきて、痛いくらいに胸を焼いた。もう抗えず、目の前の額にそっと口付けた。


 ぴくり、と彼女が震える。その耳に、ささやきかける。耳の形までかわいく思えるなんて、本当に、重症だ。


「ケンカが始まる前は、銀の魔術師と普通の人間でも心を通わせる人たちがいた。結婚することだってあった。だから今でも時々この土地で、魔力を持った銀髪の子どもが、俺みたいにひょっこり生まれるんだ。昔は仲良しだった証が、人の血の中に残ってるってことだ。悪いことじゃないだろ」


 腫れぼったい目をこれ以上なく丸くしたまま、両腕の中に、身を固くしたニーナが収まっている。


 愛らしくて、右のまぶたに口付ける。慌てて、彼女の両目がぎゅっと閉じられた。ぽろりと、また涙が落ちる。左のまぶたにも口付ける。


 ハーフォードは腕にそっと力を込めて、やわらかいニーナの体を抱き込んだ。この子が、自分のために、泣いてくれている。


 生まれて今まで、こんなに満たされた気持ちになったことはない。


 この腕をどうやって離したらいいのか、彼にはもう、わからなかった。





続きはまた明朝に投稿します。

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